第0話 講習会
【主要登場人物】
工藤雄一
中二病。3年生
坂本紘輝
狂人。3年生
坂本香夏子
天然かつ能天気。1年生
竹内耕哉
オタク
石井未来
失声症(自称)2年生
菊池輝子
超天才かつ自意識過剰かつ被害妄想気味。3年生
森田真奈
長所短所なし。良い意味でも悪意味でも普通。2年生
佐藤正義は、バスの轟音を子守唄のように聞きながら、眠りの世界に入った。そこは、自分の思い描く理想の世界にもなれるし、苦痛と絶望しかない最悪の世界にもなり、はたまたどちらでもない世界でもある。夢はそう言うものだ。
誰かが肩を揺らす。
「ねぇ、次で降りるよぉ、セーギ~」
「うん?そうか……ていうか、俺を正義と呼ぶな!」
「じゃぁあ、なんて呼べばいい?」
「何度言えばわかる?俺は悪魔の精神医ダグラス・ジキル博士だ!」
「ジキル博士ぇ、次のでぇ、目的地ですよぉ?」
「ああ、御苦労、キャスディング特別捜査官」
「?」
隣に座る坂本香夏子は、まあいいかとばかりに肩をすくめた。くぬぅぅ!このFBIの犬め!
正義と香夏子はバスから降りて、目の前にある高層ビルを注目した。
「ここに、行くのぉ?」と語りかけるような滑らかな甘い声で聞いてきた。ついでに幼児語で。
「そうだ、偉大な生物学者の片岡博士の講習会を聞けるんだ、滅多にないぞ?」
「へぇ~、そんなに偉大なのですか~?」
「ああ、偉大だ」
そう言って、正面ビルに入る。まったく、この偉大な片岡博士の講習会に来ないなんて、どいつもこいつも馬鹿な連中だ。ドイツは好きだが……
竹内と言えば、オフ会に行くといって来ないし、石井は返事しないし、菊池は時間がもったいないというし、森田は友人との約束を優先させるし。しかも唯一の同行者は能天気かつ天然で幼稚な女の坂本だとは、現に興味なさそうだ。
「退屈だったら、あそこのDVDショップに行ったっていいんだぞ?」
「かなりんは~、博士とぉ~、一緒に行くのです」
「そうか」
香夏子は自分も含め、人の名前に「~りん」とつけるのが好きらしい。現に自分のことをかなりんと呼ぶ。中二病め!
正義は入口にあった掲示板を見た。
〝多発する猟奇的殺人事件、日本恐怖する〟
「最近多いな、こういうの」
「どういうの?」
「猟奇殺人」
「リョーキ殺人?」
香夏子は唇に指をあて、頭の中が「?」で埋め尽くされた。これだから凡人は。
「普通の事件と比べて、明らかに一線が越えている事件のこと」
「ああ~……おお~!そう言うこと」
「そう言うこと」
「一線を越えるって?」
「まったく、ほら行くぞ」
そう言って。ビル内に入り、時間を確認した。
「講習まで30分ちょいあるな、捜査官、DVDショップに行ってていいぞ。30分後に戻ってこい」
「うん、わかった」
そう言って、小走りで香夏子はDVDショップに向かった。
「さて、俺は何しますか………」
すると、ドアの向こうから話し声が聞こえた。正義は気になり、耳をすませた。
「……して……なの!」
「………の……ため…!」
「わか……屋!」
「これも……のためだ!」
途切れ途切れだが言い争ってるのがわかる。
「何だ?」
すると、携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
『博士ぇ、早く来てぇ!」
「どうした!すぐ行く!」
そう言って、駆け足でDVDショップに向かった。
香夏子の前には『死霊のえじき完全版』が置かれていた。
「こんなものを買って欲しくて、俺を読んだのか?」
「この映画はあまり見かけないのにぃ、かなりんはお財布を忘れたのです」
心底残念そうな声だ。
「言っておくが、買ってやらないぞ」
「えぇ~」
そう言って、隣にある『セブン』という映画を取って(ふり)『死霊のえじき』を取って、レジで会計を済ませ、中身を確認し「あ!間違えた!」と悔しがり(ふり)、「仕方ない、やるよ」と冷たく渡す(ふり)した。
「わぁー!死霊のえじきだ!ありがとセーギ!」
「だから――」
「博士ぇ、ありがとう」
「そろそろ時間だ、行くぞ」
「うん!」
2人はあのビルに戻り、講習会が開かれる6階の部屋に用意された椅子に座り、先生の登場を待った。周りには大勢の熱心な学生や研修医が来ていた。
「わぁ、満員だね」
「そりゃ、偉大な博士だからな」
そう言った瞬間、小柄でほっそりした男が入って来た。その存在感は異様だった。
「あれだ!あれが博士だ!」
「わぁ~!凄い人だね」
片岡博士はほうぃとボートの前に立ち、口を開いた。
1時間後、講習会は終わった。正義は非常に満足した。
「いや~満足満足」
「そうかなぁ?かなりんは難しくて分からなかったよ」
「これだから凡人は」
香夏子はしょんぼりした。
「いや!あれだ!お前は普通なんだ」
「普通?」
「俺は頭がおかしすぎて博士のおかしな話を理解できたんだ」
「じゃあ、かなりんはわからなくてよかったの?」
「そうだ」
「よかったぁ」
「それより、明日はお前のお兄さんを迎えに行かないとな」
「うん、そうだね」