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何故明人のせいで私の人生がハードモードかというと、理由は単純で、明人が頭脳明晰、運動神経抜群、眉目秀麗、そして歩くフェロモンだからだ。
天は二物を与えずというけれど、明人にはたくさん与えられている。
それに対して私はといえば、絵に描いたような平凡な女だ。
たとえば、普段六〇の能力の私がとっても頑張って頑張って、とにかく頑張って、一〇〇の結果を出したとしよう。でも明人は常態で二〇〇の能力を持っているのだ。評価してくれるのは第二の両親ぐらいで、まわりは「明人を見習ってもっと頑張れ」としか見てくれない。
それでも明人の外見が標準レベルだったらまだ問題は少なかった。でも奴はそっちでも秀でていて。……つまり、もてた。
モテモテ(死語)の万能人間と同居している異性に向けられる嫉妬を分かってほしい。
とても、いろいろと、言葉でも態度でも「なんであんたなんかが」と示された。
そんな事、いちいち指摘されなくたって、私が一番よく分かっている。
第一、好きで同居してるんじゃない。両親が生きていてさえくれれば、別の家庭で暮らしていたわけで。何故こうなったかを考えれば、決して羨ましい立場じゃないはずなのに。当時子供だったとはいえ、そこに思い至らない周囲を、私は切り捨てた。
外では明人との接点を可能な限り少なくして、目立たずひっそりこっそり生きるようになった。読書はそのためのいいツールだった。本を開いてさえいれば殆ど話しかけられない。
いや、本は好きだ。
活字中毒といってもいい。
物語じゃなくても、会議の資料だって(まともな日本語だったら)活字を読む作業自体はとても好き。それが頭に入るかどうかは別にして。
とにかく、そんな訳で、私は嫉妬をできる限り避けて目立たないよう、地味に生きているのだ。
明人の存在がなければ、もっと普通に生きれたんじゃないのかなぁと、時々、どうしても思ってしまうのだ。
明人本人は、嫌いじゃない。それどころか両親が他界して不安定な時期に、第二の両親と一緒に支えてくれた相手だし感謝もしてる。
どこの厨二小説の登場人物だよってツッコミいれたくなるぐらいのハイスペック人間なのは、本人の努力のたまもので、別に非難されるようなことでもない。
明人は悪くない。
それでも、私の心は穏やかにはならないのだ。
いっそ明人の性格が悪くて嫌いになれたら楽なのに。
もしくは明人が私を嫌ってくれたら……。
「どれだと思う?」
さっき私が無視した問いを、明人は繰り返す。
こうなると私が答えるまであきらめることはない。いつだって根負けするのはこっちだった。
……この辺りは、遺伝だと思う。
「んー……日本っぽくはないから、海外か異世界じゃないの」
異世界だなんて、そんな非現実的な。
そういう思いは、そもそも今の状況が非現実的なので棚上げしておく。
「そうか。いずれにせよ、帰ろうな」
じわりと心に沁みるような、温かい声だった。
帰る。
明人にその単語を言われて初めて、私は現実に帰るという未来があり得るのだと気付いた。
なんとなく、ここは私が知っているのとは違う場所で、このまま助けもなくどうにかなってしまうんだろうなぁって頭のスミで考えていたから。
「……虚しい人生だったわ」
「は?」
体育座りの格好でため息をつく。
服装は、仕事帰りのままで、今日はパンツスタイルだったので問題はない。
「こういう状況になって、会えなくなって寂しいとか申し訳ないって思える相手が明さんと瞳さんぐらいしかいない」
明さんと瞳さんというのは、私の第二の両親だ。つまり明人の両親。
アキラさんとヒトミさんの子供だからアキヒト、という名前は、とても両親の愛を受けた名前でいいよね。
「そこまで深いつきあいの友達も同僚もいないって虚しいよねぇ」
挨拶とか、ランチを一緒する程度の相手はいるけれど。
別に私がいなくなったところで困りはしないだろう。己の人間関係の希薄さは嫌になる。
