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第三章 デスティニー

 第二次ミールワッツ星系戦でも勝利を収めたチェスターは、三六歳の若さで大将に昇進する運びとなった。父アルフレッドは、そのまま軍事統括として残り、新たに星系評議会は、チェスター・アーサーを四艦隊の総司令官に任命した。

そして既設の艦隊を第一艦隊としてアーサー自身が艦隊司令官となった。第二艦隊は、今まで主席参謀だった親友のロベルト・ラーカイル、第三艦隊はミハイル・マクギリアン中将が付いた。マクギリアンは、星系士官学校でアーサーの二年後輩であり沈着冷静な艦隊司令として有名であった。第四艦隊にはロング・マクドールド中将が着任した。

アーサーの活躍に寄り星系連合体「ユニオン」の中でも発言権を増すアンドリュー星系代表アヤコ・ヤマモト代表は、次期選挙で星系連合体代表の席を模索する動きを見せていた。

星系評議会は、アーサーに「ユニオン」同盟内のミールワッツ星系の開発優先権に基づき、ミールワッツの開発と鉱床の独占を命じた


第三章 デスティニー

(1)

 首都星“オリオン”星系軍本部ビル二五階にある軍事統括公室では、チェスター・アーサー中将の他に制服組側では、ウイリアム・アーサー軍事顧問、アルフレッド・アーサー軍事統括、ロベルト・カーライル少将、ミハイル・マクギリアン少将、ロング・マクドールド少将、ミハイル航宙軍准将、そして事務方からはアヤコ・ヤマモト星系評議会代表他九名の星系評議委員が集まっていた。

 全員が緊張した面持ちでこれから開かれる式典を待っている。大将付武官からパッド式の辞令が、軍事統括アルフレッド・アーサー大将に渡されると、ゆっくりとそして重々しく読み始めた。

「チェスター・アーサー中将、貴殿の第一次ミールワッツ星系戦、第二次ミールワッツ星系戦の目覚ましい成果により、我アンドリュー星系は、ミールワッツ星系の優先的鉱床探査権とその権益を優先的に享受できる権利を同盟星系の中で認めさせることが出来た。この功績によりチェスター・アーサー中将を大将に昇格すると共にアンドリュー星系四艦隊の総司令官に任命する。 WGC3046/10 アンドリュー星系軍軍事統括アルフレッド・アーサー、星系評議会代表アヤコ・ヤマモト」

読み終わると軍事統括アーサー大将は、辞令のパッドをチェスター・アーサーに渡すと共に自らの手で、息子の胸に航宙軍大将の徽章を付けた。

「おめでとうチェスター」

この言葉を皮切りに出席者から惜しみない拍手と

「おめでとう」の言葉が湧き出た。

「ありがとうございます」

うやうやしく頭を下げたチェスターは、そのままの姿勢でゆっくりと後ろに二歩下がり、体を起して自分の席に戻り座った。軍事統括は、自席に戻ると

「続けて艦隊司令官の発表を行う」

列席者のテーブルの前にあるスクリーンにその内容が示されると

「おーっ」という声が湧き出た。

「ロベルト・カーライル少将 中将に昇格。第二艦隊司令官に任ずる」

「ミハイル・マクギリアン少将 中将に昇格。第三艦隊司令官に任ずる」

「ロング・マクドールド少将 中将に昇格。第四艦隊司令官に任ずる」

 全員が三〇代の若者だ。通常少将以上は五〇代を過ぎてからなるが、最近の戦事で参加した士官クラスは昇格が早かった。しかし、列席者が驚いたのは、艦隊司令官全員が、チェスター・アーサーの星系軍士官学校同期か後輩だというところだ。列席者の驚きの声が鎮まるのを待ってヤマモト星系代表が、

 「今回の人事は星系代表部も認めるところです。我星系は、リギル星系とペルリオン星系とで同盟を結ぶことにより、後背の安全を確保していましたが、昨今の事情の変化で同盟の存続自体が難しくなってきました。もちろん代表部としては、同盟維持の為、努力をするつもりですが、予断は許されません。そこでチェスター・アーサー大将に総司令官として四個艦隊を掌握して頂き、これからの難事に対応していきたいと考えています」

 ヤマモトは、そこまで一気に言うと列席者の顔を見た。制服組はともかく、星系評議会の中には、今回の人事を必ずしも良く思わない人間もいる。列席者の中にもだ。そこで横やりを入れられない様に、航宙軍を一枚岩とする為、あえてチェスター・アーサーの声を届かせる事が出来る人事を行ったというのが、星系代表上層部の意向だろう。

 式典が終わり、事務方の列席者が退場するとアルフレッド・アーサー軍事統括は、息子に向かって

「チェスター、これからのお前の役割は一層重要になる。心して掛りなさい」

我が子に向ける目と軍事統括として航宙軍の重要な任に当る人間への目が入り混じった感情を表に出しながらアルフレッド・アーサーは言った。そして新たに艦隊司令官となったチェスターの横に座る三人の中将に向かって

「諸君への期待は大きい。アンドリュー星系が平和と秩序を維持しながら発展する為には、諸君たちによるところが大きい。総司令官を補佐し、アンドリュー星系の為に尽力を尽くしてくれ」

軍事統括の目が一同に向かうと全員が起立して「はっ」という声と共に航宙軍式敬礼をした。


 チェスター・アーサーは、式典が終わり、艦隊総司令官としての任も地上では特に出来る訳でもない事を理由に三人の新任艦隊司令官にアンドリュー星系四個艦隊の初回会議を軍事衛星“ミラン”で明後日に行う事を指示し、自分は久々に我が家への帰路についた。

 首都星と衛星軌道上に展開する軍事衛星と大きくことなる事の一つに移動手段がある。星系軍本部ビルを出ると軍事衛星ならば自走エアカーを交通管制システムを通して手配し、乗っていれば行きたい所まで勝手に運んでもらえる。

衛星上では、事故もなければ渋滞もない完全にコントロールされた交通網が整っている。エアカーの電磁誘導レーンから自動充電される自走エアカーは、メンテナンスでステーションに戻る以外は、全て管制下で自動的に動いている。

呼出せばいつでもどこでも利用可能な代物だ。しかし、首都星ではそうはいかない。燃料電池使用し、人間が運転する代物だ。もちろん主要幹線道路は自動走行になるが、一度幹線道路を外れれば人間が運転する。

アーサーを乗せた大将付武官の運転する公用車は、幹線道路から外れる出口一キロ手前で音声によるアナウンスがあると運転手である武官は、自動走行のセレクタをオフにすると、前方のダッシュボードからせりあがってくるハンドルを手に持った。

「大将閣下。幹線道路から外れます」

武官の声には返事をせず、後部座席に乗りながら目の前にある田園と遠くに映る山並みを見ていた。星系軍本部ビルから一五キロ。遠くはないが、街の喧騒からは十分離れている。そして、自然が生み出す空気と自転による自然の重力は、衛星上は味わえない気分だ。一時の気持ちよさに浸りながらこれから起こるであろう事をアーサーは、目の前に映していた。

「シェリル、チェスターにそろそろ食事ですと言ってきて」

母親の言葉に「はあい」と返事をするとアーサー家に受け継がれる切れ長の目に色白の肌をした女性は、二階にあるチェスターの部屋に走って行った。

「チェスター兄さん、そろそろ食事です」

 大将になろうが、全艦隊の総司令官になろうが、家に帰ればチェスターは、母親であるマーガレット・アーサーから見れば、愛しい我が子である。

まるで“部屋で遊んでいる子供を呼んで来なさい”という感覚で呼ばれたチェスターは“いくつになっても母親の前ではただの子供だな。まあ、当たり前か”自分の部屋で、艦隊の資料を整理している時、母親の使いで来た可愛い妹の顔を見ながら思った。

アーサー家特有の切れ長の目、色白で少し普通の女性より背の高い妹が階下に降り行った。昔ながら走っている。アーサーは含み笑いをすると机の上を片付けて少し経ってからダイニングに向かった。

