第四章 それぞれの思惑
第一次、第二次ミールワッツ星系戦において辛くも勝利を収めたリギル星系軍であったが、損害も甚大で、再度ミルファクがミールワッツに現れた場合、対応しきれないほど疲弊していた。
第二次ミールワッツ防衛戦で活躍を見せたリギル星系のデリル・シャイン中将の立場は強固になったが、リギル星系を取り巻く情勢に軍事統括ユアン・ファイツアー大将、星系連合体ユニオン議長タミル・ファイツアー、星系評議会代表クロイツ・ハインケルは、腐心していた。
特にアンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモトの「ユニオン」における発言権は強まり、「アンドリュー星系軍がいなければミールワッツ星系はミルファク星系の者になり、かつリギル星系の燐星系にミルファク軍が駐留すると事になった」とまで言い張りミールワッツ星系における独占開発権強要した。これによりリギルは安全であると言う言い分だ。
リギル星系は、シャイン中将にシャルンホルスト級航宙戦艦の後継艦「マルドーク級航宙戦艦」とテルマー級巡航戦艦の後継艦「エンリル級巡航戦艦」の航宙テストを命じた。場所はADSM82星系である。
ADSM82星系における航宙テストに成功したシャイン中将率いる艦隊が、ミールワッツ星系を通りぬけようとした矢先、
運悪く、アーサー率いるアンドリュー星系軍と出くわしてしまう。
アーサーは、シャイン率いる艦隊に「識別不明艦」が居ることに気づくと、戦闘隊形を取るが、シャインの機転で何とか戦闘は避けられた。
アーサーは、「識別不明艦」を含む艦隊がリギル星系方面跳躍点に消えるとすぐに首都星「オリオン」に情報を送った。
アーサーの情報に星系評議会は、星系交渉部を通じて、リギル星系に事実の公開を要求した
第四章 それぞれの思惑
(1)
リギル星系、WGC3047,03/10
アンドリュー星系代表兼星系連合体ユニオン評議委員アヤコ・ヤマモトは、自星系の評議会議員と共にリギル星系の政治、軍事、警察の統括組織があるノースサウス衛星の星系連合体ユニオンのオフィスで、リギル星系とペルリオン星系の面々を向こうにしながら次期連合体議長を決定する最終会議に出席していた。
今までユニオンの議長は軍事力、経済力共にペルリオン星系、アンドリュー星系より強力であったリギル星系の星系議会代表が勤めていた。しかし、今回は様相が変わっている。
今回の評議会の座長はペルリオン星系評議会代表のバリー・ゴンザレスが勤めていた。
「では、採決をとります。次期星系連合体ユニオン議長にアンドリュー星系評議会議長アヤコ・ヤマモトに賛成の方は、挙手を願います」
リギル星系関係以外の人間が挙手をした。ペルリオン星系関係者は、既にヤマモトの手中にあった。
「それでは、反対の方、挙手を願います」
リギル星系の関係者が挙手をした。
各星系から同数の人間を出席させて成立しているユニオンは、星系数が決定する。従来と違うのは、ユニオン議長を選択する時に反対者が出たことだ。
従来リギル星系が議長を務める時、アンドリュー、ペルリオン共に反対の理由が建てられず、無言の了解のもと、全員賛成を持って決定したが、今回はアンドリュー星系の台頭を快く思わないリギル星系関係者が反対に回った。
「賛成多数で次期ユニオン議長はアンドリュー星系評議会代表アヤコ・ヤマモトに決まりました」
本来ユニオンは、自星系の安定と資源の優先確保の為、リギル星系が作った仕組みだ。それだけにリギルとしては、快く思わないのも当然だ。
ヤマモトの喜ぶ笑顔の向こうで各関係者が拍手している。決定した事項には絶対に従うと自分たちで決めた同盟憲章は、自身が優位にあるからこそ有効な文言だ。この状況では、自分自身を締めつけることになる。
そのような事を頭に浮かべながら元ユニオン議長、リギル星系タミル・ファイツアーは、拍手をしていた。
改めて議長席に座ったヤマモトは、自分を中心として長い楕円形のテーブルに座る星系同盟体ユニオンの議員全員の顔をゆっくりと見渡すと
「皆さん、星系同盟体ユニオンは、ミルファク星系の横暴を防ぐ事が出来ました。これはひとえに各星系が協力し合い、外敵からの侵略を防ぐと共に自星系の治安の維持と経済の発展に努力して来た成果です。これからもリギル星系、ペルリオン星系、アンドリュー星系が協力し合いお互いの発展の為に尽くしていかなければなりません」
ヤマモトの就任挨拶を聞きながら議長席を奪われたタミル・ファイツアーは、“いつまで今の協力関係が続くのか。ペルリオン星系は自星系の失態に厳しい要求をアンドリューから突きつけられ今回の議長就任は賛成こそしたが、快く思っていないはずだ。我リギル星系は、アンドリュー星系の台頭を快く思っていない”頭の中で考えていることを顔には出さないようにしてヤマモトの挨拶を聞いていた。
