委員長は犯人を知らない
事件のにおいがする爆発音がそう遠くない場所から聞こえた。
こんな朝早くに花火をまとめて打ち上げる習慣でもないかぎり、今の音は不自然極まりない。
4人でざわついていると、階段ではなく玄関、すなわち外からカイトとツトムがやってきたことで全員の無事は確認できた。
「わりーわりー。ギリギリセーフだよな?」
「スマン、ヤスラギ。カイトと朝の運動をしていたら、なんか爆発してビックリして帰ってきた」
見れば、二人とも汗びっしょりで少し息も上がっている。
だけど、無理もない。屋内にいてもハッキリ分かる爆音だった。
もし外にいたなら、僕じゃ気絶してたかもしれない。
「二人が無事で何よりだよ。それで、いったいどこで爆発が!?」
「あ、えっと、多分、訓練場の方だ。俺らはこの辺をランニングしてたから……だよな?」
「そうそう」
そうなると、昨晩やってきたばかりの僕らに関係がある可能性は低い。
考えられる可能性は……。
「ね、ねぇ、らぎ君? シロサキさんにしては遅くない?」
マリンは心細そうに、一言で最悪の可能性を教えてくれた。
昨日会ったばかりだけど、シロサキさんは僕以上に時間に忠実な人だ。
今朝は7時から大食堂で朝食。
僕らはそのつもりでロビーに集合し、シロサキさんが来て食堂の案内してくれるはずだった。
今の時刻は!?
【 AM 6:59 】
認識した次の瞬間。
デジタル時計にありがちな無機質な音もさせずに、無情にもそれは変化した。
【 AM 7:00 】
生まれて初めて、時計を見て鳥肌が立った。
「マリン、ツトム!」
「はいっ!」 「おう」
「二人はここに待機。もしシロサキさんが来たらツトムが伝えにきてくれ!」
「らじゃー!」 「……了解!」
「残り4人の内、僕とカイトで訓練場の方へ。2人は宮殿に一番近い門を探して、そこまでの道のりを見てきてくれ!」
「おっけィ!」 「わかったわ」 「えっ……お、おう!」
「怪しい人がいたら姿をよく覚えて。でも、決して近づいちゃだめだ。もし追われたら二手に分かれて逃げるんだ。それじゃ、行動開始! 行くよ、カイト!」
「あっ、ちょ、待ってくれラギ長! ……って、早っ!!」
「そういう体だって言ってたじゃない。貴方達、今まで外で何してたのよ」
運動してたんじゃないの? という皮肉を込めていたであろうその台詞は彼らの心にグサリと刺さる。
「んぐっ……。…って、おい待て、落ち着け俺。シロサキさんが来ないのは確かに変だ!」
「……! よし、ちょっとラギ長と一緒に行ってくるわ」
ツトムの言葉で何かに気づいたようなカイトはそう言い残すと……。
「待ってろ、ラギ長! すぐに追いついてやるぜぇぇええぇぇぇ……」
と、だんだん遠くなる声と共に走り去っていった。
「相変わらずのバカイトだねぇ。さて、私たちも行きますか」
「そうね。たしか案内表示板があったわね」
「あぁ、あったあった。出てすぐのとこに英語で読めなかったやつが」
「とりあえずそれを使って、宮殿方面の道を確認するわよ」
「了解です! お嬢!」
緊迫感に欠けるユウキとヤスラギに次いで冷静さに定評のあるミヤビのデコボコペアも小走りで寮を後にする。
バレー部のエースであるユウキは言うまでもないが、ミヤビも大人しそうに見えて実は運動が得意なのだ。
まだ誰にも言ったことが無いが、とある武道の心得もあるほどに。
「シロサキさん、何事もなければいいけど……」
逆に、6人の中で運動が苦手なマリンはあんな爆発音のあとでは何も起こっていない訳がないと不安で縮こまっていた。
この世界にもし彼女1人だけで来ていたなら、ヤスラギのように帰ることを熱望したに違いない。今もツトムがいなければ泣き出してしまうだろう。
そんなウサギや小犬のような小さい心臓の持ち主。彼女がよく喋るのは不安の裏返しでもあるのだ。
「大丈夫、少なくとも爆発に巻き込まれてはいないさ」
「なんで!? どうしてそんなことわかるのよッ!?」
「訓練場の方ってことは、少なくとも宮殿からの通り道じゃないからな。真逆じゃないけど、絶対遠回りになる。俺の予想では、来る途中に爆発音がしたからシロサキさんはそっちを見に行ってるんだと思うぞ」
まさか爆発の瞬間を目撃していたとは言えないツトムは、論理的に状況を分析してあくまで巻き込まれた可能性は低いという堤で己の見解を述べる。
彼もまた、ヤスラギに次いで思考力に定評がある。だがそれは、将棋の対戦成績14戦13敗1引き分けという結果から勝手に思っているだけであって、実際はヤスラギに匹敵する知恵者。
蓄積された非実用的だったゲームやアニメの知識も加わり、のちに彼は1年2組のブレーンとして真価を発揮することになる。
