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愛しき殺し屋  作者: 海華
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不慣れな温かい風

「刑事さん、私の事を松永恭次郎から守りきる事ができる?」

突然、沙羅が奥の方から顔を出してそんな事を口走った。いったい何を言ってる?俺はこいつと手を組むとは一言も言ってないぞ。

「どういう事だ? 松永恭次郎はあんたの父親だろう? 警察に迎えに来た時はあんな男でも一応父親をしてるだなって思ったが……何かあったのか?」

刑事が沙羅の言葉に興味をしめしてそう聞いた。沙羅は少し悲しい影を宿す瞳をして口を開く。

「……父は……ううん、松永恭次郎は私に賞金を懸けた。こんな立場の私が玲の傍にいたら足手まといになるし、思うように動けないと思うの。だから刑事さん、私を守れる?」

沙羅のその言葉に、刑事は沙羅と俺の顔を交互に見る。そして鼻で笑い人差し指で鼻を掻いた。俺と沙羅の関係性をなんとなく悟ったとゆう顔をしていた。

「俺があんたを匿うって事かい?……そうだな、まあ出来ない事はないと思うが……だけど玲がなんて言うかな?」

刑事はそう言いながら俺の答えに興味深々な面持ちで、俺の表情の一つ一つを見落とさないように見つめていた。

まったく嫌なヤロウだぜ

「刑事さん、俺があんたと組むメリットは?」

「俺の刑事としての立場を使わせやる。殺し屋の立場じゃ入れない所の情報は俺が責任をもって収集するし、いざって時には手を貸してやる。これでも射撃は得意でね」

刑事はそう言いながら顔を伏せ、口元を歪めて微笑んだ。その表情はもうすでに刑事の立場を捨てているようにさえ見えた。

悲しい影を落としたその肩は淋しそうに見えた。

「それで、このお嬢さんの事はどうする? 俺はどっちでもいいが」

刑事のその言葉に俺は迷った。

確かに沙羅の言う通りだとは思う。それに俺といるよりはこの刑事といる方が危険性が低いかもしれない。だが、俺の目の届く所においておきたい気持ちも強かった。

そんな自分の中の複雑な気持ちに俺は苦笑する。

「沙羅の事はもう少し考えさせてくれ」

俺の答えに刑事は沙羅を一度見て鼻で笑う。

「このお嬢さんはお前にとって、よっぽど大事な存在だと見えるね……お嬢さんだけじゃなく、お前自身も狙われてるって事を忘れるな……俺が必要な時はいつでもここに電話しろ……あのクソジジイの息の根を止めるのに一人では無理がある。一人でできるならこの俺がもうやっていたさ……」

刑事はそう言うと唇を噛み締めて、携帯番号の書いた紙をカウンターの上に置いて店から出て行った。

「……沙羅、そう簡単に人を信用するな」

俺は沙羅の方を見ながらそう言った。沙羅は奥の部屋から出てきて俺の傍に来る。この俺みたいに人の事を疑い、いつも用心深く行動するのもどうかとは思うが、あまり簡単に人を信用するのも危険が大きい。特に今の沙羅の状況を考えると。

「だって、警察の中で唯一あの人だけよ、父……じゃない松永恭次郎を睨みつけてたの。だからねあの刑事さんの言ってる事、信用しても大丈夫かなって思ったんだ」

沙羅はそう言いながら微笑んだ。さっきから気になっている事がある。沙羅があのクソジジイの事を父とはいわずに松永恭次郎と言い換えている事。その裏側には沙羅のどんな気持ちが隠されているんだろうか……

「なあ、お前さ自分の父親の事なんでフルネームで呼んでる?」

俺のその問いに、沙羅の表情から笑顔が消え、伏せ目がちに影を差した表情になる。そして自分の胸元を静かに手で押さえていた。重く悲しい空気に包まれていた。

胸元には例の傷があるよな……

「あの人は、もう私の父親なんかじゃない……あの人…あの人は……母を殺したのは…あの松永恭次郎とゆう強欲な怪物……そして私の存在を自分の欲を満たすためだけの道具としてしか見てなかった……もう私はあの人の中では価値の無い人間なのよ……そして私の中でもあの人は……父ではない」

沙羅はそう言って、自分の胸元の服を握り締める。言い終えた唇は微かに震え、深い悲しみを漂わせていた。

やっぱりあの胸元の傷はクソジジイにやられたものだったか……

俺はため息をついた。やりきれない思いが込み上げてくる。俺は沙羅の手を掴み自分の方に引き寄せて抱きしめた。自分の中の妹に対する思いと、父親からの沙羅に対しての仕打ちによって沙羅が感じてる悲しみがなぜかダブった。心臓が痛かった……。

「……玲は本当はとっても温かいよね?」

俺の肩越しに沙羅のそんな言葉が聞こえる。そんな言葉を貰うのに不慣れな俺にはその言葉は痛かった。心臓が激しく鼓動して痛かった。

「玲、私は大丈夫だよ。人はね人を愛する事で強くなるの!自分に守るべき存在が出きるとそれだけで強くなれるんだよ」

沙羅の言葉が俺の体中の血液を流れるように隅々に浸透していく。

俺は抱きしめていた手の力を緩め、沙羅の両肩を掴んで自分から少し離すと、沙羅の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「沙羅……お前はいつまでも光り輝いていろ。絶対に俺側の世界には染まるなよ!」

そう言った俺の顔を見つめて沙羅は優しく微笑んだ。温かい俺には不慣れな笑顔だった。

俺の心の中に一気に温かい風が吹き込んでくるようだった。突然の風に戸惑う俺がいる。自分の気持ちをコントロール出来なくなりそうで怖かった。

俺は沙羅の両肩を掴んでいた手を咄嗟に離し、沙羅に背を向けて喫茶店のドアを開き、外の風に当たる。冷たい風が頬を撫で通り過ぎていく……

この俺の心の中に広がる温かい感覚……

この温かい風に俺も染まる事ができるだろうか……そんな淡い気持ちが自分の中に生まれていた。


その時だ、店の中に携帯の音が響き渡る。

俺は慌てて店の中に戻り、その携帯を取った。

「はい……ああ俺だ……あの時の女性が?………ああ、ああ……わかった、じゃあ今日の夜11時にここで待ってる……ああ…じゃあ」

仕事の仲介人からの電話だった……あの黒尽くめの女性がまた会いたいと言ってきたらしい。

今度は何だってんだ?

俺はあの黒尽くめの女性を取り巻いている悲しい空気を思い出してた。

そして店の中に微かに残っていたあのローズの残り香……


そんな考え込んでる俺の顔に沙羅の手が伸びてきて、俺の眉間に触る。

「またこんなにしわが出来てる……」

そう言って、俺の眉間にできたしわを一生懸命伸ばしていた……

温かくて優しくて凛とした強さを感じる笑みを浮かべ、俺の顔を見ながら微笑んでいた。



沙羅の突然の提案に、刑事も玲も驚いた。沙羅の気持ちをしり玲も理解を示すが、やはり沙羅を手元のおいておきたかった。

沙羅の置かれた状況の裏側に潜む一親と娘の関係を知って、玲はやりきれない思いを感じた。


玲は不慣れな温かい風に染まる事ができるのだろうか?

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