第十一話 改良型顕微鏡
1433年4月30日 16:30 アルグラッド王国 首都マーケントン商業地区
入学から約一ヶ月ほどたったある日、私は休日を利用して、首都にあるガラス細工屋に来た。
「いらっしゃい」
中に入ると、黒髪のショート・ヘアーの男の子が出迎えてくれた。店番でもしているのだろうか。彼は自分より幼い私が店に入ってきたことに驚いたようだったが、すぐに取り直して私に注文を聞いてきた。
「何にするかい?今ならこのガラスの花瓶がお勧めだよ。魔力加工もしてあるから丈夫で長持ち……」
「顕微鏡はあるか?」
「顕微鏡?ああ、あれね。珍しさに数人の研究者たちが買いに来たけど……きみのそのクチかい?」
「まあな」
「学者さんたちには悪いけど……あんなの見て楽しいかい?」
ほい、これだよ、といって彼は机に顕微鏡を置く。手にとって見てみるが、あまり倍率は高くなさそうだ。また、単レンズ方式というのもいただけない。
「君はこの店の店主なのかい?」
「いんや。ただの店番さ。父ちゃんならもうすぐ帰ってくると思うよ……噂をすれば、ほら」
入り口を見ると、筋骨隆々の、いわゆるマッチョな男性がいた。こちらを見ると、
「うちの店に何か用か、坊主?」
「いえ、顕微鏡の試作を頼みたいのですが」
「顕微鏡?あのおもちゃか?」
「いえ、私が頼みたいのは、これです」
そういって一枚の紙を手渡す。渡したのは、複レンズ式光学顕微鏡の設計図。この世界にはまだない顕微鏡の型だ。(……もっとも、考案したのは地球の科学者なのだが。)何とか概要ぐらいは覚えていたので設計しようとしたが、自分ひとりでは製図が困難だったため、ユリアンニ教授と数学のバロア教授に手伝ってもらい完成した。工学部にはじめ頼もうとしたが「ガラスは無理」とつき返され、仕方なく首都のガラス細工店に頼むことにしたのである。
彼はしばらく設計図を食い入るように眺めていたが、一息つくといった。
「坊主。こりゃだめだ。うちのガラスじゃあどうにもならん。そうだな……ヨーゼフなら作れるかもな。待ってろ、一筆書いてやる」
彼が言うには、この工場の技術ではこんな精巧なレンズ(設計では、レンズとしてガラスを使うことになっている)は作れないのだそうだ。そのためそれを作れる職人を紹介してくれるそうで、今日のところは帰りなさいということだ。
それと、多分結構金がかかるぞ、ともいわれた。ああ。研究費で降りるだろうか……
後日、紹介されたヨーゼフさんのところに足を運ぶことになった。ユリアンニ教授もついてくるというのは想定外だったが、まあ私は見た目6歳だから仕方ないだろう。……悪目立ちしすぎな気もするが。
ヨーゼフ氏は、この国では一番のガラス職人だそうだ。弟子は数十人いるらしい。
工場につくと、ヨーゼフさんは私たちを応接間に迎え入れてから、設計図を拝見いたします、と、一言断りを入れて読み始めた。読み終わると、彼は、ガラスは今までのと同じでいいんですか、と質問した。
そのことなんですが、と付け加える。ガラスの作り方を、従来の球面レンズでなく、別の方法で作ってほしい、と頼んだ。(その方法に、彼は面食らっていたようだったが)
彼は少し計算すると、1つなら2000Rかかると見積もりを立てた。この世界にきてからの経験で、1R=100円だということがわかっていたので、約20万円か。
現代なら10000円せず買える光学顕微鏡だが、この世界でガラスは大変貴重で、我々が必要としているのが余計金がかかる非球面レンズだということも、その要因となっているようだ。
とりあえず今日のところは見積書を持ち帰ることにした。教授が予算の申請を出すらしい。「まあ、がんばってみるよ」だそうだ。
しかし、よく信頼してくれたものだ。新入生が突然、新しい顕微鏡を作りましょうと言い出して、設計図どころか、こんなことまでしてくれるなんて。
顕微鏡は都市の衛生環境改善のためだ。この世界では細菌どころか、ダニやシラミといった小生物、ゾウリムシやミドリムシなどのプランクトンなども発見されていない。そもそもそんなに小さな生物がいるとは考えていない。
衛生環境を改善するためには、細菌と人体への影響について関連付けなければならないのだ。このまま強力な感染症がくれば中世のペスト大流行みたくなりかねない。
過ちは繰り返さない、そして自分の名前を歴史に刻む。この2つの気持ちでワーテルは動いていた。
新しいガラスの作り方に複レンズ式光学顕微鏡。歴史は少しづつ刻まれていた。
なんか最近グダグダな気がする……