「……なるほど。ということは、カイトたちと会う可能性が一番高いってこと?」
「そうだ。もしくは、ここに来る途中で辻たちに会うはずだ。だから、ここに来る可能性は意外と低い。……な? そんな心配すること無いぜ」
「そ、そう。……よかった」
まだ安心できないが、マリンに少しだけ笑顔が戻った。
小心者の彼女が未知の世界に残った理由はいつも支えてくれている友人たちがいたから。
そして、そんな大切な彼らを支えられるだけの魔法を得られるかもと思ったからだ。
「お、紅茶があるじゃん。貰っていいか?」
「えっ、いいと思うけど……。カップは4つしかないよ?」
「ヤスラギか辻のを借りるからいいよ」
「……らぎ君はともかく、ユウキのは流石に……」
「そうか? あいつは7割男みたいなもんだろ。まぁいいか、ヤスラギので」
このときのイラついた気持ちの正体に、彼女が気が付くのはまだ先の話。
「で、どれ?」
「……それ」
「サンキュ。……おおー、淹れたのミヤビさんか? 昨日飲んだのと同じくらい美味い」
「よくそれだけで分かるね~。でも、そのカップが本当は誰のかは分かんないわけね」
「はっ!? 誰の!?」
「私の」
「なんでッ?! えっ、エッ何、ドユコト!?」
「別に? ただ、どんな反応するかなーって思って」
「……お前な……彼女ナシには刺激が強いんだからな、ソレ。分かったら二度とやんなよ?」
「はーい♪」
そして、今の気持ちの正体もまた、彼女が気づくのはだいぶ先の話だ。
現場に着くと、すでに何人もの生徒が音を聞きつけ集まっていた。
そこにあったであろうレンガの建造物は土台部分だけを残して派手に吹き飛んでいる。相当な威力だったことがほとんどの瓦礫が周囲に散らばっていることからわかり、その爆心となった箇所にはもう何も残っていない。
ヤスラギは惨状を目の当たりにし絶句しながらも、自分たちに危害が及ばないかどうか思考を加速させる。
シロサキさんも含め、特に人が爆発に巻き込まれた様子はない。
ということは、犯人の狙いは建物の破壊か?
……いや、これは見ただけじゃ分からない。保留だ。
土曜日の朝だからだろう、ここに来るまでもあまり人が出歩いていなかった。
目撃者の少ない時間帯を犯人が狙っていたのなら、計画的犯行ということになる。
そうなると、以前から下調べをしていたことになるから、僕たちとの関連性は低いか……?
……いや、僕らが来るということは事前に知られていた。
むしろ、来たらすぐに実行できるようにしていたかもしれない。
……可能性ばかり思い浮かんで、結局のところよくわからない。
せめて……。
「犯人の目的さえ分かればな……」
「えっ? 犯人?」
カイトはなんだそれ、という感じに聞き返して来た。
「あ、うん。どうして犯人はここを爆破したんだろうって思ってね。わざわざ大きな音がする爆弾で壊した理由が気になっちゃって……」
「……さぁな。俺にゃ分かんねぇ。ていうか、これが事故っていう可能性は?」
……たしかに、僕も最初はなんだかんだ言って事故なんだろうなって思ってた。
だけど。
「あるにはあるけど、あんな大規模にそんなに大きくないレンガ造りの倉庫が吹き飛ぶと思う? 大爆発を起こす魔法か何かがこの訓練場で使われて、しかもそれが、間違ってアレに当たる確率なんてゼロに等しいよ。あ、でも中に火薬とかが保管されてたのなら話は別か……」
説明しながら、僕は新しい可能性を発見した。
事故の可能性をもうちょっと柔軟な発想から考えてみてもいいかもしれない。
「……あ~、やっぱ事故じゃねぇな。うん。これは事件だわ、ラギ長。……で、どうする?」
カイトはいかにも困ったという顔で尋ねて来た。
「僕らが来ていきなり起きた、っていうのがどうしても気になるんだけど……今の僕たちに出来ることは、警備員さんでも先生でもいいから、とりあえず大人を呼んで来ることだけだね」
「なるほどな。……といっても、俺は英語話せないから。ラギ長、頼むわ!」
いや、頼むわ! じゃなくて……。
カイトの方が足早いじゃん。さっき追いついて、追い越したじゃん……。
それに、カイトの為にならないよ。
「……そんな調子じゃこれから大変だよ? ジェスチャー付きでヘルプ!ヘルプ!って言えば来てくれるから! 大丈夫だから! カイトの方が速いんだから、ササーッと行って呼んで……きてって!」
流石はサッカー部。
こっちは全力で背中を押してるのに、全然動かん。
「えぇ~……いや、もうその必要はなさそうだぜ? ホラ」
カイトは僕の頭越しに、警備員か先生を発見したのか指をさす。
ホントか?