「それでは、次回の開催は、三ヵ月後とします」
ヤマモトの挨拶と会議を終了させる言葉が出ると各議員は隣に座る仲間の議員の顔を見合いながら席を立ち会議室から出て行った。
改選の会議が終了し、自星系の評議委員を引き連れ、星系連合体ビルのエントランスに向っているヤマモトを追いかけてきた男がいた。ヤマモトの姿を見つけると
「ヤマモト議長」
そう言ってアヤコ・ヤマモトの後を追いかけてきたのは、ペルリオン星系のバリー・ゴンザレスであった。ゴンザレスは、第一次ミールワッツ星系防衛戦後、マイク・ランドルの失脚後に星系代表に着いた。
ペルリオン星系では、資源は豊富ながら自星系を守る軍事力は極めて弱小であり、ほとんど全てをリギル星系に依存していた。
それだけに今回のリギル星系の疲弊とアンドリュー星系の台頭は、ペルリオン星系にとっては、“晴天のへきれき”に近いものが有った。
ゴンザレスとしては、自星系の位置からしてリギル星系には、従来どおり自星系の治安協力を頼まなければならないが、アンドリュー星系の軍事力の台頭には、留意しなければならない状況と考えていた。
「ヤマモト議長。おめでとうございます。今回のご就任を心からお喜びします」
空々しいにも程がある言葉を並べながら近寄ってくるゴンザレスを見てヤマモトは、うんざりした顔で
「何か御用ですか」と答えた。
「いえ、ただ就任の祝いを言いたくて、声を掛けさせて頂きました」
ヤマモトの周りに居るアンドリュー星系評議委員の呆れた顔も棚に挙げ言葉を並べるゴンザレスに
「ありがとうございます」と言ってきびすを返して他の議員と共にユニオンのオフィスがある廊下を歩いていった。
ゴンザレスは、その後姿を見ながら“くっ、今に見ていろ。いつまでもお前たちの時代ではない。この思い必ず晴らしてやる”そう思いながら、ヤマモト議長とその取り巻きを凄い目でにらめつつアンドリュー星系の一団の背中が去っていくのを見ていた。
バリー・ゴンザレス・・第一次ミールワッツ攻防戦後、シュティール・アイゼル中将が予備役編入となり、アイゼルをそそのかした星系代表マイク・ランドルは、罷免され後任にバリー・ゴンザレスが任官した。ゴンザレスは、軍需産業ゴンザレス・マニュファクチャリングのオーナーであり、ゴンザレス財閥の若き党首でもあった。自星系においては、上にも下にも置かれない立場でありながら、第一次ミールワッツ星系防衛戦において大失態を演じたペルリオン星系の評議会代表であるという立場は、星系同盟体ユニオンにおいては端数にも数えられない立場となっていた。
それだけに自治星系の不遇を回復すべくゴンザレスは、ランドルの失態から権限を失った星系連合体の中での立場を回復すべく各方面へ画策を始めていた。
そして、ペルリオン星系では、輸送艦護送と宙賊の撃滅に多大な功績を上げていた若き中将、ベルハルト・ローエングリンが星系艦隊司令長官となった。
“強力な軍事力を手にする”それは、ゴンザレスにとって不可欠な要素であり、今の悔しさを覆す絶対条件であった。
自分を鼻にも掛けないアンドリュー星系の一団はゴンザレスにとって“同盟”という言葉の中には当てはまらないものと映っていた。
星系同盟ユニオンの改選が行われているころ、同じノースサウス衛星の中枢部にあるリギル星系航宙軍本部ビルの軍事統括のオフィスでは、ADSM82星系で行った新型航宙戦艦“マルドーク級”と新型航宙巡航戦艦“エンリル級”の公試運転とテスト航宙の報告が行われていた。
「シャイン中将、報告は読ませてもらった。回転型主砲の性能は期待通りのようだな」
「はっ、全方向に戦闘航行しながら発射可能です。攻撃管制システムのプログラムテストも問題なく終了しました」
「新型“ミレニアンXF-02”はどうだ」
「主砲を打たない状況での戦闘航行中の射出は問題ありませんが、前方左右三〇度の範囲で主砲発射時にミレニアンの射出を行うと主砲のエネルギー残留で機体に影響が出ることが確認されました。前方向射出の為、予想はされていましたが、改良の余地がありそうです」
ミレニアンXF-02・・全長二〇メートル、全高五メートル、全幅六メートル、従来型と大きく違うのは、〇.八メートル粒子砲を両舷に二門ずつ装備し、その後ろに片舷五発の小型ミサイル発射管を装備した事だ。これにより両幅が少し広がった。粒子砲四門は、ミルファク星系の新型戦闘機「FC38アトラス」の同じである。更に小型ミサイル発射管を装備することにより、従来、戦闘型と雷撃型に分かれていた運用を一つの機体で可能になったことだ。しかし、従来と装備が異なる為、搭載可能な艦は、今のところ新型航宙戦艦“マルドーク級”と航宙巡航戦艦“エンリル級”に限られている。
軍事統括ユアン・ファイツアー大将への報告に来ていたシャインは、新型艦の仕上がり具合が予想通りの出来であることに満足していた。