 テーブルの自分の席に着くと祖父のウイリアム・アーサーと祖母、アルフレッド・アーサーが次々と入って来た。そして年の離れたチェスターの可愛い妹であるシェリル・アーサーは、母と一緒に夕食の準備をしている。

テーブルには、軍では絶対食べられない料理が所狭しと並んでいる。皿やスプーン等の食器や燭台には代々受け継がれるアーサー家の家紋がついている。物心ついた時から親しんでいる食器だ。

 名門アーサー家ともなれば執事でもいそうな雰囲気だが、外にいる警護の衛兵と昼間のみ来て庭の世話をする人以外は、全て昔からアーサーの人間だけが切り盛りしている。それは、質実を故とする軍人家系の気質ともとれるものだ。

 やがて準備が終わり、全員がテーブルの自分の席に着くと、祖父が既にデキャンティングしたワインが注がれているグラスの縁の部分を視線の高さまで上げて

「チェスター、まずはおめでとう。これからもがんばりなさい」

簡単な言葉と共に皆がそれぞれのグラスを手に持って「おめでとう」と言った。

マーガレットは自分の子供の成長に目元を緩ませるとワインをほんの少し口に付けた。家族皆で食事をするのは、一年数回あるかないかだ。チェスターは、ワイングラスをテーブルに戻すとスープを手始めに食べはじめた。久々の母親の手料理に“やはり、軍の食事とは違う”と満足そうな顔をして食べていると

「ところでチェスター、そろそろ嫁を貰ったらどうだ。お前ももう三〇もとうに超えただろう」

祖父からのいきなりの言葉に喉を過ぎようとした食事が突然止まり、危うくむせるところを何とか抑えて、

「いきなり何を言うのですか。私にはそんな時間はありません。全艦隊を統率する身として、今まで以上に働く必要があります」

祖父のウイリアムが、孫が大将になったことを機に次の跡目を作らせようとする魂胆は丸見えであることが解っているチェスターは、大切な家族との折角の食事に水を差さない様、気を付けて返事をした。

 妹のシェリルがアーサーに顔を向けて微笑みながら果物を口に運んでいる。興味津々でそば耳を立てているのが見え見えだ。

「しかし、アーサー家の跡継ぎとして身を固めても良い年ではないか」

祖父の言葉はその通りだと思うが、妻は自分で選びたいと思っているチェスターは、親からの勧めに乗る気はなかった。少しの間、祖父と孫との会話が続いた後、

「父上、お気持ちは解りますが、チェスターにもう少しまかせてはどうでしょか」

 父のアルフレッドは、自分自身、今の妻が親からの勧めであったことに子供は自由にさせたいという気持ちがあった。もちろん妻のマーガレットには何の不満も無い。ちらっと妻の方に目をやると男たちの話には興味ないという風に娘のシェリルと小声で話をしていた。

 やがて食事も終わり祖父夫妻も部屋に戻るとアルフレッドは、チェスターをリビングに呼んだ。

 アルフレッドは、カウンターバーから二人分のブランデーグラスを用意すると古典的な柔らかい琥珀色の液体を注いだ。

ソファに座るチェスターに片方の手に持ったブランデーグラスを渡すと自分は、ゆっくりと軽く回し、香りを嗅ぐようにした後、ゆっくりと口に含みその芳香を楽しんでいるかのようであった。チェスターは、父の視線に何か話があると感じグラスには手を付けず、言葉を待った。

「チェスター。ヤマモト代表は、“ユニオン”の代表の座を狙っている。リギル星系は、二回のミールワッツ星系攻防戦で疲弊し、自星系を立て直すのに躍起だ。星系情報部の話によるとリギル星系のハインケル代表の立場は厳しいものになっているらしい。ペルリオン星系は今回の派遣で大失態を犯した。ランドル星系代表は失脚し、アイゼル中将は罷免されたそうだ。その隙を狙ってヤマモト代表は同盟“ユニオン”の代表に着こうという考えだ」

一息おいて、ブランデーを再度、口に含みゆっくりと味わうと続けて

「アンドリュー星系の立場として自星系の代表が同盟の代表に着くのは、利益あるところだが、リギルもペルリオンも快くは思わないだろう。状況が悪い。ヤマモト代表も言っていたが、下手をすれば同盟が解消になる。そうすれば、後背に対しても目を光らせなければならない。今回の艦隊編成はそれを視野に入れてのことだ。いずれお前に星系評議会からミールワッツ星系の鉱床探査の命令が出るだろう。しかしそれは、同盟が最悪の状況を迎える前に終わらせておかなければならない。解るな」

「ミールワッツ星系の恒常的な資源開発と権益の取得ですね」

「そうだ。そうなればますますお前は忙しくなる。父のウイリアムが、嫁を取れと言ったのはそこまで見越してのことだ」

チェスターは、手に持ったブランデーグラスを軽くゆすりながらまろやかな色の中に、アンドリュー星系軍全艦隊総司令官としての自身の立場と最後に残っているはずの個人の自由とが絡み合いながら川の流れに逆らえず流れていく様が映し出されている様な気がした。


 翌日ゆっくりと目覚めると既に祖父と父は出かけたという。妹も出かけていて、独りで遅い朝食を取ったチェスターは母親に挨拶をして、この次はいつ戻れるかも解らない我が家を後にした。

 家の門・・と言っても玄関から一〇〇メートルはある・・・に出ると既に大将付武官が公用車のドアを開けて待っていた。門にいる衛兵は起立の姿勢で敬礼している。

「おはようございます。大将閣下」

という言葉に一瞬戸惑いを覚えたが、

「ご苦労様」

と言って公用車の後部座席に乗り込んだ。

 首都星“オリオン”から第一軍事衛星“ミラン”までの移動手段は、中央宙港から出るシャトルだが、チェスターは、公的には民間人ではない為、軍用のシャトルで移動する。

中央空港の軍用基地の入口に着くと衛兵が寄って来たが、チェスターの徽章を見て、すぐに敬礼し、ゲートを開けた。高さ二メートル、厚さ八〇センチの特殊合金の扉だ。二〇ミリ携帯レールキャノンでも破壊できない代物だ。

 ゲートを過ぎると中央宙港の建物が見えてきた。宙港の三階に行くとシャトルの待合室があるが、そこは下士官以下が利用するフロアだ。上級士官以上のシャトルは四階以上で、将官以上のシャトルは、六階のフロアから出る。

 チェスターは、武官に付き添われ、将官専用エレベータで六階まで行くと休憩も取らずに直接シャトルの入口に向かった。


年が明けたWGC3047、01/15 

チェスター・アーサーは、将官以上を第一軍事衛星“ミラン”の自分のオフィスに呼出した。本来ならば首都星“オリオン”の星系軍本部ビルで行うのが常だが、既にアンドリュー星系航宙軍四個艦隊をまとめる総司令官として、具体的な作戦を説明するのにわざわざ首都星に降りている訳にはいかない。

これから行う作戦についても軍事統括や星系代表部には、説明済みであることを考えれば、自分のオフィスに集めるのが妥当と考えた。いずれ正式なオフィスを持つにしても今は、これでいいと思っている。

「これから、我軍の作戦行動について説明する」

一言言うとアーサーは、集まった将官の顔を見た。

「皆も知っている通り、近隣星系の動きが活発になっている。第二次ミールワッツ攻防戦以降、近隣星系の軍事、経済バランスが崩れ同盟を維持するのに難しい状況だ。すぐには何も起こらないだろうが、用心するに越したことはない。そこで各星系の跳躍点方面の警戒を強化する。これは既に航宙軍本部、星系代表部の指示でもある」

少し崩した感じで言うと一呼吸置いて

「ロベルト・カーライル中将は、第二艦隊を率いてリギル星系跳躍点方面の警戒に当ってくれ。表向きは、宙賊の取り締まりだ」

「ミハイル・マクギリアン中将は、第三艦隊を率いてペルリオン星系跳躍点方面の警戒に当ってくれ。これも表向きは宙賊の取り締まりだ」

「ロング・マクドールド中将は、予備艦隊としてアンドリュー星系内に留まり星系内の警護に当ってくれ。オフィーリア星系方面は問題ないと思うが、常に一分艦隊を交代で配置し警戒に当ってくれ。但しあくまでも宙賊の取り締まりだ。良い関係は崩したくないが、油断は禁物だ」

