第一章 血筋と運命
第一章 血筋
アンドリュー星系の名門アーサー家に生まれたチェスターは、星系軍士官学校を首席で卒業すると周りの期待を裏切ってマクシミリアン・デリバリーという軍需系運送会社に勤めてしまった。家族は代々続く軍事統括としての家系に切れ目が出る事を心配したが、当の本人は星系軍士官学校同期でチェスターと同じく、民間運送会社に勤めたロベルト・カーライルと自由に生きていた。
ところが、父であるアルフレッド・アーサーが、警戒航宙中に輸送艦を襲おうとした宙賊に乗艦が撃たれ、本人がけがをしてしまう。けがは大したことがなかったが、これを機に祖父である第七二代アンドリュー星系軍事統括ウイリアム・アーサーが健康上の理由で退任することになり第七三代アンドリュー星系軍軍事統括に就任した。
ここに至ってウイリアム・アーサーは、家系を思い星系評議会を通してマクシミリアン・デリバリーに圧力をかけ、息子を星系軍に入れてしまう。チェスターは、「自分一人ではつまらん」という理由でロベルト・カーライルまでが、星系軍に入る事になった。
以後6年間の間に目覚ましい結果を残し、32歳の若さで少将にまで行き着き、親友のロベルトも大佐になった。第一次ミールワッツ星系戦まで4年まえのことである。
第一章 血筋と運命
(1)
WGC3041、12/03
「アーサー、アーサー起きなさい。いつまで寝ているのですか」
母親の声に心が段々現実となって行き、さっきまで見ていた記憶が消えていく。
「お父様はもう出かけましたよ」
頭の中で父の立場と自分の違いを感じながら今起き始めた自分自身に夢と目の前にある自分のずれを感じていた。
チェスター・アーサー・・
アンドリュー星系独立時、他星系からの侵略と治安の為に作られたアンドリュー星系軍の初代星系軍事統括として永きに渡りアンドリュー星系の治安と防衛の指揮者として君臨してきた名門アーサー家に生まれた。二四歳の時、星系軍士官学校を周りの期待と知性として当然のごとく主席で卒業し、誰もが将来は名門アーサー家の血を引きアンドリュー星系軍の頂点に立つ人物として見られていたチェスター・アーサー。
星系士官学校を卒業する半年前・・WGC3032、08/05
来年三月、卒業を控えたチェスター・アーサーとロベルト・カーライルは、久々の休日を首都星“オリオン”の中央宙港近くのレストラン・バー“サテライト”で飲んでいた。
「どうしようかな。ロベルトは、このまま星系軍に入るのか。お前の家系も軍人一家だからな」
「どうしようかなって、どういうことだよ。チェスター。お前の方こそ、がちがちの軍人一家じゃないか。それも名門。我が家と比べたらはるか雲の上の家系だ。当然星系軍に入り中央を目指すんだろ。というか行かされるかお前の場合は」
「それだよ。当然星系軍に入り中央へ行く。それが嫌なんだ。爺さんも曾爺さんのそのまた曾曾爺さんも更にその上もみーんな星系軍のお偉いさんだ。親父だってどうせそうなる・・・。そんなの面白いと思うか」
「それは、お前、贅沢と言うもんだ。下っ端がどんなに努力しても届かない所に最初から周りに望まれて行くなんて。俺には理解しがたいがね。大体、伊達や酔狂で主席卒業候補なれるかよ。それが血筋ってもんだ」
「そうだろう。だからいやなんだ・・」
取りとめない話の中で、チェスターは、持って生まれた家系に不満はないものの始めから引かれたレールの上をただ走るだけの自分に“見えている先を見つめてどうする”を感じていた。
“親父もお母さんも恋愛結婚だと言っているが、お母さんマーガレット・フィルディナンド=マクギリアン・アーサーも名門マクギリアン家より嫁いだ。マクギリアン家とアーサー家の祖父たちが星系の為と言いながら名門同士の血を絶やしたくないだけの話だ。結局自分もその道をたどるのか”と思うとチェスターはもう少しの自由がほしかった。
「まあ、いい。とりあえず俺は星系軍には入らん。ちょっとツテがある。ロナルドお前も一緒に来ないか」
手に持つグラスの中の琥珀の色が氷と相まって素敵に輝くのを見つめながら、捕われる事のない呪縛の連鎖の向こうにある物を、見ようとして見えない自分の若さをグラスの中に映していた。
翌年、星系軍士官学校を卒業する前にアーサーは、父であり、アンドリュー星系軍航宙艦隊司令官アルフレッド・アーサー中将と家出直前までの喧々諤々をした挙句、これもアンドリュー星系軍軍事統括である祖父のウイリアム・アーサー大将の“鶴の一声”で三年だけの約束で軍事物資の輸送を手掛ける“マクシミリアン・デリバリー”に就職した。“一度星系軍を離れてしまえばこっちのもの”と高を括り、悠々自適に好きな世界で生きていくはずであった。
チェスターは、マクシミリアン・デリバリーに就職した後、三ヶ月の研修を終え、最初は首都星“オリオン”とその衛星である“ハント”、“マティス”間の短距離間物資輸送を行う貨物艦を手始めとして、一年後には、首都星“オリオン”の外側を回り工業資源惑星として位置づけられている第四惑星“カミュー”との間の工業資材輸送艦の航宙長、更には同じく資源惑星の第五惑星“バデス”との間の鉱物資源の輸送艦の副艦長として職務についていた。
特に首都星“オリオン”と第五惑星“バデス”との間は一光時離れている。星系軍艦でもない鉱物資源輸送艦は、一光時を一日かけて航宙する。首都星から近い為、宙賊も現れない宙域をチェスターは、目の前に広がる宇宙を前にして、思う存分自分の運命を楽しんでいた。
