第五話 幼きジョン・ワーテルの一日(後編)
年月日不明 11:30 アグラッド王国 ワーテル領
自分の部屋にこもって2時間程度経っただろうか。
すこし気分が悪くなってきた。いくら冬でも、ずっと暖炉の熱で暖まった部屋にいればそうなる。
(少し、外に出るかな……)
部屋を出ると、ちょうどメーベルさんが部屋の前を通るところだった。
「あ、メーベルさん」
「あ、お坊ちゃま。どうかなされました?」
メーベルさんはこの屋敷の使用人で、この屋敷に勤めて12年のベテランのメイドさんだ。この屋敷のメイド長でもあるそうだ。
その美貌から、今まで幾度となく求婚を迫られたらしいが、すべて断ったそうだ。「この屋敷の使用人であり続けたいから」ということであるが、そこまでするからには、何かの理由があるのだろうか?
「いまから外に行ってこようと思うんだけれど」
「あら、そうですか。なら、私がご一緒しましょう……どこまで行かれになるおつもりで?」
「山の麓までいこうと思うんだけれど」
途端にメーベルさんの顔が強張る。ああ、これはだめなパターンだな。
「山……ですか。そうですね。日を変えてになされては?」
山というのは、近くにある標高800m程度の丘陵地である。その先には3000m級の山々がそびえる。
その麓までは10キロはあるだろうか。よくよく考えれば、1時間や2時間では無理そうだ。やめておこう。
「そうだな……それじゃあ、昼食を食べたら、川まで行こうか」
川というのは、トランド川のことだ。10カ国以上を通る、重要な河川のひとつ。幸いそこまでは2キロ程度だ。それでも遠いので、昼食を食べてからにしよう。
「では、そのように」
そういってそそくさとメーベルさんは行ってしまった。
(……お風呂でも入るかな)
賢明な読者諸君なら、こう思うかもしれない。
「えっ、お風呂あるの」 と。
実はあるんだこれが。実際、地球の中世でもオーストラリアをはじめとしたいくつかの国家にお風呂文化は存在した。有名なマリー・アントワネット、彼女もまたオーストリア出身で、お風呂文化をフランスにもたらした人物だ。
というわけで、お風呂があるのだ。他国では「水浴びをすると体に悪い」なんてことが言われているそうだが、私に言わせれば水浴びしないほうが汚い。(もっとも、読者諸君もおなじであろうが)
ここの地域はまだましだが、都市部では糞尿垂れ流しがデフォルトだったりするので大変だ。この地域は今は人口が少ないので表面化はしていないが……いずれ対策もしなければならないだろう(もっとも、都市部の住民に言わせれば、そんなことは気にしない、だそうだが……)
お風呂からから出ると、私は食事まで兵たちの訓練の様子を見るべく、練兵場に向かうことにした。
お世辞にも、この練兵場がいい環境にある、とは言えなかった。夏は蒸し暑く、冬は凍えるような寒さ。装備も前時代のもので、防具のいくらかは欠損したままだ。(この状態は、兵士に損耗した武器防具の修理費を払わせるこの国のシステムによるものである)
だが10人の兵士たちは、そんな中でも訓練に熱心である。
私が練兵場に足を踏み入れると、一人の男性が近寄ってくる。
「どうなされたのですか、こんなところに」
彼はマークス、騎士である。10人の中ではもっとも従軍経験が長く、この兵たちの中のリーダー的存在だ。
「いやあ、練習風景を見たいと思ってね。」
というと、彼は「ほお」と言い、
「いいですよ、どうぞ」と案内してくれた。
「マークスさん、今度山に行こうと思うんだけれど」
と私が切り出すと、彼はさも当然かのように、
「ええ、護衛ですね」
「えっ、知ってたの」
「ええ、先ほどメーベルさんから」
なんという仕事の速さだ。さすがにメイド長は格が違った。
彼は首をかしげ、
「しかし、何のためにわざわざ山に?」
「ああ、それはね……」
この近辺に、使える資源がないか、確認したいのだ。
鉄や銅、石炭に石灰石。その他にも木の材質など、確認すべきは山のようにある。
そうしていると、大きな鐘の音が鳴る。教会の正午を告げる鐘の音だ。
はっ、中編だと思ったか?残念だったな、トリックだよ。