委員長はまだ食べ終わってない
体調不良により昨日までに上げられませんでした。
日曜日までに、もう一話分更新します。
皆さんも変な咳が出る場合はご注意ください。
大食堂の朝は早い。
朝食を提供する食堂はこの大食堂だけ。なので、6時半から8時までにこの学校にいる者ほぼ全員が訪れる。
前日から仕込み、朝の4時から作り続けること3時間半。提供される800人前もの料理の数々はまさに圧巻の一言だ。
だが、開場時刻までに用意できるのはせいぜい500人前。育ちざかりの胃袋は容赦なくそれらを飲み込んでいくため、むしろ本番は開場した後だということをほとんどの生徒は知らない。
料理人たちは2時間半で500人前を作り上げたその腕で、今度は僅か1時間で300人前を追加で作り上げる。
そのペースは実に1.5倍。調理場はその時をもって完全に戦場と化す。
一見すると非効率に思えるかもしれないが、ここは訪れる人数が確定しているホテルのレストランとは違い、生徒の気分や起床時刻に左右されて人数が不確定な学校の食堂であることを忘れてはならない。
様子を見ながら追加調理をし、作り過ぎないように調整しているのだ。
優遇されて回される良質な食材を少しも無駄にしないために、熟練の食堂専属料理人たちは今日もその腕を振るっている。
そんな素晴らしい料理人たちが心を籠めて作った料理を、無造作に皿に盛りまくる男がいた。
「まったく、相変わらずここのコック共は……。同じメニューばっかり作りやがって」
このところ新メニューが全く出されないことで、彼はとても苛立っていた。
鋭い目つきと筋肉質な高身長で他人を威圧しながら歩くその男は、食べ飽きた料理はスルーしてさっさといつもの席へ向かう。
5年も通ってるんだ。いつもと同じ時間に来れば、座る席も全く同じになる。
そうなりゃ、むしろ、同じ所じゃないと落ち着かねぇ。
……なんだ? 今日はやけに混んでんな……。貴族共がチンタラ食ってんのか?
実は、この大食堂には「身分の高い者から食事をする」という暗黙のルールがある。
ただ、誤解のないよう先に断っておくと、このルールは自然発生したものであり、不満に思っている者は一人もいない。
大食堂の朝食は好きな料理を好きな分だけ食べられる、いわゆるバイキング方式。
それはつまり、早く来れば出来立ての豊富なラインナップから料理を選ぶことが出来るということだ。美食にうるさい貴族の子息や令嬢がその時間に来ない訳がない。
広いとはいえ、彼らと同じ堅苦しい空間で肩身の狭い思いをしながら食事をするくらいなら、少し遅れて行った方が一般人は楽しく食べることが出来るため、まずそこに時間差が生じる。
そして、潜在能力でスカウトされてきた貧困出身者にとっては、むしろ遅い時間に来た方が後の人の分を気にせずに残りの料理全てを平らげることが出来るため、さらに後にズレる。
このときには食事を終えて出ていく者が現れるので、500席しかなくても800人がゆとりをもって食事にありつくことが出来るという寸法だ。
各々の望む食事環境だけでなく、座席の回転や廃棄削減という経済的な理由までもがうまく噛み合ったこのルールが誕生して以来、この食堂で目立ったトラブルは起きていない。
ただし、食堂の外でトラブルがあれば何らかのしわ寄せはやってくる。
今朝の混雑の原因は、爆発現場を見に行った野次馬生徒たちが追っ払われて一斉に来たからだ。
起きたばかりで爆発があったことさえ知らない彼がそんなことを分かるはずもなく、嫌いな貴族の連中に対して勝手にフラストレーションを溜め込む。
だが、さらに怒りをヒートアップさせるような光景が飛び込んできた。
「……!? 誰だよアイツら!! 」
普段なら友人3人が待つはずの座席は、この辺じゃ見かけないなんだか薄い感じの顔の連中に我が物顔で占領されていた。
