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愛しき殺し屋  作者: 海華
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変わり行く気持ちに苦笑する

昨日、この隠れ家に着いてから沙羅は眠り続けている。

こんなに沢山の擦り傷や打撲を作って、それでもなお俺を求めて……いやこいつの言葉の通りに言えば俺を助けたくて来たんだろうな。

かなり体力も精神力も費やしただろう。普通の人間でもなかなかできる事じゃない。

ましてお嬢様育ちの沙羅がここまでするとは、まったくこのお嬢様の意思の強さには恐れ入る。


沙羅のこの胸の傷、どう見ても刀傷、あのクソジジイの持ってる杖の隠し刀……そうとしか考えられない。

命を狙ったのか? それともただの脅しだったのか? どっちにしても沙羅の事を娘として扱っていないのは確かだな。そして沙羅も父親を父と思ってはいないんだろう。

俺がこんな事を考えるのもおかしいが、悲しい親子関係だな。

沙羅には普通に幸せになってもらいたいのに。

まただ。まったくこの俺が人の幸せを純粋に願うなんて、今までの自分とはまったくの別人だな。


沙羅と初めて会った時もこのベッドに寝せたんだよな。あの時は松永のお嬢さんだって知ってコーヒーの中に睡眠薬を仕込んで車の中で眠らせて、この隠れ家をばれない様にしたんだ。

なのに今は、ここにこうして沙羅が眠っている、しかも俺自身がそれを望んでここに連れて来た。可笑しいよな。笑えるぜ……

俺は自分自身の変わりようが滑稽で、一人で笑っていた。

「……何、笑ってるの?」

沙羅の寝ぼけた声が聞こえてきた。俺が沙羅の顔を見つめると大きな瞳に俺の姿が映っていた。

「おはよう」

俺がそう言うと、沙羅の手が伸びてくる。伸ばす動作にも痛みが走るらしく少し顔をしかめていた。

沙羅の手が俺の目尻に触れる。

「あのね、おはようって言う時は、こうゆう風に優しく目じりを下げたらどうかな?」

沙羅はそう言いながら、俺の目尻を一生懸命指で下げていた。

何をやってるんだか……長年の生活習慣や表情がすぐに変わるわけがないだろう?

「こうゆう俺が嫌なら、好きな時に出て行け」

長年の生活習慣、言葉、性格はなかなか変わらない。ひねくれたままの性格はひねくれたままだった。

俺は沙羅の布団の上に袋を差し出す。中にはあの時と同じジャージが入っていた。

沙羅は一瞬嫌な予感が走ったような表情浮かべて、自分の布団の中を覗く。

「キャー!」

悲鳴をあげた。予想通りの反応に俺は思わず笑みをこぼす。

「あんた!またやったわね!?」

そう言いながら俺に枕を投げつける。

ちょっとだけ悪ふざけ、また服を脱がして寝かせてやった。

この過剰反応は何なんだろうね? 俺の中には存在しない感情……

生まれた時はみんな裸だったんだ。今更見られたからって減るものじゃないし……それに襲うわけじゃないんだから。

そんな事を思ってる自分に少しだけ安心する。まだ自分の中に冷めた目で物事を見れる部分が残っている事に。そして苦笑した。

今の今まで怒っていた沙羅が急に真顔になって、俺に手招きをする。

何なんだ!?俺の頬を引っ叩くとか?……できるならやってみろ。

俺はそんな事を思いながら沙羅に近付き、床に膝を付いて沙羅の目線と同じ位置に目線を持っていく。

すると沙羅は俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、声に出さずに口を動かして「ありがとう」と言った。

俺は予想と違う反応に少しだけ戸惑った。そう思った瞬間! 沙羅が布団をめくり、俺の方に転がり落ちてくる!? な、なんだ!? 突然の出来事に反応しきれず、俺の体は沙羅の体に押されるように床に倒れ、沙羅は俺の上に乗った状態でしがみ付いていた。

いったい、何がしたいんだ?

沙羅は俺の上で小さく呻き声を上げていた。あたりまえだろうな、落ちた振動で体中に痛みが走っただろうからな。

「お前は何がしたいんだ?」

俺は沙羅の意図がわからずにそう聞いた。沙羅は俺のシャツをキュッと握る。

「ねえ、この私がこんな姿で抱きついても何も感じない?」

沙羅は俺の胸に頬を押し付けたままでそう言った。

なるほどそうゆう事か。俺の反応が見たかったんだ。俺はため息を一つつく。

他の女なら簡単に抱けただろうな……だが沙羅が相手となるとそれができなくなる。

自分の中の感情に蓋をしてしまっている臆病な俺がいる。人を愛する事、愛される事を拒んでる自分がいる。今まではそれでいいと思っていたのに。

「……悪いな……お前が望んだような俺になれなくて……俺にとってお前は守ってやりたい存在だ。だからこそお前に手を触れる事ができないんだ。」

今、俺の中で感じている事をできるだけ正直言ったつもりだった。沙羅にそれが伝わるかどうかはわからない。

沙羅は顔を上げると俺に向ってニッコリと笑顔を浮かべる。

「ねえ、私の怪我が治ってまともに歩けるようになったら、一緒に行きたい所があるの!」

沙羅は無邪気な顔をして突然そんな事を言い出した。開き直りが早いとゆうか、切り替えが早いな。

「……考えとく」

それまで俺が生きている事ができたらな……こんな不吉な事を考えちゃいけないんだろうが、ついつい今までの癖で卑屈になっちまう。生きていく事に希望を持てない今までの癖。

沙羅は俺の言葉にややしばらく俺の顔を見つめていた。

「……わかったわ、考えておいて」

沙羅はそう言って俺から目線を外すと、ゆっくりと顔を歪めながら立ち上がって俺が用意したジャージを着始めた。

俺は上半身を起こして、そんな沙羅の姿を見ていた。

顔を痛々しそうに歪めながらジャージを着ている。淡いピンク色の下着が隠れて見えなくなった。自分でも気付かないような心の奥底で、ほんわりと温かい何かが生まれたが俺はそんな小さな感情を無視した。いや違うな小さな感情が大きくなる事を恐れて拒絶したんだ。

沙羅はジャージを着ると、べッドの上に座って深呼吸を一つする。体の痛みを逃がしているように見えた。

そして上半身を起こしている俺を見つめると。周りの空気が温まるような笑顔を浮かべた。

俺の心がその笑顔に反応するように締め付けられて苦しい。

眩しすぎる笑顔……

「玲が入れたコーヒーが飲みたいな」

沙羅がそう言いながら俺を見つめる。

俺は自分の中のそんな気持ちを無視するしかなかった。今は沙羅の気持ちを受け止めてやれるだけの気持ちが出来上がっていない。逃げてるだけかもしれないな……

俺はそう思いながらゆっくりと立ち上がると台所へと向う。

沙羅と一緒にコーヒーを飲むために……

「何か食べるか?」

俺が沙羅にそう聞くと、沙羅は笑顔で頷いた。

沙羅がこの笑顔をずっと浮かべていられるように……

そのためなら俺はどんな事でもする。そう強く思う俺がいた。



沙羅の行動の裏に、松永恭次郎と何かがあった事だけは予想がついた。

初めて沙羅路出あった時と、今の自分の気持ちの変化に玲は苦笑する。


玲の前に如月が現れ、危険が迫る!



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