「私は、第一艦隊を率いて、ミールワッツ星系の鉱床探査を行う。詳細な行動計画については、今渡している指示パッドの中に全て入っている」

「作戦発動は、EGC3047、01/20、00:00。諸君の検討を祈る」

一通り指示を出すともう一度将官の顔を見た。中将以下各艦隊の少将以上が集まっている。

全員が、かかとを合わせアンドリュー星系軍式敬礼を行っている。

アーサーは切れ長の目をしっかり開け、“期待しているぞ”という顔で答礼した。

アーサーが答礼を解くと他の将官も敬礼を止め、オフィスを後にした。ロベルト・カーライルは、他の将官が出て行ったのを見計らって、アーサーに

「チェスター、お前一人で大丈夫か。ミルファクは、頭に完全に血が上っている状態だぞ。お前が鉱床探査中に数を頼りに襲ってきたらどうするんだ」

「心配性だな、ロベルトは。情報部から得た情報によると、ミルファク星系では、好戦派が後退し、穏健派が主流になったそうだ。ミルファク星系も戦いたいやつばかりではないだろう。それに」

少し声を落とすと

「どうやら、リシテア星系から難題を付けられているらしい。今はミールワッツどころではないだろう。一応万全の準備はしていくつもりだ」

「そうか」

と言って少し言葉を切るとラーカイルは、

「ところで、例の件はどうなっている」

それを聞いたアーサーは、顔を少し赤くして

「また、帰ってからになってしまったよ。あまり進んでいない」

カーライルは、親友の少し赤らんだ顔を見ると“人には不得手と言うものがあるんだな”と感心していた。それを見透かしたようにアーサーが

「お前の方こそどうなんだ」

と言うとカーライルは、

「まあな」

と軽く受け流してまんざらでもない顔に何か言いたそうになったアーサーに

「では、大将閣下。第二軍事衛星に戻ります」

と言って取りつくろうとしたアーサーを振り切ってオフィスを出てしまった。

二人きりになれば、幼い時代からの親友が、少しだけ自分より先に行かれた感じがした。しかしそれよりも、カーライルが第一艦隊にいた頃は常に自分と行動を共にした時代が、少し懐かしくなり、ちょっとだけ心にさみしさを感じていた。


(2)

リギル星系、WGC3046,07/06

星系評議会代表クロイツ・ハインケルと星系連合体“ユニオン”議長タミル・ファイツアーそして軍事統括ユアン・ファイツアー大将は、第三惑星首都星“ムリファン”の衛星周回軌道上五〇〇キロに位置するノースサウス衛星の星系評議会ビルのオフィスでミルファク星系軍がミールワッツ星系攻略の為に派遣して来た艦隊を討つべく派遣した二個艦隊の司令官デリル・シャイン中将とヤン・マーブル中将を待っていた。

「両提督がご到着しました」

セクレタリをしている次官の言葉に三人はドアに顔を向けるとシャイン中将とマーブル中将が入ってきて

「ただ今帰還しました」

そう言って二人は敬礼をした。ファイツアー大将が答礼をするとハインケル代表とファイツアー議長が口々に「ご苦労でした」といい、握手を求めた。

それを機に敬礼を止め、握手をすると二人は、ファイツアー軍事統括が進めるシートに腰を下ろした。

「良くやってくれた。これでミルファク星系も少しは懲りただろう。当面ミールワッツ星系まで出てくることはあるまい」

一呼吸置くと

「三個艦隊の正面きっての戦闘の割には、被害が少なかったようだが、ミルファク星系軍が弱かったのか、それとも両提督が強すぎたのかな」

冗談とも受け取れる言い回しをしたファイツアー軍事統括は、セクレタリに目配せすると五人が座るシートの前にあるテーブルの中央から3Dの映像が浮かび上がり部屋の中が少し暗くなった。

「軍事統括、我々も善戦しましたが、決してミルファク星系軍が弱かったという訳では有りません。これをご覧ください」

“第二次ミールワッツ星系防衛戦”リギル星系側の呼び名が映し出されてくる。この映像は、哨戒艦が戦域に展開し戦闘映像を収集すると共に各艦が戦闘中に取得した映像とを合成して作り上げたものだ。

 始め三個艦隊同士が接近し始める。アンドリュー星系軍が早めの中距離ミサイルを発射するまでは、特に想定の範囲の映像だったが、その後から、戦闘に参加しなかった三人の口から感嘆の声が漏れ始める。

「おうっ」

「これは」

アンドリュー星系軍がミルファク星系軍左翼の一〇時方向に進行しながらメガ粒子砲を放つ映像が映し出された。更にミルファク星系軍がアンドリュー星系軍の後ろに回り切ったと思った瞬間、アンドリュー星系軍が後方の砲塔からメガ粒子砲を放った。

次第に声も出せずに映像を見つめている三人にシャイン中将が

「アンドリュー星系軍は我軍が技術供与したシャルンホルスト級航宙戦艦とテルマー級航宙巡航戦艦の主砲を改造して前後左右どちらにも攻撃できる戦闘艦を開発したようです。これによりアンドリュー、リギル星系軍は圧倒的に優位となり一挙に戦闘が展開しました。 まともだったのはミルファク星系軍右翼を守る艦隊が冷静に戦場を見ており、常に自軍の危機に対して機転を利かせて退避させたというところです。もしこの艦隊の司令官がいなければミルファク星系軍は、一隻も自星系へ帰還する事は出来なかったでしょう」

そこまで言うとシャイン中将は言葉を切り、映像に夢中になっている三人を見た。

「今回の戦闘に参加したミルファク星系軍の司令官は既に調べてある。その司令官は、カルビン・コーレッジ中将、常に先陣を切りながら冷静な判断をする男らしい」

そう言ってファイツアー軍事統括が顔を映像から離した。

「アンドリュー星系は、資源も少なく、軍事力いや軍事的開発力が弱い星系と考えていたが、見直す必要がありそうだ。それに今回はリギル星系を通過して行かなかったが、アンドリュー星系軍はミールワッツにどうやって現れたのかね」

ハインケル代表の言葉に

「アンドリュー星系軍は、ミールワッツ星系の我星系跳躍点より右へ四光時離れた方角から進宙していました。我星系軍の方が到着するのが遅かった為、どこから現れたのか確認しておりません。アンドリュー星系は自星系から直接ミールワッツへ行く跳躍点を発見したのかもしれません。我星系に秘密にしていたのでしょう」

シャイン中将の言葉に他の三人は言葉を失っていた。少しの沈黙の後、ファイツアー軍事統括は、

「我星系軍も次の戦闘艦の開発を速めなければなりませんな」

そう言うとハインケル代表が、

「理屈は解るが、今回は被害が少なかったとはいえ、過去二回の戦闘では多大な損害を出している」

この言葉にシャインは眉をひそめたが、ハインケル代表はそれには構わず

「被害を受けた戦闘艦の修復、補給物資の調達、戦死者の遺族に対する保障等の金銭面の負担の他、新任の配置、習熟訓練などすぐには終わらない事が山積みだ。新しい戦闘艦が必要なのは今回の戦いでも理解できたが、すぐに予算を回すことは出来ない」

言い終わると、ハインケルは、シャイン中将、マーブル中将、ファイツアー軍事統括の顔を順番に見た。続けてハインケル代表は

「アンドリュー星系は、星系連合体“ユニオン”の加盟星系だ。新型艦が出てきたとはいえ、すぐにそれに対抗する艦を作らなければならないということはない。むしろ今後一層の友好関係を築くよう努めるのが我々の役目だ」

