桃の冒険 それはキビダンゴじゃないです
最近、お爺さんの腰の調子が、あまり良くないです。お爺さんは山で拾いものをしてくるのが仕事なので、腰を痛めて無理をするのは良くないです。
なので、僕がお爺さんの仕事を代わりにします。大丈夫、これまでお爺さんの仕事を手伝ってきましたから、要領は分かってます。お爺さんの腰が良くなるまで、僕に任せてください。
「桃や、ひとりで大丈夫かい?」
大丈夫です、お婆さん。任せてください。
では、行ってきます。
僕の名前は桃。森のなかの一軒屋でお爺さんとお婆さんと暮らしています。お爺さんとお婆さんが、本当の僕のお爺さんかお婆さんか、わかりません。お父さんとお母さんのことも、知りません。
なんとなく聞いちゃいけないような気がするので、まだちゃんと聞いたことはありません。いつか、時期が来たなら、教えてくれるのかもしれないけれど、お爺さんもお婆さんも僕のことをたいせつにしてくれるので、知らなくてもいいんじゃないかな、と考えてます。
今日はお爺さんの代わりにお仕事します。ひとりでゴミ拾いに行くのは初めてだけど、しっかりこなしてお爺さんとお婆さんに、安心してもらいたいです。ふたりとも年なので、僕がしっかりして、ふたりを養っていけるようになりたいのです。
気合いを入れて山に行きます、が、途中の道に人が倒れています。こんなところで行き倒れ? 慌てて近寄って声をかけます。
「大丈夫ですか? 生きてますか?」
「……おなかが、すきました……」
返事がありました。生きてました。お婆さんに作ってもらったキビダンゴと水筒を渡すと、凄い勢いで食べ始めました。わふわふもぐもぐ。
女の人のようです、が、耳が変な形です。犬みたいな耳をしてます。パタパタと音がするので見てみると、お尻から犬のような尻尾が振られています。……妖怪? 獣人?
お爺さんが話していた、ミュータントかも知れません。だとしたら、僕も食べられるかもしれないので、食事に夢中になってるうちに逃げます。
走って家に逃げました。お爺さんの代わりに仕事をする予定だったのに。僕はまだまだ半人前です。
でも、お爺さんといっしょに山に行ったときにも、ミュータントに会ったことは無いのです。家に着いて息を切らしていると、お爺さんとお婆さんが、慌ててきました。
「桃や、なにかあったのかい?」
「じつわぁっ?」
説明しようとしたら、後ろからいきなりしがみつかれました。おそるおそる振り向くと、
「なんで、逃げるのー?」
さっきの犬耳のおねーさんに、後ろからがっしりしがみつかれてました。
「いやー、助かった。飢え死にするかと思った。ありがとう」
犬耳のおねーさんは、キラキラした瞳でお礼をいいました。悪い人ではないようです。人かどうか、ちょっとわからないんですが。
家の中で、お茶を飲みながらおねーさんの話を聞くことにします。
「探しものをしてるんだけど、仲間ともはぐれて、食べ物が無くなって、動けなくなったところを助けてもらっちゃって、本当にありがとう。お礼になんでもするよー。というか、させてください」
尻尾をブンブン振って言います。気になってたのか、お爺さんが訪ねます。
「あんた、その犬みたいな耳と尻尾は?」
「生まれつきでーす」
そんな人を見たことないんですけど。でも、問答無用に襲ってくるミュータントでは無さそうです。
お爺さんが腕を組んで考えてます。悲しそうに、
「これも、汚染の影響なんじゃろうか……」
犬みたいなおねーさんに、話を聞いてみます。
「二人の友達とねー、探してるものがあるの。あたしって、ほら、普通の人とは違うでしょ? 友達二人もそう。人のいるところで暮らすのが、ちょっと難しいので、生まれた故郷を探してんの。このあたりに無いかな?」
「その故郷って、どんなところなんですか?」
「あたしみたいに、人間に他の動物の特徴がついてる人達が住んでるところ」
そんなところ、見たことも聞いたことも無いですけど。なんだか気になるので、
「耳と尻尾にさわってもいいですか?」
「いいけど、くすぐったいから優しくしてね?」
耳に触ってみる。犬のような狼のような三角の耳。さわるとピクピク動く。作り物じゃないみたい。尻尾も同じで、ズボンの穴から出て、パッタパッタと動いている。ちゃんと体温がある。あったかい。
「うー、逆撫でしなーいでー」
「あ、ごめんなさい」
ふさふさの尻尾のさわり心地が良くて、夢中になっちゃった。顔を上げるとおねーさんの顔が間近にありました。綺麗というよりは、可愛い、目の大きなおねーさんと近くで見つめあってドキドキします。
おねーさんがニッコリ笑って、
「きみ、かわいいねー」
「は? あ、ありがとうございます?」
「ちょっとごめんねー」
犬のおねーさんは、僕にしがみついてきました。なんですか?
