女神同盟4
女神同盟が成立しリカム帝国への反撃が始まるかと思われた大陸情勢だったが、実際には上層部がもめにもめて今後連携がとれるかすら怪しい状況が生まれていた。
その原因は魔法ギルド……ではなく、同盟の発端であるはずの女神教会だ。
なんと彼らは自分たちで独自に部隊を結成し、リカムへ進軍すると言い出したのだ。
これに待ったをかけたのはピザンとキルシュだ。
彼らが当初女神教会に期待したのは後方支援。武器に祝福儀礼を施してもらえれば通常の武器でアンデッドの打倒が可能になるし、正規の手順で葬ってもらえればアンデッド化もしない。
そういった形での支援を期待していたし、実際それが最も効率が良いのだ。
しかし新たな教皇はそれを良しとはしなかった。
女神の怨敵は我らの手で駆逐せねばならない。
そう断言し自らも部隊を率いて前線へ出ると言い出したのだ。
ハッキリ言ってこれには女神同盟に参加した全ての国が呆れた。
何度も言うが彼らが女神教会に期待したのは後方支援。誰も前線で敵と殴り合えなどとは言っていない。
要するに、女神教会の腐敗を正し改革を成し遂げた新教皇は、政治的手腕に優れたタイプの人間ではなく、ものごとを運よく勢いで解決してしまった脳筋だったのだ。
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「魔法ギルドが同盟なんぞ組んだ理由が分かった。あいつらを放置していたら世界が滅びるぞ」
「それは言い過ぎ……とも言えないかもしれませんね」
ピザン王都の王宮にて。
執務室で頭を抱えるクラウディオと、その言葉を否定しきれずため息をつくヴィルヘルム。
状況が好転すると思っていただけに、女神教会の暴走とも言える行動に疲れ切っていた。
「大体敵はアンデッドだけではないのだぞ。普通の兵士を相手に神官の集団をぶつけてどうする気だ」
「まあ治癒魔術が使えるので粘りはするでしょうね。粘るだけですが」
治癒魔術といっても戦場で一瞬で傷を癒せるような高位の使い手は一握りだ。
損耗を遅らせることはできても止めるほどではないし、そもそもそんな高位の治癒魔術を連発できるわけもない。
そこを指摘しても教皇は「だが女神の敵は倒さねば!」と熱弁するだろう。
そしてタチが悪いことに今回の改革に賛同した修道派の神官たちは、そんなありがたいお言葉に賛同する信仰に厚い者たちである。
もしコンラートが現状を聞けば、クロエの言っていた「個人的には歓迎できない」というのはそういう意味だったのかと納得したことだろう。
「幸いなのは魔法ギルドのミリア様が変わらず理性的だったことでしょうか。最悪女神教会の狂信者たちが全滅しても何とかなるでしょう」
「言うなヴィル」
狂信者とあっさり言ってのけたヴィルヘルムに「こいつやはり内心で激怒しているな」と気付くクラウディオ。
計算高い彼にとって、理屈の通じない相手というのは嫌悪すべき対象なのだろう。
「まあデンケンの工作が成功すれば赤竜将軍と青竜将軍はこちらに寝返るだろう。ならばリカムの四将軍も残すは白竜将軍のみ。神官たちをつっこませてもある程度はイケルだろうが」
「イクサがそれを予想していないとは思えません。最悪寝返る前に始末されるのでは」
「それはそれでこちらにはありがたい……とも言い切れんな」
イクサに殺されるということは、アンデッドとなりイクサの手駒になるのと同義だ。
そして世界の敵とも言える状況に追い込まれたイクサが、国という容れ物と中身に拘るだろうか。
皇帝を含めたリカムの主要人物が全員アンデッドにされてもおかしくない。
「デンケンに工作を急がせるべきか。戦後のことを考えてもせめて将軍クラスには生き残ってもらわんとこっちの手間が増える」
「戦後のことを考えられるだけまだ余裕があるかもしれませんね」
事態が好転したとはいえ、負けるとは欠片も思っていないらしい兄に、ヴィルヘルムはやはり自分のような人間とは別のものが見えているのだろうと、今は亡き父を思い出しながら納得した。
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ピザン王国へと帰還したコンラートをクロエが訪ねてきたのは、彼が休養に入った次の日だった。
キルシュに残っていたはずにもかかわらず間を置かずの訪問。まさか慌てて後を追ってきたのかと思えばそういうわけでもなく、単に彼の移動速度が常人のそれを越えているだけらしい。
そういえばクロエは馬と同じ速度で走れると言っていた。
もしや本気になればそれ以上なのか。ティアとどちらが速いだろうかと、最近顔を見ていない同僚を思い出しながら思う。
「まあわざと移動を早くしているというのもあります。すいません命令が届いていませんでしたと言い訳できるので」
「もしや何か理不尽な命でも受けたのか?」
