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愛しき殺し屋  作者: 海華
33/77

虹の光に映る影絵

意外に……って言ったら怒られるかな?

玲の入れるコーヒーにはファンが多いらしく、今日一日に来たお客さんの人数はけっこうな人数だった。来る客は大抵コーヒーを注文して、その一杯だけで新聞読んだり、雑誌を見たりして過ごして帰っていく。

玲は愛想笑いの一つもしないで淡々と仕事をしていた。

こんな無愛想なマスターのいる喫茶店。私なら敬遠しちゃうかもしれないけど……でも確かに玲の入れるコーヒーは美味しかった。

でもよくよく考えると可笑しなものよね。だって私はそんなにコーヒーを飲んだ事が無い。なのにとても美味しいって感じた……何故だろう?


「ねえ、そろそろ閉店時間?」

私はお客さんがいないのを見計らってそう言いながら、店内に顔を出した。

「ああ……うちの店は8時閉店だからな」

玲はコーヒーカップを洗いながら、笑み一つこぼさずにそう言った。でもなんとなくこの仕事も玲には合っている様な気がした。むしろ殺し屋なんかよりもずっとピッタリなんじゃないかって思う。

「ねえ、玲の入れるコーヒーってとても美味しいけれど……なんで?」

私がそう聞くと、玲は無言のままカップにコーヒーを入れて私に差し出す。

これを飲めって事よね? 私はまずコーヒーの匂いを嗅いだ。なんとなく今日の朝入れてくれたコーヒーと匂いが違うような気がした。私は一口飲んでみる……

ゲ!? 苦!! こんなの飲めない。私の顔がかなり渋い顔をしているらしく、玲は軽く鼻で笑う。

「此処のコーヒーにファンが多いのは、一人一人に違うブレンドを出してるからさ。ほとんどが常連だから、だいたいは好みが分かっている……お前に出したコーヒーはお子ちゃま用の飲みやすいブレンドにしたんだよ」

玲がまた私を幼稚扱いする。もう! いつもそうなんだから……

本当は一人の女性として見て欲しいけれど、今は傍にいれるだけでいいや……。

「ねえ、お店閉めたら少し時間ある? 行きたい所があるの」

前に言ってた約束にならなかった約束……玲は考えとくって言ってた。玲もその言葉が前にも言われた事だとすぐに気づいたらしく。はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。

やった〜! 玲とデート!……って思ってるのは私だけかもしれないけど……

とにかく嬉しかった。


車は月に照らされながら、道路を走る。

冷たい風が空気を浄化して、夜の空に星の光が滲み、白と濃い青の幻想的なグラデーションを作り出していた。

「で、どこに行くんだ?」

玲の淡々とした声が横で響く。

「グリーンスカイパーク」

私の言葉に玲は返事もせずに、小さく笑った。

なんで笑うの?……理由はなんとなくわかるけれど……どうせまたお子ちゃまだって言いたいんでしょう?いいもん、そう思われても……。

今日ならきっと見えるはずだから。玲にもアレを見せてやりたいから!


車は街並みを通り過ぎ、木々の生い茂ったグリーンスカイパークに着く。

夜の公園はひっそりと静まり返っていて、ちょっとした微かな音も遠くの方まで線を描いて届いてしまいそうだった。

私と玲は並んで公園の中を歩く。玲は太ももの怪我を気にしながらゆっくり歩いていた。

目的の場所は入り口から比較的近い位置にある。

周りを木に囲まれて、林の中をヒンヤリとした風が冬の香りを運んで通り過ぎて行く。

木々達の切れ間からちょうど月が覗いている。

私の大好きな場所。時間もちょうどいい……。

「ここよ」

私の言葉に玲も足を止め、木々の切れ間から覗く景色を立ち止まって見ていた。

月をまるで包むように白い光が柔らかく輝き、白い光と空の深い青との境目に虹色を作り出していた。木々達はまるで絵本から出てきたかのように、逆光の中で黒に影と化し浮き上がって見えた。

その景色の中を流れるように、風がまるでBGMのように囁き、私達の周りを一瞬包むようにして通り過ぎていく。

「ここの景色。大好きなのよ……今、思ったんだけど……なんとなく玲の持ってる雰囲気に似てるわね」

私はそう言って、玲の顔を覗き込む。玲は目の前に広がる光景を見て黙ってその場に立ち尽くしていた。

月明かりに照らされた玲の顔は、その景色よりも数段綺麗かもしれない。モデルでも十分やっていけると思うけど……

そんな事を思っていると、玲の手が私の頬に触れる。とっても優しい瞳で私を見ていた。なんんだか吸い込まれそうな……風一つない日の、緑に囲まれた湖のように静かな瞳だった。

「俺もこの景色、好きだな……あの月の虹色の輝きはお前の笑顔に似ている……」

そう言って、玲が私の額に口づけをする。私は静かに目を閉じた。玲の口付けが私の顔をなぞる様に瞼に触る、そして鼻……優しい口付けが私の唇に触れる。玲の体温が移ってくるようだった。

玲の唇が私から離れる。私は静かに目を開けた。玲の優しく静かな瞳は私を見つめ動かない。私も玲の瞳の虜になってしまったように動けなかった。

「沙羅……愛してるよ……」

玲はそう言った。だけど言った後すぐに目を伏せて悲しい表情を浮かべる……玲の中に巣食う闇を感じる……

私はそんな玲の両頬を両手で挟んで、自分の方に向かせるとニッコリと笑って、玲に向けてウィンクをする。玲は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

「鬼さんこちら! 手のなる方へ!」

私はそう言って。枯れかかったススキの中に入って行く。ある程度中まで入ってから姿勢を低くして玲から見えないようにしゃがみこんだ。

こうゆう他愛も無い事を玲とやってみたかった……幼稚かもしれない……でもね私自身も恋人同士で恋人として普通の関係を作れなかった。そして玲自身もたぶん普通の事をあたりまえとしてやった事がないと思う……だからこうゆう事がやってみたかった。

私は息を潜めて、ススキの中で動かずにジッとしていた。

キャ! いきなり後ろから手が伸びてきて、羽交い絞めにされる!

「殺し屋相手に鬼ごっこか?」

玲の冷やかな声が私の耳元で聞こえ、玲の腕が私を包むように抱きしめる。

私達はしばらくの間、そのまま動かずお互いの体温を感じながら抱きしめあっていた。

頬に冷たい何かが当たる……雨?……違う雪だ……今年初めての雪……

雪が月明かりに照らされて、キラキラと輝き私の頬に降りては溶ける…。

玲も空を見上げて、その冷たい瞳で雪を見ていた。玲の頬にも雪が降りて溶ける。

玲の頬の体温で溶けた雪の雫を私はペロッと舐めた。

玲は咄嗟に私を見て、もの凄く驚いた顔をする……そして次の瞬間私の体を押し倒すようにして茶色くなりかけた芝生の上に押し付ける。熱く燃えるような瞳だった。私まで溶けてしまいそうだった……私は静かに目を閉じる。


その時だ……周りで微かに音がした……

静かな暗闇の中で、空気が形を変え揺れる……

玲の表情は一瞬にして、いつもの冷淡な表情に変わり、自分達の周囲に神経を集中して耳を澄ませていた。

何かがいる……

それはこの私にもわかった……


玲と沙羅は公園へと向う。公園の一角にある沙羅お気に入りの場所は、まるで玲を連想される雰囲気だった。玲もまた虹色の光に沙羅を重ねていた。

玲の熱い視線に沙羅が目を静かに閉じた、その時!


茂みの中に動くものの正体とは!?

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