自星系の現状を考えた時、とても新型艦の開発を進める状況ではなかったが、アンドリュー星系の回転型主砲“アーメッド”を見てその威力に驚いたシャインは、既に開発の終了段階に来ている事やアンドリューの台頭を理由にファイツアー大将に管制本部への働きかけを強引に進めさせた。ハインケル議長は自星系の経済状況を理由に最後まで反対したが、刻々と進む状況に待ったは掛けられず、最後には了承した形になった。
「ところでシャイン中将、アンドリュー星系軍に新型艦を見られたらしいな。ミールワッツ星系で」
ミルファク星系との遭遇戦といい、ミールワッツを通ると何か問題を持ち帰る中将に暗に“またか”という言葉を含ませながらファイツアーはシャインの目を見ると
「申し訳ありません。アンドリュー星系がミールワッツ星系の鉱床探査に行くのは知っていましたが、まさかあの時に出会うとは思いもしませんでした。どうもミールワッツは、私にとって含みのある星系のようです」
冗談とも受け取れる言い方をしたシャインにファイツアーは、
「星系外交部を通してハインケル代表のところに既にアンドリュー星系から照会が有ったそうだ」
困った顔をしながら新型艦の3D映像を見ているファイツアーに、自身が原因で起こった厄介事に言葉を出せないまま、シャインはファイツアーの顔を見ていた。
「いずれにしろ、テスト航宙は、成功を持って終了したと考えてよいだろう。今後、航宙戦艦と航宙巡航戦艦の建造は新型艦で行く。既に艦制本部には伝えてある。他の艦隊にも定数を揃えさせ整備に当たってもらわなければならない。当面出動の要請はないだろう。艦隊の整備に努めてくれ」
「はっ」
ファイツアーに航宙軍式敬礼を行うとシャインは、ファイツアーに敬礼をすると軍事統括のオフィスを出て行った。
ファイツアーは、シャインの後姿を見ながら、従来艦より大きく横幅が広がった新型艦の為の宙港改修が間に合わず、とりあえず、軍事衛星の側に臨時のドックを設け、軍事衛星とは連絡艇で行き来している状況に新型艦や新型機の開発成功はうれしいが、今後の無視できない負担を考えると簡単に喜ぶ気にはなれなかった。
“既に過去の繁栄は消えた。これからは厳しい時代が来る”そう思いながらファイツーは、デスクの後ろにあるシートに深く座った。
「シャイン中将、ご苦労様です」
星系航宙軍本部ビルの一階で会議が終わるのを待っていた中将付武官メグ・マーブル中尉は、中将の姿を見つけると小走りに近寄って行った。
声のする方に顔を向けマーブルが近寄ってくるのを見たシャインは、軽く顎を引いて頷くと
「第二軍事衛星の私のオフィスに戻る」
そう言ってエントランスに向った。
ノースサウス衛星から第二軍事衛星までは四〇分。首都星“ムリファン”に対して静止軌道を取る為、連絡艇は、ノースサウス衛星の中央宙港出ると一度衛星軌道上より少し高い位置まで上がる。そして第二軍事衛星方向に一〇分程メインノズルから噴射した後、向きを一八〇度変え連絡艇のメインノズルの噴射を抑えながら徐々に高度を落とし、後ろから追いついてくる軍事衛星の有る衛星軌道上位戻るのである。
シャインは連絡艇の中で壁に映し出された宇宙の映像を見ていた。以前は、第二軍事衛星の周りは、何も無く衛星に出入りする航宙艦、貨物輸送艦や民間連絡艇が各層に向けて同期をしていたが、今は少し景色が異なっていた。
衛星の五〇〇キロ離れたところに横長い箱で周りは太陽パネルをいっぱいに張って青銀色に光る物体がある。直方体の長い面の両方を開けたその物体は、箱の中心から魚の骨のように伸びるドックガイドレールに沿って片側二〇列の新型航宙戦艦が係留されていた。
衛星のドック改修が間に合わない為に、一時的に作られたドックである。衛星の宙港とは違い、艦を横付けしてあるだけなので、衛星との行き来は、艦の中にある連絡艇で行う不便さがあるが、今のリギルでは仕方ない事であった。
第二軍事衛星も航宙戦艦が入る第一層と航宙巡航戦艦が入る第二層が改修工事のため、内側のエアロックを閉じたまま、外側のドックを開けはなしてある。
シャインはその風景を見やりつつ、アンドリュー星系のアーサー中将の返答電文を思い出していた。
「当星系は、我アンドリュー星系の自治星系である。航宙については、我星系外交部を通して一報を入れたし」
単純でそれでいて明解に自星系の権力を象徴する言葉であった。ついこの前までろくに軍事力も持たない弱小星系と思っていた。たった三年で大きく変わった。いや変わっていたのだろう。
ミールワッツ星系にミルファク星系軍が進出してこなかったら、今も変わらなかったであろう。時の流れと運命のいたずらはここまで人を“もて遊ぶ”のか。そう思いながら近づいてくる第二軍事衛星を見ていると
「中将、後一〇分で第三宙港連絡艇ドックに着きます」
