第十五話 一人の天才
1433年6月12日 12:40 アルグラッド王国 首都
休みの日、私は学園を離れて首都のカフェに来ていた。学園にこもっていると頭痛やめまいがする。気分転換は必要だとと考えたのだ。学園の授業には相変わらず行っていないが、年度末の総合審査に受かれば留年はないので問題はないと思う。初めて学園にきて、それから入学式以来着ていなかった厚手のコートを着る。
私が糞尿を避けて中の椅子に座っていると、昼時になったのか、カフェの中は人でごった返していた。
私は本を持ってきて(元軍医の医学本で、大変貴重らしい。学園に来る前に父の書斎から拝借した)読んでいたのだが、しばらくすると隣の席に背が高く、暗い色の巻き毛で痩せ型の男と、もう片方と比べると背が低く、髪は茶髪で、小太りな男、この2人が座ってきた。
「どうしたんだい、ランドン。いきなりカフェに入ろうなんて言い出して」
「いや、腹がすいてね。もうお昼だろう?」
そう言った痩せ型の男がこちらをチラッと見ると、彼は突然しゃべり始めた。
「ヒューリー君、ひとつゲームをしよう。隣に座っている男の子はいったい何者か?」
小太りの男もこちらをチラッと見て
「本を読んでいるということは……裕福な家の子か?」
「そう!本を持っているということは裕福だ。しかもデイナンド君、あの本のタイトルは?」
「あ、あれは」 少し驚いた様子だ。
「さらに目の下にクマ、右手中指と親指がある方向に若干出っ張っている。夜更かしして長時間右手でペンを持っている証拠だ。目は充血気味で、頭が痛いのか時折さすっている。典型的な眼精疲労だな。目を一日中使っているのだろう。さらに靴には異様なほど糞尿の痕跡がない。おそらく都市部の人間ではなく、田舎から最近都会にやってきた人間だ。」
「つまり、田舎から来た裕福な家の医学生か」
「それだけじゃない。太ももや腕の筋肉は同世代に比べては幾分細い。家が農家や職人ではなく、また医学生であろうことが伺えて家が商人という可能性もない」
「貴族か」
「ところが不思議なことに彼の服からはかすかに小麦のにおいがする。可能性はひとつ。小麦栽培が盛んな領地。さらに彼は学園生にしては驚くほど幼い。つまり飛び級入学だ……ここまでくるとさすがに絞り込めるだろう、デイナンド君?」
「お、おい、まさか横の彼って……」
「そうだろう、ジョン・ワーテル君?僕たちは君を探していたんだ」
痩せ型の男が、こちらに微笑みかけてきた。
私はただただ感心すると同時に、恐怖してもいた。
いきなりこの痩せ型の男に素性を見破られたのだ。
「え、ええ。僕はジョン・ワーテル。ですが医学生ではありませんよ。私は環境学部の学生です」
小太りの男はおやっとした顔で「惜しかったなランドン、医学生ではないぞ」
「では君はなぜそれを持っていたのかい?それは医学書だろう?」
痩せ型の男が聞いてくる。
「そうですが……よくわかりましたね、医学書なんて」
その質問に、意外な方向からの返答が返ってきた。小太りの男だ。
「そりゃあそうさ。だって私こそがそれを書いた、デイナンド・ヒューリーなんだから」
な、何だってー!?
二人の元ネタはわかる人にはわかるでしょうか。