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※僕らは特殊な肉体を享けています。危険ですので絶対に敵にしないでください。  作者: 諏訪静雄
第1章 1年2組はRPG(ロールプレイング学級)
4/14

委員長はゲーム用語を知らない

「……いよいよだな」


「えぇ。予定よりもかなり少ないみたいですけど、まだ追加で送られてくるんですかね?エッセンスの方は余裕ですし、とりあえず明日の昼くらいまでは様子見ですかね?」


 宮殿の絢爛豪華すぎる広々とした廊下は何度通っても落ち着かない。

 ましてや、今は待ち望んだ者たちとの対面を控えている。

 大理石の上に敷かれた真紅の絨毯、その上を進む足取りが早まってしまって仕方ない。


「そうだな。じゃ、詳しい説明は予定人数になってからってことで。ハイ、決定」


 30代前半の体格の良い黒髪の男が、笑いながらそう宣言する。

 白シャツに黒スーツというフォーマルな服装はお世辞にも似合っているとは言えない。それは、華やかさとはかけ離れた野生の力強さを感じ取れてしまうほどに。

 だが、それもそのはずだ。

 スーツの下に隠しきれないほどの獣と血の匂いが、彼の肉体には染みついているのだから。


「ですねー。正直、同じ説明を二度も三度もさせられるのは面倒だな〜って思ってましたし」


 そう言って笑い返した20代後半の茶髪の女性は、白を基調としたレディーススーツを纏い、この美麗な空間にもうまく溶け込んでいる。

 そう。彼女は強さを巧妙に隠しているのだ。

 様々な文書をまとめて持ち運ぶのに便利な”ファイル”という魔道具を持ち、凛として歩くその姿はさながら「秘書」という職業を連想させるに相応しいだろう。


 彼らが向かう先にあるのは【栄光の間】と呼ばれる王宮の一室。貴族や王族の休憩用に造られたこの部屋は、魔法によって永続的に明るくかつ適温に保たれている。

 本来ならば、王子や貴族達の休憩室であり、王国の栄光を記す展示室である。

 しかし今、その部屋は騎士たちの厳重すぎる警備によって物々しい雰囲気に包まれていた。


 クロサキ達が視界に入るや否や、白銀の鎧を装備した騎士たちは規律正しい動きで敬礼する。

 彼はそれを、軽く手を挙げることで降ろさせる。敬礼も仕事の内だとわかってはいるが、堅苦しいのはあまり好きではないのだ。

 このやり取りは既に何度も繰り返され、向こうもそれをわかっているため戸惑いはない。

 これまた揃った動きで敬礼を解いた。


 扉の前にやってきた男、黒崎くろさきレイジは隣にいる白崎しろさき瑛未里えみりに叩き込まれた社交マナーの一つを、心の中で復唱する。


 『ノックは基本4回。2回はトイレ、3回は友人』。だから、この場合は……。


 身に沁みつくほど鳴らしたリズムで、重厚な木製の扉を4度叩く。

 王宮内での彼の立場はかなり複雑なため、このように普段から気を遣っている。

 ひとえにそれは、彼の評価が人によって大きく異なるせいだ。


 例えば、真の英雄だと認める騎士団長もいれば、天才と褒めたたえる技術局長も、国の切り札として頼る王族も、得体の知れない異邦人と警戒する貴族もいる。

 以前、そんな貴族から反感を買わないように権力のある役職に就くことを辞退したことがあったのだが、そしたら今度は別の貴族から非国民だという反感を買ってしまった。

 彼が心の底から面倒くさいと思った、人生で二回目の瞬間だ。

 面倒ごとを避けるために、貴族社会に関わるときは最大限慎重になっているのだ。


 今はもう中途半端な権力とそれに見合う自由を得ることで落ち着いた。

 郷に入っては郷に従え。これも生きるための知恵の一つだと理解し、マナーや身だしなみにはしっかり気を使うようになった。

 それこそが愛用の武器を持てない宮中という戦場で生き抜くための武器であるとして。


 最初はリズムに苦戦した4回ノックも、もはやルーティーンとして黒崎の心を落ち着かせるまでになっている。


「どうぞ」


 思いのほか、応答はすぐに帰ってきた。

 中から聞こえた日本語の返事に、思わず武者震いする。


 微動だにせず見送る器用な騎士たちを残し、二人は部屋へと入る。


「失礼致します」


 この部屋にいる相手は高校生。

 だが、彼は精一杯の敬意を込めてそう言った。


 一つに、ノックだけでは入れない伝統と気品のある部屋しか王宮内に存在しないため。


