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※僕らは特殊な肉体を享けています。危険ですので絶対に敵にしないでください。  作者: 諏訪静雄
第1章 1年2組はRPG(ロールプレイング学級)
8/14

委員長は寝坊を知らない

 こすりながら開いた目に映ったのは、いつもの白い天井ではなくフローリングの床みたいな木造の天井だった。


「…………ん…………あぁ、そうだった」


 やはり夢ではなかった。

 信じられないけど自分は今、異世界にいるんだ。

 それも学校はサボらずに……いや、ここも学校か。

 結局、学生は学校にいる運命なんだな。


 日が昇ってまだ間もない頃。セットしたアラームが鳴るよりも早い時刻にヤスラギは昨日の夜のうちにやってきた学生寮の一室で目を覚ました。

 広くはないが決して窮屈ではない六畳ほどのその部屋はベッドと机と本棚と備え付けのクローゼットだけのシンプルな部屋だ。


 ヤスラギは昨夜言われたことを思い出し、特に違和感もないが足先から手のひらまでをマジマジと見つめる。


「……で、何が変わったんだ?」


 自分の体が更新されたかどうかなんて、そんな経験ないし感覚ではまるで分からなかった。

 アップデートが完了したという通知が寝癖となって表れるというのなら、さぞかし立派な寝癖が……。


 ………………なんだよ、寝癖って。

 あ~もう……完っ全に寝ぼけてる……。


 冴えてない頭でボケた自分に少し冴えてきた数秒後の自分がツッコむ。普段の反動なのかヤスラギの寝起きはいつもそんな感じだった。


「はぁ…、今何時だ?」


 起床したとき誰もが思う、時計を見なければ分からない疑問。

 しかし、ふわふわした頭の中にハッキリと現れた英数字の羅列を僕は逃さなかった。


 【 AM 5:37 】


 ……えっ?


 目覚めたばかりであっても、何も考えずに時計を見ることは容易い。

 流れるように時計を見ると、文字盤の上で二本の針が逆さまのVを少し右に傾けたような形をしていたことで脳が一気に覚醒する。


 たまたま当たった……って感じじゃない気がする。

 もっとこう、僕以外の誰かの意識が頭の中に一瞬だけ入ってきたような……。

 ちょっと待った。もう一回やってみればいいんだ。


 自問自答するように、訊き方を変えて再度試してみる。


「今の時刻は?」


 【 AM 5:37 】


 やはり間違いない。自分の意志とは関係なく、ハッキリ頭に浮かんできた。

 おそらくこれがシロサキさんが自力で探してみてと言っていた、この体に備わった便利な機能というやつだろう。


 ……ってコレ、めちゃくちゃ便利じゃん!!

 別れ際に「今晩中に機能を追加アップデートしちゃうから期待しててね!」と言われたけど、これは凄い!! 腕時計が欲しかったけど要らないじゃん!!

 

 興奮したことで目が覚めたばかりで低かった血圧が一気に上がる。まるで自分がサイボーグのようになったというのに、昨日の衝撃的な出来事のせいで完全に驚く感覚が狂っていた。


「いったい他にはどんな機能があるんだ!? 通信機能とか? MAPやナビゲーションの機能とかか?」


 残念ながら、その質問に答えてくれるヘルプ機能はなかったようで、しばらく色々と試してみたが精密体内時計以外の機能は発見できなかった。


 初めて携帯電話を買ってもらったとき、あえて説明書を読まずに何ができるのか手あたり次第に試していたときのようなワクワク感。

 自分の体に組み込まれた機能を探し出すことに熱中していると、セットしておいたアラームが優しい音色で熱を冷ましてくれた。


 いま何時? と今度は口に出さずに念じるだけで作動するか試してみる。


 【 AM 6:00 】


「おぉー! 作動した!!」


 元々分かっていた時刻が脳裏にしっかりよぎる。

 向こうではまだ実用化されていない思考による操作を体感したみたいで、ハイテク心が震えた。


 起床予定時刻になったことだし、そろそろベッドから出よう。

 僕はクローゼットに用意されていた寝巻きからポロシャツと薄手の長ズボンに着替えると、すぐさま部屋を飛び出した。

 朝食は7時からなので、それにはまだ早い。だけど、寮の1階にあるロビーでみんなと待ち合わせしている。まだ誰もいないかもしれないけど、すぐにこの感動を伝えたくて僕は階段を駆け下りる。


 学生寮は6階建ての125部屋構成。全校生徒700人以上のこの学校にはそんな大きな建物が6棟もある。

 でも、「狭いと文句を言う貴族のわがまま令嬢とか兄弟の世話をしている平民出身の天才魔法使いだとか、諸々の事情で通っている生徒がいるせいで丸々1棟空いていたから、学長に頼んだら格安で使わせて貰えた」らしい。

