第十三話 狂った針路
1433年5月20日 18:30 アルグラッド王国 学園
「少し語弊がありましたか。正確に言えば、私どもの紹介と手を組んでください、ということです」
先の言葉に愕然としていた私に、ヨーゼフ氏はくすっと笑って言った。
「というと、具体的には何を?」
「ジョン・ワーテルさん。あなたが将来領主になったときに、あなたの領に工場を立てさせてほしいのです……というのも、今までわれわれは首都近郊のアルセーヌという街を中心にガラス作りをしてきました。なぜなら、大量の冷却水と、珪砂、ソーダ灰、炭酸カルシウムなどといったものが必要となるガラスづくりに、その街がぴったりだからですよ。ですがアルセーヌもそろそろ発展の限界です」
「なるほど、そこでワーテル領を」
彼はコクリと頷き、
「ワーテル領は理想的な土地です。しかし王国令により、工業地区に定められている土地以外は、工場が立地するわけにはいきません……まだ小さいあなたに言うのもなんですが、わかりますよね?」
「ええ。しかし……」
私が言いにくそうにしていると、彼は
「いいんですよ私は別に。あなたに協力しようがしまいが」
と言った。
くそっ。完璧に相手のペースに乗せられてる。
「いえ、お願いします」
「それはよかった。じゃあ、この契約書にサインをしてもらえますか?」
万年筆で署名をして拇印を押すと、その証明書から光があふれる。
魔法証明書の効果では、この紙に書いていることはいかなる術であっても消失することはない。それゆえこれは、王立裁判所で証拠となりえる。
「それでは、後日取りに来ます」
挨拶をして商会を出た後、学園に歩みを進める。
この国は法治主義でない。よってさっきの取引が違法かどうか決めるのは王立裁判所の裁判官たちだ。
日本なら自分の年齢的に契約無効となるが、この国にそんなものはないし、さっき契約したのは私が領主になったら、というものだ。間違いなく契約は履行されるだろう。そのとき、領地は悪い方向へ変化するのか、はたまた逆か。
なんにせよ、今日の私の決断が、領地に大きな影響を与えるのは間違いない。どんな道を歩もうが、私はそれを乗り越える。
2週間もたつと、注文していたものができたとの報告があり、それをとって私はすぐさま首都郊外を流れる川に行った。川の水や周囲の土壌サンプル、また動物の糞便を取り、学園内の寮で研究を始めた。
私は寝る間も惜しんで研究に没頭した。この世界には電球と言うものがなく、それによって観察が昼しかできないため、昼観察して夜にまとめるというサイクルが生まれていた。授業は欠席が多くなり、環境学部へもあの日以来顔を出すことが減った。
一週間もたつと、私はひとつの驚異的な発見を成し遂げた。いくつかのサンプルに、元の世界のコレラ菌やペスト菌などに酷く類似した細菌を数多く発見した。
私が今までの人生の中で、これほど驚愕した出来事は、おそらくこれだろう。そう思えるほどに、その衝撃は強かった。
学校を休んでいることを受け、いくらかの教師や学生がお見舞いに来てくれたが、私はひたすらその研究を続けた。
コレラやペストを先の例に挙げたのは、それらが共に古代、中世と多くの人命を奪った細菌だからである。現在でも主に後進国で死者を出し続けているこれらを原因とする病気は、第二次世界大戦の死者数に匹敵する。(WW2の死者数はあわせて6000~8500万人程度、ペストのみ、さらに中世の5年間でなんと7500万人が死亡)
この世界でも現実のようなことは起きるのか。少なくともこの腐った衛生環境の中ではそうなるだろう。
地獄を回避しなければならない。領内云々より、そっちのほうがワーテルにとっては重大なことになった。
急展開過ぎる気が……でもこうしないとストーリーが始まらないんですよね。もうちょっとゆったりしたほうがよかったかも。