といってファイツアー議長の顔を見た。

ファイツアーは軽く頷くとファイツアー軍事統括に“理解してくれ”と目配せをした。ファイツアー軍事統括は、

「ミルファク星系がまた懲りずにやってこない限り、今回の様な大規模な戦闘は起きないだろう。それに情報では、ミルファク星系ではミールワッツどころではないらしい問題が上がっていると情報部から聞いている。両提督とも、部下に休養を取らせ、艦隊の整備に励んでくれ」

そう言って両提督に新型艦の開発は遅れる事を理解するよう伝えた。今まで黙っていたファイツアー議長が、

「ところで両提督に知らせておきたいことがある。アンドリュー星系がミールワッツ星系の資源獲得の為、全ての資源権益を譲る様、我星系とぺルリオン星系に”ユニオン”を通して言って来た。あのアヤコ・ヤマモト代表だ。実質的には自治領有権に等しい。今回の勝利は我星系の寄与するところが大きいという理由でな」

言葉を切ると二人はあきれ顔になったが、

「元々はペルリオン星系が発見した星系だが、かの星系は、今はそんなことにかまっていられる状況ではないらしい。第二次ミールワッツ防衛戦の派遣条件でもある為、我星系としてもやむなくそれを了承した。ミールワッツ星系は一五年もの間放っておいた星系だ。ミルファク星系では困るが、アンドリュー星系では、問題ないだろう。それに星系自体が小さい。大した資源量ではないだろうという事で認めた次第だ」

そこまで言うと今度は全員の顔を見た。シャインやマーブルは、実際に戦場にいて戦った人間としては、納得いかないという表情をしたが、反論しても仕方ないことだと諦めた。

その後、撤収時に捉えた回収したポッド、ミルファク星系軍人の対応等が話されてそれから一時間後に報告を含む第二次ミールワッツ防衛戦の事後会議は終了した。


会議が終了するとシャイン中将とマーブル中将は、会議が行われた星系評議会オフィスのあるフロアからエレベータで一階に降りると、待合室で待っていたヤン・マーブル中将の長男で有りシャイン中将の中将付武官であるメグ・マーブル中尉が出てきた。

「お疲れ様でした。中将」

と言ってシャインの顔を見た。マーブル中尉は隣に立っている父の顔を見たが、マーブル中将は元気そうな我が子をちらりと見ると表情を変えずにシャインと分かれた。

「マーブル中将は冷静で淡々とした用兵を行うが、身内にも厳しいようだな」

と言って次官の顔を見ると

「いつものことです。家に帰ってもあまり口もききません」

そう言ってマーブル中尉は自分の父親の後ろ姿を少し寂しげに見送った。

「しかし、マーブル中将は、今回取れる休暇で自宅に帰れるのではないか。中尉にも休暇が取れるぞ。今回の戦いに参加した者に対するご褒美だ」

「提督。自分は参加していませんが」

「私が休暇を取るのだから、次官としての仕事もないだろう。休んで構わないぞ」

「ありがとうございます」

そう言うとマーブルは、“しかし、実家のある惑星“ハタル”まで帰る気はないし、星系軍同期の奴を誘ってみるか“などと頭の中で考えていると

「中尉、私は、第二軍事衛星の自分のオフィスに帰る。帰りの連絡艇を用意してくれ」

そう言ってマーブルの顔を見た。


ノースサウス衛星と第二軍事衛星との間の移動時間は四五分。首都星“ムリファン”の自転に合わせ各衛星は静止衛星として位置している。静止衛星と言っても止まっている訳ではない。首都星の自転速度に合わせて衛星軌道上を周回している。

首都星から見れば静止しているように見えるだけである。連絡艇はノースサウス衛星を出港後、第二軍事衛星方面に一〇〇キロ程軌道上より少し高い所を航宙し、連絡艇を進行方向とは逆にしてメインエンジンを吹かせながら減速して第二軍事衛星が近づくのを待って更に速度を落とし衛星軌道上に遷移し、第二軍事衛星宙港センターに帰港するという訳だ。衛星間は指定航路が引かれておりほとんどが自動で行っている。パイロットがいるのは、出港と帰港及び緊急時対応の為の要員と言う訳だ。

シャインは、連絡艇の中で今後の事を考えていた。“アンドリュー星系は今後益々軍事力を増強するはずだ。外見、二個艦隊にしているが、いつまでもそうではないだろう。しかしどうする。今のリギル星系は、ぼろぼろだ。先の遭遇戦、第一回ミールワッツ攻防戦での損害も回復しないままに今回の戦闘だ。遭遇戦前の戦力と経済力に戻すのはそうたやすい事ではない。しかし、このままではアンドリューの意のままだ。ファイツアー議長は、ああ言ったが、いつ同盟が解消してもおかしくない状況になっている。ここは彼の手腕に期待するとしても軍事力だけは何とかしなければ”考えがまとまらないまま連絡艇は第二軍事衛星第一層宙港に入って行った。


第二軍事衛星の自分のオフィスに戻ったシャインは、翌日艦隊の修復と補給の手続きを行うべくグラドウ主席参謀と再二艦隊資材担当官エミール・ラッゼ大尉を呼んでスクリーンパネルに映る自艦隊の損害状況を見ていた。

第二艦隊総出撃艦艇数六四八隻 被害艦の内訳は

シャルンホルスト級航宙戦艦四〇隻中 中破一隻 小破五隻

テルマー級航宙巡洋戦艦四〇隻中   中破一隻 小破六隻  

ロックウッド級航宙重巡洋艦六四隻中 中破三隻 小破四隻

ハインリヒ級航宙軽巡洋艦六四隻中  中破五隻 小破五隻

ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻中  中破一〇隻 小破六隻

ビーンズ級哨戒艦一九二隻中     小破二隻

ライト級高速補給艦二四隻      被害なし

エリザベート級航宙母艦(戦闘空母)三二隻中 中破一隻 小破三隻

ミレニアン戦闘機五一二〇機中    中破八〇機 小破二四機


「思ったより被害が少なかった。これならば修復の時間も掛らないだろう。どうだラッゼ大尉」

「はい。この程度ならば、第二軍事衛星内のドックで修理可能です。二ヶ月あれば終わります。修理資材については、艦制本部の資材部から必要量を早く申請するよう連絡が入っています。資材部長は、もっと損害を多く見積もっていたようで手配した資材を積んだ輸送艦が外で待っているから倉庫から早く持って行ってくれと半分冗談の様な事を言っていました」

少し笑った顔で言う大尉にシャインは、表情を変えずに

「そうか。それでは直ぐに掛かってくれ」

とだけ答えた。


メグ・マーブルは、シャイン中将のオフィスで艦隊の修理の手続きも全て終了した翌々日、星系軍士官学校時代の友人と会う約束をしていた。

久しぶりの休暇である。星系士官学校を卒業以来、シャイン中将付武官となってからは忙しい毎日であった。同期の仲間は、航宙軍に配属された者、艦制本部に配属された者、陸戦部隊に配属された者、中には士官学校卒業後二年に任官を終えて民間会社に入った者など色々いる。

その中で、士官学校からの知り合いである、アデリーナ・フランチェスカと合う事にしていた。フランチェスカは、軍人家庭に育った訳ではない。少し男勝りな性格と女性には珍しくミレニアンに乗りたいという思いがあり、“女の子が戦闘機なんてとんでもない”という両親を説得して士官学校に入った。

今は、ヤン・マーブル中将配下の第一艦隊のミレニアン乗りとなっていた。先の戦闘“第二回ミールワッツ攻防戦”でも戦闘に参加している。

 フランチェスカは、第一艦隊の基地となっている第一軍事衛星に自分の官舎がある。マーブルが連絡をした時、

「第二軍事衛星まで行く」

と言ったので、“それは悪い”と言うと

“たまには他の艦体の基地も見たい”ということになって、結局マーブルが押し切られた形になった。

第二軍事衛星の第三層には軍事衛星間をシャトルする連絡艇と民間人が乗る連絡艇を入港させるゲートの両方がある。移動は軍人としてのほうが簡単だが、移動先や会う人間、目的などの面倒な手続きをしなくてはいけない為、せっかくの休みなので民間の連絡艇を使う事にした。