くんかくんかと鼻を鳴らして、
「やっぱり、故郷に似た匂いがするー」
どういうことですか?
お爺さんとお婆さんが、僕をじっと見てます。
「いずれは、話さないといけないことじゃからな……」
まじめな話になりそうなので、犬のおねーさん離れてもらっていいですか。
お婆さんが言いました。
「桃や、よくお聞き。桃はな、桃から生まれたんですよ」
…………えー?
拾われっ子か、おとうさんとおかあさんに何か事情があるのかも、と予想してたけれど、かなり上に跳ね上がってます。僕の出生の秘密は。
「桃、ですか」
「桃、ですよ」
「桃から生まれたから、桃という名前なんですか?」
「そうじゃよ?」
うそーん。
「私がね、昔、川で洗濯してたら、上流から立派な大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきたんですよ」
「そんな怪しい桃、よく拾いましたね。というか、大きさがもう普通じゃないですよね」
「わたしもね、汚染の影響でできた突然変異かとね、無視するつもりでしたよ。だけど、桃の中から、おぎゃあ、おぎゃあって聞こえるから。慌てて、川に飛び込んで拾いましたよ」
「で、山から帰ってきた儂と二人で桃を切ったんじゃよ」
「そのとき、桃といっしょに切られなくてよかったです」
「中から、おぎゃあ、おぎゃあと聞こえるから、そりゃあ慎重に切ったんじゃよ。で、中には男のあかちゃんがいた。それが、桃、おまえなんじゃよ」
「どういうわけかね、そのときの中のあかちゃんの、へその緒は桃にくっついてたのですよ。わたしが、ハサミでへその緒を切りましたよ」
えー、僕、本当に、桃の子供なの? しょっく。
「儂らも子供がおらんし、ふもとの村でも、出生率が下がって、子供がおらん。これは子供が欲しいと願った儂らへの、授かり物じゃと、儂ら二人で、桃と名付けて育てたんじゃよ」
「桃は、食が細いのが心配だったけど、丈夫に育ってくれて。桃を育てるのが、わたしらの唯一の楽しみなんですよ」
そんな怪しい生まれの子供を育ててくれたおかげで、今の僕がいます。お爺さんとお婆さんには感謝しています。だけど、
「僕って、普通の人間じゃないんですか?」
「それは、わからんのぅ」
そんなわからないものを育ててくれて、ありがとうございます。
「桃は、私らの大事な家族ですよ」
お婆さん、ありがとうございます。
「うぐっ、いい家族だねー。桃ちゃん、よかったねー」
なんで、犬のおねーさんが泣いてるんですか?