チェスターが輸送艦と共に自分の運命の航宙を楽しみ始めてから二年後のWGC3035、05/27。
戦い神“アテナ”と幸運の女神“フォルトーナ”は、アーサー家にほんの少しウインクをした。それは、アーサーの運命にほんの少しの甘さと苦さを絡ませたエッセンスを添えたのであった。そして本人たちの希望とは全く別に時間が動き始めた。
アンドリュー星系から五光時、通常の巡回警戒に当たっていたアンドリュー星系第一艦隊第一分艦隊三〇隻は、一二隻の民間貨物艦に近づく五隻の艦艇を確認した。
「アーサー司令、あれは」
「宙賊だろう。機関を停止して民間貨物艦への接近を止めるよう警告を発信しろ」
「はっ」
艦長メルーデ・アトフィット大佐は、アルフレッド・アーサー中将の指示を通信管制官に通達するとレーダー・スクリーンに映る不明の艦を見た。
〇.五光秒、宇宙では目の前にある距離でアンドリュー星系所属の貨物艦に近づく一群の艦艇がいた。
「不明艦隊、回頭します」
レーダー管制官の声にアーサーは、“いつもの手続きだ”と考えていた。
宙賊は逃げる姿勢を見せないように航宙軍側に艦首を向け、推進エンジンを停止させる。宙賊の武器など航宙軍に比べたら豆鉄砲だ。発砲などしたら一瞬にして自分たちが宇宙のガスになることが解っているから、レーダーに航宙軍が現れた時点で、距離があれば逃げるか、至近の場合、推進エンジンを停止して白旗を揚げるのだ。
一瞬、レーダー・スクリーンが真っ白になった。スクリーンが輝度を落とすまもなく目の前にいた不明艦隊が、レールキャノンを発射したのだ。
アーサーは、シートから体が飛ばされそうになり、体をホールドしていたベルトが、肩に食い込み一瞬呼吸が出来なくなった。
「どうした」
アトフィット艦長のコムがちぎれそうな声にレーダー管制官が
「不明艦、レールキャノンを発射しました」
言うが早いか、再度アーサーの体に痛烈な衝撃が走った。
「応戦しろ」
アトフィット艦長の指示に、主砲管制官が攻撃管制システムをオンにした。瞬時にオルデベルン級航宙戦艦旗艦“アイハネット”の艦前部にある一二メートル粒子砲四門が一斉に光り輝いた。
一瞬であった。目の前にいたレールキャノンを発射した不明艦に荷電粒子の束が突き刺さると薄い布のようなシールドを突き破り、艦前部の装甲に突き刺さった。一瞬耐えたかのよう見えた装甲は、ジリジリと溶け出し、そして堰が切れたように一挙に艦の中枢に達するとエネルギーの消滅の代償に艦本体が残骸と化した。
「アーサー司令、アーサー司令」
ぼんやりとした記憶の遠くに自分の名前が呼ばれているのを覚えると深い海の底から見上げる水面に近づくように意識がはっきりしてきた。
「ここは」
「アイハネットの医務室です。艦長は宙賊からの第二射の時、目の前のスクリーンボードに肩を強く打ちつけて気を失われたようです」
アトフィット艦長の説明に
「そうか」
とだけ言うとすぐに起きようとして左肩に鋭い痛みを感じもう一度ベッドに背中が落ちることになった。
「無理をしないでください。骨に損傷はありませんが、鎖骨にひどい打撲の跡があります。三〇分程安静にしていてください」
艦医の説明に仕方ないと言う顔でなずいたアーサーは、アトフィットに聞いた。
「宙賊はどうした」
「全艦、大破か撃沈です。現在、航宙駆逐艦三隻を向かわせ生存者の確認と回収に当っています。司令が艦橋に戻る頃には、報告が届くと思います」
「そうか」
とだけ言うとアーサーは、素直にベッドに横になった。
一週間後、アンドリュー星系首都星“オリオン”上空五〇〇キロに浮かぶ第一軍事衛星“ミラン”に戻って来たアルフレッド・アーサーは、前任の軍事統括ウイリアム・アーサー大将が、健康を理由に引退を表明すると星系評議会の全員一致のもと、第七三代アンドリュー星系軍事統括に着任した。
これに伴い、アーサー家では、民間運輸会社で好き勝手している不肖の長男・・と言っても星系軍士官学校主席卒業だが・・チェスター・アーサーをマクシミリアン・デリバリーから星系軍に半分強引に移籍させた。
当事者であるチェスターは、星系軍士官学校を卒業してたった二年間しか、自由な時間を持てなかった事に相当の不満を親に言ったが、勤め先のマクシミリアン・デリバリー自体、軍関係の輸送に関わっていることから星系軍の命令・・実際はアーサー家の・・に従わざるを得なく、やむなく本人の願いもむなしく移籍させた。
この時、自分だけではと考え親友のロナルド・カーライルも移籍したのであった。アルフレッドとしては、カーライル家が軍人として名を成している一族でもあり、もろ手の喜びで二人を星系軍に移した。
それから、六年・・・
チェスター・アーサーとロベルト・ラーカイルは、その才能を思う存分発揮し、宙賊の取り締まりと航路開拓に実績を上げ、星系軍きっての出世頭として大佐と中佐の位置までたどり着いていた。こうした出世には、賛否が付きまとうもので
「所詮アーサー家の人間だ。ちょっと実績を上げたくらいで。それに紐付きだ」とか
「親の七光りでしょ」等々色々言う輩は多かったが、
「だれも好き好んでアーサー家に生まれた訳ではない。家のしがらみ等ないお前らに解るか」
と当の本人は、そんなことどこ吹く風と流していた。