 マーブルは、民間艇の出入りするドックの手前にあるコーヒーショップでフランチェスカの乗ったシャトルが来るのを待っていた。カウンターの上には、シャトルの到着時刻がディスプレイされている。

第一〇八連絡艇“胡蝶蘭”が入港するまで後一〇分。“アライブ-オンスケジュール”の表示に目をやったマーブルは、テーブルのチェックプレートにクレカをタッチすると“ペイド”の表示変わったのを見て席を立った。

ドックヤードには入れない。自走エアカーのレーンを高架にしている道路を渡って待合室に入っていくと多くの人でいっぱいだった。

“そうか、久々の休日だが、今日は一般の人も休みの日なんだ”世間ずれした感覚で待合室のドック側にある掲示板が“第一〇八連絡艇アライブド”の表示に変わると久々にあう友人を楽しみにしていた自分に気がついた。

“そういえば、いつだったけかな、前にあったのは”と考えているとドックから来るゲートに人が降りてきた。“久々に合うので覚えているかな”などとこれまた思い出せない自分に困惑しながらゲートを見ていると

身長一七七センチ、ブロンドの長い髪の毛にやや大きめのはっきりしたエメラルド色の目とやや控えめの赤い口紅、少し細いがしっかりした体格に白のワンピースに淡いピンクのヒール。どう見ても一八〇センチを越えている見える姿は人目を引くものがあった。

 その女性は、ゲートの外側で待っている同じくらいの身長、青みがかった髪の毛に黒い瞳の男を見つけるといきなり駆け出してだ。

物思いにふけっていた男にいきなり「久しぶりー」と声を出して抱きついた。

迎えに来た人もゲートから出てきた人も唖然として見ていると

「解った。解ったから手を解いてくれ」

と言って何とか離れた女性に

「相変わらずだな、アデリーナは」と言うと

「だってメグに合いたくて昨日の夜なんかあまり眠れなかったんだから。もう三ヶ月ぶりよ」

と言っても一度抱きついた。

「周りの人が見ているから、ちょっとー」と言うとしぶしぶ離れ、周りで呆れている人を見るとやっと見物人が動き始めた。

「すごーい。俺だったら骨折れそう」とか

「俺もされて見たい」とか

「人前ではしたないわね」

などなど好き勝手に言われていたが、やがて落ち着くとマーブルはフランチェスカを連れて待合室を出た。

エアカーのレーンの高架を渡りコーヒーショップ側の通路に行くと高架の下にあるエアカーの引き込みレーンに行った。停まっているエアカーにライセンスをかざすと自動的にドアが開いた。マーブルは、先にフランチェスカをエアカーに入れると自分は、隣のシートに座った。

「どこに行くの」

「衛星の上にあるレストラン“パークサイド”だよ。景色がとても綺麗なんだ。もちろん食事も出来るし」

そう言ってマーブルはエアカーを始動させた。

 ほんの少しだけ浮くとスーッと前に走り出した。交通管制システムのおかげで渋滞や事故はないが、速度は三〇キロに抑えられている為、急いでいる時などは少し我慢を強いられる。しかし、この二人の場合は、そのゆっくりさが大切な時間になっている。

第三層から第一層まで急いでいる場合は、エレベータという手もあるが、マーブルはゆっくりと各層を走りながら上がっていくルートを選んだ。

エアカーは、各層をジグザクに縫って行くレーンに乗ると徐々に上がっていった。今いた宙港が段々小さくなっていき、第三層の遠くが見えてくる。と言っても半径四キロある衛星だ。ほとんど端の方は手前の建物で見えない。しかし抜群に景色はいい。

「すてき。綺麗だわ」

「第一軍事衛星と同じじゃないのか」

「大きさは同じでも建物の形や大きさが違うわ。やはり新鮮よ」

 軍事衛星は外側から二キロは、宙港だが、それから内側二キロが居住区、商用区、資材区になっている。居住区、商用区は、軍関係官舎以外は、高さ以外は自由な為、カラフルなビルや形状の違うビルが並んでいる。

エアカーは、第三層から第二層を抜け、第一層まで上がってきた。第一層から上層部へは、らせん状のレーンを上がって行く。上がって行くにつれ第一層の全体が見え始めるとフランチェスカは、

「素敵、すばらしいわ。メグ、私やっぱり来て良かった」

大きな目を“クリッ”とさせながら外の景色を見つつ無邪気に喜ぶ姿を見ているとマーブルも心が温かくなっていくのを感じた。

やがて、エアカーが上層部の入り口に着くと、ここからは全て歩きになる。自然の景観を壊さないようにと、有るのは遊歩道だけだ。

エアカーを降りて、二人はレストラン“パークサイド”まで真直ぐに続く白い歩道を歩き始めるとフランチェスカは、いきなりマーブルの手を取って握った。マーブルは、顔を赤くして

「恥ずかしいよ」と言うと

「構わないわ。私知っている人いないし」

「僕は・・」

と言いかけると

「メグは私と手をつなぐのが嫌なの。久しぶりに会えたのに」

足を止めて真剣なまなざしで見るみるアデリーナの顔見ると“解ったよ”というつもりでしっかりと握り返した。

少し微笑んだアデリーナは、メグの手をやや引くようにして“パークサイド”への道を歩いていった。


・・第一軍事衛星の最上部あるレク施設“パークサイド”

 一〇階建ての円形の建物である。外壁は周りとの調和を重んじて薄い茶色地味な色だが、中は、すばらしい。大きな玄関から入ると三階まで吹き抜けのエントランス。二階と三階がショップと喫茶があり、四階から七階が宿泊施設になっている。

八階と九階が各種のバー、ラウンジ、レストランが入っており、同一階で取れる食物の他、首都星“オリオン”や他星系から運ばれた食材で“パークサイド”に来た人たちのお腹を満たしてくれる。

一〇階は、最上部を制御する管制階になっている。

その九階の見晴らしの良いバーにメグとアデリーナはキャンドルをはさんで向かい合って座っていた。

真っ白なテーブルクロスの中央に置いてあるキャンドルが炎をゆっくりと揺らがせながら二人の顔を照らしていた。キャンドルの向こうに光るエメラルドの目の中にキャンドルの炎が映っていた。

アデリーナは、頬をほんのりピンクに染めながら反対側に座る相手の顔に視点を動かさず見ていると、その口元から

「綺麗だよ」

と人には聞こえないけどアデリーナにはしっかりと聞こえる声でつぶやいた。

 アデリーナは、ピンク色に染まった頬を少し上げ、目元を緩ませながら口元で「・・」とつぶやいた。メグは耳では聞こえなかったが、ワインで少しぬれている口元が“好き”と言うのを読み取った。

アデリーナから漂うほのかな香にメグは、なんとも言えない気持ちで相手の顔から少し視線を落とすと透き通るほど綺麗な喉元から胸元に胸の奥が詰まるのを感じていた。

「アデリーナ」

自然と出た言葉にすっとテーブルに手を這わすとメグの手を待っていたかのように自分の手を伸ばす。やがてゆっくりとメグの手に触れた。そしてすっとその手を自分の頬に持ってくるとゆっくりとメグの手に優しく寄りかかるように頬を傾けた。

 唇がゆっくりと動き今度ははっきりと聞こえる声で「好き」と言った。


マーブルとフランチェスカが二人きりの甘い時間を楽しんでいる頃、デリル・シャインは、軍事統括ファイツアー大将のところへ来ていた。

「ファイツアー大将、新型艦の建造は何としてでも通してください。我星系は、今岐路に立たされています。このままでは同盟星系内での軍事的優位がなくなります。今まで同盟星系内で優位に立てたのは、ペルリオン星系はもとよりアンドリュー星系に対しても軍事的優位さがあったところが大きいのです。二回の戦闘でアンドリュー星系の軍事力を見た以上、何としてでもシャルンホルスト級航宙戦艦とテルマー級航宙巡航戦艦を新型にしないとなりません」