「その点アキはたくさんいて」
言葉の途中で、腕を引っ張られた。
「な、何よ……」
びっくりした。
明人の表情が、いつになく真剣だったので、こけそうになって危ないじゃないかという苦情は言えない。
「俺は?」
「……え?」
「会えなくなって寂しい相手がなんで親だけなんだよ。俺だっているだろ」
……。
ええと……。
……何を言ってるんだろう。
「いやそもそも今一緒にいるし……」
会えなくなってないから。むしろ目の前にいるから。
時々、明人が分からない。
「……」
私のもっともな指摘に、明人は動きをとめた。
「頭でも打ってバカになった?」
「いや打ってないから」
まじまじと私を見てから、特大のため息をついた。
「いーからちょっとこっち座んなさい」
ため息の理由も気になるけれど、それより怪我の確認のほうが先だ。私の隣を示すと、おとなしく腰を下ろす。
明人って時々大型犬みたいになるよなあ、というのは明人信者たちには言えない。
「痛かったら言ってね」
もし瘤でも出来ていたら大変だから、慎重に頭を触っていく。
明人の髪は、今まで一度も染めたことがない黒髪だ。特別な手入れなんてしてないだろうに(大学卒業までは一緒に暮らしていたんだから、使ってるヘアケア用品の類はだいたい分かる)指どおりもいい艶やかな髪でとても羨ましい。
「ん、大丈夫」
一通り確認して、特に問題なさそうと分かって安心した。
私と違って、明人を心配して、必要とする人はたくさんいるのだから。
「おまえさあ……」
どことなく疲れた声に横を向くと、至近距離に明人の顔があって心臓がとまるかと思った。
女々しくはない。むしろ凛々しい。美人というよりは美形。そんな造形を間近で見るのは、どうにも落ち着かない。
小さい頃から一緒にいて、一緒に暮らしていた時期だってあるからそれなりに耐性はついてる私だからこの程度で済むのだが。これが二十代前半女子だったら、絶対に顔を真っ赤にしてることだろう。
「ち、近いって」
「そっちから迫ってきたんだろ」
「な……っ」
あんまりな言われように顔が赤くなるのが分かった。
迫るって、迫るって!
立ち上がっていたら、地団太ぐらい踏んでたんじゃないだろうか。
「ひ、人が心配してあげたのに何よ!」
「ここに座れって言ったのも触ってきたのも美弥だろーが」
……いや、そりゃまぁそうだけど……。
指摘されてようやく、さっきのが、カップルでしかしないようなものだったと気付く。
隣同士で女の側から抱きつくような……うわあ、ない。ありえない。顔が真っ青になるのが分かった。
条件反射的に立ち上がって、周囲を見回す。
辺りに人影どころか動物の陰すらないのを確認できて、ほっと一息ついた。
「良かった……」
あんなところを明人信者に見られたら、絶対にただではすまない。
ここは外なのに、つい、家の中モードになってしまった。起きてから誰にも会わないので、気が抜けていたのだろう。
「座れば?」
さっきまで私が座っていた場所を明人がしめす。
私の行動については、慣れてるので今更何も言わないのがありがたい。
「……うん」
とはいえ、あんな後に真横に座れるはずもなく、一人分あけた場所に座る。
「誰もいないんだから、気にする必要ないだろ」
といいながら詰めてこないでください。お願いします。
「夜になったら冷えるから、傍にいたほうがいい」
夜。
「今って何時?」
聞きながら、腕時計に視線を落とす。
アナログの文字盤は、六時を少し過ぎた時間をしめしていた。
朝の六時……ではないんだろうな。
私が気がついてから、少し暗くなっている。
それはそうと、腕時計がちゃんと時間を刻んでいることに安心をした。これは勤続十年の時にもらった報奨金で、瞳さんとお揃いで買ったものなのだ。明さんにはネクタイをプレゼントした。二人とも喜んでくれたので、私としても大事な一品なのだ。
「アキっていつから起きてたの?」
今更といえば今更な疑問。ようやくそれを聞くのかと内心でセルフツッコミをいれておいた。
「……朝から」
え?