友達
「な・・・んだ、これ?」
翌日。いつもどおり学校に登校した俺は、今までに無い怒りと憎悪に震えた。
昨日の写真、俺が土下座している写真がポスターふうにされて、学校中の至る所に張られていたのだ。
これを見ていた生徒が、俺がいることに気づくと、哀れんだ様子で去っていった。
きっとあいつの仕業だ。
俺は眼鏡を掛けた男のことを思い出す。
きっと俺があの負け組み愛好会ってやつに入らなかったから、それを逆恨みしてこんなことをしたに違いない。
「やあ、おはよう」
俺が内心で怒りで震えているとき、その声が俺を振り向かせた。
「・・・おまえ」
そこには眼鏡男こと周藤幸太が立っていた。
「そんなに恐い顔をしないでくれたまえ。あらかじめ言っておくが、これは私の仕業ではないぞ」
そいつは冷静に、そして静かに言った。
その事実に俺は少し驚愕する。
「見たまえ。昨日、君に見せた写真と全くアングルが違っているだろ。実はな、あの写真は他人からも貰い物でな、私はあれ一枚しか持っておらず、ネガさえない。もちろん、アレを他の人に見せた覚えもない」
それに、と周藤幸太は続ける。
その視線は目の前の写真に注がれていた。まるで親の仇を見るような眼で。
「この様な人を辱める行為など、私は心の底から嫌悪する。勝ち組負け組み云々の前にこれはクズのやることだ。一体自分が何様になったつもりなのだ?そうやって他人を陥れ、不幸を弄ぶ存在は永久に不滅することを
祈るよ」
俺はかなり驚いた。
こいつにはこいつの譲れない物というか、絶対に冒してはならない禁行というものが存在するのだろう。
俺がこんな責めを受けられていることが、こいつにとっては許せないのだろうか。
「さてと。話が違ってくるけど、今日も君に話があって来たのだよ」
周藤幸太はポスターから視線を外して、俺に振り向いた。
その顔は昨日俺を無理やり勧誘しようとした時と同じだった。
「なんだ?負け組なんちゃらには入らないからな」
「ちっちっち。流石に私もバカじゃない。思ってみれば、今まで交流も無かった赤の他人に、いきなり負け組み愛好会に入ろうなんて言っても通じるわけが無かった。故に!」
周藤幸太は眼鏡をくいっと持ち上げた後、俺に自らの右手を差し出してきた。
「まずは友達から始めよう」
そして言う。
俺は耳を疑った。こいつ今なんて言ったんだ?
友達?俺とか?納得は出来ないが理解は出来た。
要するにこいつは、俺を負け組み愛好会に入れたいがために友達になろうと言い出してきたのだ。
そこには友好を築くというわけではなく、ただそれに入れるための手段でしかないのだ。
こいつは俺をなめているのか?
「拒否する」
「ほう。何故だね?」
「今まで遠巻きに俺の事を不良ぐらいにしか見ていなかったくせに、俺が失態を晒した直後に、友達になろう?都合が良過ぎるだろ」
正直な気持ちだった。
俺の外見が恐いってだけで距離を置いていたというのに、その正体が唯の高校生と分かるいなや、馴れ馴れしく話しかけてくるなど馬鹿にするにも程がある。
だが周藤幸太は、俺の視線を真っ直ぐに受け止めこう言った。
「そのことか。今更言うといい訳染みているが、前々から君の事は気にはしていたんだ。確かに噂では人を殺しただとか、婦女子を孕ませたとか色々あったが、そのわりには目立った行動も無く、調べた限りでは授業も真面目に受け、成績も良く、講師に対しても謙虚で礼儀正しい。服装も一切の乱れも無く、常に正しているようだ。ふと疑問に思ったんだ。本当に川島魁人という人間は外見通りの人間なのだろうか?とね。そして今回の事があり合点がいった。川島魁人はいたって普通の高校生なのだと!!」
俺は再度驚愕する。
人を殺したとか、そんな事まで言われていたと聞いたのも一つの要因だが、なにより、周藤幸太という全く知らない相手が、本当の俺の事を見てくれていたという事実があったからだ。
俺は目の前の男に対して感動してしまった。
「そ・・・うか」
「そうなのだ。それで、握手は受け入れてくれるのかな?」
周藤幸太は再度俺に向けて右手を出してきた。
俺はその手を少しばかり見た後、それを握った。
・・・・・・・・・・・・・・・なんかぬるぬるする。
「今思い出したが、君に重大で残念な話がある」
「なんだ?」
「トイレに行った後、手を洗うのを忘れていた」
汚ねーーーーっ!!
俺は音速に匹敵する速さで手を離す。
「いや〜失敬失敬。故意ではないのだよ、許してくれたまえ」
「寄るな。近づくな。むしろ消えろ。さっきの握手は無しだ、撤回してやる」
「そう怒らないでくれたまえ。お詫びといってはなんだが、取って置きの情報を複数用意してある。聞いていて損はないと思うぞ」
洗わなければ。さっさと洗わなければ腐ってしまう。しかもなんか臭い始めてきた気がする!!
内心焦っている俺を無視してというか、別に気にしていない様子で周藤幸太は情報とやらを話し始めた。
「まずは一つ目は、君をコテンパにしたエセ救世主こと倉元亜紀の事だ。年齢16歳、身長161センチメートル、体重は乙女の事情によりノーコメント、スリーサイズは上から・・・・・・・・・これも乙女の事情によりノーコメントにさせて頂く。ココに転校する前は聖華大学付属女子高等学校に在籍。親の転勤または赴任や、不祥事による退学なども無し。それにより転校理由は不明。ついでに言うと君との接点も不明だ。何か質問は?」
「無し。というかどっからそんな情報を手に入れたんだ?」
「秘密だ。それと、君を絞めたという事で学校ではもはや英雄扱いだ。ファンクラブまで作られているらしい。彼女の存在は学校中に認知されているほど有名となっている」
周藤幸太は眼鏡を中指で持ち上げる
「情報その二。このポスターを貼りまわした犯人についてだが、正確には掴めなかった。だが、三名にまで絞り込む事ができた。二年A組東野美香、同じく二年F組豊田久、それと三年G組の富岡俊吾、以上三名だ。彼らに心当たりはあるかな?」
どれも始めて聞いた名前ばかりだ。
俺には全くの心当たりは無い。
周藤幸太はあごに手をやり何やら考え込んだ。
「そうか。なら仕方ないな。地道に調べるとしよう」
真剣に考えているところを見ると、こいつは犯人を見つけるつもりなのか?自分の事でもないのに・・・。
「我らは友なのだ。友が困っているというのに黙ってみているわけにはいかんだろう」
と、臭い台詞を吐かれた。
なんとも、むずかゆい。
「む、もうすぐホームルームが始まるな。さらばだ友よ。また空いた時間に教室に寄らせてもらおう!!」
「あ・・・ああ」
言いながら周藤幸太は自らの教室へ駆けて行った。
それにしても。
「友達・・・・・・か」
なんとも言えない嬉しさが俺の心に残った。