心の中に小波が立つ
柔らかいオレンジ色の光の中で、俺はコーヒーカップを磨く。
俺のもう一つの顔。喫茶店のマスター。ここで依頼人と会う約束をしている。
今日は外が雨だった。あの日と同じ。
俺の中で、あの時の記憶が今でも鮮明に残っている。
4年前の雨の日、俺はこの手で自分の妹を手にかけた。
妹と一緒に写ってる写真。色あせて破れかかってるこの一枚だけ。
俺達は双子の兄妹で生後1歳くらいの頃に施設の前に捨てられていた。
こんな赤ん坊の頃の写真だけじゃ、大人になったらどんな顔になってるかわからない。
あの時も、もしも妹だと知っていたら、引き金は引かなかった。
あいつは名前も変わっていた。
引き取られた家は裕福な家だったのに、あの松永に騙されて全てを失い、養父は自殺、そしてまもなく養母も病気で死亡、残された妹は姿を消してしまった。
俺の養父は、表向きはごく普通の家だったが、殺し屋を稼業としていた。
幼い頃から人を殺すとゆう事を仕込まれてきた。
そして俺は中1になった時、死亡した。ちゃんと葬式まで出した。
俺はこの世から抹消されたんだ。
俺達兄妹の運命も皮肉なものだった。
俺はある仕事の依頼を受けた。
娘をシャブ中にさせられた親からの依頼で、娘にシャブを売った売人を殺してくれと……
その売人をしていたのが妹だった。
妹だと知ったのは、俺が妹を撃ってしまった後だった。
激しく降る雨の中で、妹の体は地面に横たわり冷たくなっていった。
「俺も馬鹿だな」
あのお嬢さんとぶつかった日も雨だった。
アスファルトの上に転がった姿が、妹のあの時とダブって見えた。
今でもフラッシュバックのように襲ってくる記憶。
あのお嬢さんの友達の時もだ、年齢が同じくらいだって事もあるのかもしれない。
俺はため息を一つついて、シンプルな白いカップを並べる。
この手、今まで何人を手にかけただろう……
一瞬、心の中に温かい風が吹き込んでくるような気がした。
病院での一件を思い出した。
あのお嬢さん、俺の手を握りやがった。ホント、面倒くせぇ女だ……
この手を握った……あいつが現れると俺のペースが乱れちまう。苦手な女だ。
自分の心の中に微かな風が吹き、小波が立っているのを感じた。いライラしていた。
カラン、カラン
喫茶店のドアが開き、一人の女性が現れた。
「ここは闇ですか?」
そう言って女性は入ってきた。ここでの合言葉みたいなものだ。
依頼人が来ない時は平常どおり営業もしてるんで、他のお客との区別をつけるためだった。
女性は黒のレインコートを来て、晴れでもないのにつばの大きな帽子をかぶっていた。
まあ、ここにくる依頼人は自分の事を隠したがる連中がほとんどから、珍しい事ではない。
「どうぞ、そちらに」
俺は店内のテーブルの一つを指差した。すると女性は静かな足どりでそのテーブルを前に椅子に座る。なんとなく気品に満ちた感じを受けた。
俺は女性の前にコーヒーを出し、椅子に座る。
「さっそくですが、話の詳細を」
俺がそう言うと、女性はゆっくりと自分の鞄から写真を出し、机の上に置いた。
その写真の人物は、松永恭次郎だった。
俺は驚いた。松永恭次郎に恨みを持ってる人間はごまんといる。だが実際その後の報復が恐くてみんな怖気づく。こうやって依頼を受けるのは初めてだった。
俺は写真を女性の方に返す。
「この依頼は受けられません」
俺のその言葉に女性は、ほんの少し顔を上げる。だがどんな顔なのか影に覆い隠され見えなかった。
「この男は、あなたから依頼がある以前から俺の中でのターゲットになってますので、かならず葬り去りますからご安心を」
そう、俺の妹を闇の世界に引きずり込み、利用しやがった。あの男だけは許せねえ……絶対にこの世から消してやる。
「では、これを依頼します。この男だけは絶対に殺さないで下さい」
殺さないで下さい? 殺し屋を相手に珍しい依頼だな。
その女性が差し出した写真には、松永の片腕の上原が写っていた。この女性、いったい何者なんだ? 俺はそう思ったが相手のことをとやかく聞かないのがこの業界のルール。
「わかりました。お引き受けいたします」
俺がそう言うと、女性は鞄から茶色の封筒を出し、前金の100万を置いていった。
後には、ローズの香りの残り香が漂っていた。
俺は店のドアにかけていた貸切の札を取って、営業中に変える。
外の雨は少し小降りになっていた。
あの女性の香り……前にどこかでかいだような気がした。
玲は自分の妹を自分の手で殺めてしまったとゆう悲しい過去を持っていた。その時の妹の姿と初めて沙羅とであった時の光景が似ていて、思わず沙羅を助けてしまったのだろ…。
玲の中で少しづつ何かが動き始めていた。冷静な玲の心に小波が立つ。苦手な女が原因か…
ついに沙羅と祥との婚約発表パーティーが行われる。そこで何かが…