連絡艇のパイロットから連絡を受けたシャインは時の流れが変わっていくのを感じていた。
(2)
リギル星系、WGC3047,03/25
「リギル星系ハインケル代表には、ミールワッツ星系で見た新型艦の事について、早急に情報を公開するように改めて依頼しました。今後、リギル星系への資源供給は、彼らの対応次第と言っておきました。ペルリオン星系からの供給も同じです。我アンドリュー星系は、星系同盟体ユニオンの盟主として三星系の安寧の為、努力していかなければなりません。その為にもリギル星系の独善的航宙艦の開発は止めなければなりません。今後は全てアンドリュー星系が主導権を取り、治安と発展の為に尽力するつもりです。その為にもアーサー大将を始めとするアンドリュー航宙軍艦隊には、同盟星系へのにらみを利かせて頂かなければなりません」
リギル星系の星系連合体ユニオンの議長改選から帰ったアヤコ・ヤマモトは、第一軍事衛星“ミラン”の新しく新設された航宙軍統合作戦本部のオフィスで軍事統括アルフレッド・アーサー大将、統合艦隊総司令官チェスター・アーサー大将を始めとする四艦隊の司令官と将官以上の列席者に向ってユニオン議長就任後、初めての所信表明を行っていた。
「今後、有効関係にあるオフィーリア星系、マリアルーテ星系とも密接に軍事、経済において交流を持ち、よりいっそう我星系の発展に努めて行きたいと考えています」
アンドリュー星系評議会代表兼ユニオン議長のヤマモトは、アンドリュー星系評議会委員と制服組の面々の顔を見ながら演説を終わらせた。
チェスター・アーサーは、最近のヤマモト代表の考え方の変わりように驚いていた。
“あれでは、自分から敵を作りに行くようなものではないか。我星系の発展の為と言いながら、とても素直に耳を傾けるわけには行かない気分だ。俺の立場としては、政治に口を出す気は無いが、ここまで露骨な対応だとリギル星系やペルリオン星系も快く思わないだろう。しかし、昔はあのような人ではなかったのに”そう感じながら顔をでは、笑顔を見せながら厳しい目でヤマモト代表の顔を見る父である軍事統括アルフレッド・アーサー大将の顔を見た。
“評議会議員の取巻きどもは、笑顔を見せながら頷くそぶりをしているが、腹の中ではどう思っているのだ”そんな事を更に考えていると、いきなり自分も右腕の袖を引っ張りながら
「チェスター、顔が露骨過ぎる。もう少し笑顔を作れ」
小さな声で耳元に顔を傾けながら囁く、右隣に座るカーライルの声に気がついた。
「そんなにか」
小声で答えると
「ああ」
とだけ言って視線は、ヤマモト代表の方を向きながら作り笑顔を作る親友に“ふっ”と笑うと自分も無理に目元を緩ませた。
「続いて」
ヤマモトは、昨日の夜寝る前に覚えた原稿を一通り話した後、一度言葉を切り出席者の顔を見回すと
「ミルファク星系の事ですが」
一同がこの言葉に声の主に対して目を鋭く耳を立てた顔になった。
「今更、何を言うつもりだ」
さすがにアーサーは頭の中で、理解を超え始め疑問符が、どんどん湧き上がるのを感じた。
「これは星系交渉部第七調査部からの報告です。これについては資料の提供はありません。理由は今から話す内容で理解して頂けると思います」
列席者の顔を一通り見る、口を手元にして“ぐふっ”と喉のつまりを直したヤマモトは、
「ミルファク星系では、今二つの難事が持ち上がっています」
更に一度言葉を切ると
「一つは、リシテア星系から西銀河連邦に秘匿していた独自の開拓航路を公開しろという要求です。リシテアの意図は解りません。西銀河連邦に属する各星系は、多かれ少なかれ独自に開拓した航路を持っています。それは各星系が生きていく為に必要な資源を開拓し確保する必要性に迫られた結果であって、航路開拓が主目的でない事は解っているからです。リシテア自身もそういう秘匿の航路を持っています。しかし、これは、公然の秘密であり証明できない限り他星系が干渉できるものではありません。ミルファク星系は、はるか遠くミールワッツ星系まで手を伸ばした隙にリシテアに情報が漏れたのかも知れません。しかし、それだけでは特にミルファクが弱みを握られたという程ではありません。原因はもう一つにあると思われます」手元にあるコップに水を注ぐとゆっくり口に含みながら飲み干し、再度楕円形の円卓に座る出席者の顔を見た。
「もう一つは、資源開拓の為、未開の星系に手を伸ばした時、星系不明の敵に襲われたということです」
全員の顔に驚きの表情が広がった。
西銀河連邦を樹立して既に三〇〇〇年以上が経っている。人類が銀河の中心と外側に旺盛なスピリッツを元に進出した時に人類以外の色々な異星人と遭遇し、時には友好的にそして時には好戦的な種族とその運命を時の流れに任せた時代も合った。
しかし、今の時代、新たな異星人がいるという発見は、人類にとってまさに新たな技術的向上のチャンスに他ならなかった。