女神教会で改革が行われクロエの立場も改善されたものだと思っていたが、どうも本人の様子からしてそうではないらしい。
そもそも最近分かってきたが、クロエは信仰心はあっても性格的に神官に向いていない。
理由があれば戒律に背いても女神は納得してくれますと言い放つ、現実的なものの見方をするタイプだ。
それは彼の性分なのかそれとも魔術師に育てられたが故なのか。
ともかく熱心な女神教徒とはそりが合わないのは確かだろう。
「矛盾した命令を受けるのは今更ですけどね。どうも私を自分の直属に取り込みたいようでして。現代に産まれているはずの巫女を探せという任務も継続中なのに、教皇にはりついてどう捜せと」
「……」
さらりと放たれたクロエの言葉に、コンラートは反応せずにいられた自分を褒めたくなった。
巫女の捜索。
つまりそれはモニカのことではないのか。
モニカの容姿は伝承にある巫女そのものだ。
仮にモニカが本当に巫女ではなかったとしても、そんな命令を女神教会が出しているということは何らかの形で利用される可能性が高い。
否。既にモニカはピザン王国の伯爵という立場にある。
いかに女神教会でも強硬姿勢はとれないはず。
ともあれこのことはツィツェーリエと、モニカを気にかけてくれていて信用もできるマルティンにも話したほうがいいだろう。
「コンラートさん。もし私が神官をやめたら雇ってくれませんか?」
「なんだと?」
そんなことを表に出さないよう必死に考えていたら、突然予想外のことを言われてコンラートは驚愕し聞き返してしまった。
神官をやめる。まさかそこまでクロエは追い詰められているのか。
「正直に言いますと私が女神教会に所属していたのは情報を集めるためです。しかしその目的もほぼ完遂したので、これ以上所属しているメリットは薄いんです」
「……」
あっけらかんと言い放つクロエに、薄々気付いていたとはいえそこまで女神教会への帰属意識が薄いのかとコンラートは呆れた。
あるいはそうなるほど冷遇されていたのだろうか。
「しかし何故俺なのだ?」
「信用できるという点が第一。そして貴方ならイクサを倒せるのではないかと思ったからです」
「……」
それは買いかぶりすぎだとは言えなかった。
それ以上に、クロエが何故そこまでイクサに拘るのかが気になったからだ。
以前クロエはイクサを親の仇も同然の存在だといった。
つまりそのままずばり親の仇ではないということだ。
ならば何故?
「コンラートさんなら予想はついているでしょう。イクサは私の実の父親です」
「……そうか」
その告白への驚きはなかった。
確かにコンラートは可能性の一つとして考えていた。
イクサの本名はイクサ・レイブン。
そしてイクサはクロエをこう呼んだ。
テラス・レイブンと。
さらにイクサは白髪交じりではあるが、その肌の色は他では見ないほど濃い褐色だ。
名前と容姿。
ここまで揃っているなら両者が血縁関係であると考えて当然だ。
「そのことは女神教会は?」
「知っています。だからこそ私は彼らに重要視されながらも疎まれた」
それは当然だろう。
巫女を守った女神の盾の直系であることは確か。
だがその事実自体が、女神の盾の直系でありながらネクロマンサーとして世界の敵となったイクサの子だという証明だ。
女神教会としては蓋をしたい事実に違いない。
「復讐か?」
「違います。そもそも私は物心ついたときには師に拾われ、イクサとろくに面識はありません。ですが……」
そこまで言うと、クロエは右手を自らの胸へと当てた。
そして爪を立て、内にあるものを握り潰すかのように力を込める。
「奴と会った瞬間に分かった。分かってしまったんです。確かに奴は私の父親だと。あんな化け物が、自分の父親だと!」
クロエの性格からして、父親が犯罪者だとしても「それがなにか?」と気にしないだろう。
だが実際に父と会ってみればそんな態度は取れなかった。
本能が、自らに流れる血が、目の前にあるものが父であり、決して許してはならない悪だと叫び訴えた。
「奴を殺さないと私は自分という存在を許せない。私と奴は別のものだと証明しないと生きることは許されない! ……そんな個人的な理由です。私がイクサに固執するのは」
そうそれまでの血を吐くような声が嘘のように、静かにクロエは言葉を終えた。
ああ、これは駄目だ。
コンラートではこの子に何もしてあげられない。
彼の心は既に決意を固めてしまっている。あんな激情を自らの意思で抑え込んでしまえるほどに。
コンラートでは言葉を尽くして彼の心を救い上げることはできない。
だが――。
「俺がイクサを倒せるかどうかは分からないが、君が俺の下に来たいというのなら歓迎しよう。こうして言葉を交わした時間は少ないが、俺は君のことを信頼している」
傍に居て見守ることはできるだろう。
コンラートの言葉に、クロエはただ無言で感謝を示すように頭を下げた。




