自己主張を持った怒り
私は自分の部屋にいた。ずっとベッドの上で時が刻一刻と過ぎるのを体で感じながら、父の帰りを待っていた。
外は夜の闇に包まれ、星が顔を出す。月明かりが私の部屋の中に差し込んでいた。
夕飯を食べる事も、部屋の電気をつける事も、すべて面倒だった。
自分の精神面が、父への怒りに集中し、それ以外の事の全てに関心がもてなかった。
この家に生まれて、母の笑顔に守られながら育ち、母が亡くなった後は佐々木の存在に助けられていた。同じ家に住みながら父の生きている世界と私の生きている世界はまったく別のものだった。父は表向きは松永グループの会長だけれど、裏の顔は私にもよくわからない。
ただ今回の事ではっきりし、薄々私の中でも気づいていた事、暴力団とつながりがあって、そっちからもお金が流れている。それは確実となった。
私は薄々感じながらも目を瞑り見ない振りをして、恐怖から逃げていた。
父のお金でご飯を食べ、学校に行き、生きてきた。
沢山の悲しみや苦しみの涙から出たお金で私は育ってきた・
まるで自分自身がそんな沢山の人たちの恨みから出来てる人形のような、そんな感じ。
そう、私は人形と同じ、父のために作られた人形。
でも、そんな人形にも自分の意思がある。怒りもあれば悲しむ事もある、そして自分のやりたい事も、愛する人達だっている。
父を……絶対に許さない!
遠くの方から車の音が聞こえてくる。父の車の音。
私は静かに起き上がる。そして電気のつかない部屋から出ると静かに階段を下りる。階段から降りて玄関の広間には佐々木も父を迎えるために待っていた。
佐々木が私に気付いて、近付いてくる。
「お嬢様、体調でも悪いんですか?」
夕飯を断った私を心配してそう聞いてきた。私は佐々木に無理矢理微笑んだ。とても微笑める精神状態ではなかったけれど、やっぱり佐々木には心配かけたくなかった。
玄関の大きな扉が開き、父が入ってきた。
私は自分の中で爆発寸前の怒りを必死で押さえつけて、父に近付き父の目の前に立つ。
父はその小柄な体格に似合わない、威圧的な視線で私を見つめる。
「お父様、由香里があんなめに遭ってる事を知ってたって本当なの?」
私は、自分でも驚くほど静かに聞いた。一瞬、周りの音が全て消えてしまったかのように静まり返る。
父は鼻で笑う。その顔を見た時、次に出てくる答えを私は悟っていた。
「それがどうかしたか?」
父は何も感じず、何も躊躇せず、それがあたりまえであるかのようにさらりとそう言った。
私は父の襟元に掴みかかっていた。上原が止めに入ろうとしたが、父がそれを静止した。
父はそんな私を見て、愉快そうに笑っている。私の人間本来の心や気持ちの動きを楽しむかのようだった。
「由香里は私の友達なのよ、それなのに何故!?」
私のその必死さをあざ笑うかのように、父は口元を歪める。
「皆、役割がある。わしにとってはお前も含めて周りの全ては金のなる木じゃ、お前の役割は蔵元家へ嫁ぎ、わしのために安定した地位と権力を手に入れる事、お前の友達とかゆう子はわしの資金源の小さな小さな歯車でしかない。そんな大した事ではあるまい」
父はそう言って、年老いた顔を歪めて笑う。
私の手は震えていた。この父とゆう人間に対しての恐怖、今までこの人の下で生きてきたどうにもならない自分の過去に対しての悲しさ、そしてこの父の存在そのものに対しての怒り、そんな沢山の感情が入り乱れて、心の中の冷静さが弾け飛び、爆発した。
私は父の頬を硬く握った拳で殴りつけた。父はその反動で横に体重がずれ、倒れそうになる。
それを上原が瞬時に支えた。
「お嬢様!」
佐々木の声が響き渡った、その瞬間、父の持ったいた杖が私の顔に飛んできて、私の頬に思い切り当たり、私はその凄まじい痛みに膝を付いた。
床の絨毯に、血が落ちる。口の中に血の味が広がって、気持ち悪さと痛みで吐きそうになった。
下を向いて膝を付いてる私の上に、父はもう一度杖を振りかざした。
「お嬢様!」
その声と一緒に私を包み込むようして、守ってくれる体があった。
杖で体を叩く鈍い音と佐々木の呻くような短い声が耳元で聞こえた。
佐々木が私を守ってくれたんだ。
何度も何度も叩く音が聞こえる。このままじゃ佐々木が大変な事になっちゃう!
父のその狂気に満ちた行動を誰一人止める事ができるものはいなかった。あの上原でさえ。
あらためて父の恐さを思い知る。
私を守ってくれていた佐々木の体が急に重くなり、私の背中から佐々木の体は床にずれ落ちた。
「佐々木……佐々木?……佐々木!?」
私は床に倒れ込んだ佐々木を抱き起こして叫んだ。
佐々木は軽く呻いてた。よかった生きてる。
私は父の顔を見上げる。父は何食わぬ顔で私を見下ろしていた。
そこにあるその表情は父とゆう事を忘れてしまうくらい、人間からかけ離れた生き物に見えた。
「……沙羅、お前は佐々木の事をえらく気に入ってるのだな? 周りに大事な存在を作るとゆうことは弱みを握られるとゆう事だ、佐々木の身を案ずるなら大人しくしれいろ。上原、頼んだぞ」
父は冷やかにそう言うと、奥の部屋へと歩いていく。
私が父に歯向かえば私の大事な人に被害が及ぶ。娘ではなく忠実な飼い犬になるしかないのだろうか。
「さあ、お嬢様行きましょう。佐々木の事は私に任せて下さい」
あまり聞いた事のない上原の声。低くて静かで、ほんの少し玲の声と雰囲気が似ている。
「上原、佐々木に何かあったらただじゃおかないから!」
私は上原を睨みつけてそう言った。佐々木を床の上に静かに寝せると私は立ち上がった。
私はまたあの地下室に監禁される。
今はしかたがない、大人しくしていてあげる。だけど……だけど……
今までの飼い犬のような自分とは何かが違っていた。
私は自分からあの部屋に入る、そして外からしか開かない扉は静かに閉ざされた。
沙羅は父に対して、今までになく強烈な怒りを感じ、始めて手を上げる。この瞬間がもしかすると松永恭次郎に対する決別だったのかもしれない。
沙羅が監禁されている間、玲にの方でも動きがあった。玲の前に現れた女、それは…




