暗闇に響く銃声
「本当にこの場所なのか?」
刑事は俺に確認するようにそう聞いてきた。その言葉には何か意味が含まれているように感じ、気になって俺は刑事に聞いた。
「どうした? 何かあるのか?」
「いいや」
俺の問いに刑事は少し不機嫌な表情を浮かべて短くそう言った。
月も星も出ていなかった。港には風に運ばれる波の音と船の汽笛だけが響いていた。
「本当に大丈夫か? 医者を無理矢理脅すような事までして、来るなんて」
刑事は面倒くさそうな顔をして、俺の顔を覗き込む。
「まだ顔色が良くないぞ……いいか、足手まといにだけはなるなよ」
この言葉は刑事の優しさなのかもしれないな。そう思った自分に笑える。危険回避能力の欠落を感じる。今までは人の言葉の裏側にいちいち探りを入れて、心のどこかで疑い慎重になってる臆病な自分がいたのに、今はこの眼の前の刑事を信じてしまっている。それがいいのか悪いのか。今の俺にはわからない。
「足手まとい? お互い様だろう?」
俺はそう言いながら、港のコンテナの陰に座り込み、暗闇の中に人が現れるのを待っていた。
この前、あのクソジジイの手下が言っていた。
「5日の午前3時」今日は5日、そして今の時間は午前2時半。
あの電話が本当なら、ここで何かが行われ、それを切っ掛けにして沙羅の居場所も分かるかもしれない。
医者には2、3日は安静にしてろと言われたが、沙羅の事もあるしベッドの上でじっとしていられる心境じゃなかった。
医者を半分脅すように、外出を認めさせて病院を出てきた。まあ刑事の知り合いの医者だから無理がきくってのもあるな……
波の音に混じるように遠くの方から2台? いや3台の車の音が聞こえてくる。
俺たちの隠れているコンテナからだいたい50メートル程手前で車は止まる。普通車が2台に大きめのワゴンが一台。
普通車のほうから柄の悪い男が出てくる。鬼柳組のやつらか? いや違う、どこかで見た顔だ……そうだ蔵元の坊主のホテルにいたあの男だ。という事はあの車には蔵元のクソ坊主が乗ってるって事か……
その時、俺たちの背後で微かに音がする。咄嗟に後ろを振り向いて、コンテナとコンテナの間数十センチの暗闇に目を凝らす。暗闇の中で何かが動き、それは俺たちの方へと近付いてきて姿を現した。
「シュリュウ……」
真っ黒なレザースーツに髪の毛を後ろで束ねたシュリュウが現れた。シュリュウは俺の前に拳銃を差し出した。あの泥の中に埋もれてわからなくなった拳銃だった。
「ワタシノ テシタ ミツケタ」
片言の日本語だが、十分意味は通じる。俺はその拳銃を黙って受け取り、シュリュウの顔をじっと見つめた。沙羅と母親の行方が気になっていた。
シュリュウが見つけてくれる事を心の何処かで祈っていた自分がいる。
「コウリャンハ クラモトノイエニ サラハ……スミマセン」
シュリュウは目を伏せながらそう言った。母親の方はクソ坊主の家か、沙羅はわからないってんだな。まあこいつにとっては沙羅は関係の無い存在だろうからな……
あのクソ坊主が連れて行ったのは確かなんだ。本人に聞けばわかる。
「それで……なぜお前が此処にいる? 俺たちの居所がなぜわかった?」
俺の問いに、シュリュウは口元を歪めてニヤリと笑う。女とも見間違えるような美しい顔の奥には、外に出せない使命が隠されている事を感じさせる。
中国のボスの命令で動いているのは確かだ、沙羅の母親のボディーガード、そして日本には何かを調べに来たらしい。
一歩間違えれば、俺達が敵対する恐れだってあった。そうならなかったのは狙う敵が同じだったから……松永恭次郎。
「まあいい……」
狙いが同じなら、目的は違ってもいいさ……
耳をすませると車の音が聞こえてくる。今度は2台だ。2台とも大きなワゴン車だった。それぞれの助手席からビジネスマン風の男が下りてくる。蔵元の方の車のドアも開き、車からクソ坊主が現れた。どう見ても取引相手は中国人だ、だがマフィアには見えなかった。
俺の背後からシュリュウの舌打ちが聞こえた。
どうやら、シュリュウの目的は坊主の取引先の方らしい……
暗闇の中に歩く音が聞こえてきて、坊主達と中国人以外の二人の男が現れ、坊主に近付いて何かを話している。そして坊主がその男二人に金を渡した。
男達は何もせずにそのまま通り過ぎるように立ち去っていった。
あの二人の男はいったい誰なんだ?そう俺が疑問を抱くのと同時に刑事が口を開く。
「……あれはうちの署の刑事だよ」
