自分の気持ちに素直になる
俺はコンビニのおにぎりを頬張る沙羅を見ていた。
この俺が笑ってる。自分の姿を見て自分自身が驚いていた。
生きる事を望んでる俺がいる。もっとこいつと一緒にたいと思ってる俺がいる。
この仕事をしてる以上、いつ死んでもおかしくない。生きていくことに希望を持ってもいなかった。なのに今は違う。
致命的だな。
コンコン……
ノックする音とともにドアが開き、ヤブ医者が入ってくる。
分厚い眼鏡の奥の視線が鋭く光っていた。
何かあったのか!? 俺の中に嫌な予感が生まれる。
ヤブ医者が一瞬、沙羅の方を見て顔を曇らせ舌打ちをする。
「ちょっといいか?」
ヤブ医者がそう言って、俺に目で合図をした。話の内容は沙羅の事か!?
そんな雰囲気をなんとなく感じた。
「私の話なら、ここでして!」
沙羅も同じような雰囲気を感じたのか、強い意志を感じさせるような声でそう言ってきた。
ヤブ医者は俺の方を見る。「本当にここで話していいのか?」そう聞いてるようだった。
俺は沙羅の顔を見る。沙羅の瞳は凛としていて何者にも屈しない強さを持っていた。
まったくこの女には驚かされる。強い女だ……。
何があっても、何を聞いても揺るがないそんな強さを感じる瞳だった。
もしかすると沙羅自身が話の内容を予想していたのかもしれない。
「ここで話してくれ」
俺の言葉にヤブ医者が淡々と口を開き始めた。
「情報屋からの情報だ。松永恭次郎が娘に賞金をかけた。生きた状態で連れ戻せば1千万……」
ヤブ医者はその後の言葉を言おうとして口をつぐんだ。沙羅がいては言いにくい事なのだろうか。
俺がそう感じるんだから、当然沙羅もそう感じたに違いない。
「死んだ状態で返したら?」
沙羅の芯の強い声が聞こえてくる。それは淡々としていて感情を省いたように感じた。
やっぱりあのクソジジイと何かあったな……そう思って、思い出したのが沙羅の胸に残っていた傷だ。まさかあのクソジジイが沙羅を……いや、あのクソジジイならやりかねないな。
俺は凛とした沙羅の顔を見つめた。
「……3百万だ」
ヤブ医者は沙羅の瞳を真っ直ぐに見つめながらそう言った。
沙羅はその言葉を聞いて、まるでおにぎりに八つ当たりをするかのように、大きな口をあけて頬張り、あのクソジジイごと飲み込んでやる! そんな意思を漂わせながらゴクリと飲み込んだ。
自分の娘にまで賞金をかけるとはね。死んでも賞金が出るって事は、生きて帰ったとしても命は無いって事かよ。
「玲……もう一つ、如月が帰って来るぞ」
ヤブ医者のその言葉に俺の神経が一瞬反応して張り詰める。
如月か……そっちも厄介だな。あいつの執念深さは異常だからな。
まあしょうがないから遊んでやるさ。それよりも問題は沙羅の方だ。何処にかくまうか……
「ヤブ医者、ここにしばらくこいつを置いておけるか?」
俺の問いにヤブ医者は不機嫌な顔をして鼻で笑う。
「冗談言うなよ。そんな時限爆弾を俺は抱えるなんてごめんだね。どんなに金を積まれたってまっぴらだ。それに俺のポリシーとして仕事はするが干渉も手助けもしない。面倒はごめんだ!」
ヤブ医者は食いつかんばかりにそう言い放った。まあこいつの言い分もわかるな。
「沙羅、ちょっと大きいが俺の服に着替えろ、今すぐにここから別の場所に移動する。ヤブ医者、服を頼む」
俺はそう言うとヤブ医者は部屋から出て行った。
「ねえ、私が一緒だと迷惑がかかるんじゃない?」
沙羅の優しいしっとりとした声が聞こえてくる。
俺は沙羅の傍らに腰をおろして、沙羅の耳元に小声で囁いた。
「今更、なに言ってる。そんなしおらしい事を言った所で、お前のずうずうしさは消えないよ。お前には俺の心を乱した責任を取ってもらう」
俺はそう言い、沙羅の頬に口付けする。沙羅は二重の瞳をさらに大きくして俺を見ていた。
