第九話 環境学者ユリアンニ・ニーゲン
1433年3月23日 10:30 アグラッド王国 首都マーケントン近郊 学園
「うーん、どうしようか」
私は学園内のベンチに座って考えていた。原因は、先日入学式のときに渡された一枚の紙、「希望学部申請証」である。
学園にはいくつかの学科がある。学科は各人が入学してから希望し、また人数が多い場合は抽選という形になる。(学園全体の生徒は26000名にもなる)
学科は以下のとおり。
魔法学部
商学部
医学部
法学部
軍事学部
教育学部
農林・水産学部
理工学部
文学部
経営学部
社会学部
環境学部
神学部
これら13学部の中から学生は(もちろん個人個人の進路の希望や成績を加味して)選択するわけである。(学園は一般的に10歳から10年間、20歳まで教育を施す。そのため、現代地球の大学のように○×学部の試験、といったものはない)
そんなわけで、私は迷っていた。魔法に興味がないわけではないが……自分の体力的に、魔法科を敬遠したいのも事実だ。
やはりここは、前世の得意分野である環境学、環境学部へいこうか。
そう決心し、手元の「希望学部申請証」に、「第一志望:環境学部」と、万年筆で書いたところで、後ろから、突然声がした。
「ねえ、君は環境学部に来るの?」
「え?」
私が後ろを振り向くと、そこには白衣を着た赤髪の女性が、腕を組んでこちらを見ていた。
「ここだよ」
「は、はあ」
女性にいわれるがままに連れて来られた先は、ずいぶんと年季のはいった建物にある、一つの部屋だった。
内部はもともと広いのだろうが、床や机に無造作に置かれている紙束や書籍のせいで、かなり狭く見える。机と机の間が本で埋められ、進行不可になっている場所もある。
そこを何とか通り抜けて、少し開けた場所がある。そこの壁にはドアがあり入ると、応接間のようだ、ソファと申し訳程度の机がある。そこまで来ると彼女は私にソファに座るよう促し、私が座ると彼女も座る。
そして彼女はこういった。
「さあ、ようこそ。環境学部唯一の研究室、ユリアンニ・ニーゲンの研究室へ」
正直に言うと、最初何を言っているのか分からなかった。しかし彼女は途切れることなく言葉を続けた。
「まあ、びっくりしてると思う。いきなりこんなところに連れて来られたんだからね……まあでも聞いて。この建物、古いでしょ?実はここが環境学部の講堂なんだ。で、教授は私一人。後の授業はうちの准教や助教で回してる……なんでこんな体制かというと、環境学部、毎年志願者が30人ぐらいしか来ないのよ。全部あわせても300人ぐらい。でも、これ以上人数が減っちゃうと、上からいろいろ言われちゃうの。だから、毎年適当な学生に、言い方悪いけど、見定めて、入ってくださーいって言って、来てもらっているわけ。分かった?」
いまの話はよく分かったが、一学生に言っていい内容なのだろうか?と質問する。
「大丈夫よ。人数が少ないことは、みんな知ってるし……それより、入ってくれるの?」
「え、ええ」
「やったー!……というか君,ずいぶんちっちゃいねえ。何歳?」
彼女は子供のように無邪気に笑い、そしてこちらを小動物でも見るかのような目で見てくる。
「6歳です」
「ひゃー、すごいねえ。私がその頃は……」
そうして、勝手に感傷に浸っているユリアンニさん。まあ、歓迎されているようだから、いいのだろうか?
1章開始です。