惑星の地表で発見した生命体ならばいざ知らず、ミルファク星系と交戦するという事実は、新しい技術の獲得の又とないチャンスだ。それをミルファク星系に独り占めされてはたまらないというのがリシテアの目的だろう。
特に燐星系としては、脅威以外の何者でもない。全員の頭の中が一致したような状況になるとそれをまるで見透かしたように
「既に全員の想像に難くないところです。しかしトップシークレットが漏れるほどにミルファクは統制がほころびているのが実情でしょう。我アンドリュー星系外交部と交渉部は、全力を持って事の事実を調査しています。状況によっては、リシテアに情報をリークし、ミルファクの混乱を増長することもあります。少なくない被害を我アンドリュー星系はミルファク星系の為に被りました。要らぬ憂いを立つ為にもここは、ミルファクに今一度の疲弊をしてもらうつもりです」
この後もヤマモトの演説は続いた。終了した時は既に一二時を過ぎていた。
「長かったな。代表の声明というか演説は」
疲れた顔で言うアーサーに、カーライルは自走エアカーの後部座席の反対側に座る久々に会った親友の顔を見て
「ああ、しかし代表は変わった。どうしたのだろう。昔は優しく思いやりのある方だった。それだけに代表の言葉には耳も傾けたが、今日の演説は自身のことしか考えていないように聞こえた。権力を握るということはああいうことなんだろうか」
第一軍事衛星の航宙軍統合作戦本部の朝八時から続いた会議に同じく疲れた顔で答えるカーライルにアーサーは昼食を誘った。カーライルも最近は星系近隣の巡回監視以外、特に出動も無く平和な日々を送っていた。
今週は軍の会議がある為、巡回監視の司令官代理を第二分艦隊の先任大佐に任せ行かせてある。特に急いで第二軍事衛星に戻る必要もない為、一にも二にもなく誘いに応じた。
そしてアーサーは、今日は上級士官クラブでなく、外で食事をしようとカーライルを誘ったのである。
二人を乗せたエアカーは、中枢区を出て、第一軍事衛星“ミラン”の衛星の商用区に向っていた。カーライルは、半年ぶりに見る、かつて知ったる“ミラン”の町並みを見ながら少しだけ懐かしさを感じていた。
「ロベルト、第二ミールワッツ星系防衛戦に出動する前に約束した事覚えているか」
突然の切り出しに親友の顔を見るとちょっと真剣なまなざしがそこにあった。
「どうしたんだ。突然に。覚えているも何も、俺は現在進行形だぞ。進捗は良くないが」
そう言って少しだけはにかんだ感じの顔をしたカーライルは、“何を考えているんだ”という目で見返した。
「いや、ちょっとな」
「まさか、出来たんじゃないだろうな」
その声の主に一瞬殴りかかる振りをしたアーサーは、上げた腕を軽く受け止めたカーライルに
「出来た違いだ」
「えっ、おれもそっちを考えていたのだが、いくら何でもそっちは苦手と思っていたのでな。まさか、お前、そっちじゃないほうを想像したのか」
笑いを堪えるのが大変な顔をして、目の前で真っ赤になっている“おくて”の親友を見ていると、とうとう噴出してしまった。口を押さえながら涙になって
「悪い悪い、チェスターの口には、一番似合わない言葉が出て来たから、ついおかしくなってしまった」
「ふんっ」
という顔をして窓を見るアーサーに、言葉を切り直して
「でっ、どうなっているんだ」
何も言わないアーサーは、無言のまま瞳を預けている真顔に少し戻った反対側のシートに座るカーライルに
「ぜんぜんだ」
“がくっ”と体を支えていたひじが寄れるとまたまた笑い出しそうになった自分を支えて
堪えていると
「頼みがある」と言い出した親友の顔を見て
「何だ」と体を斜めにしたまま答えると
「めぼしがないわけではないのだが、どうしたら声を掛けれるか全く解らない。チャンスがないというか、なんというか、よくわからんのだ」
要領を得ない男の顔を見ながら“アンドリュー星系四艦隊の総司令官が、女性一人に声を掛けられないのかよ”口には出さずに要領悪くしゃべり始めた顔を見ながら“人には得手不得手があるというが、まさに標本物だな。こいつは”と思いながら聞いていた。
やがて食事も終わり、バーに移ってカウンターで二人が好きなヘネシー星系から輸入されている“コニャックVSOP”、手のひら辺りが少し膨らみ口元がほんの少しだけ絞られたグラスの中に漂う数十年の眠りから覚めた液体を軽くゆすりその香を楽しんだ後、少し口の中に含み口全体に広げた後、ゆったりと喉を通すとカーライルは、グラスの中を覗き込むアーサーに
「つまりだ。マクシミリアン・デリバリーに勤めていた時に知った女性の航宙士が、心から離れない。本人が独身でいることは解ったが、どうやって声を掛ければいいか解らない。そこでそれなりに世間を知っている俺にキューピットになれというわけか」