 絶対に安くはないだろうに、そんな簡単に投資してくれるあの人の金銭感覚は凄いとしか言いようがない。

 期待には是非とも応えたいけど、ここまで大々的にバックアップされると流石にプレッシャーを感じるなぁ……。


 エレベーターはないため5階から転がり落ちるように降りて来た僕は、誰もいないロビーに寂しさと開放感を覚えながらソファーで誰かが来るのをのんびりと待つ。

 人が増えればこんな時間でも誰かしらいるようになるんだろうな。


「おはよう、ヤスラギ君。ずいぶん早いみたいだけど、ちゃんと眠れたのかしら?」


 最初にやって来たのは1年2組の御令嬢。

 白のブラウスと長めのスカートを着たミヤビさんだった。


「おはよう。大丈夫、普段から早起きなだけだから。そういうミヤビさんこそ、眠そうじゃない?」


「あら、わかっちゃった? 部屋にあった本がどれも面白かったから、つい3時くらいまで起きていたみたいで……。気が付いたら本を枕にして寝ていたわ」


「あはは、寝落ちしたんだ。でも、凄いなミヤビさんは」


「何が?」


「だって、あの本が面白いかなんて読めなきゃ分からないじゃん。少なくとも僕にはあれが面白いか分からなかったよ」


 だって、全部英語で書いてあるんだもん。ちょっと得意なくらいじゃ全っ然読めなかった……。


「そうなの? 貴方ならもう全部読み終えてると思っていたのに……もしかして、部屋ごとに置いてある本は違うのかしら」 


「どうだろう……」


 『Latest magic basics』とか『Introduction to sword』っていうタイトルと部分的に理解できた内容や挿絵からして、あの本は参考書の類だと思うからどの部屋も同じじゃないと不公平なんだよな。

 以前部屋を使っていた人が残していった本だっていうなら部屋ごとに違う本が置いてあってもおかしくないけど、この世界では紙を使った本ってけっこう貴重らしいし……。


 まぁいいや。分からないことは放置しておけば大体そのうち分かるもんだ。


「そういえばさ、今何時かわかる?」


 考えても仕方ないので今一番言いたいことに話題を変えてみる。


「えっ? ……6時16分……かしら。なんとなくだけど」


 わざとらしく時間を尋ねてみると、案の定ミヤビさんは表情が一瞬固まってから時計も見ずにそう告げる。


「今、頭に『AM6:16』って思い浮かばなかった?」


「えっ、なんで分かるの!? もしかして、これがシラサキさんの言っていた便利な機能?」


「多分そうだと思う。地味だけどかなり便利だよね」


「たしかにこれは便利ね……。他にもあるの?」


「いや、まだそれしか知らないんだ」


「そう……でも、楽しみね。他にはどんな機能があるのかしら。個人的にはやっぱり、どこでも紅茶を飲めるような機能が欲しいわ」


「いや、それはたしかに便利だけど、多分そういうのじゃないと思う……」


 それじゃ22世紀から来たロボットだよと、ミヤビさんの肉体という枠に収まりきらないユニークすぎる発想に舌を巻く。


「あら? もうついてたのね」


「……へ?」


 何が?


「よい……っしょっと」


 そういってミヤビさんはブラウスのすそを左手でまくり上げ、そんな細見にどうやって入れてあったのか分からない30センチ四方の箱をおへそのあたりから取り出した。

 驚き半分、楽しさ半分に叫びたい衝動に駆られるが、まだ隣の寮で寝ている人がいたら起こしてしまいかねない大声になりそうだったので口をふさぐことでなんとかそれを堪える。


「…………ッ!???」


「この体、本当に凄いわね。……あら? これお湯はどうすればいいのかしら……あぁ、指から出せるのね」


 さっそく紅茶を飲もうと箱の中にあった丸いポットと茶筒とカップを取り出したミヤビさん。何かに納得したと思ったら、人差し指から湯気が立つ熱湯を注ぐ人間給湯器になった。


「凄いっていうか、もう凄すぎてわけわかんないっていうか……。この機能が僕にもあるのか……」


 お腹から紅茶セット、指からお湯が出るってどんな理屈か知らないが説明されても分かる気がしない。

 考えることを諦めたらなんだか驚くことにも慣れてきちゃったけど、これって大丈夫なのだろうか。


「あぁ、出さなくて結構よ。カップは4つあったから。シロサキさんにもあの紅茶をどこでも飲めたら嬉しいって話したから、昨日言ってたアップデートで追加する機能ってコレのことかもしれないわね」


