委員長はRPGを知らない
『真の創造は真の学びから』
そうスローガンに掲げる『私立珱海学園高等学校』は、今年で創立50周年を迎える自由創造文武両道がモットーの私立高校。
記念すべき今年は、例年には見られない祝賀行事や祭事が目白押しだ。
4月の記念式典に引き続き、6月に行われる文化祭では有名な卒業生を講師に迎えての記念講演が計画されている。
その卒業生というのは他でもない。
ゲームプロデューサーとして大成を果たした珱学きっての有名人、坂井明さんだ。
彼の紹介は「JRPGの生みの親」という一言で済む。
手掛けたゲームタイトルの数々は日本国民であれば一度は耳にしたことがあるものばかり。海外生まれのRPGを日本独自の進化によって広く浸透させ、発売当時は生まれていなかった現役の生徒たちであっても、同作品のシリーズを、それどころか初代そのものをプレイしたことのある者も珍しくないほどのRPG大国に日本を変えた、まさに生きる伝説だ。
彼が世に生み出したRPG作品のシステムは、今も国産RPGの基本軸となっている。
そんな「伝説の卒業生」からゲームにまつわる話を学校行事で聴けるという超貴重な機会を与えられた生徒たちは、「坂井氏を最高の形で迎えよう!」という風潮の下、学園祭への意気込みを史上最高レベルにまで高め、まだ準備期間は始まったばかりにも関わらずどの教室も梅雨知らずの熱気に包まれている。
そしてそれが、2,3年生だけではなく1年生の教室からも排熱されていることで、長年勤めてきた先生たちは内心ガッツポーズしていた。
というのも、クラスが初めて団結して行う行事にもかかわらず、1年生は教室をテーマを決めて飾り付けるだけのクラス展示と決まっているからだ。
ハッキリ言って、それでは物足りない。
もちろん、とことんまでこだわることはできるのだが、これまでにそんなやる気を見せたクラスはほとんどない。それどころか、テーマに対する思い入れの違いや温度差が原因でクラスが分裂してうまくいかなかったことは何度もあった。
2,3年生のようにアトラクションや飲食物を任せるにはリスクが大きすぎる一方で、メリットは明確にある。
それは、展示ならば当日は教室に人手を必要としないことだ。
つまりは、1年生なら誰しもが学園祭を丸一日楽しめるということなのだが、実はそこにこそ狙いがあった。
文化祭を盛り上げようと活躍する先輩たちの姿を間近で見ることでこそ得られるものがある。「先輩の姿に追いつき追い越せ」こそが真の狙いなのだ。
50年来の伝統となったこの仕組みは、「来年から本気出す」ことを前提にしているといってもよい。
結局、何が言いたいかっていうと、今年の1年生のやる気の高さは異常ってこと。
以上。
これは後に生徒たちの間で「社会現象」ならぬ「坂井現象」と呼ばれるのだが、それはさておき。
1年2組も他のクラス同様、盛り上がっているわけですよ。
俺はどうなのかって?……今はまだテーマを決める段階だからなぁ。
でも、作業になったら本気出すからいいよね、別に。
「じゃあ、アンケートの紙を前に送ってー」
実行委員の指示に従って、それぞれ希望する展示のテーマを書いたアンケート用紙がバサバサと教卓の上に集められた。
「んじゃ、発表するよ~。って、書いていった方がいいか」
確かにそうだ……が、それでは手間がかかるだろうな。
そう思ったときには、もう、彼は動いていた。
「あ、じゃあ僕が書いていくから。楓さんは読み上げてて」
「おおっ!さすがはラギ長!メンタル半端ねぇw」
「男前~!ヒューッ!」
サッカー部のアホな茶化しをアハハと笑顔で受け流し、臆することなく黒板前までやってきた彼こそが、ウチのクラスの学級委員長、鈴木安良義。
愛称は『ラギ長』『らぎ君』『委員長』など、人によって色々だが、俺は普通にヤスラギと呼んでいる。
些細なことにも気が付く洞察力と観察力、それに加えて即断即決で行動できる鈍感さにも似た勇気を持ち合わせた優等生にして、成績目当てでしかやらないような学級委員という面倒な役を率先して務めるマジメくん。
……と、嫌味っぽく言ってみたが、実際のアイツは本当にいい奴だった。
媚びない素直さと謙虚さが行動の随所に見られるし、イケメンとは違った人に好かれやすい優しい顔をしていると男の俺でも思うし、ヤスラギがいることで名前の通り、心がやすらぐのを実感したこともあるしな。
アイツはクラスの誰もが邪険に思っていない、いわば柱のような存在だと勝手に俺は思っている。そして、来年くらいにはきっと、珱学の柱になっている男だと。
「ありがと、らぎ君。読むの早かったらすぐにストップって言ってね?」
「うん。似たようなのは横に正の字で書いておくよ」
彼に任せておけば、とても見やすいテーマ候補の一覧表が出来上がるだろうとクラスの誰もが予期する。
そして実際、その通りになったのだが、まさかこの時点でほぼ確定してしまうというのは、誰にも予想できなかった。
