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愛しき殺し屋  作者: 海華
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良くも悪くも自分しだい

このストリップ劇場に来たのが昨日、なのにもう玲に会いたくなってる。

玲に貰った携帯。今私と玲を繋いでいるのは唯一この携帯だけ。アドレスの中にたった一つだけ玲の携帯番号とアドレスが登録してあった。

昨日の夜にメールしたら、朝になってやっと返事が来た。

私が書いた事への返事じゃなくて、ただ一言「おはよう」だけしか書かれていなかった。

玲らしいと言えばそうだけど、あまりにもそっけないメールに淋しさを感じていた。

情けないな……しっかりしないと……


ここのストリップ劇場の踊り子さん達は胡蝶姉さんを含めて、みんな優しい人達ばかりだった。

私の事情を誰一人として聞かずに普通に接してくれている。これも胡蝶姉さんの力なのかもしれない。

昨日の夜すでに皆さんに迷惑をかけてしまった。一生懸命に料理を作ったのはいいんだけど、砂糖と塩を間違えて、とんでもない味を作ってしまった。

自分がお嬢様育ちだった事を理由に、料理の勉強をしてこなかった自分を情けないと思った。佐々木とゆう先生が傍にいたにもかかわらず、甘えていた自分を後悔した。

料理は私が来る前同様に、他のお姉さん達が順番でやる事になった。

私はとゆうと洗濯と掃除だけを任された。

今日は朝から洗濯しながら掃除して、やっと今日の分の洗濯が終った。

私は窓際に椅子を置いて、ガラス越しに外を見ながら一息ついていた。

深い深いため息が出る。昨日から今日に掛けて。ここにいるお姉さん達を見て考えさせられた。

ここで働いてるお姉さん達のほとんどが、家族ために此処で働いている。

前に由香里に言われた事を思い出す。「お金を稼ぐ事がどんなに大変な事なのか。お金がどんなに大事なものなのか」

ここにいるお姉さん達を見ていると、私の育った環境の甘さを痛感させられる。

お姉さん達の中にはこの仕事に対してプライドも何も無く、お金のためだとわりきってやってるお姉さん達がいる。

でもその自分のおかれている立場を、周りのせいにもしないで必死に働いている……その生き様はカッコイイとさえ思った。

人それぞれ、生まれ育った環境、そして生まれ持っての気質や性格によって、考え方や価値観はさまざまだと思う。

どれが間違いでどれが正解なんて、はっきり言ってわからない。

どの環境や立場にも、辛い事や思い通りになら無い事なんて沢山ある。辛い時苦しい時、ついつい自分を取り巻く、周りの環境や人のせいにしてしまいたくなってしまう。実際に自分もそうだったと思う。

だけどたぶんそれは違う……と思う。

結局そこから抜け出すには自分の力が必要で、自分の考えや価値観、プライド、そんなもので雁字搦めになり囚われている自分がどんなに幅の狭い人間なのか。

周りの環境や考えを変えるよりも、自らの視点や考えを変える方がよっぽど簡単だし、意味のあることだとゆう事をあの家を出て学んだような気がする。

松永恭次郎の懐で育てられた事で、自分を取り巻く環境を恨んだ事もあった。でも今は違う。たぶん他の人達よりも幸せな思いもしてきたと思うし、あの環境でしか体験できなかった事も体験できたと思う……

それを私のこれからの人生に生かしていけるように心の中に留めておきたい。今はそんな風に思えるようになった。

だけど……だけど、やっぱり松永恭次郎の考えは間違ってる。確かにお金は必要だし大事だけど、そのために人の存在を否定して抹殺するなんて……そして自分の邪魔になる者は全て排除する。そんなやり方は絶対に間違っている。

松永恭次郎……あの人は可愛そうな人……なのかもしれない……

孤独で、臆病で、弱い……人の心を信用できないのは……裏切られる事を恐れているから……

私は一つ深いため息をつく。

昼間でもストリップ劇場に入って行く人達をなんとなく見ながら、そんな事を考えていた。


刑事さんと胡蝶姉さんも昨日こうやって窓の外を見ていた

昨日の鬼柳のヤツ等、何の用だったんだろう? 胡蝶姉さんはあの後、一言もその話題に触れない。だから私も聞いちゃいけないのだと思って聞いてない。

正直に言うともの凄く気にはなっていた。

なんとなく私の事のような気はする。此処が鬼柳の息のかからない場所なだけに隠れるにはちょうどいい事ぐらい鬼柳のヤツらも気付いているだろうし。

鬼柳のヤツらを含めて、私の存在を探してるヤツらはどのくらいいるんだろう……。

それを考えると、寒気が走り心の中に恐れに近い不安が広がっていくのを感じる。

玲といる時はどんな事があっても安心できていたのに。一人になった途端、これだもの……だらしが無いぞ!沙羅!

私は自分の腹に渇を入れた。


頭に暇が出来たのか、色々な事が頭を過ぎっては私の心に触れていく。

由香里はどうしているだろう? 無事に退院できただろうか? 学校は?

学校に行けなくなると、なんとなく行きたくなるのは何でだろう?

玲が言っていた……「亡くしてからその大切さに気付いても遅い」

この気持ちもそれと似てるのかな?

「亡くしてからその存在の大切さに気付いても遅い……か」

……お母さん

私の心に強い衝撃として触れていく。

その強い衝撃に押し流されるように、私は椅子から立ち上がり自分の鞄の中から、写真と絵本の切れ端を出す。それを床に広げて見た。

優しく微笑む母……それはまさに私の薄れてきている記憶の中に残っている笑顔そのものだった。

そして膝の上に幸せそうに微笑んでる赤ちゃん……これが私……

思い出す。母の優しい手と柔らかい微笑み。その中に包まれていた頃の自分。

知らず知らずのうちに頬を伝って涙が流れ落ちていた。写真の上に涙の点が痕をつける。

心は母の存在を求めている……会いたい……

私の心がそう呟いているようだった。


辛い事や苦しい事があった時、ついつい人や周りのせいにしてしまいたくなる事がある。だけどそれは少し違うような気がする。そこから抜け出すために必要なのは、結局自分の中の自分。沙羅はあの家を出て色々な物を見て少しずつ学んでいく。

そんな中で母親に対しての気持ちも整理されていく。自分の中の自分は何を求めているのか?

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