倉元亜紀
悔しかった。
悔しかった悔しかった悔しかった。
あいつは私の事なんて覚えていなかった。
手紙にはちゃんと名前が書いてあったはずだ。
読んでいないという事も無い。
私はあいつの顔を見ただけで分かったっていうのに。
あいつは全然。
ずっと前のあいつをそのまま成長させたような、自分のイメージ通りの外見だった。
でもあいつは、名前を見たにも拘らず、全然私の事が解っていないようだった。
結局私だけだったんだ。
あの事も、あの約束も、私の存在すらも、あいつは忘れてしまったんだ。
そう思うと、怒りよりも悔しさがこみ上げてきた。
今にも出そうになる涙をこらえて、下唇を噛む。
別に期待してたわけじゃない。
アレからもう何年も経っているのだ。忘れて当然だ。
そうだ、忘れて当然なのだ。
じゃあ、何でこんなにもムカつくの?
やっぱり覚えてほしかったのかな?
「倉元さん!」
「はっ、はい!」
急に私の名が呼ばれた。
驚いた私はちょっと声が裏返った返事をしてしまった。
「倉元さん本当なの!?」
「え、何が?」
いきなり本当も何も、話の筋が読めない。
「川島君のことよ、川島君。倉元さんがのしちゃったって本当なの?」
う、そのことか。
確かに、あいつが私とは初対面だって聞いたときに、ついカッとなっちゃって、我ながら見事な蹴りをお見舞いしたんだっけ。
それがこんなにも早く学校に広まるなんて、あいつ有名なのかしら?
ココは包み隠さず正直に答えるべきね。
「ええ、本当よ。自分でもやり過ぎたって思ってる。今度、あやま・・・・・・」
「すっっっっっごーーーーい!!!やっぱり本当だったんだ!!!!」
私が答えたとたん。教室に居た生徒全員が男女問わず一斉にこっちに向かってきた。
「あの川島君を!!勇気ある〜!」
「マジかよ。何か習ってんのか?ていうかあいつって強いのか?」
「強いって言うより恐いのよ。あの目、絶対何人か殺してるって!」
「噂じゃあ一声掛けると、百人以上の族が集まるらしいぜ」
「気をつけなよ倉元さん。ああいうのは後からが性質が悪いんだから」
え、なに?何なの??何の話???
ごちゃごちゃと周りで喋られたら聴き難い。
あいつの事よね?
別にあいつを殴る事に勇気なんて必要ない。
族って何?あんなへなちょこがそんな物と関係あるわけ無いじゃない。人も殴れない奴よ。
どうも、私の見解と周りの認識は全く別物みたいだ。
いや、私はずっと前のあいつの事しか知らない。
人は変わるものだ。
アレから、あいつが周りが言っている様な奴になっていたとしたら?
そんなはずは無い。昨日のあいつからはそんな感じは全くしなかった。昔と同じだった。
でも・・・・・・・・・。
ガラガラガラ。教室のドアが外から開けられた。
そのとたん、馬鹿みたいに騒いでいた教室が、まるで水を打ったように静まり返った。
そして、みんなの視線は一人の男に向けられている。
人を睨み殺すかのような鋭い眼。
苛立っているのか、下唇を噛んでいる。
少々伸びすぎている前髪。
噂をすれば何とやら。
「・・・倉元、亜紀・・・さん居ますか?」
丁度、噂の張本人が立っていた。
川島魁人。
私を忘れてしまった男。