「えー、『RPGの歴史』が9票、『RPGの世界』が7票、『サッカー』と『漫画』が4票づつ。……あとはー、ほ~ぼほぼ個別の意見だけど、半分くらいはゲームか。しかも、全部RPGだなこりゃ」
文化祭実行委員である牧之原楓が気の抜けた声で結果を伝える。
といっても、彼女のやる気は小動物のような雰囲気とは裏腹にクラスでもズバ抜けて大きい。ただ、何かに困るといつもこんな感じになるだけで。
まぁでも、予想外なだけでそこまで困ることじゃない。
一目瞭然とは、まさにこのことをいうのだろう。RPG関連の意見だけで、過半数の20にアッサリとどいてしまっていた。
さっさと決まるならそれに越したことはないハズだ。
これもまた「坂井現象」とまで呼ばれる理由の片鱗なのだが、この時点でその異変に気付けた者などいるはずがなかった。
「じゃあ、もう決まりでよくねー?『RPGの歴史』をRPGの世界風に展示すれば」
「おぉー。大我、あんた天才だわ。ほれ、それラギ長に言いなって。そうすりゃ今日はもう終わりじゃんよ」
「たしかに。ハイハーイ!ラギチョー!ていあーん!」
荒っぽい態度といかつい見た目のせいで不良っぽい印象を受けるが、実際は体がデカく裏表が無いだけの大我が黒板まで5メートルの距離にもかかわらず声を張る。
彼に悪気はない。
感情が表に出やすいだけなんだ。
……って、4月にヤスラギが力説してたっけな。あれ以降、大我もすっかり馴染んでるんだからヤスラギ効果は本当に凄い。
「なるほどなるほど。ところでさぁ小山?実行委員は私なんですけど??」
「えっ、あ~スマン、アレだ。小さすぎて見えなかった」
「おいこら、却下するぞ」
「えっ、あっ、ゴメン。すごくいい案だと思ってもう書いちゃった」
「えっ、ちょっ、らぎ君ッ!!……まぁ別にいいんだけどさ〜、二人して無視はひどくないかな~」
アッハッハときさくな笑いが教室中から聞こえてくる。
入学から2か月しか経っていないというのに、このクラス、驚きの穏やかさだ。
その大半が委員長のお陰と言ったら、反論はあるだろうか。いや、ない。
……そんな無意味な反語が頭によぎり、やれやれと思いながら窓の外を見る。
止みそうで止まない雨が無慈悲にグラウンドを濡らし続けるが、あいにく文化祭優先のため活動する部活は少ないのでそれもまた無意味。
こちらとしては、早く体を動かしたくて疼いて仕方がないから、さっさとテーマを決めて作業に入らせてほしいところだ。
「え~。見て分かるように『RPGの歴史』に、なんか、うまくまとまりそうなんだけども。反対意見ある人~?ないね~?はい、決定」
だからって、雑にしていいわけではないんだが……。ま、結局は同じか。なら、別にいいな。
クラスで浮かず隠れずの立場を保つ大谷和誠は軽く伸びをしながら次の指示、今日はこれで終わりという宣言を待った。
「あ、ちょっと待って!」
だがそこに、黒板の真正面にいながら挙手をするという世にも珍しい生きた柱が現れた。
ただ、間違っても波紋使いなど呼んではいけない。アイツが死んだらみんなが困る。
「ほかのクラスと被ってないか確認してきます。後から変更しなくて済むようにね」
なるほど、たしかにその確認は必要だな。作業を始める直前になって変えられたらたまったもんじゃないしな。
委員長はそれだけ言って、駆け足で教室を後にした。
これこそが委員長の面白いところだ。
彼は「廊下を駆け足で移動する」。
普通の委員長や優等生なら、むしろ廊下を走るなと口うるさく注意しそうなものだろう。もっとも、高校生にもなるとそんなクソマジメはいなくなったが……。
で、委員長の場合、あまりにも多忙すぎたので先生に走っていいかと尋ねたそうだ。
その結果、なんと人のいないところなら駆け足まではしていいと許可されて、現在のようになったそうだ。
それを聞いたときは、何事も言ってみるもんだなと深く感心させられたっけ。
ただ、テーマを変える可能性があるとはいえ、それを決めるのは別に明日以降でも問題はない。
HRはとっくに終わっているため、もう帰ってもいいっちゃいいんだけど……。
誰もそんな素振りは見せないまま、結局、委員長が下校時刻ギリギリに戻ってくるまで席を立ったものはいなかった。
まぁ、遅いと文句を言ってたやつはいたのだが、委員長がものすんごい勢いで教室に謝りながら入ってきたことで怒りはどこかに吹き飛んだらしい。
それはもう、凄まじい慌てっぷりだったからな。
あんなに取り乱した委員長を見たのは初めてだった。
……今にしてみれば、委員長のあの時の言い方はまるで既にどこかと被っていると分かっていたんじゃないかと思う。
アイツだけは異常事態が起きていると察知できていたんじゃないかと。
……いや、それでも”8クラス全てが『ゲーム関連』で被っている”という前代未聞の事態は、流石の委員長でも予想できていなかったと言うべきか。
