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愛しき殺し屋  作者: 海華
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人間じみた感情

「玲、今回のは高くつくぞ。お前の車まで持ってきてやたんだ。感謝しろよ」

この分厚い眼鏡をかけ、ずる賢い顔をしてる背の小さい男は一応医者だ。と言っても医師の免許を剥奪されて、今では闇でしか仕事をしてない。

まあ、俺みたいな立場の人間には都合がいいがな。

「ほほう、これは興味深い」

そう言ってヤブ医者が俺の太ももにまいてあった布をピンセットで掴んで、じっくりといやらしい目で見ていた。

ヤブ医者は俺の方を見て、意味ありげにニヤニヤと笑っている。

「どうでもいいが、早くしてくれないか? 俺はそんなに暇人じゃない」

俺の言葉にヤブ医者は鼻で笑いながら、傷口の部分の布をハサミで切り、消毒液をかけた。

激痛が走り、俺は手を握り締め、歯を食いしばった。

「麻酔はいらないな? どうせすぐに帰るんだろう?」

ヤブ医者は愉快そうに笑いながらそう言った。

「ああ、麻酔はいらねえぇよ」

俺の言葉に待ってましたとばかりに、ヤブ医者は俺にタオルをくれる。俺はそのタオルを口にくわえ力いっぱい噛み締めた。

「じゃあいくぞ、覚悟しろ」

消毒液につけられていたメスが俺の太ももの傷口を切り裂く。

「んん…う…」

激痛が脳天を突き刺さすように走り、冷たい汗が頬を伝って流れ落ちた。

痛みで体は震え、タオルの食いしばる歯にも異常なほどの力が入る。頭の中が朦朧として気を失いそうになるのを必死で堪える。

太ももから弾丸が取り出され、金属の皿に甲高い音を響かせて血のついた弾丸が転がった。

口は悪いが腕は確かだ。傷口を綺麗に縫合する。

「医者の立場から言えば、1週間くらいはおとなしくしていた方がいいんだが……そんな事を聞くようなタマじゃないな……お前は……」

ヤブ医者がそう言いながら、奥の部屋からジーンズを持ってくる。こうゆう時のために着替えをここに置いてある。

俺はそのジーンズを受け取る、履き替える動作一つ一つにも激痛が伴う。

「これは捨てるぞ」

そう言って、ヤブ医者がピンセットで摘んだのは俺の太ももに巻かれていたドレスの切れ端だった。

「いや、それは……俺がもらう」

自分で言った言葉だったが、その言葉に自分が一番驚いた。

だけど、どうしても捨てたくなかった。あいつの気持ちを捨てるみたいで胸が痛んだ。

いや、もしかしたら捨てた方がいいのかもしれない。そんな気持ちも一瞬よぎったが、今の俺にはそれはできなかった。

クソッタレ! 今まで簡単に淡々とできていた事ができない。苛立っていた。

俺にとって不必要な感情が増えていくのを感じる。

嫌でも自覚する。俺の中にある松永沙羅に対しての気持ちを……俺の弱みになるかもしれない思いを……

あいつは……あいつは…あのクソジジイの娘だぞ! 何を考えてるんだか!

人間の感情は決して単純じゃない、その複雑さに苦痛を感じる。自分の気持ちがどんどんあいつに惹かれて行く。だけどそれを許したくない俺がいる。

クソッ!ダン!

壁に思い切り拳を叩きつける。

俺は自分の中の処理しきれない苛立ちを壁にぶつけた。


ヤブ医者はそんな俺の心の中を見透かすようにニヤニヤ笑い、その布をビニール袋に入れて俺の方に差し出す。俺はそれを受け取り、革ジャンのポケットにしまい込んだ。

クソッ!クソッ!クソッ!

俺の心の中に、あいつのあの温かい雰囲気に紛れてしまいたいとゆう気持ちが生まれている。

失笑した。自分の中のそんな人間じみた感情に笑えた。

「それからこれは化膿止めだ。いいかくれぐれも無理はするな、傷口が開くぞ」

ヤブ医者が白い袋を差し出す。俺はそれを受け取ってその場を後にして車に乗り込んだ。


月明かりの中を車を走らせる。

闇の中に浮かび上がる中央の白線が、まるで俺を闇に誘い込むようだった。


行きかう車、色々な人間がいる。年齢、性別、おかれている状況。

恋人同士で幸せそうにドライブをしたり、家族の元へと帰る父親。

……俺とは無縁な世界の人間達。


え!? 何!?

今の車……松永のとこの上原……そしてその奥には沙羅が乗っていたように見えた。

俺は道路の傍らに車を止める。

なぜ止めた!? そのまま行けばいい。俺のペースを乱す女の事なんか気にするな。

ミラーに沙羅が乗った車が遠ざかっていくのが見える。

クソッ!……なぜこんなに気になる!? 今までだって何人もの女と付き合ったし、抱きもした……なのにこんなに心が乱れて混乱するのは初めてだ。

なぜこんなに惹かれる? 自分の中に眠っていた人間本来の感情に気づかされたような気がして、苦しいくらいに鬱陶しかった。

俺は感情の中の混乱を感じながら、車をUターンさせる。

はぁ……ため息をつく。

妹を闇の世界に引きずり込んだあの男の娘……妹を裏切るようで心苦しい。

今まで俺が生きてきた過去を全て否定してしまうような気がして、重く悲しい切なさを感じる。

だけど、そんなどんな感情よりも沙羅への思いの方が強く俺を支配しようとしていた。

俺は人間じみたその感情に従い車を走らせた。


そんな自分がとった行動を、奥底の方で心地いいと感じる自分もいるような気がした。


玲は帰り道に、沙羅を乗せた車を見かける。

自分の中に眠り続けていた人間らしい感情が目を覚ます。

だがそれは玲にとって、鬱陶しい感情であり、危険をはらんだ思いでもあった。


沙羅を待ち受けるものは何か?

玲はその時、どんな行動をとるのだろうか?

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