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※僕らは特殊な肉体を享けています。危険ですので絶対に敵にしないでください。  作者: 諏訪静雄
第1章 1年2組はRPG(ロールプレイング学級)
7/14

委員長はもう驚かない

 未知の世界に期待し足を踏み出せば、さっそく自分たちがいた宮殿の外見に驚かされた。

 だってそれは紛れもなくロンドンのシンボル、ウェストミンスター宮殿そのものだったから。


 街のどこからでも見える立派な時計が特徴のタワーは、教科書や写真で何度も見ているものそのまんま。

 それこそ、貨物を乗せて空を飛ぶ板や自動車の代わりに行きかう馬車がなければ、ここが本当にロンドンじゃないと理解できなかったくらいだ。


 時計の短針はⅦとⅧの間を指しているものの、空はまだまだ明るい。おそらくこの世界でも北半球の夏は夜が短いのだろうと思うヤスラギは、日本とは違う匂いのする冷涼な夕暮れ時の風が顔をなでるのを感じ、ここが異世界であることを文字通り肌で実感する。

 

 宮殿から少し歩けば、王宮周辺を包む堅苦しい空気から解放されて繁華街へと入った。

 西洋風の人たちの姿と近代的な建造物が一切ない町並みを楽しみながら、クロサキおすすめの店を目指してさらに歩みを進める。今の気分はまさに海外旅行のそれだ。


 用意された服は少し硬い布地だったが、通気性と肌触りが良く見た目より軽い。革靴も普段から学校でローファーを履いていたことで、走れはしないが石畳でも歩きやすかった。

 装飾を抑えた無難でシンプルなデザインは機能美に優れるといった感じで、これさえ着ていれば異国顔でもそうそう目立つことはないだろう。


 ただし、二足歩行で歩くスーツを着たゴリラは別だった。


「クロサキさん、さっきからめっちゃ見られてません?」


 すっかり打ち解けたカイトが単刀直入に尋ねる。


「まぁ、この辺りはハンターみたいな力仕事をする人間があんまりいないからな。ギルドのある町にいれば、俺みたいなのはゴロゴロいるからここまで目立たないんだがな~……」


「クロサキさんみたいな筋肉モリモリマッチョマンがいっぱいいるとか、もはや変態の街じゃないっすか」


「ハハハ、流石に上半身裸で歩いてるやつはそんなにいないけどな」


「分かったんすか!?今のネタ!……っていうか、そんなにじゃないけど、いるんですね!?」


 よくわからないけど、ネタなのか。

 失礼なこと言ってないならいいけど……。


「それにしても、思ったよりも綺麗なんですね。もっとこう、アレを道に垂れ流してて悪臭がするものかと思っていましたわ」


 ミヤビが意外とばかりにそう言うと、たしかにそうだとヤスラギも気づく。


 アレというのは、多分うんこのことだ。

 そういわれてみれば、中世のヨーロッパでは道にそのままウンコを捨ててたはず。

 なのにゴミ一つないくらい街は綺麗だし、異臭もしない。

 ……なんでだ?


「初めてこの町に来たときは俺もそう思ってたよ。日本が江戸時代に完成させた下水処理システムが世界一だと思ってたからな。ん?いや、別にここは異世界だから、それはそれで違ってないのか」