刑事は思い切り髪の毛を掻き毟るように、頭を掻きながらイライラした様子でそう言った。
「なるほど、この辺の見回り担当の刑事に金を握らせてるって事か……」
刑事が此処にきた時に言った「本当に此処なのか?」この言葉の意味がわかった。
「腐ってるな」
「……だから言っただろう? まじめな刑事は俺くらいなものだってな」
俺の言葉に刑事は、皮肉めいた笑みを浮かべてそう言った。俺もその言葉に鼻で笑う。
クソ坊主側のワゴン車に男たちが近付き後部座席のドアを開けた。すると中からは、沙羅と同じくらいの年齢の女達が5人出てくる。手には手錠をはめられていた。
中国人の男は数を確認すると、クソ坊主にアタッシュケースを渡す。
クソ坊主はアタッシュケースを受け取ると、車のボンネットの上で開いて中身を確認していた。
「人身売買……か」
刑事のその言葉に俺はため息をつく。
「どうする? 刑事さんよ」
俺は嫌味を含めてそう言った。刑事は俺の方を向くとニヤリと笑う。
その笑顔がどんな意味を持っているのかすぐにわかった。やっぱりあんたなら、そうするよな?俺は拳銃を左手で持ち握り締めた。シュリュウが待ってたとばかりに銃弾の予備を俺に差し出した。俺はそんなシュリュウを見て鼻で笑う。
この男、気にいらねえ……そう思った。自分では手を汚さず、同じ狙いを持つものに便乗して、使えるものは使う。
シュリュウの冷めた目が、昔の俺を見ているようで鬱陶しかった。
まあいい、お前の性格よりも今は沙羅の居所を知るのが先だ。
俺はシュリュウを睨みながら銃弾を受け取る、そんな俺を見てシュリュウは冷やかに笑っていた。
「行くぞ」
刑事はそう言うと、後ろのコンテナの陰を利用しながらゆっくりと、クソ坊主に近付いて行く。
俺は刑事がクソ坊主達の真後ろまで行ったのを確認して、拳銃を構えながら出て行く。下手に撃つと女達を傷つけてしまう。しかも左手しか使えない。できるだけ至近距離で撃ちたかった。
俺の動きに感づいた男たちが一斉に車の中に入って行く。中国側のワゴンがいち早く一台逃げて行った。
クソ坊主は俺の存在に気付いてアタッシュケースを慌てて閉めようとして、車のボンネットから落とし、札は風に舞い飛んでいく。
俺はクソ坊主に銃を向けながら走る。アタッシュケースをほったらかしにしてクソ坊主は自分の車に逃げるように走っていく。俺はその背中に拳銃を向けて、一発撃った。銃弾はクソ坊主の肩の肉をえぐりとるように飛んでいく。
クソ坊主の足は止まらない。クソッ!ちょっとだけずれちまった。
一台の車がクソ坊主を庇うように、俺の前を横切りながら俺の後方へと逃げるように通り過ぎていった。
残った中国人がワゴン車に乗り込み逃げようと車を発進させる。その時、刑事の放った銃弾が車のフロントタイヤをとらえ、車はバランスを崩して車ごと海に落ちていった。
暗闇に水しぶきと、大きな音を響かせながら車は海に飲み込まれていく。
クソ坊主側のワゴン車が凄い勢いでバックして行く。そして助手席の窓から拳銃が火を噴いた。女達を狙っている。
クソッ!口封じか!?……俺は急いで女達の所へと向かいながら拳銃をその車に向け発砲した。銃弾は車のフロントガラスに当たり蜘蛛の巣を作る。
刑事はクソ坊主目掛けて拳銃を構えていた。クソ坊主が乗ったと同時に車が発進する。刑事はその車目掛けて発砲する。銃弾は窓ガラスに当たるが高い音を響かせて弾かれた。
防弾ガラスか……
俺は足を進めながら、後ずさっていく車にむけてもう一発発砲する。銃弾はワゴン車の右ヘッドライトに命中した。その時だ!ワゴン車から銃声が聞こえた。
「キャー」
女達の悲鳴が響き渡り。女が一人、コンクリートの上に倒れる。
刑事はそのワゴンに向けて発砲する。銃弾は車の横腹に食い込んで穴を作るが、止める事まではできなかった。
クソ坊主の乗った車も、猛スピードで暗闇に向っていく。俺はその車の後ろ姿に向けて発砲するが、銃弾はその車体に弾かれてしまう。
「レイ! アブナイ!!」
そんな中でシュリュウの声が響いたのを聞いた。俺はその声に反応するように後ろを振り返
る。
さっき俺の後ろへと過ぎていった車が、ライトも点けずに猛スピードで俺に向ってきていた。
車は眼の前まで迫っていた。まずい! 避け切れない!
「死なないで」
一瞬頭の中に沙羅の声が響いた。
玲達は人身売買の現場を目にする。女達を助けるために、祥を捕まえ沙羅の居所を聞くために、戦いを挑んでいく。
玲に迫り来る車!玲はどうなってしまうのか?