一息ついたシャインは、

「ファイツアー議長とハインケル代表に何としてでも新型艦の開発を薦めるよう進言してください。お願いします」

と言って頭を下げた。

「解っている。シャイン中将が強く言うのも理解できる。しかし、ハインケル代表の言うのももっともだ。我星系はいま非常に厳しい状況にある。無理に事を押せば、いらぬ反発も呼ぶかもしれない」

そこまで言って口をつむぐと少し考え込む様な顔をした。シャインは、顔をそらさずに軍事統括の顔を見ながら思考していると

「再度、ハインケル代表に言ってみよう」

そう言ってシャインの顔を見た。


(3)

リギル星系、WGC3047,02/01

 「総司令官、後一〇分で跳躍空間をでます」

アンドリュー星系からミールワッツ星系への跳躍は八日間と長い。通常長くて五日間であることを考えれば体への負担も軽くは無かった。アーサーは、体のけだるさを少し感じながら第一艦隊旗艦“ヒマリア”の司令官席に座っていた。

 WGC3047、01/20

第一軍事衛星”ミラン”を出航してから一一日目だ。

「跳躍空間でます」

航法管制官の声と同時に多元スペクトルスコープビジョンは、ミールワッツ星系の姿を次々と映し出していった。この星系に来るのはこれで三回目である。第一次、“第二次ミールワッツ防衛戦”で来て以来だ。ミールワッツ恒星は、今までのことが無かったかのように光り輝いている。

 ただ、依然と少し違うのはこれから行く第二、第三惑星の少し離れた軌道上に漂うように艦の残骸が残っている。正確には、宇宙に飛び出すことも恒星引っ張られる事もそして惑星の重力に引かれる事も無くその中間で物理法則に則って無意味な姿を曝け出している。

 アーサーは、その映像がスコープビジョンに映し出されてくるとまるで戦いで死んでいった兵士や艦が

「お前たちが来るのを待っていたぞ」というように手招きしている恐ろしさを覚えた。

 人類が宇宙に進出して既に二五〇〇年以上が経っているこの時代に何も根拠が無いことだが、戦いの後の空間に来るのはあまり気持ちが良いものでは無いと感じた。

アーサーは、自分の気持ちを奮い立たせる様にコムを口元にして

「全艦隊に告ぐ。こちら総司令官アーサー大将だ。標準航宙隊形のまま第二惑星まで進む。第二惑星の三〇光分手前で鉱床探査の詳細な指示を出す。以上だ」

コムを口元から離し、広大な宇宙空間に目をやりながらシートを少しリクライニングにした。

 主席参謀マクシミリアン・ヘンドル大佐は、スコープビジョンに映る映像に同じ思いを抱いていた。

 休憩に立ったヘンドル主席参謀は、司令フロアから二つエレベータで降りると左側に折れて上級士官用休憩室でコーヒーを貰い自室で休息を取ろうとしたが、先ほどの嫌な映像のまま自室に戻るのが嫌になった為、あえて下級士官が集まる食堂に行った。

食堂では、交代の休憩時間なのだろう兵士たちが居たが、ヘンドルの顔を見るなりいきなり立ち上がって敬礼をした。ヘンドルは左手を肩まで軽く上げ“気にするな”という表情を作りコーヒーサーバがある壁に向って歩いていると先ほど敬礼をした兵士たちの話が聞こえた。

「なあ、知っているか。宇宙で死んだ者は、魂がどこにも行くところが無く、ずっとそこにさまよい続けるのだと」

「本当かよ、それ。だって俺たちがこれから行くところは、先に二回の防衛戦で多くの敵味方将兵が死んだ宙域だぞ」

「嫌だな。こんなとこの資源なんか手をつけないで別の星系に行けばいいのに」

「しかしよ、味方ならまだしも、敵兵がいきなり、後ろに立ってスーっと手を伸ばして攻撃ボタンなんか押したら・・・もう恐ろしく居られないぞ」

後ろから近づく人の気配に気がつかず、あらぬ話をしていた兵たちは、

「おい」と声を変えられた瞬間、

「うわーっ」と大声を出して椅子からひっくり返った。

一人はコーヒーをひざの上にこぼし、一人は、飲んでいる最中の液体を口から吹き出し、そしてもう一人は、椅子から転げ落ちた。休憩中の他の兵士たちも何事かと振り向くと主席参謀が、呆れた顔で三人を見ていた。

「どうした」と言うと

「いや、いや、・・」

「いきなりで驚いたもので」

言葉に取り付く暇も無く驚く三人に

「戦闘で死んだ人たちの霊が怖いのか」と聞くと

「ヘンドル大佐は怖くないのですか」と一人が返した。

「今のご時世に、という感もあるが、人の魂は安らかにしていてもらわなければならない。お前たちも怖がって居ないで敵味方関係無しに戦闘で無くなった兵たちの鎮魂をするのが良いのではないか。そうすればいきなり攻撃ボタンは押さんだろう」

そう言って少し微笑んだ。

 三人の兵は何か言いたそうな顔をしたが、何も言わず主席参謀に敬礼だけをして立ち去った。

 ヘンドルは、その姿を見ながら、食堂に居る全員がこちらを向いているのを見て何も言わず自室に戻った。

自室でヘンドルはコーヒーを飲みながら少し考えた後、今の状況なら問題ないだろうと思い司令フロアに戻った。

副参謀のハロルド・ハーランド副参謀が、休息時間が短すぎるなと怪訝な顔をすると主席参謀は司令フロアのドアから直接アーサー総司令のシートに向った。

ヘンドルは敬礼をしながら

「総司令官、具申したいことがあります」

そう言うとアーサーは、

「なんだ」

と声を出し、今後の作戦は全て事前に話してある主席参謀の顔を見て“何か不合な点でもあったのか”という顔をした。


三日間の航宙の後、第二惑星まで後三〇光分と近づいた時、コムを口元にして

「全艦の全将兵に告ぐ。こちら第一艦隊総司令官アーサー大将だ。今から三〇分後、最低の運行要員を残し、他全将兵は、ミールワッツ星系遭遇戦、第一次、第二次ミールワッツ防衛戦にてこの宙域に散った敵味方の全将兵の英霊に対して“儀仗”を行う。以上だ」

続いてアーサーは、惑星降下作戦等の指揮を取る陸戦隊長アルベルト・ミュール少将を呼び出した。司令官席の前に2D映像が出ると

「ミュール少将。儀仗の時、各艦に乗艦している陸戦隊員に礼砲を撃つよう指示してくれ」

一瞬目を開いた後、更に背筋を伸ばし、「はっ」という声と共に敬礼したままの陸戦隊長の映像が消えた。

アーサーはこちらを見ている主席参謀に対してはっきりと目線を合わせ、顎を引いた。ヘンドル主席参謀は、何も言わず敬礼をして答えた。

三〇分後、アーサーの号令と共にアンドリュー星系軍六四八隻と民間技術者を乗せた輸送船三〇隻に乗艦している全将兵と民間人が、漂う艦の残骸の方に体をむけ一斉に敬礼すると各艦に乗艦している陸戦隊員の中から選ばれた隊員が儀仗服に身を包み礼砲を三発発射した。

アーサーの司令官フロアでも、管制官フロアでもどこにおいても将兵が、先の戦闘で死んでいった英霊の魂を思い各々の思いを込めて敬礼をした。

旗艦“ヒマリア”の艦長ウイリアム・タフト大佐は敬礼をしながら、この若い総司令官の英霊に対する思いを感じ“この人なら必ず無益な戦闘を起こすことはあるまい。必ずアンドリュー星系を平和な人々が住みよい星系に育ててくれる”と強く心に感じていた。


アーサーは、第二惑星と第三惑星の中間点まで五光分の宙域に到達するとコムを口元にして

「全艦に告ぐ。これより第二、第三惑星の鉱床探査を行う。第二、第三惑星を中心に第一分艦隊は第一象限、第二分艦隊は第二象限、第三艦隊は第三象限、第四艦隊は第四象限の警戒に当たれ。第五分艦隊は第二、第三惑星の衛星軌道上に展開し、惑星上の鉱床探査部隊との連絡に当たってくれ。以上だ」