「今日は、少将の任官式でしょう。いつまで寝ているのですか」
親の頼みでアンドリュー星系のデュピュタントパーティ“女の子が社交界にデビューする式典”に出席して以来、衆目の中心にいた“マーガレット = ファーディナンド・マクギリアン”、両方の祖父の進めでアーサー家に嫁ぎ、今ではアーサー家の女主人として、軍事衛星にほとんどの時間を取られながら、勤務以外と祝賀式典の時だけしか、地表に降りない男共に変わって家を守るマーガレットは、久々に帰ってきた長男の昔から何も変わらない姿に目元をゆるましながら顔を愛しい息子に近づけて言った。
「あっ」
昨日夜遅くまでロベルトとその仲間で昇進前祝いと称して飲んでいたチェスターは、母親の声に半分、昨夜の名残りが残る頭を振りながらベッドから起き上がろうとした。
一瞬、母の顔が目の前にあることに気付くと子供のように
「おはようございます」
と言って頬に頬を近づけると
「まったく、いつまで経っても年少さんね」
と笑う母の顔に心がミルキーのように溶け出す自分自身に驚きながら頭の中で“遅刻”という文字がメリーゴーランドのように回り始めた。
アンドリュー星系・・
恒星アンドリューを中心に惑星公転軌道上に八つの惑星を持つ。第一惑星は恒星より五光分と近く、第二惑星“オグラント”が八光分、第三惑星“オリオン”が一二光分、第四惑星“カミュー”が一五光分で、人類生存域の限界域となっている。
更に第五惑星“バデス”と第六惑星との間に小さな岩礁帯があり、第五惑星からこの岩礁帯までが、資源調達可能な宙域となっている。
第六惑星から第八惑星までは、恒星から三光時以上離れており、第七、第八惑星はガス惑星である。
人類がリギル星系に移住してから二五〇年後、航路探査の目的で発見された後、人類が移住し、更に一五〇年後、WGC1605にリギルより独立した。その後、リギルとは星系連合体“ユニオン”を持って共存関係を確立している。
それから一四三六年後、資源豊富な自治星系として四個艦隊を有し、リギル、ペルリオン以外にもオフィーリア星系、マリアルーテ星系などと有効関係を持っている。
首都星“オリオン”にある星系軍本部ビルの前でエアカーを降りたチェスターは、入口にいる顔見知りの衛兵にアンドリュー航宙軍式敬礼をしながら走り入ると二五階にある軍事統括公室の前まで走りまくった。
ドアの前で息を整え、服装を正してからドアを開け、中に入るとアルフレッド・アーサー軍事統括、ウイリアム・アーサー軍事顧問、ランドルフ航宙軍中将、ミハイル航宙軍准将等主だった首脳陣は、既に来ており、主役待っていたのであった。
半分身内とはいえ、公的な場所では絶対階級である。ガリガリに硬直して敬礼をすると父であるアルフレッド・アーサー軍事統括は呆れた顔をしているし、祖父であるウイリアム・アーサー軍事顧問は笑い顔、普段、仕事上で密接な関係に有るミハイル准将は、左手を顔に当て下を向く始末。
「チェスター、時間に遅れた訳はないが、みなより早く来るのが礼儀というものだ」
ウイリアムは、実質しつけ役であるミハイル准将と父親のアルフレッドの顔を見た。家系である切れ長の鋭い目が、二人の顔に刺さった。
「閣下、申し訳ありません」
敬礼をしながら顔を赤くして誤るチェスターに
「まあいい、式を始めるぞ」
その後、チェスターは、父親から実に三〇分じっくりと絞られた事は想像に難くない・・・
そしてWGC3041、12/03
三二歳のチェスター・アーサーは少将にロベルト・カーライルも大佐に昇進した。第一次ミールワッツ星系戦より四年前ことである。
(2)
WGC3042、01/12
チェスター・アーサーはロベルト・カーライルと共にアンドリュー星系開発衛星の中でもトップシークレットの航宙軍開発センターの中にある会議室にいた。開発部長は、テーブルの上に映る3D映像の航宙戦艦を見ながら
「アーサー閣下。今回建造しましたシャルンホルスト級航宙戦艦は、リギル星系よりライセンス供与を受けて建造した新型航宙戦艦です。全長五五〇メートル、全幅一八〇メートル、全高一〇〇メートル、形状は曲面が緩やかな直方体に上部艦橋を持ち、艦先頭部分に一六メートルメガ粒子砲六門、艦両弦に長距離ミサイル発射管一六門、艦体下部に中距離ミサイル発射管一六門そして艦橋装甲の両側にアンチミサイル発射管一六門、パルスレーザー砲一〇門を装備し、艦後部に核融合推進エンジン四基を備えています。レーダー機能は半径四光時の走査範囲を持ち、防御力は、三〇万キロの至近からの一六メートルメガ粒子砲を受け止めるシールドを前部に備えています。連絡艇のハッチは舷側後方に付いています」
口早に説明する開発部長は、一呼吸置くとアーサーの顔を見た。
「オルデベルン級から比べると本体で一回り大きくなり、主砲が一二メートルから一六メートルになったというわけか。どうだ、ロベルト。これを来月からの哨戒に使えるという事だ。もちろんその前に慣熟運転もしないといけないがな」
うれしそうな顔見せながらも目が喜んでいない。いつもの通りの顔を見るとカーライルは、
「スペックはすばらしいですが、使いこなしてこその力です。早く閣下の艦隊運営に組み込めるようにしないといけないですね」
アーサーの顔を見て優しい目をしながら、いつも少し辛口のカーライルは、開発部長の顔を見ると厳しい目で
「航宙戦艦以外にもリギル星系からライセンス供与を受けたクラスがいくつかあるはずですが」
