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黄昏の王 終局

「つまらん」


 酷く不快な声が言った。

 同時に向けられた視線の先には、玉座の隣に佇むイクサの姿。皺だらけの顔に無という表情を貼り付けて、今しがたドルクフォードの消え失せた場所を見下ろしていた。


「……イクサ」

「つまらん。つまらんよ。四十年。あのドルクが、誰よりも強く傲慢な英雄が、己の無力さを思い知り人ならざる力を求めるのを、四十年もわしは待ったのだ。また貴様か。十五年前のように、貴様が全てを台無しにするか、小僧ォッ!」

「ぐぬっ!?」


 イクサが激昂すると同時に、その体から溢れ出す魔力が巨大な暴風となってコンラートたちに叩きつけられた。ただそれだけで、コンラートはたたらを踏み、かろうじて立っていたゾフィーはその場に膝をついていしまう。


 十五年前?

 確かにコンラートは十五年前にイクサと対峙している。しかしその時コンラートは一方的に敗北し、イクサに傷一つ負わせる事ができなかった。

 そんな状態で、一体何を台無しにしたと言うのか。


「父を……狂わせたのは貴様か!?」


 コンラートが思いを巡らせている一瞬の後、ゾフィーが立ち上がりイクサへと向かう。するとイクサは新しい玩具を見つけたかのように、それまでの怒りの形相をゆるめ、ゾフィーを嘲弄する。


「クカッ。わしはこの国で少し遊んだだけよ。新しい手駒を試す機会も欲しかったのでな。しかし思いの他この国の者たちは愚かであった。不死をくれてやる。その一言で一体どれほどの人間がわしに膝をついたと思う?」

「遊んだだと。……私たちの国で、遊んだだと!?」


 ――ふざけるな!


 咆哮と同時、ゾフィーが駆ける。手に父の遺した聖剣を手に、憎き魔術師目がけて飛ぶように迫る。

 そして突き出された聖剣が老いた魔術師に届く刹那、闇が沸き立つ溶岩のように噴出した。


「――ガッ!?」

「ゾフィー様!?」


 その闇の奔流を受けて、ゾフィーが弾き飛ばされる。コンラートは慌ててゾフィーを受け止めるが、大砲のように打ち出されたその体は勢いよくコンラートを巻き込み転倒する。


「ぐ……」


 その衝撃で、コンラートは腹部の痛みに悶絶した。今まで忘れていたというのに、一度自覚したそれは地獄の責め苦のようであった。そして思い出す。ゾフィーもまた腹に風穴が開いていたという事を。