 もう一つに、勇敢にも未知へ飛び込むことを決意してくれた心優しき若者達への感謝を込めて。


 中から聞こえた少女の声に動揺が無かったことから、既に事情を聴いていることは容易く想像できる。

 人数が揃わないことには本格的な説明はしない。さっき、そう決めた。

 それまでの飽き時間に今の日本について聴こうかなんて考えている自分がいた。


 7年も経てば想像もつかない位変わっているのだろうと期待に胸筋を膨らませ、クロサキは夢の始まりが待つ部屋の扉をゆっくりと開くのだった。



 レイジ・クロサキ探査防衛局特別顧問とエミリー・シロサキ顧問補佐が部屋に入ってからわずか数十秒後に、警備についていた騎士たちは聞いたことのない言語で叫ぶ彼の声を耳にしたという。

 敵襲ではないと判断され王宮全体での厳戒態勢が解かれたのは、その話が報告されてからだった。


 そんな王宮を騒がせるほどの魂の叫びも、真の役目を知られることなく、また、それを果たすことなく残響も虚しく消え去ることになる。


 しかし、本気の叫びだったからこそ、一人の少年に疑問という興味を抱かせていた。

 運命が変わる瞬間は必ずしも感動を伴う訳ではないだ。


 ヤスラギはクロサキが部屋に入ってきてからというもの、その一言一言から出来る限り情報を集めようと脳細胞をフル活動させていた。

 彼の頭は非常事態でもわりとよく回るのだ。


……この人の最初の発言、「何も聞かされてないのか?」という言葉からは、本来であれば何らかの説明を受けた上でこの場にいなければならなかった、ということが読み取れる。

 すなわち、これは向こうにとっても想定外の事故ということ。

 そして、説明を任されたはずの協力者に何らかのアクシデントが起きたということでもある。

 たしかに、説明も無しにこの状況じゃ拉致監禁だもんな……。


 でも、いったいどんな説明ならこの状況になることを承認できるんだ?

 むしろ、いくら説明してもダメだったから、僕らには強行策を実行したのかも……。


 だが、その判断をするには情報が足りないと再び聴くことに集中する。クロサキが事情をどう説明しようか悩みだしたことで生まれた貴重な考察時間も、今にも終わりそうだったからだ。


 その説明次第で次の行動を決めるしかない状況に、思わず苦い笑みがこぼれる。


 まずいな……完全に後手に回ってるぞ。

 どこかで手を打たないと、取り返しのつかない状況に追い込まれるかもしれない。

 もしそうなれば間違いなく『詰み』だ。


 将棋で培ったある心構えが、ヤスラギに警鐘を鳴らす。

状況を打開したければ、こちらから手を打つべきだと。


 ヤスラギの大人しそうな見た目や名前からは想像もつかないだろうが、彼は『攻撃は最大の防御』という脳筋的な発想に従って将棋を指す。

 相手に攻めさせる手番を回さない「ずっと俺のターン」な将棋を指すことから、将棋部の先輩からは『ミスターゴリ押し』とか、『狂戦士の魂』とか、『金と飛車の双剣厨』とか、『やすらぎポ〇モン コウゲキッス』などと呼ばれているのだが、本人はそれが何を指す言葉なのかを理解していない。


 そんな用語は全く知らない彼に対して、クロサキの宣言はまさに今、懸念していた状況に至らしめるのだった。


「ここは、RPGロールプレイングゲームのような未知と魔法の世界ッ!そして君たちはッ!その、主人公なんだッ!!」


「……!?」


 言うまでもないが、ヤスラギは真面目な性格だ。

 ゆえに、相手の考えを頭から否定することはめったにしない。

 こんな状況で、これが冗談だと思うヤスラギではなかった。


 それゆえに、理解できなかった。意味が分からなくなったのだ。

 無数に疑問は浮かんでも、それに対する答えを彼は持ち合わせていないのだ。


……テーマ決めでの失態以降、RPGの歴史だけでなく発祥、分類、定義なんかは調べて自分なりにまとめて来たつもりだった。なかなかの情報量だったけど、ノートに書いたことでそこまでは何とか理解できている。

……だけど、ストーリーやシステムに関してはあまりにも情報が多すぎたせいで、ノートに書いてもその大半は理解できなかった。

 

理由はわかっている。

 最初に全部調べてからやろうとしたせいで、肝心の「RPGで遊ぶ」ことができていないからだ。

 僕にとってRPGは、実体験を伴わない文章による断片的な知識でしかないからだ。

 そんな僕が主人公だ!?突拍子が無さ過ぎて、どうしていいのか分からない!