ため息をつきながらまだ、グラスの中を見ている男の横顔は、第一艦隊を率いてミールワッツ星系防衛戦でミルファク星系軍を完膚なきまでに叩きのめした智将ではなく、一人の女性に思いをはせる男の顔であった。
アーサー家は名門の上、顔立ちも品がよく、切れ長の目に少し青みがかった髪の毛、細面の顔は、立場でなかったら、とうに女性が群がっていたであろう。
そんな本来“持てまくる予定だったはずの男”が、運命のいたずらか、戦い神アテナに微笑まれ、幸運の女神フォルトーナにも微笑まれたが、奔放で移り気な恋の女神アフロディーテには、なぜか微笑まれなかったと言うわけか。
なんでも味方にする訳にはいかないものな。宵のせいか、自分でも分けのわからない事を頭の中に浮かべながら考えていると
「この女性だ」
と言ってスクリーンパッドを見せた。
「えっ」
突然大きな声にアーサーは、解らない顔をしていると
「いや、なんでもない。解った何とかしよう。しかし、お前時間が取れるのか」
声を少し小さくしてアーサーの耳元で
「代表が言ってたじゃないか。もう少しでオフィーリア星系に代表を乗せていくはずだろう」
「だから、頭が痛いんだ」
カーライルの耳元で答えるとグラスの中で緩やかな流れを作る琥珀の液体を目元まで持ってきて光にかざし、表面のほんの少しの透明な部分を見やると口元に運んで一飲みにした。
ロベルト・カーライルは、官舎に帰るアーサーと分かれると、第一軍事衛星の政府高官か、軍の将官以上が泊まるホテルに向った。エアカーの中で親友との会話を思い出しながら、
“まさか、ミリアの友達だったとはな。まあ少し楽しむか”あまりの偶然に驚きながらまだ親友には紹介していない“自分の恋人”の友人の顔を思い出していた。
カーライル自身は、一度会ったことがある。確かマクシミリアン・デリバリーを辞めて航宙軍に移ってから二年目のことだ。
“星系軍士官学校の同期だった男が、二五の若さで結婚した。その時の一度会った。名前は確かマリア・アフロデーテ。今は確か三二のはず。あれほどの器量で結婚できないのはそれなりに理由があるのだろ”そう思いながら、暗くなった窓の外を見ていた。
第二軍事衛星に戻ったカーライルは、自分のオフィスに着くと直ぐにスクリーンパネルにミリアのアドレスを打ち込んだ。少し経つとデスクの前に3Dの映像で映っているミリア・フィルモアが現れた。
「今、少し話せるか」
「良いわよ。どうしたのこんな時間に。ロベルトから連絡なんて珍しい。デートの誘い」
軍務に忙しいカーライルは、ミリアとの時間を取るのは、いつもミリアの方からの連絡だ。と言ってもこの二人も“恋人同士”と呼ばれるようになったのは二年前からだ。それまでは知り合いの一人でしかなかったが、ちょっとしたきっかけで今の関係になっている。
はっきりした目鼻立ちで化粧を薄くしないと目立ちすぎる顔が、うれしそうな顔をして映像に映っている。
「実は、僕の友人からの頼みなんだ」
それを聞いたミリアは、少し残念な顔をして
「なーんだ。デートの誘いじゃないの」そう言って少し上目遣いにカーライルの顔をみると
「それで頼みとはなあに」
「ミリアも名前くらいは聞いた事があるだろう。チェスター・アーサー。アンドリュー星系航宙軍統合艦隊総司令官だ」
「えーっ・・・・」言葉が続かない恋人に
「マリアを見初めたらしい」
「えっ、えっ、えっー・・・・・・」
目が丸くなった。
「チェスター・アーサーって、あのアーサー家の」
「ああ、そうだ」
「ロベルトの友達って」
頭の中で疑問符が滝から落ちる水のように渦巻きあって分けのわからない顔になっているミリアに
「そうか、仕事の事は、話していないからな」
襟章見ても興味もないミリアは、3Dに映る自分の恋人がどういう立場の人間かわかっていなかった。外で会うときはノーマルウエアなので“軍関係の仕事だ”としか聞かされていなかったので精々事務でもやっているのだろうとしか思っていなかったのである。
「ミリア、今度詳しく話すからとりあえずマリアと会えるようにしてくれないか」
「マリアは仲のいい友達だから声を掛けるのはいいけど、彼女の性格知っているでしょう。返事の保障はないわよ」
「それは仕方ないが、何とか頼む」
顔の前に手を合わせて左目だけ閉じてお願いするカーライルに、ふっと笑顔を見せると
「いいわよ。でも早く会ってね。私とも」
「分かった。約束する」
あまりかないそうにない約束をまずいと思いながら、カーライルは仕方ないと思いながら返事をした。
WGC3047,4/15
アーサーとカーライルは、それぞれの軍務の隙間を縫って首都星“オリオン”の中央宙港に近いホテル“アルファルト”のエントランスに居た。
首都星“オリオン”の中でもハイランクのホテルである。出かける前、アーサーは大将付武官から護衛を兼ねて同行すると聞かなかったが、“プライベイトな事だ”と言って断ろうとしたが、立場と時世がら私服姿のセキュリティを二人つけるという事で納得した。
