第十四話 システム・エラー
1433年6月10日 18:30 アルグラッド王国 学園
私が光学顕微鏡が使えない夜に何をしていたかというと、ひとつは論文の執筆であり、ひとつはこの世界の医学考察である。
ここの医学は主に魔法頼りのものだ。私は、まず医学系魔法から考察することにした。
医学系の魔法としてよく知られるものを現代医学の観点から考察すると、以下のようになる。
【活化】:体内器官の活性化。
【内癒】:自己再生機能の促進による体内炎症の治癒。
【外癒】:自己再生機能の促進による体表外傷の治癒。
【抗化】:自己免疫力の増大促進。
これらから推測するに、この世界の医学は、部位や状態を考慮しない、全体観的病理学に基づくものであるということだ。これは、この世界の解剖学が発展していないということである。同時に、発展していないわけにも気がついた。この世界には外科的手術という概念がない。【内癒】や【外癒】といった魔法によって、多くの病気は治癒されているのである。これは素直にうらやましいと思う。
ところが、この世界の魔法でも治せない病気はある。その筆頭が感染症である。
感染症に対する有効な魔法として、【抗化】がある。しかし、【活化】は逆に悪化させる要因となる。ところが、感染症に対し多くの医師は【抗化】を使おうとしない。
そのわけは、この世界の医療システムにある。
【外癒】を使う医師を外癒師、【内癒】を使う医師を内癒師と呼ぶが、外癒師は主に体表面の外傷について担当する。外癒師は【外癒】を使用した後に【抗化】を使う。知識こそないが、多くの症例において、外癒師たちはそうしたほうが治療後の死亡率や再診率が低下することに気付いていた。
一方内癒師たちは【内癒】をした後に【活化】を使う。彼らはこうすることで、患者たちの治りが早くなるのに気付いていた。
こうして、内癒師は【内癒】と【活化】、外癒師は【外癒】と【抗化】を主に使う、という慣例があった。
ところが、いざ感染症の患者が来たとき、医師たちは大いに困惑した。なぜならその患者たちを担当したのは内癒師たちだったからである。彼らは普段担当している骨折患者と同じように対応し、【活化】は症状を悪化させる原因となった。
これが風邪程度なら露知らず、この世界では医療費が現代日本に比べはるかに高いため、風邪程度では病院にくることはまずない。そのため重い感染症患者が内癒師を訪れ、そして死んでいった。
このような医療システムであるため、いざ大流行を引き起こした際の惨事はすさまじいものである。ある文献によると、1000年前に起こった大流行では、最盛期には15000人もの死者数が出て、首都が機能停止に陥るほどの惨事であったそうだ。感染者の多くには、肌に斑点が出たそうだ。この世界が元の世界と同じという保障はないが、おそらくそれはペストであろう。
こうなると、都市衛星のほかに、医療システムの改善にも打ち出さねばならない。今のままでは、おそらく現実世界のような、14世紀の黒死病と同じ騒ぎが起きることは必至だ。
そのためには、証拠を突きつけなければならない。これは学問の大鉄則だ。
頭の知識を単なる机上の空論にしないために、私は次なるステップへと歩みだした。