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1-3

◇◆◇◆ 1-3


 明人から聞いた内容をまとめると。


 昨日(ってことになるんだろう。うん、記憶にある昨日は残業で終電三本前になった)仕事を終えて、私たちは一緒に帰っていた。

 実は一緒の会社なのだ。……こっちは三十五歳平社員、あちらは課長と、出世度合いは違うのは、能力が違うんだから仕方ない。ましてや、会社はまだ男性優位社会だ。平凡な女子社員の昇進具合なんて言わずもがな、だ。

 一緒に帰る、というのは、通常では絶対にやらない。そんなことしたら、ほかの女子社員に恨まれてしまう。そんなの仕事の障害にしかならないから絶対に嫌だ。

 でも時間が時間で人目もなく、しかも帰る方向が一緒なものだから逃げられなかった。いっそ女性専用車両に……とも考えたけれど、降りる駅の階段から遠い場所なうえ、察した明人にそれとなく妨害されてしまった。

 最寄り駅も同じなので、電車を降りて駅の改札でじゃあと分かれようとしたら(借りている部屋は駅を挟んで逆方向なのだ)、遅いから送っていくと言われ。そして二人で歩いていたら、信号無視したトラックが突っ込んできた。……らしい。


 え、何それ。覚えてないんだけど。

 という私の驚愕はスルーされた。


 そして明人が気付いた時には、二人してここに放り出されていたらしい。

 正確には、石畳のうえで気絶していた、と。


 そりゃあ驚いただろう。

 実は却下した夢の中説が一番有力だったりするのだろうか。ここはあの世なんだろうか。


 けれど明人はいい奴なので(ここに異論はない)、私が倒れているのに気付いて、驚いたり呆けるより先に、最低限の身の安全を確保すべく尽力してくれたとか。

 まずは日が高くなると暑かったので体によくないと私を日陰に移動させて(重かったでしょう。ごめんなさい)、近くに転がっていた鞄を回収して、簡単に周囲を確認した。

 結果分かったのは、ここが全く見覚えのない場所であること。建物があるのだから人はいるんだろうけれど、一度も会わなかったこと。


 そうこうしているうちに日が落ちてきたので、暗くなる前に火をおこせそうなものを探して、どうにか着火したところ、ということだった。




「ごめんなさい!」

 話を聞いて、私は真っ青になった。

「……何が」

 明人の声が、低くなる。

「私を送るなんてしなかったら、アキは大丈夫だったのに……」

 これは明人信者に恨まれるとかじゃない。あの人たちはどうでもいいけれど、明さんと瞳さんに申し訳がない。

「しかも私が暢気に寝こけてる間にいろいろしてくれて」

 ぎゅっと、手のひらに爪が食い込むぐらい強く手を握る。

 どうしよう。

 詫びてどうにかなるような事じゃあない。

 どう、すれば……。

「そうじゃない」

 俯いて、ぐるぐる考える私に、明人は声をかけた。

 その声は、びっくりするぐらい優しかった。

「俺としてはこの意味不明な状況に、美弥一人で放り出されなくて良かったと思ってるから」

 なだめるように頭をぽんぽんとたたかれる。

「考えてもみろよ。もし駅で分かれて、美弥が一人で事故にあっていたら。……俺、お袋にすごいどやされるぞ」

 そんな事はない、とは言えなかった。

 瞳さんは、私を引き取る時も、引き取ってからも、『娘が欲しかったの』と言って、とても私をかわいがってくれた。

 一人暮らしを始める時期が私のほうが遅かったのも、家から通える会社なのに女性が一人暮らしなんて……と心配して反対したからだ。結局、この年まで独身でいるので、花嫁姿を見せていないという観点で申し訳ないと思う。ちなみに今後もその予定は一切ない。

 とにかく、社交辞令とかでもなんでもなく、瞳さんは私を可愛がってくれている。時には明人よりも私を。男女の違いがあるとはいえ、明人の一人暮らしはあっさりとOKしていたものだ。

「……うん」

 ソウデスネ、という頷きを返す。

 渋々一人暮らしを認める時だって、明人と同じ駅でないとダメだと言い張ったのは、何かあった時に助けを求める相手が近くにいなければという事らしい。……未だに助けを求めたことはない。

 一度だけ、酔いつぶれた明人を私が送っていったことならあるけれど……。私のほうが酒には強い。

「だから『ごめん』より『ありがとう』のほうがいいな」

 たとえばエレベーターで開ボタンを押しているときに「すみません」といわれるのは微妙だ。別に謝られるようなことはしていない。逆に「ありがとう」と言われると、ボタン押した甲斐もあったなぁとほのぼのとする。

 だから、明人の言いたいことは分かる。

 でも、今はそういう状況ではないような……。

「ええと……ありがとう」

 ここで謝り続けるのは私のエゴでしかない。明人が求める言葉を返すほうが正しい。

 ごめんと言って救われるのは私の罪悪感だけだから。

「じゃあ、一個頼んでいいかな」

「いいよ」

 私で出来ることならなんだってする。

 頼みごとの内容を聞かずに頷く。

「膝枕」

「……はあ?」

 今、なんて言った?

 胡乱げに明人を見ると、欠伸しながら伸びをしていた。

「デスクワーク中心の人間なのにたくさん動いて疲れたんだよ。それに美弥が起きて安心したから」

 だから眠くなった、と。

 はあ。どうぞ寝てください。私はずっと寝てたのでしばらく睡魔はおそってこないだろう。

 でもそれと膝枕は関係ないような……。

「そういうのは彼女にしてもらってよ」

「いないし」

「経理の子は?」

 いつも明人の伝票だけは気合いをいれて処理していると力説していた可愛い子ちゃんを思い出す。交通費伝票なんて別に気合いいれずとも処理出来るだろうと思ったのは内緒の話だ。

「……誰だっけ」

 覚えてもないのか。かわいそうに。

「総務のお姉さまは?」

 時々私をランチに誘っては明人情報を得ていく美人さんだ。円滑な職場関係のため、あたりさわりない範囲で情報提供をしている。たとえば明人の職場の飲み会情報とか。その甲斐あって、近くで張ったお姉さまたちは二次会から合流したことが何度かあるそうな。だからこっちは覚えているはず。

「興味ない」

 あっさりだな、おい。

「協力会社の」

「だから居ないってば」

 さらに何名か、私の知る範囲で明人にモーションをかけていた相手を思いだしていると、疲れた声で遮られた。

 ああ、ごめん。疲れてるんだっけ。

「だからよろしく。夜になったら起こして」

「え、ちょっと!」

 私の文句はとりあわず、明人は私の膝の上に頭を乗せて、すぐに寝入ってしまった。

 家族同然の相手ではあるけれど、さすがにちょっと恥ずかしい。とはいえ……

「まぁいいか」

 明人がここまで疲れた原因は、私なのだ。

 出来ることはなんでもしようと思ったのは嘘ではない。私と明人だけの間で終わる話であるならば、尚更だ。それに、他には誰もいないというのが気を楽にしてくれる。

 すぐに寝息をたてた明人に、私のストールをかける。秋物だから厚手ではないけれど、ないよりはマシだろう。

 しかし、夜になったら起こして、っていうのはなんかおかしくない?

 普通起こすのは朝になってからだ。


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