と聞いた。
「はい、他にテルマー級航宙巡航戦艦、ロックウッド級航宙重巡航艦があります。これらも来月から閣下の下で慣熟運転に入ります」
開発部長の声をよそにアーサーは、
「リギル星系は、最初小型艦のライセンス供与しかしなかったのに、ここに来て大型艦まで我星系に提供してきたのはどうしてだ」
分かるはずもないと思いながら自分の頭に中にある言葉を開発部長の立場にぶつけて見たが、困惑するだけで下を向いてしまった。
「思惑があるのでしょう」
カーライルは、最近のリギル星系の情報に心当たりがあることを思い出しながらアーサーに目で“そんなこと聞いても解らないですよ”と言うとアーサーは、含み笑いをしながら
「まあいい。せっかくの技術供与だ。それに我軍が強力になるのは良い事だ。開発部長、早速だが、実物を見たい」
その声に“ほっ”としたように横目で開発課長に案内を促した。
オフィーリア星系方面跳躍点まで三光時。アンドリュー星系の最外縁部を哨戒航宙中の第一艦隊旗艦“ヒアマリ”の艦橋でスコープビジョンを見ていたチェスター・アーサー少将は、主席参謀のロベルト・カーライル大佐に
「シャルンホルスト級は、オルデベルン級に比べると視覚範囲が広いな。艦隊の全体がよく見渡せる」
多元スペクトル解析により映し出されるスコープビジョン。艦橋前方と左右に大きく広がっている。縦一五メートル前方スクリーン横三〇メートル、左右スクリーンがそれぞれ三〇メートルと巨大なパノラマを見ているような感じだ。それだけに映像化される宇宙も先の戦闘艦オルデベルン級よりも広く見える。
「レーダー走査範囲も四光時と広いのでアンドリュー星系の岩礁帯手前まで入ります。光学映像もはるかに綺麗です」
満足そうな顔で話していると艦長ウイリアム・タフト大佐が、
「アーサー司令、左舷一一時方向に所属不明の艦船五隻がいます。今、照会中ですが応答がありません」
アーサーは、新型艦シャルンホルスト級航宙戦艦一〇隻、テルマー級航宙巡航戦艦一〇隻、エリザベート級航宙母艦一〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦二〇隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦三二隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦六四隻、ビーンズ級哨戒艦六四隻、ライト級高速補給艦五隻を率いてアンドリュー星系、オフィーリア星系方面の哨戒を行っていた。
管制官フロアでは、通信管制官が、所属不明艦に対して呼びかけている。
アーサーは、ヘッドセットのコムを口元に置くと
「第二駆逐分艦隊“シャルナク”、左舷一一時方向の所属不明艦五隻に急行して、推進エンジンの停止を命じろ」
「司令官閣下。了解しました」
第二分艦隊司令官は、何代も前の言い回しをすると分艦隊一二隻を急行させた。
“シャルナクの司令は、今年定年だな。親父の頃からの部下らしいが、自分の将来をはばかっての言い回しか”自分の父親よりも年齢が上の分艦隊司令の顔を思い浮かべながらアーサーは、スクリーンビジョンを見ていた。
ヘーメラー級航宙駆逐艦は、全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートルと細身だが、艦本体前方にレールキャノン八門、艦本体両脇上部にパルスレーザ砲六門が装備され、パルスレーザ砲の下部には両舷側に少しはみ出た筒状の近距離ミサイルランチャーが六門ずつ一二門装備されている。搭載ミサイルは二〇〇発である。そして後部両脇に核融合エンジンが四基ずつある。投雷する指向性アクティブソナー型宇宙機雷は一〇〇〇基搭載する。
宙賊は、三光秒まで分艦隊が近づくと急に左舷九時方向に進路を変え逃げ始めた。
「おかしいですね。我々の存在は、三〇光分手前から気づいていたはずです。逃げるのならもっと早い段階で逃げたはずですが」
不思議そうに右後方を振り返り司令官席に座るアーサーの顔を見ながら言った。
「確かに艦長の言う通りです。宙賊の艦速では、星系軍の航宙駆逐艦の追跡からは逃げれません」
カーライル主席参謀の言葉にアーサーも疑問を感じながらスコープビジョンを見ていた。
「艦長、所属不明艦、更に左舷に回頭します。駆逐艦の射線軸から外れました」レーダー管制官に声に
「なんだと」と艦長が声をあげると
「所属不明艦、本艦隊に向かって直進します。距離三.五光秒」
「所属不明艦発砲しました」
「なに」言うが早いか、発砲されたレールキャノンの強力な磁力線が、
前方に位置するヘーメラー級航宙駆逐艦やハインリヒ級航宙軽巡航艦のシールドに激しく当たり光を放つ。同じ口径で決戦距離から打たれても破壊されないシールドは、宙賊のレールキャノンに耐え、その光はやがて小さく消えていった。
「何を考えているんだ。やつらは。戦える相手ではない事が解っているだろう」そう思いながらスクリーンビジョンを見続けていると
「敵艦、右舷一〇度回頭。逃げます」
「あいつら、我々をからかっているのか」少し、頭が熱くなってきたタフト艦長は、右後ろを振返りアーサーの顔を見た。アーサーはやれやれという顔をすると
「宙賊の顔が見たくなった。発砲したのだから破壊しても良いだろうが、今回は捕まえよう」そう言うとコムを口元にして