カーライルも単独行動は慎んでくれという中将付武官からの申し出で私服姿のセキュリティをこちらも付ける事になった。軍事衛星の中であれば単独行動も問題ないが、首都星とは言え、色々な人間が居る。今の情勢を考えれば仕方のないことであった。
「あいつら何とかならないのかな」
「仕方ないだろう。自分立場を考えれば」
「そもそも何で“オリオン”なんだ。上で会えば良いじゃないか」
信じられないくらい世間ずれしている親友に“こいつはやはり世間知らずだ”と呆れた感覚を感じながらカーライルは
「チェスター、初めて会う女性に自分のとこに来いと言うのか。まったく」
「いや、そう言う意味ではなくて」
「じゃあ、何なんだ。航宙戦艦でも寄越すか。連絡艇代わりに」
「いや、そうじゃなくて」
分けのわからない会話を話しながらソファに腰を掛けて座っているとホテルの玄関に居るドアボーイが慣れたしぐさで二人の女性を中に招き入れた。
片方の女性は、始め広いロビーに少し驚いた様子で“きょろきょろ”していたが、目的の顔を見つけると隣に立つ女性に目で合図をして歩き出した。
先に歩き出したのは身長一七三センチ位、はっきりした目にすっとした鼻筋、少しプルとしたかわいい唇がキュートに感じる。淡いブルーのワンピースに白の靴、さわやかな感じの女性だ。
そして隣に少し遅れて歩く女性。先に歩く女性より少し大きい。身長は一七七センチ位、ショートで綺麗な黒い髪の毛にはっきりした目鼻立ち、締まった感じの唇に赤い口紅を付け、淡いピンクのワンピースにやはりローファーの白い靴を履いている。
目立つのは、つばが広い帽子だ。二人が歩くだけで十分に目立つ。交差して歩こうとした男性が、一瞬立ち止まり目を丸くしている。
二人が歩く方向にセキュリティが気付き近寄ろうとしたのをカーライルは、左手を軽く上げて制止した。二人は気づかない様子で近寄ると
「ロベルト、こんにちは」
まるで子供に挨拶する大人のように言うと、少し笑った顔をしてカーライルは
「ミリア」
と言って立ち上がった。アーサーも一緒に立ち上がったが、下を向いたままだ。
「ロベルト紹介して」
そう言って下を向いているアーサーに向くとようやく顔を上げた。
アーサーもカーライルも身長は一八〇以上あるので、バランスは取れるが、なんともである。
「ミリア、こちら、僕の士官学校時代からの親友のチェスター・アーサーだ」
本来、このような表現は、大将と中将という立場からすればとんでもないことだが、プライベイトの時は、軍事関連用語をなるべく無くそうというアーサーの気持ちもあり、また場所が公共の場なので仕方なく言っている。
「チェスター・アーサーです。宜しく」
控えめに少し固い雰囲気で言ったアーサーに
「アーサーさん、始めましてミリア・フィルモアです。こちらはマリア・アフロデーテ」
帽子を外すと魅力的な黒い髪の毛がふわっと揺れた。淡くて甘い匂いにアーサーが、一瞬“ドキリ”とすると顔を緩ませて
「マリア・アフロデーテです。宜しく」
と少し腰を落とし、ワンピースのスカート部分を少し持って挨拶をした。
「ミリア、レストランに個室を取ってあるんだ。ちょっと事情あって」
不思議そうな顔をするミリア・フィルモアは、仕方ないという顔を作ると、少し遠めにいた男たちの顔を見た。男たちは、状況が分かったらしくすぐに二人が個室方向へ動くと後二人が四人の後ろを少し離れた距離で歩いた。
「ロベルト、何かちょっと違うんだけど」
「えっ、何が」
「何がって。何か私たち見られている感じがするんだけど」
「気のせいだよ。ミリア」
違和感に気付いたらしいミリアを知らぬ振りしてせっせと先行して歩いていった。
ミリアは、個室の入り口を通ると
「わっ」と声を上げた。
個室と言っても精々テーブルと椅子があるくらいと思っていたのだ。真っ白いテーブルクロスに四つの素敵な椅子、壁にはタペストリーが飾られ、ソファが置いてある。更に奥にはカウンターが用意され給仕が既に立って待っていた。
四人が入り口から入るとセキュリティがドアの外に立ち、窓の向こうにも二人立っている。
「ロベルト、どういうこと。いつも会うときは、普通のレストランでしょう。はっきり話して」
いつもとはあまりにも違う状況にミリアは、少しきつい顔をしてカーライルに言った。
「ミリ、ア分かった。全て話す。アフロデーテさん。初めてお会いする方に申し訳ない。事情を話します」
一呼吸置くと
「自分は、アンドリュー星系航宙軍中将、第二艦隊司令官です。通常は第二軍事衛星に居てミリアと会う時だけ“オリオン”に降りてきています」
更に一呼吸置くと
「こちらは、チェスター・アーサー。アンドリュー星系航宙軍大将。アンドリュー星系航宙軍全軍の指揮を取る総司令官にして第一艦隊司令官です。父上は、軍事統括のアルフレッド・アーサー大将、祖父は、ウイリアム・アーサー軍事顧問です」
