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愛しき殺し屋  作者: 海華
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滴る血が眠りを誘う

血は止まる気配を見せずに、溢れ出す様に押さえている指の隙間から滴り落ちていた。

眼の前には二人の敵、この深手で俺に勝ち目があるか……

俺はそんな弱気な自分の姿に苦笑した。少し前まで死ぬ事なんて怖くも無かったのに。

今ではしがみついてでも命乞いをしたいと思っている自分がそこに居る。

沙羅を助けなければ。その気持ちが心の奥底から叫び声をあげていた。

如月が俺に向ってゆっくりと近付いてくる。

俺は如月の動きに注意を払いながら着ていたジャケットを脱ごうした……その時に気付いた。

右手が動かない……まったく右手に力が入らなかった。

かなりの深手だ、神経を断絶していてもおかしくないな……冷静な自分が顔を出し、一瞬にして自分の症状を分析している。

左手しか使えない中でジャケットを脱いだ、そして如月の懐に飛び込んで行く、如月は一瞬予想してなった俺の行動に、怯んだがすぐに体制を立て直して身構えた。

如月まであと1メートル。俺は手に持っていたジャケットを如月に投げつけた。

如月の視界を一瞬奪い、俺は体制を低くして、足払いをして如月を倒す。そしてナイフの持っていた手を踏みつけ、握っていたナイフを取り上げる。

女がそんな俺に襲い掛かろうとナイフを振りかざして近付いてくる。俺は片膝をついて左手でナイフを如月の首元に当てた。

如月と女の動きが瞬時に止まる。

「沙羅を何処に連れて行った」

俺は如月の首にナイフを突き当てて、強い口調で言った。

如月はそんな俺の言葉を鼻先で飛ばすように笑う。

時間が無い……その間にも血は滾々(こんこん)と湧き出て止まらない。

「殺したかったら、殺せばいい」

如月は目をギラつかせながら俺の方を睨みそう言った。

女がその言葉に反応するように俺の方に走るように近付き、ナイフを思い切り俺の腹に向けて突いてくる!

俺はそれを寸前でかわし、如月から離れた。如月がゆっくりと立ち上がる。

如月がだらりと垂れ下がったままになってる俺の右手に気付いたらしく、愉快そうに笑い、女からナイフを奪い取り俺に向って一歩踏み出してくる。

俺はナイフを握った左手に力がこもった。左手だけで何処までやれるか……

だが、やるしかない。

如月がジリジリと近付いてくる。

俺の背後を取ろうとして半円にまわりこむ女の姿が視界の中で動いていた。

風の音だけが周りを囲む……

如月が動き出して俺に向って走り出す。俺は如月の心臓を狙ってナイフを投げつけた。

ナイフは心臓をはずし、如月の肩に刺さっていた。クソッ! 外したか。如月は肩を押さえその場に膝を付く。俺はそこへ走りこんで行き、如月の顎に思い切り蹴りを入れる。如月はそのまま後ろに倒れ込み、持っていたナイフは女の方へと吹っ飛んでいった。

まずい!そう思うのと同時に俺は振り返る。女が俺のすぐ目の前まで迫っていた。やっと顔を出し始めた太陽の陽にナイフが光を放っていた。

「そこまでだ!」

女の背後から刑事が拳銃を構え、そう言いながら飛び込んできた。女は舌打ちをしながら動きを止める。美しいその顔から作り出される冷やかな笑みはまるで魔女のようだった。

ほっとした俺の視界がグルグルと回り始め、額の奥に鉛のような重さを感じながら、体重を支えきれなくなり、俺はその場に膝を付き、体が傾いていき、ゆっくりと草の上に倒れる。