もう俺の心は決まっていた。自分の望むままにやりたいように……運命!?復讐!?過去!?そんな事なんかより、今は沙羅の事を助けたい気持ちが強かった。
ただそれだけだった。
ヤブ医者が俺の白いシャツとジーンズを持ってくる。
「これに着替えろ」
俺は洋服を沙羅のベッドの上に置くと、立ち上がってヤブ医者とともに部屋から出た。
部屋から出たとたんにヤブ医者が俺の方を振り向いて睨んでくる。
「お前、何を考えてるんだ!? あの女は松永の娘だろう?」
ヤブ医者が小さな声で俺にそう言ってくる。
「だから?」
俺はヤブ医者の言葉を鼻で笑いながら、そう言った。
「ここの所お前の雰囲気が変わったのはあの女のせいだって事はわかる。だが、あの女はあの松永の娘だぞ。考え直せ。やめとけ。とんでもない事になるぞ。まだ死にたくないだろう?」
ヤブ医者が珍しくそんな事を言い出した。あまり人の事に干渉しないヤツだったはずだが。
「……死ぬ!?……俺はもうとっくに死んでる人間さ」
俺はすでにこの世から抹消された人間。俺の言葉にヤブ医者はため息をついていた。なぜそこまで俺に干渉する!? それが不思議だった。
ドアが開く、沙羅が中から出てきた。
沙羅の姿を見て、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
俺と沙羅の身長差はだいたい25センチ、それに沙羅は華奢で細いから、どうやったてそうなっちまうよな。
上に来ているシャツはダボダボで袖がかなり長かった。俺は袖をちょうどいい長さになるまで折り上げてやる。ジーンズだってかなり長い、裾を折り曲げる。ウエストも大きいから落ちそうになるのを沙羅は必死に手で掴んで持ち上げていた。
俺は自分のしているベルトを外して、沙羅のはいてるジーンズにベルトを通し締めた。
かなり不恰好だったが、パンツ丸見えよりはましだろう。
なんだか、子供の洋服を着せている親みたいだな……親にそんな事をやってもらった記憶も無いのにそう思った。
沙羅は頬をほんのりとピンクに染めて、恥ずかしそうに俯いてた。
そんな仕草を見て、可愛いと思ってしまう俺が存在していた。
自分で自分の中に生まれた思いに苦笑する。
「歩けるか?」
俺の問いに沙羅は静かに頷いた。
「本当にいいんだな?」
ヤブ医者はそう言って、湿布の入った袋を手渡してくれる。
俺は何も言わずに頷いた。
沙羅と腕を組み、体重を支えながら一緒に歩いた。沙羅は右足を引きずりながら歩いていた。
本来守るべき立場の父親が沙羅を狙っている。沙羅にはもう戻るべき家が無い。そんな沙羅の置かれた状況と俺自身の中の孤独が共鳴してるかのように胸が苦しかった。
沙羅は何一つ表情には出さないが、ベッドの上で流した涙が全てを物語っているように感じた。
俺と沙羅はヤブ医者の元を後にする。
太陽が少しだけ西に傾きつつあった。
俺は沙羅を後部座背に乗せる。沙羅は痛みに顔を歪めながらシートに座り。そしてゆっくりとその場に横になる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
沙羅はそう静かに答えると目を瞑った。
体の痛みもあるだろうが、自分に賞金をかけられてショックじゃないわけがない。
辛そうに目を閉じる沙羅を見ていて、心が重く感じ俺はため息を一つして車のドアを閉めた。
俺は運転席に乗り、車を発進させる。とりあえず森の中の隠れ家へと向った。
松永恭次郎は沙羅に賞金をかけた。沙羅はその事実を淡々と受け入れいていた。
玲は自分のなかになる沙羅を大事にしたいとゆう気持ちに正直に行動するとにした。
2人の行く手には何が待っているのか?
如月とはどんな人物なのだろうか?




