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愛しき殺し屋  作者: 海華
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消えた過去 作り出す未来

どのくらいの時間を二人で寄り添いながら過ごしたろう……

雪は小降りになっている。薄く延ばしたコットンを小さく切って降らせたように、風が吹けばあっとゆう間に飛ばされてしまいそうな軽い雪だった。

玲は何も言わずにただ私の頭を撫でている。何も言わなくても玲の優しい心が伝わってくるようだった。

「……私はどうしたらいいのかな?」

私はなんとなくそんな言葉を口にしていた。深く考えていたわけじゃない。ただ心の中の色々な感情で混ざってしまった色を、全てリセットして白に戻したかった。

そんな事ができるわけもないのに……

「……俺には母親がいない……」

玲がいつもの調子で淡々と冷やかな口調で話し始めた。玲の母親? 妹さん以外の身の上話を初めて聞いた。

「母親だとか父親だとか、今まではそんな事を考えた事もなかったし、一人でいるのが普通であたりまえ……お前が父親の事だとか母親の事で苦しんだり悩んだり……ホント面倒くせぇ人種だなって思ってる。だけど……ちょっと羨ましい……」

玲はそう言うと、私の頭を撫でていた手を下に移し。私の頬に優しく触れる。

私がこんなに苦しんでるのに、羨ましいって……どゆう事!? 一人のほうがよっぽど気が楽だと思うけど……

私は頬に触れた玲の手に自分の手を重ねて、玲の顔を見つめる。

「一人でいるのはしがらみもなく、干渉される事もない……しがらみや干渉、そうゆうものを面倒だと俺自身も思ってた……お前と知り合うまではな……お前が俺の事を思って言ってくる言葉、心配してくれる気持ち……たぶん俺の事を愛してくれる母親が存在していたら、きっとこんな感じで鬱陶しく感じながらも、その中に温かい心地よさを感じていたんだろうと思う」

玲はそう言って悲しく鼻で笑う。そして私の方を向いて私の瞳の奥まで突き刺さるような視線で私を見つめた。

「あの人も、きっとお前の事が心配だっただと思う……だからお前を探してほしいって依頼をしたんだろうし、危険な確率だってあるのに日本に来たんだろう……」

玲のその言葉に私の心臓は高鳴る……ううん、言葉じゃない。玲のその深い淋しい瞳に惹かれるように心臓が高鳴っていた。

「だけど……玲が言いたい事もわかるけど……」

私はその後の気持ちを旨く言葉に出来なくて、口をつぐんだ。

「俺の肉親は妹だけだった……そしてその妹は今はいない……亡くしてからその大切さに気付いても遅い……突然現れて驚いたとは思う。だけど実際に生きてたんだ……」

玲の瞳に影が差し、瞳の色を闇色に変える……深い深い悲しみの中で玲の歩んできた人生が、玲にとってどんなに過酷で冷酷だったか……自分の手で唯一の肉親である妹を殺めてしまった悲しみは、深く底なし沼のように限りのない悲しみなんだろうと思った。想像ができないくらいに。

「お前の偽りの過去を俺にくれないか? そしてお前は真実の新しい過去を胸に抱いて生きて行け……そのかわり俺の真実の過去をお前にやる……」

玲の言葉に私が首をかしげる。言葉の意味をすぐに把握できなかった。

偽りの過去を玲にあげて真実の過去を受け入れろ。ここまでは話がわかる。だけど、玲の真実の過去って何? じゃあ今私が知ってる過去って嘘なの?

不思議そうな顔をしている私に玲は悲しい瞳で優しく笑う。

「俺の本当の名前……神崎拓海……今は亡き俺の名前だ」

玲はそう言うと、とても切なそうに目を伏せる。

本当の名前?……今は亡き名前? 私にはそこから意味を想像できるだけの経験がなかった。

「どうゆう事?」

「神崎は俺の養父の姓、拓海は施設の先生がつけてくれた名前だ……俺は中学の時に死んだ事になってる……俺の戸籍には死亡って文字が書いてあるのさ……この名前の人物が生きていることを知ってるのはごく限られた人間だけだ……その特別をお前にやるよ」

玲はそう微笑んで言ったけど、私はちっとも嬉しくなかった。だって死んだ事になってるって、それじゃあこの世に戸籍がないって事じゃない?

「俺も、おまえの母親と同類なのさ、危険を回避するために仕方がなかった……お前の中で母親が自分を置いていった事に対しての気持ちにこだわってるみたいだけど……今日、お前も俺に同じような事言ったぞ……俺を捨てて刑事の所に行くってな」

「そ、それは!?」

玲の言葉に、私は気付かされた……母が私を置いていった理由……

「お前は俺の事を思って言ってくれたんだよな?……じゃあお前の母親はどうだったんんだろうな……いいか、死んだ事になってる中で、中国国籍を取得するには裏社会の助けが必要になる。それだけでも危険が伴う。それにこの先無事に生きていけるかどうかってわからない状況の中で、自分の大切な存在を連れていけるか?」

玲は私の頭を撫でてそう言う。

そうだね……胸の鼓動が早くなって、顔が熱くなる……涙が流れ出てくる。

玲の過去も母の過去も、壮絶で悲しい……そんな気持ちも知らずに育ってきた……なんだか無性に悲しかった。

小さい私を連れて……しかもまだ命が狙われているかもしれない中で逃げ、上原の尽力があったとは言え、中国へ渡って生きていくことには不安だったに違いない。

自分の大切な存在に危険が及ぶ可能性があるなら……連れていかずにそのまま離れる……私がそう考えたように……

「玲……」

私はその名前を呼ぶ……この名前は玲の本当の名前じゃない……

玲はその名前を呼ばれて、悲しい笑みを浮かべていた。

「拓海……貴方を愛してる」

貴方の本当の姿を愛したい。玲は瞳をユラユラと揺らし、切なそうに顔を歪める……

その表情を見てると私の胸は締め付けられ、息が出来なくなるくらい苦しかった。

「その名前はもう口にするな……お前の心の中にだけ刻んでおいて欲しい」

玲はそう言って、私を抱きしめた。玲の鼓動が私の頬を伝って感じる。

玲の消えてしまった過去が、私の中で生き続ける……

消えてしまった過去を取り戻す事は出来なくても、これから先に作り出せる未来を二人で作って生きたい。そう思った。

世の中に存在を認められてなくてもいい……

私達だけの未来を……






玲の言葉に、母の本当の奥底にあった気持ちを知ったような気がした。

消えて無くなってしまった玲の過去を沙羅はそっと胸の中にしまう。

玲と二人で新しい未来を作りたいとそう思った。


少しずつ、松永恭次郎を抹殺するための準備が始まる?!

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