「はいっ」
はい、犬のおねーさん、どうぞ。
「たぶん、桃ちゃんも、あたしと同じところで生まれたんじゃないかなー」
「その、根拠はなんですか?」
「匂い、同じ匂いがするの」
今まで僕は、僕が普通の人だとおもってたので、出生の秘密に興味はなかったんですけど、こうなると、気になります。僕にも犬のおねーさんのような、犬耳とか尻尾が生えるかもしれないのですから。
「あの、犬のおねーさん」
そう呼ぶと……おねーさん、なんでそんなに嬉しそうなんですか? 「あたしがおねーさん」とか言いながら、くねくねしてます。
「おねーさん? ちょっといいですか?」
「いいよー、おねーさんが、なんでも優しく教えてあげるよー」
「おねーさんの故郷探しに連れていってくれませんか?」
お爺さんとお婆さんには反対されました。だけど、
「あたしが桃ちゃん守りますよー、おねーさんですからねー」
犬のおねーさんが、助けてくれるそうです。
「僕も自分の生まれが気になって、しかたありません。もしかしたら、ある日突然、桃の木になったりするかもしれないとか、心配です。必ずここに帰ってきますから」
お爺さんとお婆さんを説得して、故郷探しの旅を許してもらいました。お爺さんが
「これを持っていきなさい」
「これはなんですか?」
「家にある一番強そうな武器、火炎放射機じゃよ」
お爺さんとお婆さんは、腕のいいメカニックです。お婆さんはプラントのメンテナンスで、たまにフィルターを川で洗っています。
お爺さんは、旧世界のごみ山から使えそうな機械を探しては直して、ふもとの村に売りに行きます。ごみ山から拾ってきたものの中には、旧世界の危険なものもあるので、村から離れた森の中で暮らしているのです。
あと、ごみ山にも近いですから。
僕も二人にいろいろ教えてもらっていますが、なかなか難しくて、まだまだお爺さんのようにはなれません。
「火炎放射機、ですか」
「燃料はそんなに無いから、あまり回数は使えんのじゃが、強力じゃよ。セーフティーは音声パスワードで『おぶつはしょうどくだ』と言えば、トリガーが引けるようになる」
「そのパスワードは、変更できないんですか?」
「前に使ってた持ち主が、悪趣味じゃったんじゃろうなぁ。ロックされてて、パスワード変えるのは無理なんじゃ」
携帯食料をリュックに詰めて、お婆さんのキビダンゴもリュックに入れて、火炎放射機を持って、出発準備できました。
「では、行ってきます」
「桃ちゃんはわたしが守りますよー。ご飯の恩返しです」
「よろしくお願いします」
「気をつけるんじゃぞ。近頃は、ふもとの村の近くに鬼が出たらしいからの」
お爺さんとお婆さんに見送られて、出発します。
始めての遠出です。ごみ山とふもとの村にしか行ったことが無いので、わくわくします。少し不安もあるけれど。
犬のおねーさんが聞いてきました。
「さっきの鬼って、なに?」
「角の生えた、体の大きいミュータントです。狂暴で人を襲うので、ふもとの村の近くでも襲われた人がいるので、気をつけてくださいね」
「あたし、強いよー。おなかがすいてなければ大丈夫、まかせてー」
「頼りにしてます。おねーさん」
「はう、おねーさん。桃ちゃんのおねーさん……」
おねーさんと呼ぶと、なぜか犬のおねーさんは嬉しそうです。頬に手を当てて、尻尾をぶんぶん振っています。
「故郷はどうやって探しているんですか?」
「あたし、鼻がいいから、匂いで探す。仲間のひとりが目がいいんだけどねー。できたら、合流したいな」
「僕の生まれた桃は川を流れてきたから、川の上流部を目指してみませんか?」
「あたしも、それがいいと思う」
川に沿って上流のほうに、てくてくと歩いていきます。
すると、近くの草むらからなにか聞こえてきました。話し声のようです。おねーさんと二人でしゃがんで聞き耳をたてます。
「つまり、ちょろりも、ありというわけ」
「でも、私はやっぱり、つるつるがいい」
「だけど、育てばどうしたって生えてくるものだから、いつまでもつるつるではいられない」
「それは分かるけれど、そこまで育ったら要らない」
「どんなに可愛くても、時が経てばふさふさに……」
「あー! いーやー! 聞きたくないっ!」
「つまり、ちょろりは理想のファンタジーと現実のリアリティーの融合であり……」
なんの話でしょうか。さっぱりわかりません。犬のおねーさんは立ち上がって、話し声のほうに行きました。
「きじー、さるー、おひさー。また、ばかばなし?」
「おー、いぬ、生きてたか」
草むらの中で話してた人が出てきました。二人の女の人です。……女の人?
