思いのまま前進あるのみ
車は赤や黄色の葉を茂らせた樹木のトンネルを走っていく。
太陽が一番高い位置に顔を出し、紅葉した葉っぱ達が日差しを一杯に受けて、キラキラと輝いていた。
風が吹くたびに葉っぱ達は樹木から離れまいと、必死にしがみついている様に見えた。
私は逃げる事ばかり考えていた。山の奥深い所まで行く前にもしも逃げる事ができたら…
信号機で止まるたびに、今なら! と思ったけどタイミングが合わなければ、余計に事態は悪化してしまう。それが怖くてなかなか行動に出せなかった。
車はとうとう山道に入り、私を下界から隔離するために走っていく。
私が乗ってる車を挟んで、前に一台、後ろに一台……逃げ切れる自信も無かった。
その時だ、いきなり車の下で激しく何かにぶつかるような音と衝撃があって、車が少し傾いた。そしてすぐに走行不能となり車は止まった。
今しか無い! 私は咄嗟にそう思った。
ドアを開き、道路脇の茂みの中へ飛び込むように入り込む。
「お嬢様!」
上原の声がした。私はその声からできるだけ遠ざかろうと必死で走る。
「追え! 早く!!」
後ろから声が聞こえる。次から次へと茂みの中に分け入ってくる音と生い茂った笹や草木の擦れる音が聞こえてくる。
速く! 速く!! 速く!!! 私は心の中で自分の背中を押すようにそう呟いていた。
今、出せるだけの力を振り絞って、全速力で走る。
走って! 走って! 走って! 枝に服がひっかリ破れる。草が頬をかすめ、血が滲む。
とにかく走った。
車道からかなり離れたと思う。息切れがして苦しかった。
……あれ!?……いきなり自分の足場が消える。私の体は引力に逆らえずに転げるように落ちる。
声をあげる暇もなかった。
木の枝や石、そして生い茂る草、それらが私の体を傷つける、痛みが体中をかけめぐった。
そんな痛みから突然解放され茂みから脱出したと思ったら、体が一瞬投げ出されるように宙を舞い、いきなり冷たい水の中に落ちた。
腰骨を思い切り石に打ちつけ、息ができないほどの衝撃を受ける。
「うっ……」
幸い川が浅かったため、溺れる事は無かった。
私は水に浸りながら、腰を押さえ自分の体を引きずるように岸に上がる。
もうそれ以上、動く事ができなかった。
私はそのままその場に仰向けに倒れる。
生い茂る黄色と赤の葉っぱの間から小さな空が覗いていた。
その場にどのくらいいたのだろう、小さく見える空が夕日を浴びて紫に変わりつつあった。
少しの間意識が飛んでいたような気もする。
なんとか逃げ切れたのだろうか?……とにかく山を下りないと。
体の痛みも幾分か和らいだような気がした。
私はゆっくりと体を起こす。ちょっとでも動かすと色々な場所に痛みが走る。
でもそんな痛みより、逃げる事の方が重要だ。私はなんとか歯を食いしばり痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がった。
動く時には激痛が走るけど、止まればそうでもない。骨折はしてないようね。
そんな事を冷静に考えながら、私は一歩一歩ゆっくりと川下へと歩いていく。
父が最後に見せた私への顔を思い出す、寒気が走り心の中が騒ぎ出す。
胸の奥が苦しくて胃が締め付けられ吐き気がしてくる。一瞬足を止め、胸に手をあて深呼吸をする。そしてまた歩き出す。
自分の中にあった確信に近い疑惑をどうしても確かめたかった。
父との思い出がほとんど無いとは言え、あの人の懐で育ってきた私がいる。
そんな自分ではどうにも出来ない過去を持ってる事が、罪悪感として重くのしかかっていた。
もうそんな全てを脱ぎ捨て、開放されたかった。
父の言葉を聞いて、心の中にひっかかっていた全ての過去と決別する事ができたような気がした。
川の流れる音、鳥達の鳴き声や羽ばたく音、ゆるやかな少しひんやりした風が頬を撫でて通り過ぎていく……自然の音は心地がいい。
思い出していた。玲とこうやって川を下りながら歩いた事を…。
あの冷たい瞳も、淡々と話す口調も、ほんの少し淋しげで意味ありげな笑顔も、全てが愛おしい。
昨日ホテルで「俺と一緒に来るか?」そう言ってくれた言葉、苦しいくらいに嬉しかった。
ほら、そうやって玲の事を考えるだけで、胸が締め付けられて涙が出そうになる。
玲……貴方に会いたい。
森下町のヤブ医者。あの時、意識が薄れそうな中で聞いた言葉……
そこに行けば、もしかしら玲に会える……かな。
そう思いながらもここが何処なのか? 山の中のどの辺なのかもわからなかった。
私はただただ、玲に会いたい一心で足を進めていた。
沙羅を乗せた車がパンクした!その一瞬のスキに沙羅は勢いよく逃げ出した。
沙羅は崖から川に落ち、怪我をする。だが玲に会いたい一心で川を下っていく。
沙羅がヤブ医者の所に現れる!玲と沙羅の再会…どうなっていくのか