 予想外の一手だからこそ、必至に頭を回転させる。

 だが、テスト範囲を間違えて勉強していたことに始まってから気が付くようなもの。

 もはや、やれることはただ一つ。持てる知識を総動員して、今の自分に打てる最善の手を探し続けること。

 たとえそれが、無駄なあがきだったとしても。

 考えるのをやめるときは、自分にはできないと諦めたときだけだ。


……そもそも、RPGの主人公って?

 いったいどのRPGの主人公だ?

 アクション? アドベンチャー? コマンド? シミュレーション? ハックアンドスラッシュ? パズル? ローグライク? それとも、もっと根本的なテーブルトークか?


 いや、この中で現実でも出来そうなものに絞ればいいのか!


……えっ、ゲームの時点でどれも無理なんじゃ……?

 いや、でも最近のゲームはリアリティが凄いって聞くし、多分どれかは出来るはずだ。そうじゃないと説明がつかない。

 どれだ!?ゲーム年表を作ったときに、最新のゲームの名前は一度見ているはずだ!!

 いや、それが分かってもやっぱ無理だ!!

 結局やったことないから主人公が何するのか分からない!


 もはや、自分一人の知識では詰んでいることにようやく気付く。


 だが、これは無知の知というやつだ。

 分からないことを認めることで、分かったフリをするものより先に進める。

 この場合、早急に見切りをつけるのは正しい判断だっただろう。


 5人の中には分かっている者がいるだろうと考え、彼らの表情を横目で窺う。

 今の話を理解し、余裕の笑みを浮かべる人物を探して。

 自分勝手なイメージだが、カイトやツトムなら確実に分かっているはずだと期待して。


 しかし、他のみんなも唖然としていた。


 クロサキの言っていることを理解できた者がする表情ではないとヤスラギは判断する。


……最近のRPGの主人公は何をするのかだけでも訊いてみるか?

 いや、それなら目の前の相手に直接何をするのか訊いた方が早いか。


 つまり、相手の思う壺か。

……詰んだかな、これは。


 将棋などのパズルゲームで鍛えられた思考力と決断までの速さは、クロサキの叫びが消え去った後に訪れたわずかばかりの静寂の間に結論を出したのだった。


 ちなみに他の5人は個人差こそあったが、何を言っているのかを理解したからこそそんなはずないだろという呆れと、本当なら凄いという期待がせめぎ合っていたからあんな顔になっていたのだが、ヤスラギの固定観念が邪魔をしたためその発想に至らせなかったのだった。


 なお、このあとすぐに、それとは別の固定観念が破壊された。


「”水球アクアボール”」   ザバババババ


「”氷結フリーズ”」    ピキピキピキ


 ピキッバゴグシャッ!   ゴトンッ!


 ……えぇぇぇええっっ!!??


 かつて、物語で読んだような空想の現象が自分の目の前で起きたということを、砕け散った氷の粒の冷たさから実感してしまったことで、彼の中の科学への信頼と失望も砕け散った。

 そして、自分の判断力や知識に対する自信もまた、崩れ去ったのだった。


……もう、何が何だか分からない。

……考えても分からないことなんて考えたくない。


 せめて、明日の記念講演を聴いて、他クラスの展示を見て回った後だったなら違ったかもしれないというやり場のない思いが彼の心を埋め尽くす。


「……そいつは、君たちが俺たちの頼みを聞いてくれたら、の話だけどな」


 そのせいで、クロサキの言葉は後半部分しか耳に届かなかった。

 

……頼み……か。普段なら聞いてから判断するけど……どうしたらいい?

 もう何を聞いても、判断できる自信は無いってのに、聴く意味はあるのか?


……いや、待てよ。

そうなると一番最初の「なんとなく悪い人じゃなさそう」っていう判断が一番怪しいってことになる。

 そういえば、上手い詐欺師ほどそう思わせるから気を付けろって誰かが言ってたな。


……!!なら、この『話だけでも』っていうのは奴らの常套句か!

 危ない。危うく騙されるとこだった!

 内容を聞く前に断らなければ!!……でも、なんと言って断る?


……いや、待った!

 そもそも明日から文化祭なんだから、今から頼みを聞くなんて無理だッ!

 なんだ、悩むことなんてなかったな。


 万が一、何も企てもなく困っているのだとしたら、その頼みを断るのは心苦しい。

 だが、自分にできないことを無理に受けるくらいなら最初から断った方がいい。

 これはむしろ、適材適所というやつだ。

 どうやったかは知らないが、ここに一瞬で来れた以上は一瞬で帰れるはずだ。


 とまぁ、こんな感じで色々と考えたヤスラギは、全裸にバスローブという恰好にもっと疑問を持っていれば、その仮定は必ずしも成り立たないということにも気づかずに、帰宅することを要求したのだった。



「すいません。申し訳ないですが明日から文化祭なので帰らせてください」



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