ひとりは背が高く、きりっとしたかっこいい人です。背中に大きな鳥の羽がついてますが。
もうひとりは、犬のおねーさんよりちょっと背が低くて、可愛い女の子です。耳が大きくて、長い尻尾が生えていますが。きじにさる、ですか。
「いぬ、元気そうだな……ん? これは」
きじさんとさるさんが、僕をじろじろと見てます、あの、なんですか?
「おぉ、これは、これは」
「まじか? これ、まじかー?」
犬のおねーさんは僕を後ろから抱き締めて
「桃ちゃんはあたしのだから、やんないぞー」
犬のおねーさんのものになった覚えはありませんよ。
「桃、といいます。よろしくお願いします」
ぺこりとあいさつします。不思議な三人組です。合流したあと、三人のおねーさんはちょっと待ってて、と僕に言ってどこかに行きました。
しばらく待っていると、さるさんはキノコや山菜を、きじさんは兎を、犬のおねーさんはイノシシをとってきました。
「鍋にしよう」
なんというか、今までお爺さんとお婆さん以外には、たまにふもとの村の人としか会わないのですが、この三人はたくましいというか、自由というか。犬のおねーさんも二人と合流したいとは言ってたけど、心配してる様子は無かったし、きじさんもさるさんも、犬のおねーさんのこと、あまり心配はしてないようでした。
ただ、この三人が僕を見る目が、妙にキラキラしてるのが、気になります。
「ほら、遠慮しないでちゃんと食べな。私のとってきた兎の、ここが一番おいしいとこだよ」
「きじさん、ありがとうございます」
「肉ばっかりじゃなくて、野菜もなー。このキノコ、変わった形してるだろ?珍しいけどおいしいよー」
「さるさん、ありがとうございます」
「むー、しし肉だって。やっぱり食って元気になるのは、しし肉だって。ほらほら」
「こんなに食べられませんよー」
「ふうん、少食なんだね」
いえ、あなた方の食欲がすごいのではないでしょうか。イノシシ一頭分のお肉が、どんどん無くなっていきます。
「昔からあんまり食べなくて、お爺さんとお婆さんにも心配されました。だけど、大丈夫ですよ」
お腹一杯になるまで食べても、そんなに少なくていいのかい? と心配されてきました。だけど、大きな病気とかしたことないし、普通に成長してるようです。これも、僕の生まれに関係あるのでしょうか。
食べながら、三人のことをなんて呼べばいいのか、聞いてみました。名前を知らないので、
「きじ、でいいよ」
「さる、でいいんじゃない? もともと名前無いし、うちらも、いぬ、さる、きじ、って呼んでるし」
「おねーさんで」
名前がないんですか、
「では、改めまして、きじねーさん、さるねーさん、いぬねーさん、故郷探しに連れていってください。よろしくお願いします」
きじねーさんは羽をバサバサしながら、ねーさん、私、ねーさん、と呟きながらくねくねしてます。
さるねーさんは僕の肩をがっしりつかんで、
「もう一回、今度は、おねえちゃんって呼んでみて、はぁはぁ」
「お、おねえちゃん?」
「はぁーん」
なんだか、怖いです。
「あたしがおねーさんなのに、桃ちゃんのおねーさんはあたしなのにー」
いぬねーさんが、うちひしがれています。
三人に付いていく旅は、とても楽でした。鬼がいたので、迂回して行くのかと思えば、
「天翔雉爪撃!!」
「岩砕白猿掌!!」
「幻狼咆哮波!!」
一撃でした。火炎放射機の出番はありませんでした。この人達がいれば、ミュータントに怯えることも無さそうです。
ただ、三人とも僕にかまってくれるのですが、少々度を過ぎてるような。
いえ、おんぶとかいいですから。まだまだ歩けますよ。
