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愛しき殺し屋  作者: 海華
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別れ際の抱擁

この間の寒さとは違い、今日は温かい日差が差していた。

冬の匂いが混ざる秋の終わり。


今日はあの無精髭の刑事さんが私を迎えに来る。

母が突然現れてから3日が経っていた。まだ自分の中で整理はついていない……だけど自分なりにゆっくり考えようと思っていた。

店内にコーヒーの香りが漂い、私の前にコーヒ−を差し出して、玲は静かに微笑んだ。

前よりも笑顔が柔らかくなったような、そんな気がする。この笑顔を近くで見れなくなてしまうのは少し淋しかったけれど、玲が危険な目にあったり、私が足手まといになるのはもっと嫌だった。それに全然会えなくなる訳では無いと思う……たぶん……ちょっと不安ではあるけど。

眼の前に差し出されたコーヒーを口にする。前に入れてくれたコーヒーよりも、少し苦味を感じた。

玲は煙草を吹かしながら、私の表情を見て微笑んでいる……何か意味があるの? そんな風に問いかけたくなる感じだった。

「3日前に母親が現れて、色々と考えただろう? 少しは大人になったんじゃないかと思って、今日は少し苦めにした」

玲はそう言うと、冷たい瞳の目じりを下げて微笑んだ。それは温かい笑顔だった。

初めてあった時の、あの凍りつくよう冷たい表情を忘れてしまうくらい、とても温かい笑顔だった。まるで今日の日差しに似ている。

そんな玲を見ていると、心の底から熱い思いがこみ上げてきて、玲にどんどん惹かれていく自分を感じる。


店のドアが軋んだような音を立てて開く。刑事が姿を現した。前の時とは違って、髭もちゃんと剃ってあって、少し印象が違って見えた。

玲はそんな刑事を見て鼻で笑う。

「……レディーを迎えに来るのに、あの無精髭じゃな」

刑事はそう言って、少し照れたように顎に手をあて撫でてそう言った。

「沙羅、これを渡しておく」

玲がそう言って、私に差し出したのは携帯電話だった。

私は車から逃げ出した時に、どこかに携帯を落としてきてしまっていた。玲と会ってから特に必要性も感じていなかったから、すっかり忘れていた。

私はその携帯を受け取る……

「電話したかったら、いつでも電話して来い」

玲がそう言った。そう言ってくれた。今までになく優しい表情でそう言った。私は携帯を握り締めて声も出ずにただ頷いた。

「俺は先に外で待ってるから」

刑事は鼻で笑いながらそう言うと、店から出て行った。もしかして私達に気を使ってくれたのかしら? 意外に気が利くのね……そんな事を私はコーヒーを飲みながら思っていた。

玲がカウンターの中から出てきて私の前に立つ。そして私の髪の毛を掻き揚げて、額に口づけをする。優しい温かい口付け……

顔を離して私の顔を玲の瞳が見つめている。

「……いいか無理して自分から危ない事をするなよ」

玲の瞳が澄み切った秋の空のように淋しい雰囲気を漂わせながら揺れていた。

私はその瞳に吸い込まれるように、掛けていた椅子から立ち上がり、少し背伸びをして玲の唇に口づけをする。

熱い……とっても熱い気持ちが込み上げて来て、離れる事を選択しながらも離れたくない気持ちが心の中に広がっていた。

玲の腕が私の背中に回り、強く抱きしめられる。唇の熱が伝わってからだが熱くなった。

玲の唇が静かに離れ、私の体に触れていた腕も離れていく……そして私から目を逸らして、背を向けた。

「玲……お願いだから生きていてね」

私は玲の背中に向ってそう言った。玲は背中を向いたまま手を上げ、手を振っていた。

その背中に飛び込んで行きたい気持ちに無理矢理嘘をつき、私は携帯を胸に抱きしめてドアに向って歩き出す。後ろを振り返らずにドアを開け外に出る。

外では刑事さんが車の所で待っていた。

「よろしくお願いいます」

私はそう言って、刑事さんに礼をする。刑事さんはウィンクをして車のドアを開けた。私は車に乗り込み、店の中を窓ガラス越しに見ていた。

玲、無事でいてよ……そしていつかまた一緒に同じ時間を共有したい……

私はそう心の中で密かに呟いた……。

刑事さんがエンジンをかけて車を出す。玲の喫茶店が遠ざかっていく……

なんとなく胸騒ぎにも似た淋しさを感じていた。


車は街の中を通る。まだ人の波は小さく。ビルや店の建物が淋しそうにひっそりとしていた。

景色が進行方向と逆へ流れていく。車はいわゆる貧困街とゆう区域に入っていた。いつの間にかそんな名前が付いた街。

車はコンクリートの壁が崩れかかっているアパートに近付いて行く。すると刑事さんが舌打ちをしながら、急ブレーキを掛けて車を止めた。アパートの横脇のほうから柄の悪そうな男達が数人出てくる……

「悪いなお嬢さん、別の場所に案内する」

そう言って、刑事さんが急いで車をUターンさせる。男達もそれに気付いたのか、急いで散り散りに車に乗り込むのが見えた。

刑事さんの車は急発進する。貧困街を出る直前に高級外車、数台と私達はすれ違った。こんな貧困街には不釣合いな車。私はその車に視線を奪われ行き先を確認するように高級外車の姿を追う。刑事さんもルームミラー越しにその車を見ていた。

高級外車は柄の悪い男達の車を遮るように止まり、ドアを開けて人が飛び出した。柄の悪い男達の方も車を止め車から飛び出した。

いったいこれはどうゆう事なんだろう?

「あの高級車、お嬢さんの知り合いか?」

刑事さんにそう聞かれたけれど、私にはさっぱり検討も付かなかった。

いったいあの人達は何者なのだろう?

刑事さんは窓を開け、後ろの乱闘騒ぎを見ていた。日本語に混ざって中国語が聞こえてくる。

中国?……お母さん?……私の頭にそんな単語が浮かんでいた。

「……とにかく助かった。とっととここから離れよう……」

刑事さんはそう言って、車を発進させた。

あの中国語を話す男の人達とお母さんは関係があるのだろうか……

私は男達が乱闘する姿を、車の中から見ながら考えていた。


沙羅の身を守るために、刑事に匿ってもらう事になった。

沙羅と玲は、離れがたいように口づけを交わし抱しめあった。

柄の悪い男達の前に現れた、高級外車の男達はいったい何者なのだろうか?



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