自業自得と言う悲しい言葉
体が重い……吐き気がする……体が熱い……
薄っすらと目を開けると、薄暗い空間の中にいた。
ここはいったい何処だろう?……寝返り一つするのも一苦労するくらいに、体が重くだるかった。
私の周りにも、何人かの人の気配がしていた。
「ねえ、あんた大丈夫?」
声だけを聞くと私と同じくらいの年齢じゃないかと思うような女性の声がした。
全然大丈夫じゃない。体調は最悪だった。
遠くの方で重そうに軋むような音がしてドアが開く。外からの空気が流れて入ってきた事によって、私を囲んでいた淀んだ空気が流れていく。
それを肌で感じた。
「……沙羅…気がついたか?」
聞きたくも無い声が聞こえてきた。
目は開いているのに、ぼんやりとしていてよく見えなかった。祥が今どんな表情を浮かべているのかよくわからない。
私の目、どうしちゃったんだろう……
「まったく、中国製はこれだから、困るんだ……使う前に試してみてよかったな」
祥の声でそんな言葉が聞こえてくる。いったいどうゆう事なのだろうか……
中国製? 試す? いったい何を?
「若、今日はどれにします?」
祥とは違うちょっとかすれた声で、なんとなくいやらしい印象を受ける話し方をする男の声がする。
「じゃあ、アイツとその奥のヤツとそれから一番奥のヤツとそれからコイツと沙羅の隣のヤツにしよう」
祥は私の周りにいる人達に指を指しながら、話をしているらしい。
一人の男が私が入れられている部屋のドアが開く。鉄の軋むような音。どうも私は檻らしき場所に入れられているらしい。ぼんやりと鉄格子らしきものが見えた。
目がよく見えないから、自分のおかれている現状が把握しにくかった。
私に声を掛けてくれた女性が引っ張られていくのが分かる。
「ヤダ!」
女性の叫び声が聞こえてきて、女性が男の手を逃れて私の背中側へと走りこんできた。
とても怯えているのが雰囲気でなんとなく感じ取れる。
ぼんやりとした視界の中に男が入ってきて私の背中側にいる女性の腕を掴み、無理矢理引っ張って行く。私は重い体を無理矢理起こして、その男の腕に掴みかかり噛み付いた。
男は女性から手を離し、私の頬目掛けて張り手を放とうとした。
「やめろ!」
祥の声が響きわたる。男の動きが瞬時に止まり、私は張り手を免れた。
「その女は特別だからな、絶対に傷つけるな、いいな!」
祥の言葉に男は何も言わず、嫌がる女性を無理矢理引っ張り上げて連れて行ってしまった。
私は特別? どうゆう事なのだろうか……今連れて行かれた女性達は何処に連れて行かれるのだろうか。私の頭の中は疑問だらけだった。
祥達の足音が遠ざかっていく……。
「あんた、大丈夫? 熱があるみたいだけど」
一人の女性がそう言いながら私の額に手を当てる。
「凄い熱だよ……ここへ来る前に何か飲まされなかった?」
女性の言葉に初めて気付く、この嫌悪感の原因になったもの、祥があの時に私の口の中に入れた薬。即効性の睡眠薬って言っていた。
中国製ってこの事? 試したって、私で試したって事なの?
「やっぱり、何か飲まされたんだ……ここに来る女の中で何かを飲まされた後で運ばれてきて生きてるのはあんただけだよ……後はみんな死んじゃった」
その言葉は衝撃的だった。死んだって……じゃあ私ももしかしたら死んでたかもしれないって事よね。祥がそれを承知で飲ませたって事は、死んでもかまわない存在だってことなの?
私は思わず笑った。とても可笑しかった。あんなに必死になって私と結婚しようとしていた祥が……ね。
なんだか逆に自分の中でスッキリした気持ちになっていた。私の中にあったしがらみって言うのかな。足かせになっていた過去が全て取れたような気がした。
この体のだるさも熱も吐き気も副作用って事よね。目が見えずらいのも……このまま見えなくなるなんて事無いよね。一瞬嫌な不安が頭の中を過ぎっていく。私はそんな不安を無理矢理振り払った。
私は重い体を引きずるようにして壁にもたれかかりながら、深くため息をついた。
「ねえ、あの女の人たちは何処へ連れられていくの?」
私は最初に声をかけてくれた女性の事が気になって眼の前の女性に聞いた。
「あいつらはね、人身売買ってヤツをやってるの。できるだけシャブ漬けになってない女を選んで持っていく……」
人身売買……祥が裏でそんな事をしてたなんて、全然気付かなかった。
もしも知らずに結婚していたら、知らないとは言えその片棒を担ぐ事になっていた。考えるだけでも寒気がはしる。
「ここにいる女達のほとんどは街で援助交際をしたり、シャブ漬けになって抜けられなくなったヤツら……あたしは前者の方、名前は久美、15才」
15才? その年齢に驚いた。
「ねえ、私みたいに薬を飲まされた後に連れて来られた人が死んだって言ったわよね?」
「うん……あたしがここにきてから2人、その1人は眠ったままそのまま、もう1人は痙攣してそのままだった。」
この久美って子はそう淡々と話す。普通人の生き死にの話をこんなに淡々と話せるものだろうか……
「怖くないの?」
「……最初は怖かった。でも毎日のようにそんな事を見せられて、連れて行かれる女がいて、いつかは私もって思うけれど……もうどうでもいいかな……って、援助交際なんてやってたわけだしさ、自業自得だよ」
なんだかとっても悲しかった。こんな淡々とそうゆう言葉を言ってしまう15才の女の子が眼の前にいる事が、何処の国に売られるか分からない、もしかしたらシャブ漬けにされて、最終的には野垂れ死にするかもしれないような現実が待ってるのに、それに対してしかたがないって思ってしまう。そんな子が目の前にいる事がとても悲しくて、切なくて、胸が苦しかった。
そしてそれを商売にしている祥みたいなヤツらがいる……激しい怒りを感じた。
「……あきらめ……な…いで……つっ……う」
胃が痛い……胃の方から何かが押し上げられてくるような……痛い……痛い……
お腹に手をあて、そのまま横になるように床に倒れ込んだ。
吐きそう……
寒気が走って脂汗が流れ出る……苦しい……
久美は私の顔色の異常さに気付いて、鉄格子越しに大きな声を張り上げる。
「誰かきて!さっきの特別な女の人が大変!!」
その声に誘われるように、革靴で走ってくる足音が聞こえた。
あまりの痛さに、気が遠のいていく……。
助けて……助けて……苦しい……
玲……
私は心の中でその名前を呼んでいた。