「カッツェル空戦隊長。面倒だが、左舷九時方向で逃げる艦船の推進エンジンのみを攻撃して足を止めてくれ」
アーサーの前に映るスクリーンの向こうでカッツェルは、
「了解しました」
と言って敬礼をすると少し含み笑いをして消えた。
やがて、後方に布陣しているエリザベート級航宙母艦から戦闘機「スパルタニアン」四八機が発進すると一瞬にして豆粒のようになって見えなくなった。
指揮官機に乗るヤン・カッツェル少佐は、強烈なダウンフォースで航宙母艦から切り離されるとヘッドアップディスプレイに映る自機の状態を映すパネルがオールグリーンであることを確認した。更に中隊全機が無事に発進したのを確認するとヘルメットの口元に装備されているコムに向かって「中隊全機、聞いているか。今回は、ダダをこねる小僧の尻を叩く。戦闘機同士の戦闘ではないが気を抜くな。我艦隊にちょっかいを出すほどの自信家だ。気をつけて掛かれ」口は悪いが、類まれな宙戦能力と部下思いのカッツェルは、アーサーからの信任も厚い。
スコープビジョンの前方中央に拡大映像された所属不明艦の姿が映っている。五分と経たずに追着くと艦上部や側舷についているパルスレーザを潰すと推進エンジンノズルの部分をあっという間に破壊した。一〇分とかからない早業であった。それを見ていたアーサーは、
「ヤンには、簡単すぎたか」と思いながら、ミッションが終わるとサッと拡大スクリーンから消え、艦隊に戻る「ミレニアン」の編隊に感心していた。
「司令官、所属不明艦行き足が止まりました」艦長の報告にアーサーは、先行させた第二駆逐分艦隊旗艦“シャルナク”の司令官を呼び出すと司令官が映るスクリーンに向かって
「機関を停止させて、降伏を呼びかけろ」と命じた。スクリーンの向こうに映る定年前の老人がアンドリュー航宙軍式敬礼を大業に行うとスクリーンが消えた。
やがてヘーメラー級航宙駆逐艦一二隻が所属不明艦五隻に近づき、降伏の呼びかけを行うと五隻の艦は艦首を回頭させて駆逐艦の方を向かせ降伏の意思表示をすると見せながら、いきなり前部に装備されているレールキャノンを斉射した。
拡大映像を映し出していた“ヒマリア”のスクリーンビジョンが一瞬真っ白になった。自動的に輝度を落とすと旗艦“シャルナク”の装甲は穴だらけになり内側から真っ白なガスを放出していた。
誰もが体をシートから乗り出して映像を見ていた。
「そんなばかな」
推進エンジンノズルは破壊したものの姿勢制御バーナーが生きていた所属不明艦は回頭後、相手に考えを与える暇なく一斉にレールキャノンを発射したのだ。一艦だけであれば至近でも何とか防げたであろう攻撃は、五隻同時攻撃で有った為、航宙駆逐艦の前面シールドを簡単に破壊し、各方向からの攻撃で装甲に穴を開けられたのであった。
この一射だけであればまだ、助かったかもしれない。しかし、その後
再び所属不明艦から至近による斉射が旗艦「シャルナク」に浴びせられた。既に輝度を落としているスコープビジョンに一隻の航宙駆逐艦が五方向から放たれたレールキャノンになすすべもなく装甲が溶かされ内部に浸透していく。やがて限界点を迎えたのか、一瞬膨らんだように見えた駆逐艦の装甲が内部から爆発し、完全なガスと変わった。
そして所属不明艦が艦首を変更しようとしたその時であった。
残った一一隻のヘーメラー級航宙駆逐艦、一隻あたり八門のレールキャノン八八本が一斉に五隻の艦に襲い掛かった。ろくにシールドも持たない艦は、強力なエネルギーに四方から浴び、装甲が溶け内部に浸透したかと思った瞬間内部から爆発した。
「何たる事だ」アーサーは、手で顔を覆い、つかの間自分自身の興味の為に、目の前に穏やかな人生を送れたであろう“シャルナク”の司令官を殺したのだという痛烈な思いが体の中を駆け巡った。
一瞬なのか長い時間か解らない頭の中に、長い間聞きなれている親友の声が入ってきた。
「アーサー司令」
アーサーは顔を覆っていた手を解き、目を正面に戻すとタフト艦長とカーライル主席参謀が心配そうな顔をして自分を見ているのが見えた。
「所属不明艦五隻。全艦消滅しました」
その声に気を取り直すと
「シャルナクが爆発する前にシャトルが出た形跡・・」
自分自身も見ていたあの状態でシャトルなど出る時間もなかったことを思い出すとアーサーは、
「主席参謀、第二駆逐分艦隊に戻るよう伝えてくれ」
そう言って、目のやり場のない自分自身を持て余していた。
「アーサー少将、報告書は読んだ。お前の判断ミスによってミハイル准将は、死んだと言うのだな」
「はっ」
「しかし、今回の件は、所属不明艦が予想もしない暴挙に出たのであって少将自信に問題があった訳ではないという他の士官からの報告が多い。ミハイル准将は、私の艦隊時代でも確実な駆逐艦運用してくれた男だ。今年定年と聞いていた。今回が最後の航宙とも聞いている。その面では確かに責任は感じる。しかし自身そこまで律することはない。司令官は艦隊全体の運用責任があるが、個別戦闘まで配慮できるものではない。そこまですると疎まれてしまう。そういう意味では、ミハイル准将のスキを着けこんだのではないか。いやそういう言い方はミハイルにかわいそうだな。とにかく、これからの任務に影響が出るのではないか。お前はまだ若い。少し休みなさい」
