委員長はモンスターを知らない
ヤスラギが文化祭を理由にして誘いを断ったその瞬間、彼を静止する者が現れた。
「ちょぉおおおおおおおおおいッ!?タンマ、タンマッ!!クロサキのおっさん、ちょっと待ってくれ!」
「はぁっ!!?ヤスラギ、おまっ、マジかッッ!!!今の状況でそっちを優先するかァ?!普通ッ!?」
魔法の発現を目にしたことで、さっきの世界RPG宣言は冗談なんかではないと分かった以上、どんな頼みであろうと何でも言う事を聞くつもりでいた男子2人、カイトとツトムである。
「ラギ長!!こんな面白そうなことを話も聞かずに帰ろうなんて、頭おかしいんじゃねぇの!?俺は帰らねぇぞ!」
「いくらゲームやったことがないからって、限度があるだろッ!限度がッ!!ここは話だけでも聞くとこだろッ!」
「えっ、えっ、えっ?」
彼らはRPGを楽しんだ経験さえあれば、自分ほどではなくとも話だけは聞いてみようくらいの興味を持つはずだと、心のどこかで思っていた。いや、油断していた。
しかし、その数少ない例外がすぐ隣にいたことで、その動揺を隠しきれないでいる。
……まぁ、そもそも隠そうとしていないが。
2人が委員長の帰ります発言を取り消させようとしている理由は単純だ。
学校行事を優先して誘いを断るということは、逆に言えば、断らなければ学校行事をサボる意思があると見なされかねない。
別にそれでも構わなかったとしても、向こうから「じゃあ、君たち全員そっちに行かなきゃじゃないか」と、せっかくの誘いを取り消されてしまえば元も子もないからだ。
直感的にそれを理解し行動したことで、幸いにも相手に何も言わせずにすんだ。
ならばとばかりに2人は勢いで押さえこむかの如く説得を繰り返す。
「いいか、ラギ長。ちゃんと話を聞いたうえで、いつもみたいに質問して、それから本当に帰るべきか判断してくれ。俺だって、わざわざ学校と部活をサボッてまで、危険な冒険をしようだなんて思わ……なくもなくないんだからなッ!?」
「なんて!?」
最後のほうがムニャムニャしてて、なんて言ったのか分からない。
「俺もだぞ、ヤスラギッ!!むしろ、お前の質問力に俺たちの命運がかかってると思えッ!こういうタイプの異世界召喚は最初に提示されたルールやスキルの組み合わせの穴に気が付ければチート並に無双して世界最強級になれるんだッ!!」
「ごめん!だから、なんてッ!?」
知らない単語が多すぎて、全体的に何を言ってるのか分からない。
「ようするにッ……」 「とにかくッ……」
「「話を聞けってことだよッ!!」」
「アッ、ハイ……スイマセン」
サッカー馬鹿とアニメオタクに委員長が話を聞けと怒られる。
普段とは真逆の光景に、女子三人はクスクス笑った。
「ハハハ、もういいかい?」
さらに懐かしき青春時代を彼らの様子に重ね合わせたことでクロサキも笑っていた。
「あ、はい。大丈夫です。やっぱり説明をお願いします」
ここまで感情を籠めて言うのだから二人には何かしらの自信があるように思えたヤスラギは、あっさりと二人を信頼して言われたとおりにした。
やっぱり2人は凄いな……。
何を言ってるのか全然分からなかったよ。
僕が知らないことでも、2人が知っているんだ。
こんな頼もしいことはない!!
単に帰らされたら困るからという私利私欲であることは知らぬが仏というやつだ。
「うむ。……といっても、どこから話せばいいのやら……。悪いんだけど、気になることをどんどん質問してくれないか?全く、ショーイの奴はなにをやってん……」
「あっ、じゃあハイ。ここっていったい……」
「あ″あ″あ″あ″ーーッ!!っと、ちょっと待ったぁぁあああッ!先にこっちから質問してもいいか!?」
いや、どっちだっていいよ!と心の中でツッコんだカイトが思わず吹き出す。
質問しようとしたマリンは、さっきの魔法の副作用か何かでゴリラになって暴れ出すのではと思わず身震いしてしまう。彼女の質問を遮った絶叫はまさしく野獣のそれだったのだ。
……当然だが、クロサキがゴリラになることはない。
あれは彼の純粋な筋力によるパフォーマンスだ。
クロサキが慌て出す様子を見ていたシロサキは、あっちゃーという感じで手で額に触れる。
そして、「しっかりしているようでどっか抜けているんだよなーこの人は」と長年の付き合いで見て来た彼の醜態を思い出す。
助けに来てくれたと思ったら、器物損壊で多額の借金を背負わされてたりとか。せっかく創りだした魔法の道具を完成した嬉しさのあまり放り投げてしまって、結局また一から作り直してたりとか、上げ出したらキリがない。
「でも、それでこそレイジさんなんだよなー」
……と微笑みながら、そう小さくつぶやいた。
彼女にとって彼は、友人で、仲間で、先輩で、初恋の相手。その恋が実ることはなかったが、それでよかったのだと思えるまでに、傷はもうとっくに癒えている。
ちなみに、いまはそこに上司が追加されているわけだが……。