「もしかして、魔法で綺麗にしているのですか?この世界では」


 分かりましたわと言わんばかりにクロサキの顔をミヤビが覗き込む。


「ああ、そうだ。この世界では、魔法は科学の代わりに人々の生活を豊かにしているのさ。モンスターさえいなけりゃ、こっちの世界の方が進歩してただろうってくらいにな」


 そう言うとクロサキさんは歩きながら生活を支える魔法にどんなものがあり、どういった人に使えるのかを紹介してくれた。


 明り、点火、保存、魔力放出といった、一般人でも使える常識的な魔法。

 浮遊板、浄化、温度操作といった、高度だが魔道具さえあれば誰にでも扱える魔法。

 そして、土木用ゴーレムの召喚や除霊、治癒、鑑定、ポーション作成、魔晶励起といった専用の魔道具とある程度の才能が要求される職業ごとの魔法。

 これら3項目に当てはまる魔法が生活を支え、豊かにしているそうだ。


 現在利用されている魔法は、分かっているだけでも1000種類を超えるらしい。

 そのうちの半分以上を多種多様な職業魔法が占めているといわれれば、どれだけの魔法が生活に根付いているかがよくわかった。


 そして、残りの400種類近い魔法が対人用、対モンスター用の戦闘魔法だそうだ。

 こちらは最近になってから急激にその種類を増やしているらしい。

 シロサキさんの横やりでは、昔クロサキさんが大きく影響を与えた出来事があったらしいんだけど、詳しい内容を聴く前にクロサキさんが照れて話を遮ってきたので、またの機会に訊いてみようと思う。


「魔法便利すぎかよッ!そんなにありゃ、モンスターも楽勝に倒せるわな!」


「でも、お高いんでしょう?」


「授業料が、ってことか?」


「あ、うまい!テキトーに言ったのに、確かにその通りかも」


「大丈夫ですよ奥さん、授業料はすべて!国家権力が負担いたします!」


「すごーい!!それなら私でも魔法が使えちゃうわね!」


「しかも、今なら衣食住の保証までついて、な、なんとタダ!!」


「なんですとー!?」


「どうですか奥さん!こんなの、ジャ〇ネットじゃあできませんよ!?」


「そうねー。フフwてか、話が旨すぎてワンクリック詐欺みたいww」


「それなww」


 ナチュラルに始まりナチュラルに終わるツトムとユウキの幼馴染漫才は、クロサキさんたちにも好評だった。異世界の国家にサポートしてもらうだなんて、規模が大きすぎてこれっぽちも想像がつかないが、彼らのように喜んでおけばいいことなのだろう。


 だけど、改めて考えてみると凄いことに巻き込まれたなぁ。

 僕ら個人に対する支援は、それこそ文化的で最低限度の生活に必要な保障の範疇かもしれない。

 でも、この計画全体に目を向けるとその費用は莫大すぎる。


 それだけのプロジェクトをコネと交換条件だけで採り付けたクロサキさんはいったい何者なのだろう。7年の間にどんなことがあったのか気になって仕方がない。


 一同は多くの人でにぎわいだした繁華街の、さらににぎわった場所にある店の前までやってきた。看板は一つしか見当たらないが、もし目の前の3階建ての立派な建物すべてが一つの店舗だとしたら、とても繁盛している店なのだろう。通りにまで立ち込めたおいしい匂いが、お腹の減りを一層強める。


「さぁ、着いたぞ!ここが今日の晩餐会場だ」


「結局ここですか、レイジさん。まぁナイスチョイスですけども」


「エミリーも今日はあんまり飲むなよ?まだ明日はやることがある」


「はーい……あーあ、はやくパーッとやりたいな~」


 しぶしぶといった感じで返事をし、下の名前で呼ばれたシロサキは口をすぼませた。


 そうか、明日からは僕らが来たことでやらなきゃいけないことが増えるのか。何か手伝えることがあれば、手伝いたいな。


 そんなことを考えていたとき。 


「レストラン……居酒屋?」


「……はい?どうみてもこれはレストランだろ」


「だよね。でも、居酒屋みたいだよ」


「はぁ~?……おぉ、居酒屋だ」


 何やらマリンとカイトの意味不明な会話が耳に入ってきた。

 異世界には居酒屋とレストランを兼ねる店があるということなのだろうか。


 その視線の先にあるおしゃれな感じの看板には……


『Restaurant Izakaya』と書かれていた。


 ……どっちだろう。


 『レストラン風の居酒屋』なのか、『”Izakaya”という名のレストラン』なのか分からない。

 ていうか、そもそも居酒屋って未成年の僕らが入っていいのか?あそこって大人がお酒を飲むためのお店じゃないのか?ビールとおつまみ以外にも料理が出るのか?


