委員長の質問は留まるところを知らない
「ちょっと待った!全員、1回黙ろう」
カイトの提案によって、好奇心とパニックの混ざりあった喧騒の空気が落ち着きを取り戻す。
「んで、質問はラギ長に任せよう。その後で、それぞれ知りたいことを聞けばいい。委員長ならオレじゃ気づかなかったことも訊いてくれるだろーしな」
「……え、僕?」
クロサキの言葉通りなら、この未知の世界で冒険者になって生活することになる。
であれば、受けるかどうかを判断するのに、どんな情報だろうとあるに越したことはない。
この中であれば、その役目は委員長が適任であるのは明らかだった。
バカイトのくせに珍しくまともな意見だと、騒いでしまった三人は感心していた。
清々しいほどの他力本願とはいえ、一人で何とかしようと焦っていた自分には思いつかなかった名案だ、と。
「同感ね。相変わらず、その潔さだけは見事なものよね……」
「フッ、だろ?」
ミヤビの皮肉に対しても、カイトは余裕のドヤ顔で返す。頼むからこのタイミングで喧嘩しないで欲しいというヤスラギの思いが届いたのか、それは杞憂に終わったことで彼は小さなため息を漏らす。
皆の頼んだ!という視線を感じ、ヤスラギは向き直る。
「じゃ、じゃあ、僭越ながら質問させていただきます」
安定の「僭越ながら」が出たことで、5人はそれでこそ委員長!と笑ってしまった。心から頼れる友人にしてクラスのまとめ役の、まさしく委員長だと。
カイトたちがやり取りしている間に質問を予想して答えられるよう備えていたクロサキは、先ほどとは打って変わって落ち着いた大人の対応でそれに答えていった。
シロサキにとっては、こちらの方がよほど見慣れている姿なのだが、高校生たちにとっては割とカッコいいこちらが自分の上司の意外な姿となってしまったことを残念に思うのだった。
なお、ヤスラギによる質疑応答は5時間にも及んだ。
以下しばらくは、その簡潔なまとめである。
ヤスラギたちが目を覚ました場所はローグレス王国の王都キャメロンドにあるウェストローグレス宮殿の一室。
ローグレス王国とは、イギリスとよく似た国土と魔法で独自の発展を遂げた文明と、原因不明の驚異的な進化を遂げた生態系を持つ、この世界にある王国だ。
通貨の単位はミル。
使用される言語は英語。周辺に存在する国もフランス語やドイツ語、スペイン語に似た言語が使われているそうだ。
ただし、人が生活していると確認できたのもまた、こちらでいうフランス、ドイツ、スペインにあたる地域までなので、この他の言語が使われるような国は確認されていない。
ローグレス王国はイギリス同様に島国だが、海には強力なモンスターが多く生息しているため貿易船などはめったに出ておらず、ずっと強制的に鎖国状態にあったことでゆるやかにしか発展していない。
それでも、近年急激に成長を遂げたことで、王都周辺では豊かな暮らしをしている者が多い。
一方で、地方では主にモンスターの被害によって貧しい生活をしている者が多い。
しかし、出現するモンスターを狩るために辺境の村に移住する者が増えているため、それらは解消されつつある。
RPGの主人公が果たす役割といえば、一刻も早くそういった危険地域でモンスターを退治することだが、王国で最も安全な王都にいては、モンスターと対峙する機会すら得られない。
にもかかわらず、ヤスラギたちが王宮スタートである理由は次の3つの条件を満たせる場所がここだけだったからだ。
一つ目は、彼らは俗に言う異世界転移、もしくは異世界召喚と呼ばれる行為を正確にはされていないことにある。
当初クロサキは『口寄せ』と呼んでいたこの方法、ツトムの提案で『異世界分魂』と名付けられたこの方法は、繊細ながらも体育館並みのスペースを要するとても大掛かりな方法だったので、モンスターや災害などの被害が及ばない安全な場所で行わなければならなかったのだ。