川の上流へと歩いて行きます。途中できじねーさんにしがみついて、空を飛んで滝を越えたり、
「ほら、もっとしっかりしがみついて。落ちないようにね」
ぐりぐりと、僕の顔に胸を押し付けてきます。恥ずかしいけれど、落ちたら困るのできじねーさんの背中に回した手に、力を入れます。
そのあとなぜか、いぬねーさんとさるねーさんが不機嫌になりました。
三人が追い払ってくれるので、鬼やミュータントに襲われることも無く、三人が獣をとったり山菜、木の実などをとってくれるので、食事の心配もありません。
さるねーさんがおいしい果物などを見つけるのが上手で、キノコも毒草も見分けられるので、いつもおいしいものを食べさせてもらってます。こんなに楽でいいんでしょうか。
あの、皮ぐらい僕、自分で剥けます。いちいち、あーんって食べさせてもらわなきゃいけないほど、子供じゃないですから。
「おねえちゃんに任せなさい。ほら、あーん」
聞いてくれません。
川の上流に向かって、十日ほど。真っ白なドーム状の建物が見えて来ました。あたりには、鬼がうろちょろしてます。
いぬねーさん、
「やっと到着だね。他の仲間は、いるのかな?」
きじねーさん、
「先にめんどうなのをかたずけるか」
さるねーさん、
「桃ちん、おねえちゃんのかっこいいところを見ててね」
鎧 袖 一 触
鬼、全滅です。鬼って身長二メートルはあって、力も強いはずなんですが。
白いドームを守ってた二十体ぐらいの鬼は、ばらばらのぐっちゃぐちゃです。
ついでに扉の開かないドームの壁を壊してしまいました。
「こっから入れるよー」
そうですね。
旧世界のシェルターなんでしょうか。これだけの設備が、まだ動いて残っているのを見るのは初めてです。ドームの中に入って、地下に下りるといろんな機械があります。なんのための機械かは、わかりません。
奥から声がします。男の人の声です。
「失敗作がぞろぞろと、何しに来た。俺のガーディアンと研究所を壊して、なんのつもりだ?」
真っ白な服を着た、男の人です。きじねーさんが、
「私達は仲間とママに会いにきたんだけど?」
「お前達にママと呼ばせていたあの女は、もういない。助手のくせに、まともに実験体のめんどうもみれず、あげくに失敗作をかってに外に逃がしたりとやりたいほうだい。私の指示も聞けんような奴は、ガーディアンの実験体にしてやったわ」
「あんた、ママをどうしたって?」
「俺の研究、新人類創造計画を理解せず、この俺に意見するからな。実験に使ってやったんだよ」
いぬねーさんが重心を低くして、男をにらみます。きじねーさんが羽を広げてかまえます。さるねーさんが守るように、僕の前に立ちます。三人とも怒ってます。
「ん? そこの子供は、試作実験体の成功例か? よく戻ってきた。お前には価値がある。こっちに来い」
「試作実験体? どういうことですか、あなたはいったいなんなんですか?」
「俺は、新たな人類の創造主だ。愚かに滅びた旧世界の人類を越える、新人類の作り主だ。そこの獣共は、動物の特性を利用して、強靭な生命力をもつ人類として創ったが、頭が悪い、本能が強くて理性が無い。新人類の失敗作だ。お前は植物の特性を取り込んで作った。人間でありながら、光合成が可能で、日光を浴びれば従来の人間より食料が少なくてすむ。あとは知能だ。それがクリアされれば、お前と同じ種をつくって、またテストしてみよう」
「桃をお前の実験台になんて、させない」
僕は、実験体。植物の特性をもった、作られた人間。知らないうちに、僕の身体は光合成をしてたみたいで、それで他の人より少食だったのかー。
