2-2
◇◆◇◆ 2-2.
明人は凄い。
頭の回転ははやいし、勉強は出来るし、スポーツも万能だ。非の打ち所がないのが欠点ですと言いたくなるぐらい、スーパーだ。
だけど。
「……ごめん、ちょっと引いた……」
その記憶力には感心する前に引く。
「…………まあそうだよな」
明人は、肩を小さくすくめて苦笑した。
そんな仕草も様になってかっこいいのだけど……。
発端は、「ところで若くなったのはいいとして、何歳ぐらいだと思う?」と私が聞いたことだった。
建物には井戸らしきものがあったので(主に明人が)四苦八苦して水を使えるようにして洗顔した後に、軽い気持ちで聞いた。そんなの分かるわけないよねー、でもまあ会話のネタぐらいにはなるか、と。
それに対して、明人は自信たっぷりに答えたのだ。
「高校三年の夏」
「……そのココロは?」
なんか用法違うかもだけど気にしちゃダメだ。
明人さん、なんでそんなピンポイントな時期を断言なの……。
「美弥の顔」
「……………………えーっと?」
知らない方が幸せだと分かっていても、つい問うてしまうのは何故かしら。怖いもの見たさってやつだろうか。
「ずっと見てきた顔なんだから、覚えてるだろ」
さも当然って風に言わないでほしい。
確かに、明人も私も、大人顔にはなったけれど、劇的にかわった訳ではない。中学や高校時代のクラスメイトと会えば先方はこちらが誰かすぐに分かるレベルだ。
それでも、少なくない年数を経てるんだから多少の変化はある。(最近の変化は老化と言わないでほしい。)人類なんだから、高校時代と三十台では違って当たり前だ。だから、「だいたい高校生ぐらい」とかなら私でも分かる。けれど……。
「ピンポイントで高三の夏って限定できるのが分からない。私の顔って、高校時代でそうかわってないから」
凄いを通り越して怖いって言ってもいいよね?
世の中には恋愛とかを通じて一気に可愛くなる子もいるけれど、私はそのパターンではなかった。
一緒にいるからこそ、日々の変化にはなかなか気づかないもののはず。
「そんなことないよ」
「あるから。……ごめん、ちょっと引いた……」
で、冒頭に戻るのだ。
「まあ顔云々はおいといて、だいたい高三の夏っていうのに間違いはない」
「アキがそう言うなら、高三でいいよ」
明人の言う通りだとすると、誕生日の過ぎている明人は十八歳で、まだ誕生日がきていない私は十七歳になる。
今更十七だろうが十八だろうがかわりはないので、十七ってことでいいです。いずれにせよ未成年で、若いのにかわりはない。
妙に疲れたので、投げやりに頷いておく。
「俺はサッカーやってただろ」
けれど明人は、納得させたいらしい。
「うん」
やってたとか軽く言うレベルじゃなくて、キャプテンで国体メンバーに選ばれて全国行くレベルだったよね。忘れるはずがない。
「サッカーやってると、脚の……太股の筋肉がつくんだよ。スラックスがキツい感じだから、サッカーやってた頃の体だ」
なるほど。その説明は分かりやすい。
ちなみに私はウエストが緩いです。鍛えてないと、年々代謝が落ちるので、肉がつきやすくなるよね! そうか十代の私はこれぐらい細かった(自分比)のか。維持出来ていればなぁ。
「ちなみに右腕のこの傷は、三年春の新人戦でついたものだ」
サッカーは脚でするスポーツなのに腕も怪我するのか、と当時驚いた記憶がある。そうしたら「サッカーは格闘技だから」とどこかで聞いたような説明が返ってきたものだ。
幸い、怪我自体は軽く、日常生活にもサッカー選手としても影響はなかったけれど、うっすらと痕が残ったのが残念だった。
「それ、覚えてるわ。アキの躯キレイなのに勿体ないって思ったもの」
「……男の体なんだから、傷の一つや二つぐらいどうってことないだろ」
示された傷跡を指でなぞると、明人はやや早口で言いながら腕をひいた。触られたくない、と。ごめんなさいね。
「それはそうとして、本来だったらここにも別の痕があったのに、見つからない。それは国体……秋の大会でついたやつだから」
「だから高三の夏ってことね。とてもよく分かった」
ずっと痕が残るような怪我だったら、いつ頃のものか覚えていてもおかしくはない。
「最初からそう説明してくれたらよかったのに」
顔とか言うから引いたのだ。
「後から思い出した」
深くは追求するまい。世の中には触れずにおいたほうが幸せな事がある。
「まぁいいわ。対外的にはアキは十八、私は十七で通す?」
「そうだな。実年齢を言っても嘘くさいし、あまり詮索されたくないからその方がいいだろう」
「アキは十八にしては落ち着いてるけどね」
表情や仕草が、若者らしくないのだ。その辺は精神年齢に左右されるので当然といえば当然か。
「そうか?」
「ま、いいんじゃないの。アキだし」
「なんだよそれ」
不満げに……というよりは拗ねた顔が可愛いと言ったらもっと拗ねられそうだ。
「その表情は年相応」
笑って言えば、明人はやっぱり拗ねてしまった。
だからそれが可愛いんだってば。
一歩間違えたらストーカーぽいのは気のせいです。多分。きっと。