……いや、あれだけ大きな音がしたわけだし、そりゃ来るか。
「ホントだ……って、アレ!? もしや、シロサキさん!?」
言われるがまま振り返ってみると、こちらに慌てて駆け寄ってくる大人たちの中に涼しげな白のワンピースを着た綺麗なお姉さんが混じっていた。
「ありゃ、二人ともどうしたの!? ……まぁ、どう考えてもアレよね。一応、ここは危険だから下がってて」
その格好はどうみても街にショッピングに来た女性。
だが、その眼差しは真剣で、とても凛々しく強かった。
「いったい何があったんですか!? モンスターによる空中からの奇襲とかですかっ!?」
今のところ、これが思いついた中で一番納得できる理由だ。
「うーん、分かんないけど多分違うわ。あの中には信号弾とかの爆発物が保管されていたから、何者かがそれに引火させたんだと思うの。そうすれば、こんな風に壇上ごと吹き飛ぶからね」
「なんだ、最初からあそこには爆発物があったんですね」
よく見ると壊れた建物に向かって真っ直ぐ伸びる焦げた芝生があった。
爆発に巻き込まれないように、ここから魔法を撃ったのだろう。
「……ということは、容疑者は遠距離から火の魔法が使える人だ!!」
この学校だけで何十人もいそうだけど、だんだん絞っていけば見つけられるはず…!
「と、思うでしょ? でも、そうすると不可解なのよ」
「えっ?」 「どういうことですか?」
「保管庫の扉は小窓もなければ魔法も通さない金属製の扉。そして、壁は頑丈で燃えないレンガ造り。当然、窓もないわ。だから、魔法だろうと火をつけるには、そのどちらかを破らなければ無理なのよ」
どんどん深刻な顔になっていくシロサキさん。
「……それって難しいことなんすか?」
僕もカイトと同意見だ。
魔法に関する知識がないせいで、魔法なら出来るんじゃないかという思いが消えない。
「えぇ、かなりね。少なくとも魔法だろうと物理攻撃だろうと、レンガの壁や金属の扉を破れる人間は人間じゃないわ。そんなの、この学校じゃ6人しか知らないし、彼らじゃないのは明らかよ。つまり……」
「未知の強敵が近くにいるってことですか!?」
昨日来たばかりの僕らには急展開すぎる事態だった。
この学校の警備は決して甘くないことを昨日ここに来た段階で知っている。
その時ちょうど、現場検証を終えたらしい1人の男性がこちらにやってきていた。
「そうだとも。 若いのに大した洞察力だな」
警備員の制服を着ていたその男性は少し低い声でそう言った。
「シロサキ先生、やはり原因は火薬類に対して人為的に"フレア"されていたことでした。扉が開いた形跡は無く、かわりにレンガの損壊が激しいようです」
僕は猛烈な違和感を覚えていた。
「なるほど、使われた魔法の痕跡はどう?」
「……それが、"ライトニング"と"フレア "だけでした。もし、魔法攻撃だけで壁を打ち破ったのであれば……使用者は相当な使い手だと思われます」
「使った魔法がバレちまうのか!?」
……カイト、驚くとこはそこじゃない!!
「なるほどね……。ついに本気を出してきたってわけね」
「やっぱり、今回もこの子たち絡みの嫌がらせで間違いないと」
……やっぱりそうだ。
「そうなるわ。ただ、警戒レベルの引き上げは必須ね。今までのはここの生徒ならだれでもできるイタズラ程度だったからあまり気にしてなかったけど、これはどう考えても外部に犯人がいるわ」
二人とも、言葉が口の動きにあってない!!!
「あの、シロサキさん……今、何語を話していますか?」
もちろん僕には日本語にしか聞こえなかった。だけど。
「え? ……あぁ、今は日本語よ。その様子だと、翻訳機能はちゃんと作動してるみたいね」
「翻訳機能?! こんなスムーズにですかッ!?」
それはやはり、この特殊な体によって翻訳された日本語だった。
「流石に少ししか話せないと不便でしょ? 今の日本の英語教育がどの程度のものか分からなかったから、必要に応じて組み込めるように用意しておいたのよ。昨晩のアップデートはその機能の追加が目的だったってわけ」
「……す、すごい! これ、いったいどういう仕組みなんですか!?」
「フフフ、企業秘密よ。……というよりは、多分言っても分かんないだろうし、私も細かい仕組みは上手く説明できないのよね〜」
重くなった空気を払拭するように、シロサキさんは気の抜けたように笑う。
「簡単でいいです! 教えてください! それと、今のお話も詳しく知りたいです。結局、犯人は何者なんですか!?」
我ながら食い気味な質問の仕方だった。
でも、そんな僕を見てシロサキさんは目を丸くして、そして笑ってくれた。
「ヤスラギ君てば、意外とグイグイくるよね~」
「あっ、スイマセン……」
「いいのよ。ただこれは他の子にも言わなきゃだから、朝ご飯のあとに、ね?」
「はい!」
「そういうことなので、私が戻るまで対応はお任せします。人的被害が無かったとはいえ、今後はそうとは限りません。気を付けてください」
「ハッ!! 了解です!」
「さて、それじゃあ行きましょうか。その体に仕込んだ機能の話もしたかったしね」