で、あの人がその作り主。
「あなたが、僕のおとうさんですか?」
「違う。俺はお前達の創造主だ。新たなる人類の神だ。なぜお前達は、産み出した神に逆らうのだ」
逆らうというか、この人と話しても、なんだか噛み合わないような。
「作られた命だからと、お前に好き勝手されて、苦しんで死んでいった仲間達のためにも、お前は殺す」
「うちらをこっそりと外に逃がしてくれた。泣きながらうちらに謝ってた。そのママを、あんた、どうしてくれたって? 絶対に許さない」
「そんなに会いたいなら、会わせてやる。来い! ガーディアン62号。そこの失敗作を殺せ! ただし、子供は無傷で連れて来い!」
奥の扉が開いて、鬼があらわれる。今までの鬼より倍近い大きさで、腕が四本もある。
「オオオオォォォォォッ!」
大鬼は、拳を振り上げて突進してくる。いぬねーさんがその大鬼の腹に跳び蹴りをしても、びくりともしない。大鬼の拳の一撃で、いぬねーさんが壁までふっとんでいく。
「いぬねーさん!」
「きじっ!」
「おぉっ!」
きじねーさんが羽ばたいて上から、さるねーさんが足下から。上と下から撹乱して、大鬼に攻撃する。僕はいぬねーさんのところまで駆け寄ります。
「いぬねーさん、生きてますか?」
「あー、まいった、まいった。あれは強いねー」
そう言いながらも、立ち上がります。
「あれは、あたしらでなんとかするから、桃ちゃんは離れてて」
いぬねーさんは、口から血の混ざった唾をペッと吐くと大鬼に突進していきました。
「どいつもこいつも、なぜ逆らう。人類は進化しなければならないのだ。愚か者共にはわからんのか」
この人がなにを言ってるかが、わからない。この人がなんのために、ねーさんたちや僕を作ってるのかもわからない。
だけど、ひとつだけわかった。この人は優しくない。
大鬼は三人のねーさんの連携攻撃が当たっているのに、平然としている。いぬねーさんもさるねーさんもきじねーさんも、どこかをケガして、血を流している。
「おおぉっ!」
一際大きく吠えて、いぬねーさんのひざ蹴りが大鬼のこめかみに当たる。猛烈に振り回されていた大鬼の四本腕が、ピタリと止まった。
「ゴ……」
大鬼の口から、声が漏れる。
「……ゴメン……ネ…………ミンナ……ゴメン……」
「ママ?」
大鬼は振りかえると、男に向かって突進する。
「貴様ぁっ!念入りに改造してやったのに、まだ俺に逆らうかっ!」
大鬼は頭の角で男を貫いて、そのまま壁に激突した。
「馬鹿者共が……滅ぶぞ、私が死ねば、人類は滅ぶぞ……」
「ママァッ!」
みんなが大鬼に駆け寄ります。大鬼は二本の腕で頭を押さえ、残る二本の腕で壁にしがみついています。
「……種ヲ……」
「……私ノ、部屋ニ、アル、種ヲ……持ッテ、行ッテ……」
「ママっ、いっしょに行こう、ママ……」
さるねーさんが大鬼にしがみついています。ボロボロと泣いています。きじねーさんもいぬねーさんも泣いています。僕は三人が泣くところを初めて見ました。こんなとき、どうすればいいんでしょう。
大鬼が腕を振って、さるねーさんを振り払いました。
「ガァッ……早ク、行ッテ……ゴオ、ア……モウ、モタナイ…………」
大鬼は頭を振って、床にガンガンと頭をぶつけます。その振動で床がゆれます。
いぬねーさんが、さるねーさんを羽交い締めにして、出口に向かいます。
「いやぁっ!ママっ、ママーー!」
さるねーさんが泣きながら叫びます。
「桃っ、逃げるよっ」
「きじねーさんは大鬼さんが言ってた種をっ」
僕は三人が行ったのを見てから、振り返りました。