軍事統括アルフレッド・アーサー大将は、我が子であり、今回の哨戒活動の責任者でもあるチェスター・アーサー少将にそう言いながら優しい顔をすると
「ミハイル准将は、殉職として少将へ昇進させると共に家族には手厚い支援をしよう」
「ありがとうございます。閣下」
頭の中で“死んだ人間を昇進させても残った家族にどんなに手厚い支援をしようが、ミハイル准将とともに幸せな生活を過ごすはずであった時間はなくなってしまった。俺があの時、つまらない事を考えなければ”その思いが抜けきれないままチェスターは軍事統括のオフィスを後にした。
「チェスターは大丈夫か。若いが故に自分の判断ミスによっていらぬ犠牲を出してしまった事をずいぶん悔やんでいるようだが」
チェスターが出て行ってから直ぐに、入り口の反対側にあるドアから出てきたウイリアム・アーサー軍事顧問は、子であるアルフレッドに聞くと
「経験しなければいけないことです。司令官とは、皮肉は仕事です。戦いになれば死とは向かい合わせです。如何に効率的に部下を死なせるかです。覚えてもらわなければなりません」
厳しい目になったアルフレッドは、ウイリアムを見ながら小さな声で言った。
チェスター・アーサーは、自分のオフィスに戻ると少将付武官に
「哨戒活動の報告は終わった。私は、一週間ほど休みをとる。“オリオン”に降りる。お前も一週間の休みを取りなさい」
そう言って自走エアカーで一緒に帰ってきたアンリ・オベロン中尉に伝えた。
アーサーは、自分のオフィスのデスクにあるスクリーンパネルにタッチして「ロベルト・カーライルにつないでくれ」と言うと少し経ってから、ロベルトがスクリーンパネルの前に映像となって現れた。
「閣下、お呼びですか」
「二人の時は、閣下は止めてくれ。ところで俺は、一週間休みを取る事にした。軍事統括が休めといったんでな。直ぐに出動はないだろう。ところでロベルトはどうする。一緒に降りるか」
「オリオンにか。止めとくよ。一週間あれば本も読めるし、眠る事もできる。そっちを選ぶよ」
少し真顔になってカーライルは、
「チェスター、今回の件は、お前の判断ミスだ。はっきり言う。だがな、それで落ち込んで先が見えなくなったら死んだミハイル准将に悪いと思わないか。准将は先代からアーサー家の艦隊で働いていた士官だ。お子さんも我々の艦隊の駆逐艦の大尉だ。お前が情けない顔していると、それこそ死んだ准将や、お子さんに更には“シャルナク”で一緒に逝った兵士に恨まれるぞ。今回の事を乗り越えてこそ、そういう人たちの犠牲に報いれるのではないか。一週間とはそう言う意味で君のお父上が与えた時間ではないのか」
解っていながら、心の中のどこか蓋の下に突っ込んでいたものを取り出されたようにアーサーは動揺した。
「まあいい、チェスター、下に降りて少し休め。そうすればいつものお前に戻る。じゃあな」心の癒しにすがろうとした親友に見透かされたように突き放された自分が、スクリーンパネルの上に映っていた。
(3)
WGC3045、08/12。
チェスター・アーサーは、中将として第一艦隊総司令官、ロベルト・カーライルは少将として第一艦隊左翼R2G司令官になっていた。二人とも三六歳である。普通の中将が将官クラスは、五〇代以降である事を考えると異例の出世である。チェスターに着いて行ったロベルトも同じであった。
「閣下、宙賊が降伏しました。以後拘束手続きに入ります」
「頼む」
チェスター・アーサーは、第一艦隊正規体制六四八隻を率いて艦隊の訓練と整備を行うと共にペルリオン星系方面跳躍点付近に出没する宙賊の取り締まりに当たっていた。
旗艦“ヒマリア”の司令官席で既に“あうん”呼吸になりつつある艦長ウイリアム・タフト大佐と少ない言葉で仕事を進めていた。
ウイリアム・タフト大佐は、アーサーの進めもあり他の艦隊の司令官職も進めたが“ヒマリア”艦長に留まりたいとして今に至っている。
チェスターは、コムを口元にすると
「R2G司令、ロベルト・カーライル少将」
と言って知り合ってから既に一八年の月日が経つ友人を呼び出した。
「総司令官。お呼びですか」
3D映像で映るロベルトは敬礼をしながら言った。
「艦隊はこれから一光時ミールワッツ星系方面に移動後、模擬戦闘に移る。戦闘隊形はアルファ2で行く。行動手順はいつもの通りだ」
「了解しました」
それだけ言うとロベルトの映像が消えた。アーサーは、口元にコムを置くと
「全艦に告ぐ。こちら総司令官アーサー中将だ。これよりミールワッツ星系方面跳躍点方向に一光時移動後、模擬戦闘訓練を行う。戦闘隊形はアルファ2。発進は三〇分後だ」
それだけ言うとコムを上げて全艦隊の状況をスクリーンパネルで見た。
総司令官席の前にあるスクリーンパネルは、左翼艦隊R2G、中央艦隊R1Gの状況を映し出している。通常、一個艦隊で左翼、中央、右翼と分けるのが常識だが、アーサーは、艦隊を二つのデルタ隊形(三角形)にした形を好む。運用がしやすく隊形変更が機敏に行えるというのが、本人の考えだ。
三〇分後、
「全艦発進」
アーサーの命令に前方にいたビーンズ級哨戒艦が前進方向に大きく上下左右に分かれた。それを追う様にヘーメラー航宙駆逐艦が続いていく。ハインリヒ級軽航宙巡航艦がその後に続くと上下左右に開いた体系の中心位置に三角形の形をした艦隊が続く。ロックウッド級重巡航艦が三角形の先頭角を開くように進むと、その後ろにテルマー級航宙巡航戦艦、エリザベート級航宙空母が続き、後ろにシャルンホルスト級航宙戦艦、最後にライト級高速輸送艦が続く。