アドリブに関しては少し頼りない上司が、高校生たちに質問を投げかける。
「君たちがここに来る前の記憶を教えてくれ。灰崎翔偉という名前に聞き覚えはないか?」
クロサキの期待していた答えとは異なる、それでもなんとなく予期していた答えが返ってきた。
彼らの最後の記憶は、教室に飾っていた剣で遊んでいたら、急に剣が光って眩暈を覚えたというもの。
仲間の名前に聞き覚えがないだけでなく、それらしき人物も彼らの説明からは見受けられなかったことで少しばかり動揺するが……。
「……そうか、あの剣だけが……。じゃあ、剣を学校に持ってきた人物に心当たりはないか?」
「……僕らのクラスの誰からしいんですけど、本人が文化祭が終わるまで言いたくなかったらしくて……今はもう確かめようがないです」
ショーイという人間がそう簡単にくたばらないことは知っている。彼ほど杞憂という言葉に縁のある人間はそう居ないのだ。
アイツの心配するだけ時間の無駄だろう。
「そうか、ありがとう。まぁ、この件はまた今度にしよう。今は君たちの疑問を解決する方が先だからな。……さっきは質問を止めてしまって、本当にすまなかった」
「えっ!?いやいや、全然ダイジョブです!それよりクロサキさんこそ大丈夫なんですか?さっきの魔法のせいでゴリラになったりしませんか?」
「……えっ?ゴリラ?さっきの魔法って……」
「さっき片手で簡単に氷をグゴラシャアッ!って握りつぶしたじゃないですか!!」
「いや……あれはただの握力だ。俺の握力は多分、400キロくらいあるからな」
この娘は真剣な眼差しでいったい何を言っているのかと最初は意味が分からなかったが、個性的なオノマトペによってその意味を理解できたクロサキは申し訳なさそうに答えた。常識外れの握力ですいませんと。
だが、それはゴリラと握力が同じという訳であって、彼に対する印象は魔法も使えるゴリラで固定され、結局はゴリラに戻ることに違いはなかった。
心配していたマリンも、チョットナニイッテルカワカラナイデスと引いてしまっている。
「マジで筋肉ゴリラじゃないっすか……。なにしたらそんなんなるんですか!?」
「ん?そりゃー毎日モンスターと戦ってるからな。…ぁ、いや、最近はあんまり行けてないから、正確には6年間戦ってきたから、だな」
さっそくゴリラ呼ばわりしてきたユウキにも、優しく笑いながら答える。
それにしたってその筋力は異常すぎるだろと皆の顔に書いてある中、ヤスラギだけはモンスターと言われてもピンときてなさそうな顔だったので追加説明が入った。
「まぁ、モンスターっていっても色々なのがいてだな……。基本的に人間を襲ってくる生物のことをモンスターと呼ぶんだが、恐竜みたいな奴とか、でっかい虫とか、単に化け物としか言えないような奴とかだと思ってくれればいい」
「ほぇー、本当にあんなのがいる世界なんだ!」
「すげー!そんなのがマジで倒せるのか!」
「それって、捕まえて育てることはできないんですか?」
マリンの想像したのはおそらくあのゲームだろうと読み取ったクロサキがすぐさまそれに答える。
「あぁ、人間がモンスターを手懐けるのは無理だ。だから、仲間にして戦わせるのも無理だってことになる。この国だけでも結構な種類のモンスターがいるんだが、どいつもポ〇モンとはかなり違うぞ?あんな小さくて可愛いモンスターが生き残れるほど、柔な環境じゃーないからな」
そうかー残念……とマリンは俯くが、男子2人はそりゃ倒すんだからそっちじゃないだろと言いたげだった。
「この世界のモンスターは、どっちかっていうとモ〇ハンに出てきそうな感じだぞ」
だから、その言葉を聞いてカイトとツトムが感嘆の声を上げたのは言うまでもない。
世界中で愛される超有名なゲームタイトルを例にされれば、流石のヤスラギも把握できた。
そして持ち前の洞察力と最近得たばかりのゲーム知識──ゲームシステムとその分類──から、成長するのは『自分自身』であることを確信する。
RPGに不可欠な成長要素は、アクションやアドベンチャー系統のシステムを元にしているのだろうと、分かる限りのゲーム用語で再度理解しながら飲み込んだ。
「それはつまり、私たちでも『倒すことならできる』のですね?」
そのために呼んだのでしょとばかりに、ミヤビは本題へと話の流れを誘導する。
ミヤビの冷静かつ意味深な指摘を褒めるかのようにクロサキがニヤッと笑うと、自身も勤める”モンスターハンター”という職業についての解説が始まった。
「その通りだ、察しがいいな。今はもう、装備も制度も充実してるから、レベルⅢのモンスターくらいなら君たちでも余裕で倒せるようになるぞ。流石に今すぐは無理だけどな。だよな?」
クロサキは自分ばっかり話すのはどうかと思って、同業者であるシロサキにも話を振る。
「そうですね。ここ数年……というか、私たちが来てからですけど、この世界は今、急速に発展していますからね。武器も魔法もどんどん強くなってるから、ひと昔前は抗いようのなかった脅威的なモンスターにも対抗できるようになりましたもんね」