さすがにミリアも目が丸くなっていた。二人ともまだ三六歳だ。ミリアの常識からすれば、大尉か精々中佐がいいところだ。まったくの予想しない説明に頭の中が理解不能に陥っていた。
なにも言い出せないミリアに
「黙っていてごめん。仕事柄おっぴらに立場を言うわけにはいかなかったんだ。さっきミリアが、言っていた“見られているみたい”と言うのは、入り口と窓の外にいるセキュリティたちだよ」
まだ、何もいえないミリアを見てアーサーが、給仕に顔を向けると四人分の水を持ってきた。
窓の外を流れるさわやかな空気のように静かな時間が少し流れると、一人少し楽しそうな顔をして雰囲気を見ているアフロデーテは、自分をここに連れてきた友達の顔を見た。
下を向きながら水を飲んだミリアは、急に顔を起こすと涙を目元にしながら、いきなり
カーライルの頬をつねった。ミリアの行動に他の三人が唖然としたが、
「これで許してあげる」
というと急に笑顔になった。
カーライルは、会うといつも見せる大人なのか、子供なのか分からないミリアの行動に目元を緩ませて微笑むとそれを見ていたアーサーが、アフロデーテの方をチラッと見た。
アフロデーテもちょうどアーサーの方を見て、視線が合うと二人ともミリアとロベルトのしぐさについ微笑んだ。
アーサーの気持ちが緊張から少し和らいだのか、
「フィルモアさん、アフロデーテさん、何かお好きなものをオーダーしてください」
と言ったのをきっかけに話が始まった。
第一軍事衛星に戻る連絡艇の中でアーサーは、あの時の事を思い出していた。
「アーサーさん、あなたの“寄って立つ足元”に見えるものは何ですか」
アーサーにとって強烈な質問であった。生まれた時から進むべき道を決められ、期待に応える為に歩いてきたアーサーにとって自分にこのような問いかけをする人間は始めであった。答えられないままにただアフロデーテの瞳を見つめていたアーサーは、自分が答えを見つける前に口元に緩みを見つめた。
「この星系の運命を託された一門を肩に受けるものが、一個人の純粋な質問に答えられないのですか」
口には出さず暗にアーサーの無言を問い詰める目に自身の出自の意味を問い詰められているような気がした。
マリア・アフロデーテ・・・マクシミリアン・デリバリーのオーナーを父に持つが、マリアが、一三歳の時に離婚。母方に引き取られ、今は軍関係の物資の取引を行っているトレイディング・カンパニーに勤めている。気高く頭の回転が速い・・という印象だった。
しかし、このような問い掛けをするとは、さすがに面を食らった感じのアーサーであった。
“器に非ずか”自分自身のこれまでの事は、この女性の前では何も意味をなさない事を痛烈に感じ自身の言葉を見つけられないままに時間が過ぎていった。
アーサーが答えられないままにアフロデーテの瞳を見つめていると
「素直な方なのですね」
今までの問い掛けとはまったく別の笑顔を見せたアフロデーテは、ミリアの方にちょっと視線を傾けると“ふっ”と笑顔を見せた。
ミリアは、いつも見せるマリアの気高さにちょっと気を感じたが、ほんの少しマリアの目元が緩むのを感じ素直に心を振るわせた。
何も答えられないアーサーにアフロデーテは、答えられるような会話をゆっくりとし始めた。
ミリアが珍しがるほどにアフロデーテはアーサーに話しかけた。どちらかと言うと世間知らずのアーサーにアフロデーテが合わせた感じではあったが、アーサーは自身の未熟さと素直さを引き出してくれる目の前に居る女性に理屈ではない感情が、芽生える言葉では現せられない心の揺らぎを感じていた。
別れる時、立場柄早々に会えないが、次の軍務が終わったら、必ず連絡すると約束した。
他の男が話しかけても相手にもしない人が、自分から話をするなんて始めて見た構図らしく驚いたのはミリアであった。“感が合う”ということだろうミリアはそう納得し、しかし最後にはカーライルにも会う約束を取り付けて二人で帰って行った。
第一軍事衛星“ミラン”が、まだ小さい点にしか見えない壁に映る外の景色を見ながら心の狭間を感じていた。
“代表は、オフィーリア星系に表敬訪問すると行っていたが、ユニオンへの加盟を進めるつもりだ。それにより我星系のユニオン内での発言権を強固にしていくつもりだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか。行きすぎが反発を伴い、やがて望まぬ方向に進むのは歴史の語るところだ”壁に映る映像を見ながら、
“そうなれば益々祖父の望みが遠くなる。かといって自分が気に入ったとはいえ、知り合ったばかりの女性には失礼すぎる。仕方ないことか”
少しずつ大きくなる“ミラン”を見て、アーサーの心に芽生えた感情は、これから起こるであろう最悪の事に徐々にすり替わっていった。