アーサーは、スコープビジョンに映る、全艦隊の動きに満足していた。
一〇時間後、目標地点に到着後、模擬戦闘戦を行う予定であったアーサーは、所定の位置に着いたR1GとR2Gに模擬戦闘戦の開始を伝えようとした瞬間
体の中に獲も知れぬ動揺が起こった。「なんだ」自分自身の心の中で動く何かがわからないままいると
タフト艦長が命令を出さないで考えているアーサー総司令官に
「総司令官、全艦配置に着きました。ご命令を」そう言ってアーサーの顔を見た。
先ほどまであった心の中の動揺が、タフト艦長の声でかき消されると
「全艦、模擬戦闘開始」コムに向かって叫んだ。
模擬戦闘と言っても二手に分かれて撃ち合う訳ではない。前方に仮想の敵がいると見なして艦隊運動を行うのである。これは、いざ本当の戦闘になった時、頭で考えて手足を動かさないように・・言い換えれば、命令と同時に体が勝手に反応するように覚えこませるのである。戦闘中の一秒は、宇宙では生と死をまさに分ける時間なのだ。
艦隊の動きをスコープビジョンに映された映像と予定の行動パターンの映像とを比較しながら見ていると
「第二巡航戦艦の動きが少し遅い。あれでは側面展開中に敵に討たれてしまう」独り言をつぶやきながらスコープビジョンの予定行動ラインと時間に少しずつ遅れを取っている巡航戦艦部隊の司令官ロング・マクドールド准将にイライラしていた。
突然、アーサーの前の3Dスクリーンにロベルトの映像が現れた。
「総司令官、第二巡航戦艦部隊が遅れています。重巡航艦部隊との隙間に敵の砲火が集中したら中央にいる航宙空母が全滅します。ここは航宙戦艦なり重巡航艦部隊を引き抜いてでも隙間を作らないようにしなければいけません」
自分が思っている事をロベルトに先に言われると
「第三巡航戦艦部隊司令、マクギリアン准将。第二巡航戦艦部隊の遅れで穴の開いた位置に急行して左翼側面を防御しろ」コムに怒鳴るようにして言うとスコープビジョンに映る予定行動ラインと実態との動きを見比べていた。
開いた穴が徐々に塞がり、二つのデルタ隊形が一つ底辺の角を軸として九〇度起き上がると三角が頂点から底辺に向かって垂直軸を中心に弧を描き始めると三角柱のような体系になった。この形で開いている底辺方向に主砲を一斉に撃てば、巨大な荷電粒子の束が敵艦隊に襲い掛かる。シールドを前面張っていても敵艦隊の奥底まで荷電粒子は到達する。
更に敵の突破に対して左右に転回すれば、左右から攻撃を反抗戦で行うことが出来る。
アーサーの得意とする戦闘隊形のひとつだ。
模擬戦闘戦を始めて八時間。ひとつの区切りがついた感のあるアーサーは、ロベルトを呼び出した。重力磁場を貼り、艦長と主席参謀以外には聞こえないようしながら、3Dに映る親友を見ながら
「ロベルト。気になる胸騒ぎがする。予定より一日早いが首都星に戻る」
カーライル少将は、アーサーの真剣な眼差しの中に深いものがあることを見ると理解して
「総司令官。了解しました。帰還準備を始めます」と言って映像を切った。
それから六時間後、各艦への補給を行った第一艦隊は通常戦闘隊形でミールワッツ星系跳躍点方向から首都星に転進した。航宙して3日、既に第五惑星“バデス”を右舷上方に見ながら進んでいた。アーサーは、
ここまで航宙しても何もない事に自分の勘違いだったのかと思い始めていた。スコープビジョンに映る多元スペクトル解析されたアンドリュー星系の各惑星は美しい輝きと色合いを発していた。総司令官席を多少リクライニングにしている。既に星系内側の為、艦隊の速度を〇.〇五高速まで落として航宙している。体系も標準航宙隊形だ。
航法管制官、レーダー管制官、通信管制官が航宙監視衛星や民間工業衛星とやり取りしていることが、下にある管制官フロアから聞こえている。
「総司令官、首都星“オリオン”より緊急連絡です」
その声にリクライニングを元に戻すと声の主が多少青ざめていた。
「メッセージ転送します」
アーサーは、自分のスクリーンパネルに転送されてきたメッセージを見て血の気が引いた。
「艦長、このメッセージの照合は問題ないか」
「はっ、通信管制官と二人で三回行いました。本物です」
アーサーは、メッセージの中に自分の運命がどのように染み込んで行くのか、まだ想像も出来なかった。
“去るWGC3045、08/15、ミールワッツ星系においてリギル星系軍とミルファク星系軍が交戦状態に入った。五時間に及ぶ戦闘の後、艦隊の半数を失ったリギル星系は、首都星“ムリファン”に帰還。総司令官デリル・シャイン中将。ミルファク星系軍も相応の損害が出た模様、総司令官チャールズ・ヘンダーソン中将。以後の詳細は不明“
アーサーが参戦する事になる“第一次ミールワッツ星系戦”まで四ヶ月前のことであった。
WGC3045/11/15朝
第七惑星からペルリオン星系跳躍点方面の巡回監視に当たっていたチェスター・アーサーはシャルンホルスト級航宙戦艦第一艦隊第一分艦隊旗艦“ヒマリア”の司令官室で眠りから目覚めた。
宙賊は、各星系との物資輸送を行う商用の貨物輸送艦目当てで行動している。公式航路上では跳躍点から各惑星までの間は、有人監視衛星と無人監視衛星それに航路誘導衛星がチェックポイント毎に置かれている。