そこまで言って、ヤスラギたちにニコッと笑う。
「レイジさんがそういう風に変えたんですよ!凄いですよね〜!」
シロサキが満面の笑みになって褒めた瞬間、自分に向けられたゴリラを見るような目が偉人を見るような目に変わるのを感じ、クロサキは少しばかり心が痛くなった。
自分は自分のやりたいようにやってきただけで、決して褒められるだけの人間ではないのだと、彼らに伝えたくなり、そう思った時にはもう、後悔を含んだ言葉が流れ出ていた。
「……以前は人を守る為にモンスターを倒していたはずが、今では人間の都合で倒している。一部のモンスターが乱獲されて生態系が大きく崩れてきてるっていうのに、わざわざ深い森の奥地でそいつを探して殺すのが、今の”モンスターハンター”の最高ランカーに与えられる仕事になってしまったんだ……。そんな風に変えてしまったのもまた、俺なんだよな」
かつては自衛のために多くの命を奪ってきた。そして、奪った命には敬意を示すようしてきた。
だが、今ではどうだろうか。
狩猟はもはや真逆の意味を持つ、自然への侵略行為に成り下がってしまっていた。そこには敬意なんてものはない。
無感情に蹂躙するか、金に変わることへの喜びだけだ。
思えば、人間文明の進歩は常にこんな感じだ。
自然や他の生物を犠牲にして、自分たちだけが大きく歩みを進める。後になってからそのしわ寄せがきて、そのときようやく過ちに気付くが、もう手遅れになっているのだ。
自分の生まれた世界の歴史を見れば、いつも全く同じだったのに。分かっていたのに。
それを阻止できなかった悔しさが、今もクロサキの胸の奥でジリジリとくすぶり続けているのだ。
”モンスターハンター”はもはや無くてはならない役割になってしまっている。
社会に組み込まれてしまった以上、それを変えるのは容易ではない。
だが、何も変える必要はなかった。
「もちろん、人々のためになる重要な仕事であることに違いはない。だが、君たちになってもらいたいのはモンスターハンターなんかじゃない!」
一同はそこまで言っておいて?と思ったが、口には出さずに続く言葉を息を飲んで待ち受ける。その言葉次第で、彼の提案を飲むか飲まないかが決まると言っても過言ではないからだ。
「君たちには、モンスターの狩りよりも、この未知に溢れた世界の探索をメインとした、『冒険者』になってもらいたいんだッ!!」
「冒険……者?」
『冒険者』という言葉に対する反応は人それぞれだった。
散々引っ張っておいて、結局それかとツトムはクールに鼻で笑った。
『冒険者』に関しては異世界ファンタジーものである意味、予習済み。
勇者に並ぶ万能にして王道の職業。やり方次第では最強にも最弱にもなる職業。ステータスは上級職に比べると微妙でも、スキルがたくさん使えたりするなど発想次第で無限に強くなれる可能性を秘めている職業。主人公の代名詞とも言える役職だ。
アニメで見たのと同じかそれ以上だったらいいんだけどな~。スキルなんて便利なシステムがこの世界にもあるのか?アレはなかなかのご都合主義だと思うんだが……。
「まぁ、さっさと冒険者になってみれば分かることだなッ!!」
「だってよ、ラギ長。なんか質問ねーか?オレはもうねーし、受ける気満々なんだが」
「ちょっ!?ツトムもカイトも男らしすぎでしょッ!!色々と悩んでいた僕が馬鹿みたいじゃん!!」
「いやいや!!バカはそいつらでしょ!?らぎ君が普通だって!まだ私達がここにどうやって来たかだって分かってないのに、なんで!?なんでそんなやる気満々なの!?」
「さぁね~?とむちんは昔っから小さいことは気にしなかったからね~、アハハ」
「もはやそんなレベルじゃないでしょッ!!!どうやって来たかのか分かんなきゃ、帰ることだって出来ないんだよ!?」
「あぁ!?そんなの、あの剣にそういう魔法が籠められてたからに決まってんだろ!!だよなぁ、レイジさん?」
「え?あ、あぁ……。その通りだ」
「それじゃ、私の制服と髪飾りはどこ!?そもそも、ここはいったいどこなの?冒険者ってなにすりゃいいのよ学校はどうするの!?ねぇっ、レイジさんッ!!」
「ところでクロサキ様?了承も得ずに連れてきて未知の世界を探索しろだなんて、いささか非常識ではありませんこと?もちろん、対価はあるのでしょうけどそれ以外にも要望を飲んでいただかないことには了承しかねますわよ?」
「ちょっ……!まだ質問あるからッ!みんな落ち着いて!早まらないで!ね?ね??」
状況にも慣れ始めたことで、6人はいつもの調子をとりもどしつつあった。思い思いにクロサキに詰め寄り、早く冒険させて欲しい、もしくはその真逆の納得できるまで説明が欲しいと要求する。
クロサキは自分には無い若さという強大なエネルギーによって、収拾もつかないまま圧倒されるのだった。