旧世界の機械、その研究でできた技術。ここにはそれが集まっています。だけど、命を作ったり、つくりかえたり、そんな技術や機械が世の中に出るとどうなるんでしょうか。
大鬼が四本腕を振り回して、暴れています。ねーさん達のママ、だけど、このまま大鬼が外に出て暴れたらどうなるんでしょうか。
あの大鬼を正気に戻す方法は、あるのでしょうか。
大鬼がこちらを見ました。その目を見ました。僕はうなずいて、お爺さんから渡された火炎放射機をかまえます。
「おぶつはしょうどくだ」
音声パスワード入力、セーフティー解除、トリガーに指をかけて引きます。
火炎放射機から真っ赤な炎が出ました。炎は旧世界の機械も、大鬼も、新人類を夢見た男も燃やしていきます。
部屋の中は真っ赤な炎に埋められて、炎の中から、大鬼の哭く声が聞こえました。
僕は燃料が切れるまで、トリガーを引き続けながら、後ろ向きに歩きます。
「桃っ早くっ、薬品の蒸気を吸わないでっ」
燃料の無くなった火炎放射機を捨てて、三人の後を追いかけます。
外に出て合流して、みんなでドームから離れます。
ドームから、ズドンと音が聞こえました。振り向くとドームの天井が崩れて、落ちていきます。地下の設備が爆発して崩れたようです。崩壊したドームから、黒い煙が空にのぼっています。
みんなで、お爺さんとお婆さんの家に戻ることにしました。その日、野宿のために止まるまで、みんな無言で歩きました。
夜、三人が寝てしまったので、僕が見張りをします。三人ともぐったりしています。さるねーさんは寝ながら、涙を流しています。
あのドームの機械を持ち帰れば、いろいろ役にたったのかもしれません。だけど、大鬼が僕の持ってる火炎放射機を見て、僕を見ました。僕も、ここにあるものは、世の中に出してはいけないと、思いました。もしかしたら、あの大鬼とは、仲良くできたのかもしれません。そのための、治療法や薬もあのドームの中にあったかもしれません。
あんな姿に改造されて、それでも、三人を守ろうとした大鬼。あれが、ママ。あれが、母というものなんでしょうか。
あの男、僕の創造者、彼の願う新人類が完成したら、世界は変わるのかもしれません。だけど、あの男が納得するような新人類とはなんなのでしょう。
新人類がみんなあの男のようなら、誰もが命を軽く見る、優しくない世界になりそうです。
僕のしたことは、これで良かったのでしょうか。それとも、取り返しのつかない、たいへんなことを、してしまったのでしょうか。
少なくとも、ねーさん達のママを燃やしてしまったのは僕です。三人に恨まれても、仕方のないことです。
明日、三人が起きたら、ちゃんと謝らないと。許してくれなくても、僕のしたことを言わないと。
もやもやと考えてると、後ろから抱きつかれました。
「悩んでる? 困ってる?」
いぬねーさんでした。
「僕の出生が、わかりましたけど、これから先、僕はどうすればいいんでしょう?」
「んー、わかんない。まずは、あのお爺さんとお婆さんに、ことの顛末を教えてあげて、それから考えたら?」
「そうですね。お爺さんとお婆さんなら、なにか考えがあるかもしれませんね。みなさんにもなにかお礼をしないと」
僕だけだったら、こんなところまで来れなかったんだから。
「お礼なら、そうだね。キビダンゴがいいなー」
「じゃあ、帰ったらお婆さんに頼んで、作ってもらいますね」
「お婆さんのキビダンゴじゃなくて、桃の、こっちのキビダンゴがいいなぁ」
そう言って、いぬねーさんは後ろから抱きついたまま、僕の股間をきゅっと握りました。……えーと?