クロサキたちは肉体ごと転移してこの世界にやってきたのだが、自分たちと同じ境遇にはしたくなかったので試行錯誤の末、「肉体をこちらの世界で用意して、向こうの世界から魂の半分だけをこちらの世界に送る」というオリジナルの方法を編み出し、その結果として大掛かりな方法になってしまったのだ。
二つ目は、『異世界分魂』には膨大な経費と巨大な装置が必須だったため、王国のバックアップでもなければ達成できなかったからだ。
魂の情報だけを頼りに一から肉体を造るだけでも、材料費も必要なエネルギーも馬鹿にならないというのに、特別な肉体にしたことでいつのまにか国家予算並みの資金が必要になってしまっていたのだ。
それでも成功することを立証できたこで、成果を何らかの形で献上するという交換条件で国に援助してもらえたわけだが、即座に報告せよと命じられてしまったので研究施設は王宮の近辺に設置しなくてはならなかったのだ。
三つめは、魔法や戦闘の訓練をする施設が近くに必要だったからだ。
特別な肉体というのは『Versatile Ultimate Homunculus』と呼ばれるもので、直訳で『汎用性の高い究極のホムンクルス』で、通称『VUH』とも呼ばれる代物で、早い話が『異世界分魂』専用の依代だ。
『VUH』はクロサキ達がホムンクルスを改良し実験を重ねたことで、まるでRPGのような成長率と復活システムを再現し、高い身体能力と豊富な魔力を持ち、多種多様なスキルの習得や便利な機能の追加、さらには眠っている間にバージョンアップされることまで可能にした究極の人造人間。
それはまさに主人公にふさわしい肉体なのだが、努力をしないことには成長できないし強くもならないというのが、成長を重視したゆえの欠点だった。
いくら身体が丈夫で魔力に満ち溢れていても、中に入る魂は高校1年生になったばかりの平和ボケした日本に住む少年少女のもの。
『若さ』という可能性を重視し、あえて自衛隊などではなく高校生に来てもらったのだが、いきなり実戦で鍛えるのは無理があるので、まずは一つの武器に絞って訓練しつつ、魔法とこの世界での生活の知識を習得することにした。
訓練と座学を毎日するのであれば、図書館や訓練所のような施設が近くにあった方が都合がよいため、都市部が望ましかったのだ。
なお、ここから最寄りにあるキャメロンド魔法学校でお世話になることが既に決まっている。
このように安全性・財政面・訓練へのスムーズな移行といったニーズを兼ね備えていることから、これらの設備は王宮内に作らせてもらったのだ。
都合が悪いのはせいぜい、いい実践訓練になる王国内の狩猟が盛んな地域からはとても遠いことくらいだった。
……とまぁ、僕たちが置かれている状況はだいたいそんな感じらしい。
こう見るとアッサリしているけど、実際はもっとバラバラに質問してたし、専門用語も多かったからめちゃくちゃ時間がかかってるからね、これ。
シロサキさんが持ってたバインダーみたいなので、一生懸命まとめてくれたお陰です。
で、クロサキさんの最初の目的は、僕らを冒険者として育てることだったみたい。
最終目標は、とりあえずの人数が揃ってから言わせて欲しいとのことだ。
まぁ、流石に6人では少なすぎるもんね。
事情を説明しても手伝ってくれるっていう人が、あと30人は欲しいらしい。
それ、ちょうどうちのクラスと一緒の人数なんだよな~。
でも、そもそも僕らは偶然ここに来れたわけで。
追加の人員が果たして本当にくるのかという話になった。
『異世界分魂』の鍵は言うまでもなくあの剣だ。
原理や仕組みは完全に解明しきれていないが、あの剣には魂みたいなものを切り分けて、なおかつ切り取った片方だけを取り込む効果があったらしく、台座に改造を加えることでその機能をうまく利用したらしい。
服や眼鏡などは魂に含まれないから、こちらに再現される肉体は全裸だったという訳だ。
でも、どういうわけかツトムの眼鏡だけは正確に再現されていた。
これに関しては、彼の魂と眼鏡は同化している説が今のところ有力だ。
眼鏡は俺の魂だ!ってツトムは嬉しそうに言っていたよ。
そして、ここで重大な事実が判明した!