「マジか。シロサキさん仕事早すぎるでしょ」


 だって夕飯食べたあと、ここまで送ってなおかつ色々と説明し終わったのが10時半くらいだ。宮殿に戻ってから8時間以内にその機能を開発・導入したってことになる。


「そうね。そう考えると違うかも。とすれば、何が増えたのかしら?」


「さぁ? 僕にはさっぱりわかりませーん」


「そうよね~。こうして紅茶が飲めるのなら何だってできそうだもの」


 会話しながらでも慣れた手つきで紅茶を淹れるミヤビさん。その姿はどちらかというとお嬢様ではなくメイドな気がするけど、美人だからどっちも似合うと思う。

 

「蒸らす時間も分単位なら体内時計でわかるし、本当に便利な体よね。ハイ、貴方の分」


「ありがとう。……うん、おいしい」


 そう、彼女は美人だ。

 気のせいでなければ、こっちに来てから……すなわち『VUH』になってから、女優やアイドル顔負けの葉絶美少女になっていると思う。造られた肉体は健康そのものだから、ありえない話じゃない。

 だからこそ疑問だ。

 そんな美人と割と至近距離で向かい合って話しているのに、これっぽちも緊張とかドキドキとかしないのは……なんか、おかしくないか?


「そろそろ誰か起きてくる頃かしらね。遅刻常習犯以外の誰かが」


「いや、案外カイトかもよ? いつもは朝練で遅れてくるだけであって、寝坊はしたことはないって言ってたし。それに、先に荷物だけ置きに来てるから、アレは遅刻じゃないし」


「だからって、朝の会が終わってから来るってどういうことよ! 朝練ってサッカー部のでしょ? 他の二人は間に合ってるじゃない」


「あ~、なんでも朝ご飯を食べてるから、らしいよ。教室に持ってきてで食べればいいのにって言ったんだけど、それは嫌なんだってさ。理由は知らないけど」


「なにそれ、呆れちゃうわね。いったい朝から何を食べればあんなに時間がかかるのかしら。ウィガーinゼリーとかカロリーメイツを合法的に食べられるいい機会なのに。それだけで人生損してるわ」


「別に、忙しくないときに食べても違法じゃないけどね……。というか、そこまでいう? そんなに好きなの?」


「えぇ。あれと高級フレンチだったら、どちらを取るかは半々ね。その時の気分によるわ」


「へぇ~……」


 そもそもそんな2択を迫られた経験がないが、僕なら迷わずフレンチ一択だ。食べたことないからな。


「受験期間にしか食べられなかったけど、あのときの感動は今もハッキリ覚えているの。薄く切ったカロリーメイツと紅茶の相性は抜群なのよ?」


 なにその食べ方!?


「それもうただのクッキーじゃん!! なんで切ったの!? まさかウィガーもワイングラスに!?」


「いいえ、あれは封を切ってスプーンで食べたわ」


「完全にデザート感覚じゃん!! 10秒飯の意味は!?」


「い、いいじゃない別に!! なんとなくお嬢様っぽく食べてみただけよ!」


「いや! そもそもお嬢様はカロリーメイツもウィガーも食べないよ!? きっと!」


「じゃあ訊くけど、お嬢様って忙しい時は何を食べればいいのよ!?」


「マカダミアナッツチョコレートでも食べたら!?」


「そんなのっ! ……割といいわね、それ」


「いいんだ。じゃあ、次からはそうしてください……。って言っても、こっちじゃまだカカオ豆もマカダミアナッツも見つかってないのか」


「あら、丁度いいわね。冒険の目標が一つ増えるじゃない」


「……なるほど! 宝物が金銀財宝だけじゃないあたり、やっぱ現実だね……。ゲームだったらこんな目標はあり得ないんだろうな」


「意外とあるんじゃない? 世界一のお菓子の材料を探す冒険物語とかなら」 


「へぇー、あるんだ!」


「そんなゲームないわよ。貴方、本当にゲームをしたことが無いのね……」


「うっ、面目ないです」


「ふふっ。別にいいのよ。貴方らしいわ」


 今の天使みたいな微笑みも、普段なら絶対ドキッっとして会話が途切れるのに何でここまで無関心なんだろう……。


 にしても、ミヤビさんと二人きりで話すのは初めてだけどこんな気楽に話せるとは知らなかったな。この世界に来てから新しい発見ばっかりだ。


 このあと、クラス一おしゃべりなマリンと常に楽しそうなユウキがやってきたことで、僕らの会話は一気に騒がしさを増した。


 女子三人に対して男子一人になっても、やっぱり特に何か意識したりすることはなかった。


 今の僕の精神状態は明らかにおかしい。早急に二人の意見を聞きたかったのだが、こういう時に限ってなかなか降りてこない。


 ……嫌な予感、というより何か起こるのではという胸騒ぎがした。



 6時54分、それは的中する。


 早朝特有のさわやかな静けさを切り裂くように、爆弾とも花火とも言えない異常な爆音が学校中に轟き渡り、僕らの茶話会に終止符を打ったのだった。

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