貧弱幼児体形
意識の中に人の気配を感じる。
ゆっくりと目を開けた……周りがぼやけて見える。此処は何処?
寝ぼけた目を擦りながら、周りを良く見た。
柔らかい黄色い光が見える薄暗い部屋。光の下で1人の男の人が腕に包帯を巻いていた。
私の頭の中に昨日の事が一気に流れ込んでくる……
彼を突き落とした事、自殺しようとした事、雨の中をフラフラと歩き回って、そして、ぶつかった。
思い出したとたんに体のあちこちに痛みが走る。
イタタタ……
私はベッドの上に寝かされていた……
あれ。全身に違和感を感じる。なんとなくスカスカしてる。
布団の中を覗いて眼の前に露になる自分の姿に驚いた。
私は下着姿だった。もしかして……ううん、絶対に見られた。というよりあの男の人に脱がされたんだ……頭をハンマーで殴られたような衝撃が私を襲う。
いったい何が目的なの?
誘拐? 身代金目的?……それとも私の体……目的とか。
確かにうちには余るほどのお金があるけど、あの父が私のためにお金を出すかどうか……
我が家の親子関係はあたりまえの事があたりまえではなかった。
私はどうしていいかわからずに布団の中でもぞもぞと動いていた。
そんな時、私の方に近付いてくる足音がする。
ああ、どしよう……
何かされる。
私は布団を体に巻きつけて、近付いてくる男を睨み付けた。
ちょうど逆光になっていて、顔がよく見えない。
「何する気!?」
私は自分の中の恐怖を追い払うように叫んだ。
「自信過剰だな……そんな幼児体形を相手にするほど困っちゃいないよ。お前の服はボロボロだったから、捨てたからな」
冷ややかに静かなトーンで男はそう言った。
よ、よ、幼児体形ですって。失礼な!……当たってるだけに余計に腹が立つ。
「なぜ私を此処に連れてきたの?」
私は体中に神経を張り巡らせて、身構えながら聞いた。
男は一瞬悲哀に満ちた淋しそうな陰を漂わせた。私のその質問には答えずに、ベッドの横に置いてあった袋を私の前に投げる。
そこにきてやっと男の顔が見えた。
髪の毛はやや長めで乱雑な感じ、それが野性味を感じさせる。そして瞳は切れ長で冷たい光を放っていた。かなりの美形に驚いた。
「その中に服が入ってる。さっさと着ろ」
そう冷たく言い放ち、ベッドを囲むようにしてかかっているカーテンを閉め切ると男の足音が遠ざかっていく。
私は目の前に置かれた袋の中身を見る、すると中には女性物のジャージが入っていた。
袋の中からそれを取り出すと、私は急いでそれを着て、大きく深呼吸する。
私はカーテンの隙間からそーっと覗いて様子を伺った、男は向こうのテーブルの上に2つコーヒーカップを並べ、その中にコーヒーを入れていた。
どういう事? 私は自分の置かれている状況が把握できなかった。
「着替えたならこっちに来い」
男の声に一瞬ビクっと体が強張る。
危害を加えられそうな恐怖は不思議と無かった、だけど男を取り巻く冷たい雰囲気に恐さを感じていた。
私はそーっとカーテンから出て、テーブルの所まで歩いていく。
男の目が「座れ」って言っている。私は素直に従った、従うより他なかった。
「お前、名前は?」
男は静かなトーンで淡々と聞いてくる。
普通名前を聞くときは自分から名のるものよ! と心の中では思ったけれど、口に出来訳もなく、私は口を開く。
「松永沙羅」
私のその言葉に男は顔を上げ、冷たい目線で私を見た。
「年は?」
この人、なんでこんなに冷たい雰囲気に覆われてるんだろう……
「17」
私の年齢を聞いて、ほんの少し笑った。その笑いは馬鹿にしたような感じだった。
「中学生かと思った」
男はそう言った。
何〜!? それって、それって、私の体がそれだけ幼いって事を言いたいの。
「そうゆうあんたは?」
私はついつい頭にきて、そう聞いてしまった。聞いた後に怒らせたらどうしよう。なんて後悔したけど、言ってしまった後で後悔しても遅い。
男は冷たい笑みを浮かべる。
「玲……22」
その言葉に驚いた。22歳には見えない。もっと落ち着いていてどう見ても20代後半だと思った。
「飲めよ」
この人って親しい人ともこんな感じで話すのかしら……こんなんじゃ会話が続かないわね。
私は入れてくれたコーヒーの匂いをかぐ。何か変なものでも入れてないでしょうね?
そんな私を冷たい威圧的な目で男は見つめる。そんな目で見られたら、飲まざるをえないじゃない……
私はゆっくりとコーヒーを口に運び、一口飲んだ。美味しい。
あまりの美味しさに驚いた。こんなに美味しいコーヒーを入れれるなんて、この男の人が放つ独特の雰囲気が気になり始めていた。
私は上目ずかいにその玲と名乗った男を見る。
玲は私から視線を外して横を見ながらコーヒーを飲む。
綺麗……その横顔があまりにも綺麗で、私は思わず見とれていた。
ついに玲と沙羅が顔を合わせることになる!
沙羅は玲の仕事の事をまだ知らない…
あたたかいコーヒーの香りの中で少しだけ安心した沙羅だった…が…
玲の行動には理由があった…沙羅に飲ませたコーヒーの意味とは?