第六話 行く末を心配する者達
1432年12月11日 11:30 アグラッド王国 ワーテル領
「ねえ、あなた」
「なんだい?」
ニソン・ワーテルとアントネット・ワーテル。彼彼女はジョン・ワーテルの生みの親、両親である。
「ジョンのことなんだけど、聞いてくれる?」
「どうしたんだい」
「昨日、掃除をしにあの子の部屋に入ったの。そしたら……」
これ、とアントネットはニソンに一枚の紙を渡す。
「こんな紙がいっぱい、引き出しの中にあったのよ」
「これは……どんな言語だ?」
彼はそれを見ると首をかしげる。
「分からないわよ。でも……」
ニソンは思い出していた。
心当たりがある、といえばある。ジョンは以前からどこかおかしい。ベルリア語をやっとのこと覚えたと思い、家庭教師をつけたのが1年前。ところが半年前、家庭教師が突然「あの子にもう教えることはない」と来なくなってしまった。
ならば試しにとニソンがあるテストをしたら、高得点を叩き出したしたのを覚えている。(手違いで大人用のものを与えてしまったのにもかかわらずだ)
そもそも、5歳である。そんな子供に、微分積分や難解な社会制度、法律や宗教、派閥闘争などについて、誰が知ってもらおうと思うだろうか。そして、どうして理解できようものか。
5歳といえば、野原を駆けずり回り、転んで泣き叫ぶ。しかし実際彼は、野原でなく私の書斎でほぼ一日中本を読み、転んでも泣き喚くどころか傷口に洗ってアルコールを吹き付け、何事もなかったかのように歩いている。使用人たちの間では「気味が悪い」とささやかれたこともあった。
それはずっと、この夫妻の頭の中に、ずっとわだかまりとして残っていた。自分の子供なのに、どこか他人行儀で接し、そしていつしか、「彼」は両親とは言葉を交わさなくなっていた。
「ジョンが……私たちからどんどん遠のいていく、そんな感じがするの」
アントネットがそんなことを口にする。すでに彼女の声は涙声になっている。
------物事とは、うまくいかないものだ
そんなことを感じさせられる。責任の一端は、ジョンと距離を置いていた自分たちにもあるのだ。
「アントネット」
「……何?」
「君は、ジョンが……ジョンがどうなろうとも、それを見守ろうと思うか」
私は聞いた。すると彼女はこう言った。
「私は母親なのよ。ジョンがどんな子供になろうとも、私はジョンを守るためならなんだってするわ」
……聞くだけ無駄か。
私はアントネットを抱きしめた。彼女は私の胸の中で泣いていた。
第一章完結は近いです。転生者の家族の心、相当来るものがありそうですよね。