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愛しき殺し屋  作者: 海華
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火傷の痕に隠された真相

私の心は、嵐の中の小さな舟のように激しく揺れていた。

私を抱きしめた時に漂ってきた香り……懐かしいローズの香り……

いつのまにかそのローズの香りに母の思い出を重ね、私もローズの香りの香水を愛用するようになっていた。

私の心の中で懐かしさと愛しさと切なさと悲しみと……色々な感情が混ざり合って、けして綺麗とはいえない色を作り出している。

今までそうだと思い込んでいた過去が、一瞬にして崩れてしまい、目の前に新たな事実として現れた過去は信じがたいものだった。

母が生きていた!? 眼の前のカウンターに置かれた写真とあの絵本の破られたページ……

それは紛れも無く母を連想させ、私の後ろに座っている女性が母だとゆう事を証明していた。

昔の名前を捨て、中国国籍を取得した!? 松永恭次郎とゆう人間から逃げるために? じゃあ私は? 私を捨てていったって事なんだろうか……

そんな風に考えると胸が締め付けられうように痛かった。

真実を知るのが怖くて、真正面から母と名のる女性を見る事ができなかった。

「それにしても中国にまで渡るとは……いったい何があったんです?」

玲は煙草を吹かしながら淡々とした口調でそう聞いた。

私も裏に隠された真相を知りたい気持ちがあったけれど、それと同時に何があったのか母の気持ちがどう動いたのか知る事を怖いと思っている自分もいた。

女性のため息が聞こえてくる。そして何かを躊躇しているのか、少しの間があった。

「……松永は……私なんか愛していませんでした……そんな生活の中で私は……松永とは別の人を愛してしまった。その私の気持ちの揺れを松永に気付かれしまって、私が松永の意のままにならない事に腹を立て、私の命を狙ったのです……沙羅はその時まだ5歳。私の人生の巻き沿いにはしたくなかった……」

そこまで話をすると、女性の声が途切れ、微かに嗚咽を含む泣き声が聞こえてくる。

私は静かに目を閉じる。母には他に愛する人がいた……

その事実に私はショックは受けなかった。私自身があの父親とゆう存在から愛情を感じた事は無い。だからこの母を名乗る女性が言ってる事もわからなくは無い

私の気になっているのは一つだけ……

「私を捨てたの?」

この質問を聞くのに、かなりの勇気を必要とした。心臓が高鳴りが答えを聞きたくないと叫んでるようだった。

女性は今、どんな顔をしているだろう……あの暮らしの中で母との思い出が私を救ってくれた。それは母が私の事を愛してくれてると思っていたから。

「……沙羅……私の方を向いて私の顔を見て……」

私は胸に手をあて、勇気を出して母を名のる女性と向かい合う……女性は帽子を脱いでいた。

さっき、玲が私を抱きしめ、女性に対して「帽子をかぶれ」と言った意味が分かった。

私の視界ギリギリの所で玲は煙草を吹かしながら、私の事を見つめているのが見えた。私を心配して瞳が切なく揺れている。玲の心の動きが空気を振動させ私に届くような気がした。

女性の焼け爛れた顔を見た時、手が震え背筋に冷たい何かが走るのを感じた。それは思わず目を背けたくなる程の凄まじさを感じた。

だけどその一方で何かを予想し、これから女性の口から出てこようとしている言葉を待っている冷静な自分も存在していた。

女性は遠い昔を思い出すように、言葉を一つ一つ噛み締めながら綴っていく。

「……松永の外出中に車で出かけようとして、車のドアを開けた時……車の中がいきなり炎に包まれ、もの凄い熱地獄の中から私は火達磨の状態で地面に転がった……気を失うことすら許されないような熱さと激痛が襲い、気が狂いそうだった……そんな私を上原が病院に担ぎ込んでくれて励まし守ってくれた……後で知ったのは、外出中に逃げるかもしれないと自分の部下に罠をしかけさせていたらしいの……上原には感謝してもしてもたりないくらい」

女性はそういいながら私から静かに目線を外すと、俯き加減で目を伏せる……涙が雫となってテーブルの上に落ちた。

「……貴女に背格好の似た女を身代わりにして焼死したと見せかけた。一番信頼のある上原の策略にあのクソジジイもまんまと騙されたって訳か……中国国籍を取得できるようにだんどったのも上原だな?」

玲は淡々と、先の先まで読んで女性にそう言った。女性は悲しい瞳をして頷く。

「沙羅……ごめんね……貴女を連れて行く事が出来なかった……捨てたと攻められても仕方がないと思う……言い訳はしない…ごめ……」

その後は言葉にならずにただ泣いていた。

私の目の前にいる女性がお母さん……何度そうやって母を眼の前に呼びたかったか……何度すぐ隣に母の姿があって欲しいと願ったか……

たぶん、この女性がお母さんなんだとは思う。だけど私の今まで生きてきた時間の中でこびりついた記憶が、なかなかその現実を認めようとはしなかった。

「……今はまだ……貴女を母だと……認める事が難しい……もしかしたら……これからも無理かもしれない……今日はとりあえず、帰っていただけますか?」

私のその言葉に女性は、悲しい涙で濡れた顔を無理矢理笑みにして頷いた。

女性は静かに立ち上がると、自分の携帯番号の書いた紙をテーブルの上に置き、静かに店を出て行こうとする。

その背中に駆け寄り、母を抱きしめたい衝動にかられる。頬を涙が伝い、手を伸ばしそうになる。

だけど……私の中の自分だけを置き去りにして行ってしまった母への気持ちが、そんな私を止め母を許してはいなかった。

心の中のバランスが崩れて、苦しくて仕方がない……

いつもだったら、思うまま考えるよりも即行動の私が、慣れない事をしている。考え試行錯誤し、答えを見つけられないままグルグルと同じ思いが頭の中を回っていた。

女性は静かにドアを開け店を出て行く。ドアが閉まった後、一瞬こっちを振り返り立ち止まる……硝子越しにそんな姿が見えた……

玲が私のとなりに椅子を置き、そこに座ると私の肩を抱き強く自分の方に引き寄せた。

長い指が私の髪の毛をくすぐるように優しく触る。

母の背中が遠ざかって行くのが見えた……その後姿は淋しげで、後悔とゆう空気を纏っている様に見えた……


雪が降っていた……少し水分を含んだ重そうな雪……

玲は何も言わない……私も何も言わない……

二人で時計の音がこだまする中で、ただ雪を見ていた……




沙羅の母親が生きていた?しかも中国国籍を持ち、中国人として生きていた。

顔に残る火傷の痕の真相がはっきりとなる。

沙羅を残していった事に深く後悔しているようだった。


沙羅は自分の気持ちをどう結論付けるのか?

玲の生い立ち、本当の名前とは?

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