続いて陸戦隊長のミュール少将を呼び出すと

「ミュール少将、予定通り、第二、第三惑星にて鉱床探査を開始してくれ」と命じた。

一分艦隊としてシャルンホルスト級航宙戦艦八隻、テルマー級航宙巡航戦艦八隻、ロックウッド級航宙重巡航艦一二隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦一二隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦三八隻、ビーンズ級哨戒艦三八隻、ライト級高速補給艦四隻、エリザベート級航宙母艦六隻が、割り当てられた。

四分艦隊がそれぞれの警戒担当宙域へ向う。アーサーの乗艦する旗艦“ヒマリア”を含む残りの一分艦隊と民間技術者を乗せた輸送船三〇隻は、更に二隊に分かれると第二、第三惑星の衛星軌道上に展開した。

輸送船から大小の惑星揚陸艦が次々と離れていった。惑星揚陸艦には輸送艦に載せてきた簡易施設建設機材、磁気探査艇、鉱床搾取機器の他、民間技術者三〇〇名、陸戦隊一〇〇〇名が乗り込んでいる。

アーサーは、旗艦“ヒマリア”が展開している第二惑星の衛星軌道上でスコープビジョンに映る揚陸部隊を見ていた。

第二惑星は、大気は無いが自転している為、自転方向に緩やかなカーブを描いて降下して行く。大気が無い為、降下角度は急でも問題は無い。地上に近づくとメインエンジンを地上側に向けながら徐々に近づく。

やがて惑星上空に達すると揚陸艦は、メインエンジンを切り姿勢制御スラスタを吹かせ、艦の姿勢を横にするとゆっくりと降下した。

地表一〇〇メートルになると各艦からスルスルと着地用の足が艦底部からせり出してきた。着地した瞬間多少の砂埃が舞ったが、やがてそれも収まるとスペーススーツを着た民間技術者と陸戦隊が降りてきた。と言っても装甲車に乗ってだが・・他の揚陸艦からも大小の機材が下ろされている。

アーサーはスコープビジョンに映るもうひとつの映像、第三惑星の様子も見たが、第二惑星と同様の光景がそこにあった。

一時間後、アーサーは、ミュール少将を呼び出した。

「状況はどうだ」

「はっ、後一時間で簡易施設も建設完了します。既に磁気探査艇五〇機は、各方向へ発進させました。連絡あり次第、「ミルファット」を差し向けます」

「解った。第一陣は一週間の予定だ。一週間後第二陣を送り込む。いい結果を待っているぞ」

ミュールは、敬礼をすると映像が消えた。

ミルファット・・・磁気探査艇が上空より地下一〇キロまでの地質調査を行い、そのデータをもとに掘削、簡易精錬を行う全長八〇メートル、全高二〇メートル、全幅二〇メートルの無人巨大モグラマシンである。

先頭に着いているドリルは、毎時四キロの速度で掘り進むことができ、鉱床が見つかるとドリルの先が円形に展開し、鉱床から原石を腹の中に飲み込むのである。

腹の中では、熱処理とレーザー処理により採掘された金属やレアメタル毎に精錬され、品質検査が行われる。そのデータを地上にいる技術者に送るとともに採鉱した鉱石と精錬した金属、レアメタルを運び出す仕組みになっている。


惑星上の探査が開始された頃、各象限に向った分艦隊も警戒態勢を敷き始めていた。哨戒艦三八隻が搭載する合計三八〇〇〇個のプローブを他の象限とは干渉しない担当宙域に展開する。

プローブは哨戒艦から射出されるとあらかじめプログラムされた所定の位置へ進んでいく。更に航宙空母から発進したミレニアンがプローブとの間を飛び回りプローブからの警戒信号を受信するのである。哨戒艦は最大七光時のレーダー走査範囲を持っているが、アクティブレーダーの為、デブリの多い宙域では、敵艦とデブリを区別するのが大変な為、パッシブモードで受信するプローブのほうが警戒態勢を敷いて監視するには都合が良い。

宙戦隊長ヤン・カッツェルは乗機“リオン”の中でディスプレイされている宙域の映像を見ながら飛んでいた。

「隊長、すごいですね。どれだけの艦が破壊されたのでしょうか」

「ああそうだな。デブリが多いな。プローブはパッシブモードにしているから問題ないが、通常レーダーでは捉えにくいな」

独り言を言いながら先の戦闘で破壊された艦の間を部下の中隊と共に飛んでいた。


探査開始から一二日目、明日には探査を終了させ、撤収手続きに入る予定であった。

第三象限を担当する第三分艦隊に所属するビーンズ級哨戒艦“パレネ”に乗艦するレーダー士官レイリーは、レーダーに映る光点を見つめていた。

「ヤック、これを見て見ろ」

「何だ。何だこれ」

少し考えた後、同僚のレーダー士官ヤックは、

「こっちの方向はリギル星系跳躍点方面だぞ。まさか。レイリー直ぐに連絡だ」

レイリーたちが乗る哨戒艦は、第三象限警戒宙域の最端にいる。旗艦“ヒマリア”まで一〇光分。連絡は、一〇分後でなければ届かない。

「アーサー総司令官。第三分艦隊の哨戒艦から連絡が入りました」

タフト艦長の声に視線を向けると

「リギル星系跳躍点方面第三惑星から三光時の地点に複数の所属不明艦が航行しているとの連絡が入りました」

「なにっ」

連絡内容に気を向けたアーサーは、直ぐにコムを口元にすると自席のスクリーンパネルに映る第三分艦隊司令艦にタッチして

「第三分艦隊司令、レーダーに映るリギル星系跳躍点方面の所属不明艦の正体を至急調査しろ」

映像を出して連絡したのでは二〇分のロスになる。第三分艦隊司令は、この情報を既に知っている。総司令官から直ぐに命令が来るはずだと待っているだろう。そう考えて一方的に命令を送った。

一〇分後、第三分艦隊からハインリヒ航宙軽巡航艦二隻とヘーメラー級航宙駆逐艦一二隻、哨戒艦四隻が、最大艦速の〇.五光速で不明艦方向の宙域へ向った。

哨戒艦が搭載するレーダーは捜査範囲七光時ある。航宙しながら走査すれば二光時手前で敵味方艦の認識が出来る為、到着に二時間、連絡タイムラグ二時間の四時間で連絡が入るはずだ。ただし、その頃には相手側もこちらの事がわかっているはずだ。

アーサーは、頭の中で考えながら連絡を待っていた。


二時間後、敵味方不明艦を捕らえた第三分艦隊から派遣された調査隊は、スコープビジョンにその姿を捉えた。

「艦長、味方艦ではありません。同盟星系にも所属していない艦です。しかし、一部の艦が同盟星系艦を表しています」

中途な言い回しに

「解りやすく言え」と返すと

「不明艦は四〇隻、艦の大きさからして航宙戦艦か航宙巡航戦艦クラスです。同盟星系艦と現されているのは、ヘーメラー級駆逐艦とハインリヒ級軽巡航艦です」

「直ぐに“ヒマリア”へ連絡しろ」

レーダー士官からの報告に調査隊の軽巡航艦に乗る艦長は、少し興奮した面持ちで言った。


「航宙戦艦クラスの艦型不明艦が四〇隻だと」

「はっ、方向はリギル星系跳躍点方面から一光時の地点です。ミールワッツ星系の最外縁部を航宙中です」

少し、思案したアーサーは、

「第三分艦隊に所属する全艦を向わせろ。但し相手を確かめるだけだ。出来るだけ情報を収集しろ。相手が攻撃の意思が無い限りこちらからは撃つな」

「総司令官、鉱床探査はどうしますか」

「このまま継続する。他の象限の分艦隊はそのまま警戒」

タフト艦長に連絡の指示を与えるとアーサーは、スクリーンビジョンの左画面上方に映る第三分艦隊を見た。


「シャイン中将、アンドリュー星系軍に発見されたようです」

グラドウ主席参謀は、そう言って司令官の顔を見た。アンドリュー星系軍がミールワッツ星系への派遣を決めたのは知っていたが、こうまで偶然にこの広い宇宙で会うとは思っても見なかった。そう感じたシャインは、