ああ……血が足りねえ……

俺の足元で草を踏みつける音が微かに聞こえる……倒れていたはずの如月が起き上がり、背の高さ程に伸びた草の中に分け入りながら逃げていく気配がした。

一撃でしとめられなかった、俺のミスだ。

如月の気配が完全に途絶えてしまう。

クソッ! 体が思うように動かない。

動けない事で如月を取り逃がしてしまった事に苛立ちを感じていた。

女は刑事に銃口を向けられたままの状態でその場に立っていた。

「ナイフをよこすんだ」

刑事の声に女は含み笑いをして、ゆっくりと振り向いたかと思った瞬間、刑事に向ってナイフを放った。刑事はナイフをかわしながら、銃を撃つ。銃声が響き渡る中で、銃弾は女の頭上を飛んだだけだった。女は素早い身のこなしで茂みの中へと入っていき、姿が一瞬にして見えなくなてしまう。

茂みの中に向けて銃弾をさらに2発打ち込むが、もはや無意味な事だった。

刑事は舌打ちをし、髪の毛を掻き毟りながら苛立ちを逃すように、短いため息をついた。

「大丈夫か?」

刑事がそう言いながら俺の傍に来て抱くようにして俺の体を起こす。

俺の右手は血で真っ赤に染まっていた。貧血を起こしているらしく頭の中が朦朧としてきていた。

「遅いぞ」

俺は朦朧とする中で、皮肉めいた笑みを浮かべて刑事にそう言った。

目を開けている事すら辛くなってきていた。

もう一人、綺麗な黒い長い髪の毛を後ろで束ねた男が俺の傍に駆け寄ってくる。

沙羅の母親のボディーガードをやってる男でシュリュウと言う。俺を見るなり、自分のベルトを外して、脇の付け根辺りにベルトを巻きつけてきつく締めて止血した。

「悪いな」

「イイエ」

俺の言葉にシュリュウは、片言の日本語で答えた。

瞼の重さに耐えかね静かに目を閉じる。意識はある。耳は聞こえていた……

ただ異常なほどの眠気に負けそうになる。それを必死に追い払いながら意識をとどめていた。

俺は刑事とシュリュウに抱えられるように廃ビルから出て、車に乗せられた。

そこから俺の意識は消えてしまった。


沙羅の声が聞こえたような気がした……重い瞼を静かに開けると、そこには白い天井が見えた。

ここは……どこだ?

そう思いながら、しっかりと目を開くと、頭に包帯を巻いた刑事の顔が眼の前にあった。

「気がついたか?」

刑事の言葉に今までの事を思い出す……そうだ俺の右腕……

ゆっくりと 自分の右腕に目をやると真っ白な包帯が巻かれた腕がそこにあった。

試しに力を入れてみる……やっぱり力が入らない。

予想していた事を現実として目にした時、人間てのはこうも不思議な感覚に陥るのか……

自分の事なのに実感がまったくわかなかった。

「シュリュウは?」

「お嬢さんと母親の居所を探しに行った。俺がついていながらすまん」

刑事はそう言って、俺に頭を下げる。

「あんただけのせいじゃない」

俺もあの場所にいたのに、沙羅を助ける事が出来なかった。

「この腕はいつになったら包帯が取れるんだ?」

「5日くらいで抜糸はできるそうだ……ただ……」

刑事がその後の言葉を言いずらそうにしている。なんとなくわかってるさ……覚悟はしてる

「神経断絶……か」

俺の言葉に刑事は慌てた顔をして、立ち上がり口を開く。

「日常生活には支障はない……ただ指先の細かい作業は難しいだろうと言っていた」

刑事の言葉に俺は鼻で笑う。なんのフォローにもなりゃしないな。

俺の指が動かなくなって、沙羅は喜ぶかな……もう殺し屋はできそうもない。

そんな風に考えている自分に笑えた……そして殺し屋をできなくなってしまう事に、少し安心している自分がいる様な気がした。

5日で抜糸か……待ってられる訳が無い。

あの祥の事だ何をするか分からない。それにクソジジイも関わってるに違いない。

一刻も早くなんとかしないと……。

俺はそう思いながら、静かに点滴を見ていた。





玲の怪我は深いものだった。指が動かなくなる。

殺し屋としては生きていけなくなるのか?その事実に安心する玲がいた。


沙羅と母親はどこへ連れ去られてしまったのか?

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