なにせ、あの委員長が慌てた理由のうちの一つだと言っていたんだからな。
ちなみに、もう一つの理由は、「みんなもうとっくに下校したものだと思っていたのに1年2組の教室が明るかったから」だそうだ。
大我と真鈴が決めれば帰れるという会話をしていたから、もし自分の戻りが遅くなったとしても自然に解散するだろうと考えていたらしいが、自分の人望の厚さを計算に入れられないあたりが委員長らしい。
そして、これこそが未来に語り継がれる「坂井現象」最大の出来事。
宝くじで1等当選並みの低確率をものともせず、全クラスのテーマが被るという奇跡。
さらに、委員長がそれを発見していなければ実現しなかったであろうことも奇跡には含まれている。
なんと委員長はそこから逆転の発想で、あえて全クラスの展示をゲームに統一することを思いついていたのだ。
お陰で1年生の教室が並ぶ4階は廊下からトイレに至るまで、完全にゲームの世界と同化することになる。
まったく、どうかしてるぜ。
下校時刻ギリギリになった理由は、委員長は全クラスのテーマが被ることを知ってすぐに先生達を説得しに行ったせいだった。
なんと説得したのかは知らないが、その結果、各クラスの特色が出るならと特例として認められたんだそうだ。
ホント、すげぇよ。
アイツにはあと何回驚かされるんだろうな。
それから二日。今日から本格的に作業を伴う準備に入る。
「にしても委員長、仕事早すぎでワロタww」
「それな。俺らの仕事も無くなったりしてなw」
「ありえそうだなソレww」
その前に大まかな役割分担を決めなくてはならないのだが、今はまだ何をどんな風に作るか実行委員が説明しているだけなので、「委員長の負担がマッハになる気がしてしょうがない」という話題で親友の島田鉄平と盛り上がっているところだ。
当然、楓の話す内容を把握できているわけがない。
だが、熱心に聞いていなくても何とかなるのだ。
「…………ハイッ、説明終わりッ!なにか質問ある人~?……フッ、だろうと思ったよ。じゃ、らぎ君」
だって、委員長がいるからな。
委員長が「僭越ながら……」と質問することで改善されていく計画を、その時点で聞き逃さなければ万事OKなのだ。
指名を受け大きな音を立てることなく、彼はゆっくりと立ち上がる。
しかし、その表情はなにやら複雑そうだ。
「はい。でも、まず最初に謝らなきゃいけないことが……」
その発言に皆の注目が集まる。
といっても、別に委員長が謝ることはさほど珍しくない。いや、むしろ多い。
だが、こんな切り出し方は記憶になかったのだ。
さっきの表情といい、深刻さを物語っているようで思わず息を飲む。
そうしていたのは俺だけではない。
一瞬だったが、委員長の異変に気が付くことができた奴はみんなそうしていたと思う。
そんな緊迫した空気の中、彼は言い放った。
「実は、生まれてから一度もロールプレイングゲームをしたことがなくて、さっきの説明も半分くらい、分かりませんでしたッ!スイマセン!」
勢いよく頭を下げる姿を見て、身構えていた者は一人残らず目と耳を疑う。女子の誰かが、自分と同じだと小さく呟いたのが分かるほど、教室内はシンと静まりかえった。
そしてすぐに沈黙はどよめきへと変わる。
委員長を責めるつもりはなくとも、RPGの要素をもつゲームで遊んだことがあったならば反応せざるを得ないだろう。
彼のカミングアウトを意外な事実だと感じたものは皆無。
だがそれでも、この状況で言われれば驚かないわけがない!
「「「「「「「えええええええええええぇぇぇ!?」」」」」」」
こんなことであっても本気で申し訳なさそうにしている委員長に、俺たちはいったいなんて声をかければいいだろうか。誰か教えてくれ。
こんな風に困ったときはいつも委員長が助け舟を出していたことを「こんなとき、委員長ならなんと声をかけるだろうか……。」というおかしな思考回路になったことで思い知る。
どう考えたって頭の中にいる委員長は「大丈夫!僕もやったことないから」と答えるだろうに。
「だから、今からしたい質問も基本的なことばっかりで、あ……、で、でも、そっちは出来る限り調べてくるから!だから、それまでは、色々任せちゃっても、いい……ですか?」
俺の答えは一つだ。みんなだってそうだろう。
だから、そんな困った顔をしないでくれ。
「いいに決まってんだろ!アホか!」
「おう、ゲームのことだったら任せろ!」
「むしろ、それしかできねぇけどな!」
「ハッハッハ、マジかよいいんちょーww」
「はーい、問題ないよー!」
「全然、任せちゃって~」
「フフッなにそれ、相変わらずバカ真面目だね~」
「もちろんでしょっ!」
「フフッ、変なの……ホント、面白いわね」
これを機に1年2組の大半が決意した。
今回は自分たちが彼を助ける番なのだと。
委員長の知らないゲームの知識や感動は、自分たちが再現するのだと。
こうして俺達はさらに一丸となって着々と準備を進めていったのだった。