この航路を横行すればすぐに宙賊と解ってしまうので監視衛星の届かない位置から横やりの様に公式航路に入り貨物輸送艦を捕えた後、何処へともなく去っていくのである。
宙賊はその公式航路の隙間、跳躍点から一光時離れた辺りから、首都星“オリオン”から五光時離れた辺りまでの宙域で行動をしている。この辺は監視衛星もない。広大な宇宙空間を自由に自分たちのビジネスの為に動きまわれるのである。
アーサーたちが宙賊に襲われた貨物輸送艦の救難シグナルを受信しても駆け付けた時には、全て終わって宙賊の姿形も消えている事が多々ある。故に予め捜索区域を特定し、宙賊の巡回監視をしている。アンドリュー星系では、四か所ある各星系の跳躍点方面へ分艦隊を派遣し巡回監視に当っている。
巡回監視も三週間が過ぎ、あと一週間で今回の循環監視も終了する。監視が厳しくなっていることを知ってか、今回はまだ宙賊には遭遇していない。予定リストに有るペルリオン星系とアンドリュー星系を行き来する貨物輸送艦を見るだけである。
「ロベルト、今回は平和な航宙で終わるかな」
「今のところ発見していませんが、宙賊の数は減ってはいません。たまたま見つからないだけでしょう」
「そうか」
アーサーは、旗艦“ヒマリア”を中心に上下前後左右に哨戒艦を展開させている。ビーンズ級哨戒艦は、全長一五〇メートル、全幅三〇メートル、全高三〇メートル、前部及び両舷側に直径三〇メートルのレーダーを持ち、半径七光時の全象限を索敵範囲に持つ、索敵レーダー艦である。自艦防御としてレールキャノンがレーダーの隙間から前方に四門、両舷側に四門ずつ配置されている。プローブは、1艦当り一〇〇〇個搭載している。今回は移動しながらの哨戒の為、プローブは使わず、哨戒艦のレーダーが頼りだ。
レーダーの干渉を避けるため、自分の位置から見て分艦隊と反対方向を走査する。ちょうど分艦隊の周りに四角い箱の壁がありその外側を見ている様な感じだ。
分艦隊の前方を走査している哨戒艦“パレネ”のレーダー士官は、レーダー管制室で前方に展開しているレーダーが映し出すスクリーンパネルを瞬きもせず覗き込んでいる。
「レイリー、珍しいな。巡回監視に出て三週間だ。宙賊の連中が一隻もいないなんて」
「ヤック、たまにはいいじゃないか。ほれあれ見ろ、艦長だってあくびしているぜ」
「ところで、聞いたか。噂だけどな。リギル星系軍とミルファク星系軍がミールワッツ星系で交戦したんだと。双方大変な被害が出たらしいぞ。変に巻き込まれなきゃ良いけどな」
「なーんで、他星系の話だろ。なんでうちの星系が関わるんだよ」
「お前解ってないな。リギルとアンドリューは、同盟を結んでいるだろう。同盟星系が始めたら助けに行くってのが筋だろう」
「しかし、リギルとミルファクだろ。うちの星系と比べたら戦力が違いすぎる。参加したら、巡回監視や、輸送艦の護衛はどうするんだよ」
「そりゃ、上が考えるだろうが」
「まあ、俺達哨戒艦乗りは、戦闘に入っても正面に立つ訳でもないしな」
「ところでレイリー、これ見てくれ。可愛いだろ。この巡回監視が終わったらデートの約束したんだ」
「あ、おまえ、この子、高速輸送艦“フェンリル”に乗っている医務班の子じゃないか。いつのまに」
「お前だって知っているじゃないか」
「当たり前だ、我艦隊じゃ有名だ」
「レイリー、ヤック、レーダースクリーンから目を離すな」
ヤマアラシの様にとんがり頭の艦長の声に、レイリーは、胸ポケットから出した航宙軍医務班の制服を着た栗色の髪の毛をした女の子の写真を仕舞った。
「早く終わらないかな」
レイリーの声が幸運の女神に届いたかは謎だが。
「司令官、首都星”オリオン”より緊急メッセージです。すぐに転送します」
司令官席でスコープビジョンを見ながら何も考えず頭を空白にしていたアーサーは、少しリクライニングにしていたシートを元に戻すと自席前のスクリーンパネルに転送されてきたメッセージに目を向けた。
「To:第一艦隊司令長官チェスター・アーサー中将
巡回監視を中断し、すぐに第一軍事衛星「ミラン」に帰還せよ。
From:軍事統括アルフレッド・アーサー大将
Date:WGC3035/11/15、09:00」
「タフト艦長、メッセージはこれだけか」
「はっ、以後のメッセージはありません」
アーサーは、解っているがあまりにも短い電文に一瞬戸惑いを覚えたが、軍事統括の命令では聞き返す必要もない。
「ヘンドル主席参謀、全艦を集結させて帰還準備が整うまでどのくらい必要だ」
「四時間半です」
アーサーの質問に既に答えを用意していたヘンドル主席参謀は、振向いたままの顔を司令官に真直ぐ向け、すぐに答え「集合命令をだしますか」と聞いた。
アーサーは、顎を引いて頷くとヘンドル主席参謀は、前を向きなおしスクリーンパネルに短く何かを打ち込んだ。それから数秒後、
旗艦”ヒマリア”の管制官フロアが、急に騒がしくなって行く。
「右舷第三哨戒グループ、すぐに戻れ」
「航法管制、艦隊方向を首都星”オリオン”に向ける。航路確認」
「レーダー管制、航路方向に未確認物体ないか」
「第二警戒態勢にシフト」
「戦闘管制モード、第一シフト。メインセレクターオン」
その様子を見ながらアーサーは、タフト艦長に
「艦長、私の名前で返答メッセージを頼む」
それだけ言うとアーサーは、おおよそ想像の付いている範囲だろうと考えながら集合作業を行っている分艦隊の状況をスクリーンビジョンで見ていた。