「おーい、入るよ~」


「えっ…あっ、ハイ!」


 気が付けば3人を残して、他の5人はもう先に店に入っていた。


 もはや気にしても仕方がないので、ヤスラギは恐る恐る木製の両開き扉と赤い暖簾のれんをくぐり、未知の領域に足を踏み入れる。


 目に飛び込んできたのは、暖かなランプの光に照らされた広々とした空間をウェイトレスが美味しそうな料理とお酒の入ったグラスを持ってテーブルの間をすり抜けるように縦横無尽に動き回り、家族や仕事仲間と思しき老若男女様々な人々がワイワイと食事と会話を楽しむ様子であった。

 イメージしていた居酒屋の雰囲気だけをレストランに組み合わせたようなアットホームな感じの店だ。


 あ、ここ『居酒屋風のレストラン』だ。


 別に居酒屋だったとしても飲酒に関する法律は日本と違うので度数の低い果実酒なら飲んでも問題ないのだが、そもそも居酒屋について色々思い違いをしてるヤスラギがそんなことに気が付くわけがなかった。

 店員さんに連れられて奥に進むと座敷席があり、メニューが英語表記なところ以外は完全に和風の個室までもが完備されていたことを思い知る。


 日本からロンドンに来たと思ったらやっぱり日本だった。

 何を言っているか分からねぇと思うが……って、そのままじゃないの?

 ツトムは何か理解に苦しんでいるようだが、僕はその悩みの理解に苦しんだ。


「この店のオーナーは俺の元パーティメンバーでな。飲食店を出すっていうから、色々と相談にのっていたことがあるんだ。だから、ここの料理とか雰囲気とかはまんま日本の居酒屋なんだ」


 おしぼりで顔を拭いたあとに、クロサキはまたその経歴に謎が増えるようなことを言いだした。


「あのときはまさかこんな大きな店になるなんて思ってなくてな〜。店の名前もせっかくだから日本風にしたいと言われたから、冗談半分に「じゃあ『居酒屋』で」っていったら、そのまま採用されて王都でも話題のレストランになっちゃうんだから困ったもんだ」


 別に間違っちゃいないんだけど、ちょっと違うんだよな~とクロサキはボヤく。

 たしかに、その気持ちは日本人にしかわからないだろうなぁ~と思いつつメニューを開くと、たしかに見慣れた料理の名前がそこにはあった。ただし、その大半がおつまみだ。


 主食になりそうな料理は軒並み英語で書いてあり、イラストから判断するしかない。

 値段はローマ数字で書いてあるためちょっと読みづらかったが、そもそもお金はクロサキさん持ちであることを思い出す。


「クロサキさん、いくらまで食べていいんですか?」


「ん?好きなだけ食えばいいぞ。こうみえてけっこう金はあるからな」


「やったー!じゃあとりあえずポテトください!」


 今、さらっと凄いことを言ったのに、マリンはポテトで頭がいっぱいらしい。

 ていうか、そこはお礼を言うのが先でしょ。


「まじっずか!いくらくらい持ってるんですか?」


 ユウキさんは逆に食いつきすぎ。

 それはそれで失礼でしょ……。


「ざっと20億ミル、日本円でだいたい9億円くらいかな」


「スイマセン、流石に持ちすぎです。あと、ごちそうさまです」


 もうこれくらいのことじゃ驚かなくなった自分に少し驚いた。


 このあとお腹いっぱい美味しいものを食べたのは言うまでもない。


 あと、居酒屋って僕ら未成年だけでも酒さえ飲まなきゃ入っていいらしい。

 それを異世界で知るなんて、夢にも思わなかったよ。

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