この方法だと、元の世界には魂を分けたもう一人の自分が残っていて、この現状に気付かずにいつも通りに生活を続けていることになり、しかも僕らの魂がこの世界を離れたとき、魂とともに記憶や意識が再び合体して元の世界に意識が戻るので、手間はかかるけどいつでも帰ることが出来るそうだ。
つまり、僕がこっちにいても向こうは向こうで自分がいるから、別に任せておいて大丈夫ということ。
なんていうか、最初にそれを言ってほしかった……。
もちろん、これはあくまで理論上の話。
だけど、魂を取り込んだ状態の剣を台座に差し込むことで初めてこちらに送信される仕組みらしいから、僕らがここにいることがその理論の正しさを証明しているはずだ。
向こうに残った自分たちが剣を台座に戻さない限り、ここには来られないからね。
さて、話を戻そう。
あの剣を向こうの世界に持って行ったクロサキさんの仲間の「灰崎さん」という人が行方不明で、なおかつ1年2組にあの剣が置いてある以上、期待する人材の追加はカイトの悪ふざけと同じ行為が向こうにいる僕ら以外の誰かの前でされなければならないわけだけど……。
「もし向こうにまだオレがいるんなら、多分クラス全員巻き込んで連れてくると思うぜ」
「なんだろう、私もそんな気がする……。ツトム、ホムンクルスって未来予知できたりするの?」
「いや、ホムンクルスは人造人間。そんな能力はないハズだ……だけど、俺もそんな気がするな……」
「みんなも来るといいね~、めっちゃ楽しそう!」
「ひとまず、これで疑問は出尽くしたってとこかしらね。あ、紅茶ごちそうさまですわ、白崎さん」
「みんな、この状況に馴染むの早すぎるよ……」
「いや~、にしても、承諾してもらえてよかったよ。君たちが向こうに帰るには、そこそこ面倒な手順を踏まなきゃだからな」
「ですね~。にしても、灰崎のやつは自分の役目を放り投げて何してるんでしょうかね……」
「さぁな~。だが、死んじゃいないだろう」
シロサキとクロサキの二人はソファに座って、2台のベッドに並んで座る6人と向かい合って会話している。
なにせ、かれこれ5時間も話しているのだ。途中で喉も乾いたし、足も疲れだしたので今の形に落ち着いた。
シロサキさんの入れた紅茶は、砂糖が希少なので入れていないのにほんのり甘くて美味しかった。
ここからはおいしい紅茶と一緒にのんびり雑談タイムになった。
クロサキさんたちは今からおよそ8年前に日本からイギリスに、7年前にイギリスからこの世界に来たっきりとのことで、今の日本の様子を話したらとても喜んでくれた。
僕がしたスマホや3Dプリンターのような科学技術の発達の話よりも、カイトがしたレスターがプレミアリーグで優勝した話の方がよっぽど驚いていたのがちょっと悔しかった。
異世界と聞いたときはどうしたものかと思ったけど、死なないし帰れるし帰らなくても向こうにはもう一人の自分がいるから大丈夫だなんて言われたら流石に断れないや。
最後まで聞いてよかった。二人には感謝しなきゃな。
クロサキさん、叫ぶくらい困ってるみたいだし手伝いたいな。
魔法の仕組みを解明すれば向こうに帰ってからも使えるのかな。
本当にゲームみたいなもんだってクロサキさんは言うけど、もしそうなら逆に難しいんだよなぁ……。
今の僕のこの世界に対する思いは留まることを知らない。
このまま帰ったら絶対に後悔するのは目に見えている。
とりあえず、満足するまでこっちにいようかな。
楽しい雑談は時間を忘れさせ、気が付けば夕食の時刻になっていた。
こちらに来たのは午前10時過ぎだったのというのだから驚いた。
ヤスラギたちは用意された動きやすい服に着替えると、クロサキに連れられて夕飯にありつくために街へと繰り出すのだった。