腹立たしいことがこうも続けば感情的にもなる。すぐ近くに座っていた友人が声をかけていなければ、彼はこのまま怒鳴りながら突撃していただろう。
「おーい、アルザス! こっちだ、こっち。……なに朝っぱらからイライラしてんだ? 生理でも来たかよ」
「ケッ! まだそっちの方がマシだぜ。なぁ、バレット。あの連中、見たことあるか?」
バレットと呼ばれたスカしたイケメンは肩をすぼめるようにして答える。
「いや、無いね。 ただ、同席しているミス・シラサキならよく知ってるぜ。去年から来るようになったEカップの非常勤講師だ」
「相変わらず、女に関しちゃ詳しいな。……で? 実際は何者なんだ?」
一般人としか思えない雰囲気を纏っているのに反して、奇襲を警戒しているかの如く異常なほど隙が無い。そのたたずまいの異質さを感じ取った瞬間、怒りはスッと消えさっていた。
「まぁ、気づくよな。噂では、元Sランク”モンスターハンター”らしいぜ。しかも、あれでサポートメインだそうだ」
「……そんな人間と一緒に飯を食うやつが、ただの一般人ってありえるか?」
「ありえないね。ここに通ってる貴族なんか目じゃない位のVIP待遇だ。それにしては、いくらなんでも服装が粗末すぎだけどな……」
「……変な連中だな。」
これ以上関わるのは御免だとばかりにアルザスはフォークの動きを早める。
「あぁ。だが、あの黒髪ロングの女の子……あの子はヤバいぜ」
「……?」
だが、親友のいつになく真剣な言葉によって再び速度は落とされる。
「両隣の二人の子もかなりヤバいが、真ん中の子はこの学校でも類を見ないヤバさだ」
「そう……なのか……?」
特に感じるものもなく、纏う雰囲気も隙だらけの一般人だ。
だが、女癖が悪いとはいえ仮にもこの学校で5本の指に入る実力者が警戒しているのに、無関心でいるほど愚かではない。
バレットは、とんでもないことに気付いてしまったという表情で、重く低く言い放った。
「あぁ、超がつくほどの…………美少女だ」
忘れられていた怒りの感情が、目の前の凛々しい顔にスクランブルエッグをぶつけるようささやいてきた。
当然、乗った。
「知るかぁボケェぇぇえ!!」
「ちょッ!? おぶっ!!」
「このッ! お前というやつはッ! その顔はふざけるときの顔じゃないだろ!! その顔は本気で伝えたいことがある時の顔じゃねぇのか!?」
「ああ、そうだ! 今回の俺は本気だ! 心の底から、本気でそう思っているんだ!! 別に、卵をぶつけたことは怒ってない。だから、話を聞いてくれ。アルザス・トラスブール!」
貴族だったころの名残で、気持ちが昂ると口調がどこかかしこまったものになる。
これは、彼が本気であることの証拠だ。
「わ、わかったよ。分かったから落ち着けって……。俺もさっきまでイライラしてたせいで、ついカッとなった。スマン、お詫びになんでも言ってくれ」
「いや、いいんだ。いままでの自分の行為を考えれば、お前の反応は至極当然だ。それで、相談というか頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
「言っただろ、何でもするってな。お前が常識の範囲を逸脱するのは、女への軽口と剣技だけだということは、俺が一番良く知っている」
「ありがとう、友よ。バレット・メイトゥアムズの名に懸けて、君の命を一時的に借り受けたい。この作戦は、協力者に危害が及ぶ可能性が高い。だが、お前なら対処できると見込んでの頼みだ」
その蒼い目の輝きは、初めて会った時と同じ光を湛えていた。
戦いに臨む前の”剣弾のバレット”の姿がそこにはあった。
「……なるほど、上等だ。その作戦とやら、教えてもらおうじゃねぇの」