突然の来客は吉か凶か
今日はやけに冷え込んでいる。もしかすると初雪でも降るんじゃないかと思うくらいだ。
3日ぶりに喫茶店を開けた。ここの所沙羅の事や、俺自身が怪我をしちまって店を開けることが出来なかった。
まだ肩の傷も太ももの傷も治ってはいないが、できるだけ早くに沙羅の立場を安全にしてやりたいと思った。前までは妹の復讐しか頭に無かった俺が、今は沙羅を守るために全力をつくしている。
そろそろ潮時かな……殺し屋稼業を廃業する時期かも知れない。
たぶん前々から自分でも気づかない所で、なんとなくはそう思っていたんだと思う。
沙羅との出会いが切っ掛けとなって、その思いははっきりと俺の前に姿を現しつつある。
人を愛するとゆう事は、自分の弱みにもなるし、自分の愛した者を危険にさらす事にもなる。だから俺はあえて心を閉ざし、愛する事、愛される事から遠ざかってきた。
なのに、沙羅はそんな俺の手を取って力強く握って離さなかった。俺の心まで完全に持っていってしまった……。
開店前に二つコーヒーを入れる。カウンターの席には沙羅が微笑みながら座っていた。
「怪我は本当にもう大丈夫なの?」
沙羅はカウンターに頬杖をつきながら、俺を見つめてそう言う。二重の瞳が大きく輝いていた。
「お前こそ、腰はもう大丈夫なのか?」
俺の問いに沙羅はニコニコと微笑みながら頷いていた。自分に賞金を懸けられて、まして命も狙われているかも知れないのに、よくそんな笑顔でいられるな?
俺はそんな事を思いながら、沙羅の前にコーヒーを差し出す。
沙羅はそのコーヒーカップを両手で支えるようにもって、カップの中のコーヒを見つめる。
俺はコーヒーを片手に煙草を吸う。コーヒーの香りが漂う空間に煙草の煙が立ち上っていた。その時突然店のドアが開く。煙草の煙がユラユラと揺れ、俺と沙羅はドアの方に目を向ける。
この来客は、吉と出るか凶とでるか……微妙だな。
ヨレヨレのジャケットにジーンズ、無精髭を生やした男だった。
「まだ開店前ですよ」
俺は入ってきた男を睨みながらそう言った。
「客が来てからだとまずいと思って、この時間を選んでやったんだ……」
男は沙羅の横に座り、クシャクシャに潰れかかった煙草の箱を取り出すと、箱の尻をトントンと叩いた。だが中からは一本も煙草が出て来なかった。
男は小さく舌打ちをする。
俺は自分の煙草を一本出し、その男に差し出す。男は鼻で笑いながらその煙草を受け取った。
「お嬢さん、久しぶりだな……まさかこんな所で会うとはな……」
その男の言葉に沙羅は驚いて、男の顔を覗き込み何かを思い出したような表情を浮かべる。
「……あの時の刑事さん!」
沙羅はそう言いながら咄嗟に立ち上がる。その反動で沙羅が持っていたコーヒーカップが床に落ち割れ、床にはコーヒーが広がった。
俺は雑巾を手に床に落ちたコーヒーカップの破片を拾い、こぼれたコーヒーを拭き取る。
沙羅とこの刑事が顔見知りだったとは……俺はそんな事を思いながら破片を片付ける。
「今日はどんな用件です?」
俺はカウンターの中に入り、刑事と向かい合いながらそう聞いた。
「今日はお前にとっては悪くない提案を持ってきたんだ」
刑事のその言葉に、俺は刑事の顔を上目遣いで睨む。そんな俺を見て刑事は声をあげて笑った。
「そう、敵意を剥き出しにするな……俺はどっちかってゆうとお前側の人間だぞ。同じ人間を狙っているんだからな」
刑事はそう言うと煙草に火をつけ吹かす。
「沙羅……お前は奥に行ってろ!俺とこのお客の話だ……お前には関係ない」
俺は沙羅にそう言った。沙羅は納得してないようだったが、自分がいてはまずい雰囲気を感じ取ったのか奥に引っ込んで行った。
沙羅の姿が消えたのを確認すると刑事は口を開いた。
「あのお嬢さんがここに居るのはどういう事だ? 人質って感じにも見えなかったが……」
刑事は意味ありげな笑みを浮かべてそう聞いてくる。俺はその質問には答える気はなかった。
無言のままコーヒーを入れて、刑事の前に差し出す。刑事はそんな俺を見て鼻で笑った。
「この間の鬼柳組が殺られた事件……お前だろう?……まあ証拠は無いがな……額にめり込んでた銃弾は警察があの事件の一週間前に押収したものと同じものだった……警察の中にも色々なヤツがいるからな……俺みたいに真面目なヤツは珍しい……」
刑事はそう言いながら、コーヒーを啜る。
まったく面倒くせぇ刑事だぜ……回りくどい言い方をせずに言いたい事があるならハッキリ言えよ。
「……お前、いつかはあのジジイを殺るつもりなんだろう?……手を貸してやってもいい」
刑事の口からそんな言葉が飛び出した……俺は特に驚きもしなかった。この刑事があのクソジジイに対して恨みを持っている事を知っていた。
俺はその言葉にも何の返答もせずに、ただコーヒーを飲みながら刑事を見つめていた。
「仕事が終ったら、高飛びする金をくれ……俺だって命が惜しいからな」
刑事は自分の言った言葉に苦笑しながら、煙草を吹かしていた。
「俺に手を貸すとかそんな話はよくわからないが、その松永氏を抹消したい理由とは何だい?あんた刑事だろう?刑事なのにそんな事を言うって事はそれなりに理由があるんだろう?」
俺の問いに刑事は、俺を見つめながら口をゆっくりと開き始めた。
「妻と娘を殺された……見せしめにな……あのクソヤロウを法で裁くには無理がある……それをつくづく思い知らされたよ」
刑事は気だるげにため息をつきながらそう言った。ただカウンターに置かれていた右手の拳は硬く握られていた。
この男もまたあのクソジジイの被害者って事か?……仲間は多い方がいいが……はたして信用してもいいものかどうか……
俺は迷っていた……
久しぶりに玲は喫茶店を開くために店に居た。
開店前の店に突然現れた客…。
この来客は吉とでるのか凶とでるのか、今の玲にはわからなかった。
はたして玲はどうするつもりなのか?




