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2-5

◇◆◇◆ 2-5.


 明人がいない間、手持ちぶさたなので建物内を見てまわろうかと考えて……やめた。明人が戻ってきた時、いると思ったところに姿がないと焦るだろうからだ。

 その明人は『一人にしない』とか言ったばかりなのに私を一人にしてるよねとかほんの少し思うけれど。まあオトコゴコロは難しいのだろう。うん。

 ぼーっとしても仕方がないので、鞄の中から文庫本をとりだして読むことにした。通勤電車で読むために、いつも本は持ち歩いている。お気に入りの短編集と、数日前に買ったばかりで未読の推理小説。どちらにしようか悩んで、短編集にした。なんとなく、異世界で推理小説って違和感だし、短編集は内容を覚えているので安心感がある。

 今、私が欲しいのは先の読めないドキドキ感ではなく、ほっと一息つける時間だ。

 いくつかある話のうち選んだのは、街のなんでも屋さんに持ち込まれた依頼を商店街の人や友人と協力しながら解決していく話だ。主人公の成長ぶりとか登場人物の人情味が読後感をほっこりさせてくれる。

 何でも屋さんみたいな怪しいお店って普通ないし、商売なりたたないよねとか言ってはいけないのだ。これは小説なのだから。



 明人が戻ってきたのは、その話をちょうど読み終わったタイミングだった。

 知っている話なのに、読む場所がかわるだけで随分と受ける印象が違うなぁとか思ったり。

「何やってんの?」

 顔を見なくても分かる。呆れてる。まあ、暢気に本読んでる場合かと言いたい気持ちは分からないでもない。

「見ての通り、本を読んでたのよ。……勝手に動き回るのもよくないかなって思って」

 言い訳がましく付け加えた言葉は、効果があったらしい。明人は表情を緩めた。

「確かに、そうしてくれると助かる」

 目の前まで来ると、私の頭を撫でた。……子供扱い?

「何するのよ」

「よく出来ましたのご褒美」

 しれっと言う明人が小憎たらしくて、唇をとがらせた。

「それはそうと、」

 そんな私の反応を、明人は楽しそうに見ながらもスルーした。

「ここの気象条件はよく分からないが、山の方の雲行きが怪しくなってた。この辺りも影響がでる可能性があるから、食料を先に確保してくる」

 あら。

 雨が降りそうなら屋根のあるここからは動けない。降る前に出来ることはしておくべきだろう。

 日本では西から天気は流れてくると言われていたけれど、ここはどうなだろうか。

「ん、分かった。じゃあ今度は私も行くね。荷物持ちぐらいなら出来るし」

「……やめとけ」

 その生ぬるい眼差しは一体……。

「というか、俺の為にもやめてくれ。さすがに至近距離でパニックおこされるとキツイ」

「……アレ、いっぱいいたの?」

「聞きたいか?」

「……遠慮しとく」

 よくそれで一人暮らしをしているものだと妙な感心をされたことがあるぐらい、アレ、と呼んでいるもの……虫が苦手だったりする。

 一緒にいるときに遭遇して、パニックを起こしたのは一度ではない。

 こっちの世界のアレたちがどんな形をしているかとか、見たくも考えたくもない。

 ……うん。平気な人に任せよう、そうしましょう。

「ヨロシクオネガイシマス」

「ああ」

 素直に頭をさげると明人は苦笑した。

「せめて私のかわりに荷物いれとしてエコバッグ持ってく? 雑誌の付録だから汚しちゃっても構わないわよ」

 買い物して必要になったりするので、通勤鞄にはいれてあるのだ。

「……持ってく、けど」

「けど?」

「いや……美弥の鞄っていつも大きいから謎だったんだけど、そんな色々入ってたらそりゃでかくもなるよなって納得しただけ」

「……素直にオバサンのカバンと言ってくれても構わないけど……」

 あると便利だから、不意に必要になったりするから、で荷物が増えている自覚はある。でもそれが今いきてるから! って詭弁か。

「あ、そうだ。待ってる間、やってほしいことがあって」

 あからさまに話逸らしたよね……。

 まぁいいか。

「何?」

 出来る事ならするつもりだ。そして、明人は出来ない事は言わない。

「現状整理したいから、美弥のもっている疑問や、今後の課題とか気づいたこと、必要なものなんかを片っ端から書き出しといて。美弥がどうでもいいって思うようなことでも構わないから。あ、出来れば紙はカットして一つずつ書き込む形で」

「は?」

 明人は自分の鞄からメモ帳とボールペンを取り出して、私に押しつけた。条件反射で受け取って、首をかしげる。何をいきなり?

「人に会って改善しよう、だけじゃ曖昧だろ。ある程度は臨機応変に対応すべきだけど、もうちょっと具体的に、短期、中期、長期の目標や課題を洗い出したい」

「……経営計画じゃないんだから」

「方法としては間違ってないはずだ。一人で考えるより二人のほうが色々な視点があっていいし、俺としては叩き台があった方が助かる」

 叩き台というか、叩かれ台だよね……。

「ますます仕事っぽい……」

「出来るよな?」

「あー……うん」

 頷いた後に感じたのはプレッシャー。

 え、これって、あれだよね。つまり私の現状認識を明人がレビューするようなもの。……うわー。レビューは手厳しいらしい明人なので、プレッシャーが……。

「あまり難しく考えなくていいさ。俺では思いつかない視点での意見がほしいんだし」

「ガンバリマス」

 私の笑顔は、ひきつっていたと思う。





 さて、と。

 一人になって、明人から出された宿題を考える。

 疑問。目標。課題。

 改めて問われると、案外思い浮かばないものだ。

 思い浮かばないので、メモ帳を名刺サイズにカットする作業から入ったけどそれなりの数が出来上がったところで打ち止めだ。あまりカードを作りすぎると、それを埋めなきゃいけないプレッシャーにとってかわる。

「目標、は……」

 一番簡単そうなところから考え始める。

 明人は、一緒に日本へ帰ろうと言った。それは大きな目標だろう。でも、どうしてこんな事態になっているのかも分からない身に、帰る方法を見つけるのは雲をつかむような話だ。

 叶わない目標は心身を磨耗させる。それは、一瞬でも明人に追いつこうと頑張った経験のある私だからよく分かる。

 それよりはもう少し、現実的な目標が必要だ。

 生きるとか、明人のお荷物にならないとか? いや後者は無理だ。せめて出来る事をするぐらいにしないと。

 うーん、改めて考えると本当に難しい。

 でも考えてばかりじゃ進まない。

 思いついたことから書き出していった。


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