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愛しき殺し屋  作者: 海華
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心頭を滅却すれば火もまた涼しい

車に衝突する寸前、俺は咄嗟に膝を縮め、力の限り蹴り上げてできるだけ車に向って高くジャンプする。

車のボンネットに体が落ちるように触れると、そのまま転がるようにフロントガラスにぶつかり、ガラスにひびが入り蜘蛛の巣を作った。

車体を縫う様に体は転がり続け、車体後部から投げ出されるように、宙に浮いたと思った次の瞬間、勢いよくコンクリートに叩きつけられ、俺は一瞬動けなくなった。

「玲!」

刑事の声が聞こえた。それと同時に車はそのままもの凄いスピードで走り去っていく。

刑事は銃口を走り去っていく車に向け、引き金を引く。銃声は空気を切り裂くように響き渡り、コンテナに反響していた。

コンクリートにエンジン音を響かせ、微かに振動させながら車は遠ざかり消えていく。

俺は背中を思い切り打ち付けて、息が一瞬出来なかった。

「玲、大丈夫か?」

そう言って、刑事が心配そうな顔をして覗き込んできた。

そういう顔をされると、どうしていのかわからなくなる。人に心配される事に不慣れで鬱陶しさを感じる自分がいた。

俺はゆっくりと咳き込みながら体を起こす。一瞬肋骨に小さな痛みを感じる。もしかしたらヒビぐらいは入っているかもしれないな。

そう思ったが、ゆっくり病院に行っている暇は無い。この俺が焦りを感じていた。

焦りは心の中にスキを作ってしまうものだ。そうは思いつつも心は急いていた。

クソ坊主に怪我を負わせたが、不覚にも取り逃がしてしまった。沙羅の立場がどうなるのかが心配で仕方がない。

クソ坊主が沙羅に手荒な真似をしなければいいんだが……

また心が嫌な感じでざわついてる。

焦りと嫌な予感とが心の中で共存して、うるさく雑談しているようだった。

ああ……鬱陶しい! 俺の中の人間じみた感情に舌打ちをする。

自分の中心に揺るがない強い芯を一本入れる。そんな感覚をイメージしながらゆっくりと立ち上がった。体のあちこちに痛みがはしるが、肋骨以外は大丈夫そうだ。

右手の指を伝い血が流れてきていた。あたりまえだな……あれだけ激しく動けば傷も開くか。俺は思わず苦笑した。


「お前達は何処から来たんだ?」

刑事が女達にそう聞いた。女達の瞳は恐怖に怯え震えていた。お互いがお互い身を寄せ合って必死に恐怖から逃れようとしているように見えた。

シュリュウが撃たれた女の容態を見ている。幸い撃たれた場所は足だったが、痛々しいその姿に心が痛んだ。命に別状は無いだろうが、できるだけ早く病院に連れて行った方がいいのは確かだった。

「……あの」

一人の女が戸惑いながらも口を開く。沙羅と同じくらいの年齢に見えた。

「あの若って呼ばれていた人が、松永の別荘がどうとか言ってました。たぶん私達がいた場所の事だと思います」

その女は毅然とした強い雰囲気を持っていた。少しだけ沙羅に似ているような気がした。

クソジジイの別荘か……もしかしたら……沙羅もそこに?

「この女を見た事ないか?」

俺は携帯に保存していた沙羅の写真を見せる。女は少しの間考えていたが、次第に表情が驚きの顔へと変わっていく。

「この女の人、私が連れて行かれそうになった時に、助けてくれようとしたんです。でももの凄く体調が悪そうで……それで男に殴られそうになった時、あの若って呼ばれていた人が、その人は特別だって言ってました」

女の言葉を聞いて、決定的だと思った。沙羅はそこにいる。

俺は刑事と顔を見合わせる。刑事は俺の目を真っ直ぐに見ると静かに頷いた。

「この女達は俺に任せろ。後は刑事としてちゃんと処理しておく」

刑事はそう言うと、携帯で救急車を呼ぶ。

「シュリュウ、お前バイクだよな?」

俺はシュリュウにそう聞く。いや聞いたのとは違うな、確実にそう思ったから俺は命令形の意味を含めて強く言った。

シュリュウは面倒くさそうにため息をついた。

「シカタガナイデス ワカリマシタ」

シュリュウはそう言って、俺に背中を向けてさっき来た道を戻っていく。俺も小走りにその後を追った。その時、頭の先から冷たい水をかけられたような感覚に襲われ、眼の前の視界がいきなり狭くなる。

俺はその場に崩れるように手をついた。まずい……貧血だ……

「玲!?」

刑事の叫び声にシュリュウが行きかけた足を止め、俺の方を振り返り、またため息をついて俺に近付いてくる。

シュリュウは膝を付き俺の顔を覗き込んできた。

「カオイロ ワルイ ダイジョウブデスカ」

シュリュウの上手とは言えない日本語が、何の感情も無く淡々と聞こえて、なんとなく腹が立った。

いや違うな、自分の体が思い通りにならない事への苛立ちを、シュリュウのせいにしただけだな……情けない……

額の奥の方が鉛を入れたように重い。クソッタレ! 思わず自分に対して舌打ちをする。

体は完全に悲鳴を上げているが、俺の心の中は沙羅を助けたいとゆう気持ちで一杯で、自分の命すらどうでもいいと思っていた。

こんな時人間てのは体よりも心の力の方が強くなるらしい。

心頭を滅却すれば火もまた涼しい……そんな言葉が頭を過ぎり、思わず笑えた。

右腕の痛みも肋骨の痛みも感じなくなっていた。

俺はゆっくりと立ち上がる。大丈夫そうだ、これなら行ける。そう自分に強く言い聞かせる。

「玲、大丈夫か?」

「ああ」

俺は刑事の方を振り向きもせずにに短く返事をする。沙羅を救出する事に神経は集中していて、他の事に気を取られたくなかった。

他の事によそ見でもしようものなら、一気に緊張の糸が切れて体が引力に引き込まれ、立っている事ができなくなりそうだったからだ。

俺はそのままゆっくりと歩いてシュリュウの横を通り過ぎる。俺にはクソジジイの別荘へ行く事しか見えていなかった。

そんな俺の姿を見て、シュリュウは愉快そうに笑っていた。

「コンド レイト タタカッテミタイネ」

そう言ったシュリュウの言葉はもはや俺の耳には届かなかった。


シュリュウはバイクにキーを刺し込みセルスターターのスイッチを押した。暗闇の中を空気を揺るがすようにエンジン音が響く。

バイクに俺とシュリュウは跨った。

「シッカリツカマッテ」

シュリュウの声を合図にバイクは走り出す。風を切り、闇の中を疾走する。

空と海が同化した群青色の空間の中に、漁火が光の線を作り滲んでいた。



玲は何とか危機を回避するが肋骨に違和感を覚えていた。

だが心は沙羅の事で一杯で、痛みも感じないほどだった。


これから沙羅と玲はどうなるのか?

はたして玲は間に合うのだろうか?

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