第四話 幼きジョン・ワーテルの一日(前編)
年月日不明 06:20 アグラッド王国ワーテル領
ジョンの朝は早い。
今日もやることがたくさんあるのだ。のんびりなんてしていられない。
私の父がこの地域の貴族……もとい支配者だと知ったときはたいそう驚いたものだが、貧しい農民に生まれるよりはましだったかなと思う。
さて、最近私はそんな私の父の領内視察に付き合うのが日課になっている。私はこの家(ワーテル家)の長男であり、血縁主義のこの世界では(おそらくであるが)次期当主になることだろう。
そうなる前にこの地域について学んでおかなければならない。
両親のほうはどうかというと、この経過を喜ばしく思っているようだ。
両親は当初、ベルリア語を上手くしゃべることのできない私に内心ハラハラしていたようだが、その代わりに数学や社会的なことに関しては覚えが早かった(中身は大人なので当たり前のことではあるのだが)ので、どうにか安心したようである。
私が父の早朝の領内視察に参加したいと言ったら喜ばれたのは、そういうこともあってのことだろう。
さて、この地域の主要生産物はズバリ、小麦である。ほんとにそれしかないのである。
地域全体が小麦畑で覆われていて、秋には全体が黄金色に染まりそれは美しいものだが、その結果この地域では第二次産業(工業や鉱業)が発展していない。
住民の識字率は低く、はっきりと調査をしたわけではないが、文盲が約8割近くを占めている。
どうしてこんなことになったのか。それはこの地域の小麦の買取制度にある。
この地域では、小麦農家からワーテル家が直に小麦を買い取り、ワーテル家が商人との売買契約を結び、その金から税金を差し引き、(すべて計算はワーテル家の官吏がやる)残りを農民に分配していた。つまり、農民が交渉しなくていいわけである。
これが何をもたらすか。つまり、貨幣の価値上昇と農民の教育指数低下である。(この世界では、貨幣の信用が大きいのである。もちろん、小麦で納税もできるし、小麦でかえってくるようにもできる)
農民は頭を使う必要がなく、育てることだけに集中すればいいのだ。
実に効率的であるが、これではいつまでたっても農民は農民である。いつか何とかしなくては。
で、軍備である。
現在、各国は国ごとに常備軍をかまえているが、この世界では、その常備軍は各地域ごとに(つまり貴族の領地ごとに)配属されている。具体的に言えば、ワーテル領の常備兵力は10。10である。少ないと思うかもしれないが、これでも拡大したほうである。(実際は、戦時中は傭兵を大量に雇うらしい)
後は何にもない、まさに田舎である。
とかなんとかかんとか考えていると、早朝視察を終えて家に着いた。
使用人の一人、メーベル(こういうのもなんだが、彼女は結構美人である)が私に手を差し伸べてくれたので、私はその手をつかんで降りた。
季節は冬なのか、差しのべてくれた手は幾分か冷たかった。
さて、その後は朝食である。
きょうの朝食は鯉料理のようだ。
えっと思う人がいるかもしれない。しかし実際に鯉なのだ。鯉の中に具を詰め、赤ワインで煮込んでいる。
私も見たときは一瞬、食べるのを躊躇したが、両親がパクパク食べているのを見て、一口食べたらあらおいしい。
以来お気に入り料理となった。
さらにザリガニの冷製スープ。これはおいしそうと思う方も多いのではなかろうか。
後はポテトサラダ(マヨネーズは入っていない。幾分質素な味だ)、パン(白パンである。どんな料理にも合う。おいしい。)であるが、パンとポテトサラダだけがこの領だけでまかなえる、というのはどうなのだろうか……(うちの領地は周りに海がないのである)
朝食が終わると、私は自分の部屋に戻って紙(羊皮紙)にいろいろと書き付ける。両親は落書きと思っているようだが、そんなことはない。日本語である。
この世界に日本語やその他の地球の言語はないらしいので、地球の言語は半ば「暗号」と化しているわけだ。
さて、重要な話に移ろう。なぜ私は死んだのか。おそらくだが、飛行機事故ではないだろうか。その可能性が最も高い。
しかし、旅客機は最後まで、異常振動も、火災も、またその兆候もなかったのである。
その時私は航空機事故を再現したドキュメンタリー番組を思い出していた。
確かあれにライトを付け直していたら硬度が下がっていて墜落した事故(注:イースタン航空401便墜落事故)があったはずだ。あれに似たような事故だろうか。
いや。あの時窓の外は真っ暗ではなかったから景色も見れたはずだが、そこまで高度は下がっていなかった。
となると、爆破テロか。
犯人がどうやって爆弾を乗せたのか不明だが、普通の旅客機なら、貨物室でダイナマイトが4本爆発しただけで機体は空中爆発を引き起こす。(注:エア・インディア182便爆破事件)
これなら、いきなり意識が途切れたわけも想像がつく。(機内は与圧されているので、地上よりも爆発の威力は高くなるのだ)
私はこれに反論することができない。そうと思えて仕方ないのだ。
(まあ、いいさ。どうせ私は今生きている。ここで生きているんだ。前世のことなど知ったことか)
そう考え終わると、私は今日の早朝の領内視察の結果を、ノートに書き始めた。
そばでは暖炉の炎が燃え盛り、熱と光を発して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
200PVありがとうございます!
これからもがんばります。