「どうも、この星系では、私は厄介を背負う運命にあるらしいな」

冗談とも思う言葉を口にした後、コムを口に元に置くといきなり

「全航宙戦艦、航宙巡航戦艦に告ぐ。こちらシャイン中将だ、主砲を左舷九時方向に向けろ。但し絶対に発砲するな」

この状況で呆れた言葉を口にした司令官の顔に笑みがあるのを見た主席参謀は“まあ、これが一番の時間稼ぎか”と納得し、正面に顔を戻しスコープビジョンを見詰めた。

発見されたのは、リギル星系航宙戦艦技術部が開発したシャルンホルスト級航宙戦艦の後継艦マルドーク級航宙戦艦とテルマー級航宙巡航戦艦の後継艦エンリル級航宙巡航戦艦だ。

マルドーク級航宙戦艦・・リギル星系軍の最新鋭艦。全長六六〇メートル、全高一五〇メートル、全幅三三〇メートルの巨大戦艦である。特長すべきは、艦本体に横付けされたミレニアンの発着層で、片舷だけで全長二〇〇メートル全幅九〇メートル、戦闘機ミレニアンを四〇機搭載し、同時射出二〇機が可能である。

更に、主砲はアンドリュー星系が実用にしたばかりの回転型メガ粒子砲。一砲塔に一二メートルメガ粒子砲二門として前部に背負い式に二砲塔、後部に一砲塔搭載している。更に艦側面には、引き込み型レールキャノンを片舷一六門装備し、ミサイル発射管も片舷だけで前部に四門、後部に四門配置している。

レーダーも従来型と大きく異なる。従来型は、艦の上下方向に板のような形のレーダーが艦の中央に配置されていたが、新型艦では、艦の最上部構造に横に羽のように左右に伸びている。大型戦艦の能力をそのままに航宙空母の機能も備えた遠征型航宙戦艦である。

エンリル級航宙巡航戦艦、マルドーク級航宙戦艦を一回り小さくした仕様である。全長六〇〇メートル、全高一三〇メートル、全幅三〇〇メートルの巨大巡航戦艦である。但し、艦速が航宙戦艦より早く、従来最大艦速〇.五光速を〇.六光速まで伸ばしている。


 今から二週間前、新たに開発したマルドーク級航宙戦艦とエンリル級航宙巡航戦艦の公試運転の為とこの二つの艦用に開発されたミレニアンの新型機“XF-02”の性能試験の為、ミールワッツ星系を通ってADSM82星系に行っていたシャイン中将率いるリギル軍艦隊は、その存在と容姿をアンドリュー星系軍に見られてしまった。


 「何だあれは」

第三分艦隊長は、驚いて声をあげた。

既に自艦のレーダーで補足していたリギル星系軍の艦隊を光学レーダーで捕らえることが出来るようになったアンドリュー星系軍第三分艦隊は、スコープビジョンに映る、今までに見たことの無い形状の艦に目を見張った。

「映像、直ぐに総司令官の元へ送れ」

分艦隊長の命令に素早く連絡員が手続きを行うとスコープビジョンで映っていた不明艦の主砲塔が自分たちに向って回転し始めた。


「なにーっ。そんなばかな。やつら我々を攻撃するつもりか」

「全艦測的、主砲発射用意」

攻撃管制システムに指示を打ち込む。距離がまだ一光時以上あるため、撃つ事は無いが、主砲を向けられた以上交戦の意思ありと見なしてよいだろう。そう判断した分艦隊長はすぐさま、応戦の準備に掛かった。

「総司令官に連絡。不明艦、戦闘の意思あり。我これに応戦する」

「味方艦の要請を乞う」

「重巡航艦、軽巡航艦はミサイル発射用意」

「主砲管制官は、射程に入り次第、主砲発射」

矢継ぎ早に分艦隊長が命令を下していく中、各管制官が攻撃管制システムに指示を打ち込む。実際に攻撃を行うのは全て攻撃管制システムだ。

何十万キロも先の艦に相対速度が光の五分の二の速度で動く艦から人間の目で照準など当てられるものでは無い。

攻撃管制システムは、管制官からの細かい指示が無い場合は、レーダーから得た情報で最適な攻撃方法を提示してくる。これはアクティブモードで動作する為、相手から照準が合わされたことを管制システムは認知するのである。

その様子をスコープビジョンで見ていたリギル星系軍シャイン中将は、眉間に眉を寄せながら、対応を考えていた。

「まずいな、アンドリュー星系軍と戦闘する気はない。主砲を回転させただけで、あの数の艦隊ならば逃げると思っていたのだが、逆に戦意を向上させたようだ」

シャインの声に主席参謀エル・グラドウ大佐は

「本艦隊が居るようですね。たぶんアーサー中将率いる第一艦隊と思われますが」

「そうだろうな。あの人ならこうするだろう」

そう言ってシャインは、額に手を当てて軽くこすった。

「しかたない。主席参謀、駆逐艦を一隻、アンドリュー星系軍に向わせてくれ。電文は私が用意する」

一〇分後、リギル星系軍艦隊からヘーメラー級航宙駆逐艦が最大戦速でアンドリュー星系軍第三分艦隊に向った。最大艦速〇.五光速で進めば、先頭が始まる前に相手方との即時通信が可能な宙域に着ける。そう判断したシャインは、自分が考えた電文を持たせた。

航宙駆逐艦がものすごい速度で進む映像をスコープビジョンに見ながら

「うまく行ってくれれば良いが」

と独り言をシャインはつぶやいた。


「敵艦隊、ミサイル射程に入ります」

「主砲射程まで後一〇光分」

「司令、駆逐艦です」

「なにっ」

「どこだ」

「そこです。直ぐ目の前に。一隻です」

宇宙空間に漂うデブリの中を最大戦速で進んでくる航宙駆逐艦をしっかりと目に留めた第三分艦隊長は、一瞬考えた後、コムに向って

「ミサイル発射中止、主砲発射準備そのまま」と叫んだ。


「アーサー総司令官。リギル星系軍艦隊司令官。シャイン中将からの電文です。送ります」

タフト艦長からの言葉に頷くと自席の前にあるスクリーンパネルに目を通した。

「どう思う。グラドウ主席参謀」

総司令官から転送されたシャイン中将からの電文を読んだグラドウは、総司令官からの質問に少し考えた後

「過去、二回の防衛戦で見せた戦略に見合う知将の言葉として信じてよいと思います」

「主席参謀もそう思うか。しかし・・」

・・「宛:アンドリュー星系軍総司令官。ミールワッツ星系交渉探査権は、貴星系にあり。

我星系艦隊は、ADSM82跳躍点方面巡回監視の為、警戒航宙中。貴星系軍の妨害をするつもりは無い。主砲が貴星系軍に向いたのは、巡回航宙と同時に行っている公試運転中の艦艇のものであり、貴星系軍を攻撃する意思は無い 発:リギル星系軍デリル・シャイン中将」・・・

「しかし、空々しいな」

少し考えたの後、

「主席参謀、第三分艦隊長へ私の電文をシャイン中将へ送ってくれ」

「はっ」と返答する主席参謀の下へ、アーサーが打った電文がスクリーンパネルに映し出された。

アーサーは、第三分艦隊から送られてきた今までに見たことも無い形状の戦艦の姿を見ながら

「リギル星系は、先の三回戦闘で疲弊していると聞いていた。しかし、実際にはあのような大型の新鋭艦を作り公試運転にまで持ってきている。我星系はこのシャルンホルスト級改がやっとだというのに」

いつの間にかシャイン提督との戦闘を想定している自分の心の中にある何かを感じていた。


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