いぬねーさんが、はぁはぁと息を荒くしながら、僕の首を舐めてます。片手に握った僕の股間をやわやわと揉みます。それはキビダンゴじゃないですよね。
「あの、ちょっと、それは、」
「なんかね、もう、いろいろと、我慢できないの。……いいよね?」
よくないです。
「いぬっ、まてっ」
「ちっ」
きじねーさんとさるねーさんが、いぬねーさんを止めてくれました。助かった。
「「いろいろ我慢できないのは、こっちもだっ」」
助かって、無かった。
アーーーー…………。
朝になりました。昨晩はすごい夜でした。いろいろ、すごい、夜、でした。
いえ、三人とも優しくしてくれました。それでも、本能のまま、というか、獣欲に流されるままにというか。いろんなことをされてしまって、でも、それが嫌かというと、ちょっと痛くて、恥ずかしくて、でも気持ちよくて、げふんげふん。
これまでの旅の目的を果たして、慕っていたママがあんなことになって、それで、気持ちのタガが外れたのでしょう。そういうことに、しておきましょう。
のんびりと、お爺さんとお婆さんの住む家に向かいました。三人とも、前以上にべたべたイチャイチャと、僕にかまってくるのですが。
それも、僕が三人と同じようにあの男に作られた人間だから、それならば、僕はこの三人の弟ということになります。
ママがいなくなって、代わりに弟ができたので、それで仲良くしたいのでしょう。きっと。
でも、ああいうことは、姉弟でしてはいけないことでは、げふんげふん。
森の中の一軒屋に帰って来ました。お爺さんとお婆さんに、これまでのことを話しました。お爺さんとお婆さんは、
「どんな生まれでも、なにがあっても、桃は儂らの大切な子じゃ」
「いぬさん、さるさん、きじさん、桃を助けてくれてありがとうね。桃のおねえさんなら、いつまでも家にいてくれていいからね」
こうして、みんなで住むことになりました。森の一軒屋はにぎやかになりました。
きじねーさんがドームから持ってきた種を植えてみると、すくすくと育ち、立派な木になりました。
その木には桃の実がつきました。もしかしたら、僕のような植物性新人類が中に入っているかもと、ドキドキしました。
お爺さんとお婆さんとふもとの村の人達で調べてみると、中には人は入ってません。大きさも普通の桃です。
だけど、普通の桃ではありませんでした。この桃には、食べた人の異常を起こした遺伝子を治す効果があったのです。
「これは、すごいお宝だぞ」
村の長が言いました。
ふもとの村でも、なかなか子供が産まれず、たまに産まれても、奇形ですぐに死んでしまったりするのです。旧世界の放射能汚染が原因と言われています。
子供が欲しいという夫婦に、桃を食べてもらったところ、なんと奥さんが妊娠しました。
その後も、桃を奥さんに食べさせて、十月十日。五体満足な赤ちゃんが、元気に産まれました。ふもとの村はおおいに賑わいました。
村の人達が交代で、桃の木を守って世話をするようになりました。取れた桃は薬として、子供を欲しがる夫婦や子供に食べさせました。
森の中の一軒屋にも、お宝がありました。いぬねーさん、さるねーさん、きじねーさんは大きくなったお腹を撫でています。
いぬねーさんは、
「♪赤ちゃん、♪あたしの赤ちゃん、♪あたしと桃ちゃんの赤ちゃん」
と、歌います。きじねーさんは、
「大丈夫かな、実験体と実験体の子供なんて。無事に産まれてくれるのか?」
と、不安になっています。さるねーさんは、
「きっと、大丈夫だよ。これでうちら『ママ』になるんだよ」
嬉しそうにお腹を撫でています。
お爺さんとお婆さんは、
「桃の子供の顔を見るまでは、死ねんなぁ」
と、以前より元気になって働きます。僕も三人の夫として、産まれてくる子供の父として、ちゃんとできるように、お爺さんからメカニックの知識と技術を学びます。
こうして、鬼の城から持ち帰ったお宝で、僕といぬねーさん、さるねーさん、きじねーさん、お爺さん、お婆さん、ふもとの村のみんなは、幸せに、幸せに、暮らしました。
たいへんなこともあるけれど、毎日が、にぎやかで、楽しいです。
桃の木が、たまにあの大鬼さんのように見えます。きっと、見守ってくれているのでしょう。