「ゾフィー様。傷が……」

「……傷はクライン司教が塞いだ。問題無い」


 苦悶の声を押し殺し、ゾフィーはそう言い放つと立ち上がった。だがそれがやせ我慢である事は明白で、青ざめた顔からは汗がとめどなく溢れていた。


「本当に塞いだだけですよ。中身がかき混ざって愉快な事になる前に、他の神官に視てもらって下さい」


 今にも倒れそうなゾフィーを両の手で支えるコンラート。そんな二人を庇うように、小柄な影が進み出た。


「……クロエ殿」

「まったく。師からも聞いていましたが、ピザン王家の人間は、揃いも揃って無茶をする」


 背を向けたクロエの顔は見えない。しかし笑っているのだろうとコンラートには分かった。


「……これは?」


 ゾフィーの声につられて視線を前に向ければ、イクサの居た場所……ドルクフォードが消えたその場に、黒い穴が開いていた。

 ぽっかりと宙に開いた穴は、光という存在を知らないかのように暗く、歪で、底なしだった。まるで臓腑を煮詰めた悪魔の鍋のように、不気味に蠢いている。

 その穴を認めた瞬間、コンラートの中を虫が這い回るような悪寒が走った。


 アレはダメだ。

 この世にあってはならない。

 塞がなくてはならない。

 己が身など省みず。

 身命を賭して閉じねばならない。


「……それは私の役目のようですね」


 その言葉にハッとした。

 覚えの無い使命感に駆られ、駆け出しそうになっていた何者かは消え、ただのコンラートがそこに居た。


「クロエ殿……これは?」

「異界への孔。どこの世界かといえば、どう見ても天界ではありませんし。魔界……でしょうね」


 魔界。

 千年前の戦いで破れた魔の者どもや邪神が封じられた、光の欠片も差さない闇の世界。

 そんな場所と、アレは繋がっているというのか。


「調停者をこのような形で使うとは、人を越えた者の執念の恐ろしさか」

「調停者……? いや、あれをどうにかできぬのか?」

「閉じる事自体は私にも可能ですが……揺り戻しでかなりの規模の空振が置きますね」

「空振?」

「空気が揺れるんです。自然現象の空振なら精々建物が揺れる程度ですが、この場合揺れる程度で済んでくれるか……まあ私が何とかします」


 それまでの葛藤は何だったのか、クロエはあっさりとそう告げた。

 それがまるで諦めを含んでいるようで――


「……クロエ殿!」


 ――震えた、すがるような声で、コンラートは背を向けた少年の名を呼んでいた。


「何ですか? ああ、危険ですからコンラートさんはゾフィー様を連れて脱出を……」

「俺は友人を見捨て逃げるつもりは無い」

「……」


 コンラートの言葉に、クロエの肩が震えた。

 歳に似合わぬ強さを持ってしまった、孤高の少年の体が揺れた。


「……」


 少年は何も言わない。ただ何かに耐え、拒絶するように背を向け続ける姿は、まるで泣いている子供のようで。


「……まったく。ここに残ったところで、魔術師でもない貴方にできることなどありませんよ」

「な!?」


 クロエが杖を軽く振ると、幾重もの魔術式が飛び交い血塗れの床に魔方陣が描かれる。そして次々と消えていく倒れていた騎士たち。転移魔術。そうあたりをつけながらも、コンラートは理解ができなかった。

 いくらクロエでも、このような大魔術を詠唱も無しに行うのは不可能なはずだ。この人数を転移させられるなら、苦手だという治癒魔術で命を繋いだりする必要が無いのだから。


「急を要するので座標は姉さんの側を指定しています。姉さんは独特の価値観で動く人ですが、さすがに目の前に瀕死の人間が転がってたら治癒くらいはしてくれるでしょう」


 だというのに、事も無げにクロエは言った。


「……何故?」

「さあ、何故でしょう」


 そう言いながら、クロエは落ちていた二振りの聖剣を拾い上げると、目の前の孔など見えていないかのように颯爽とコンラートの――支えられたゾフィーの前に跪く。


「ゾフィー様。父君の形見の片割れをお借りすることをお許しください」


 そう言うと、一振りの聖剣を、ドルクフォードの残した剣を恭しくゾフィーへと捧げる。戸惑いながらもゾフィーはそれを受け取った。


「クライン司教……そなたは一体……」

「私は代理人です。かつて我が師や貴女の父君が選ばれたように、今は私がそうなってしまった。そしてきっと、次は貴女なのでしょう」

「……!?」


 そう言って微笑むクロエの顔を見て、コンラートとゾフィーは息を呑んだ。

 夜の闇を宿したようなクロエの瞳。その瞳が澄み渡る空のような青色に染まっていた。

 色こそ違えど、それはまるでドルクフォードに起きた異変と同じようで、言い知れぬ不安を二人に感じさせる。


「……クロエ殿」

「コンラートさん。俺は死にません。だから……」


 言いかけて、クロエは言葉に詰まったように口を閉じた。


「……だから、また会って話をしましょう」

「……ああ。また会おう」


 その言葉を最後に、コンラートとゾフィーの姿が揺らぐ。地に描かれた魔法陣の輝きに導かれ、二人は闇が濃くなっていく城から消え去った。







「ああ、まったく。お人好しにも程があるよコンラートさんは」


 一人残された少年は、笑いながら一人ごちた。


 嘘をついた。生き残れる確率など零に等しいのに、死なないなどと言い切った。

 

「……」


 無言で黒い孔を睨む。光すら拒む闇の奥は見通すことはできない。しかし今のクロエには見えていた。その深淵に居る者が不適に笑うのを、ただ恐怖に耐えて見返していた。

 このままではこの孔を閉じることはできない。孔の底でこちらを見上げている奴をどうにかしなければ、むしろこのまま広がり続けこちら側を侵食してしまうだろう。


「荷が重い。これ絶対私じゃなくてコンラートさんかゾフィー様の『役割』だろ」


 愚痴りながらも、クロエはドルクフォードが残した聖剣を握りなおし歩き始める。

 死ぬのは恐くない。そんな上等な感情を抱けるような生き方は許されなかった。

 だがそれでも、無責任に命を捨てるには抱えたものが多すぎた。


「さて、ちょっと世界を救いに行きますか」


 散歩にでも行くような気楽さを装い、軽い口調でそう言うと、クロエは黒い孔の中へ、奈落の底へと身を投げた。




 コンラートたちが城から退避した数時間後。王都を謎の振動が襲い建物という建物は崩壊した。

 事前に何者かにより王都の住人は退避させられており、人的被害は零に等しかった。

 ただ一人。クロエ・クラインという神官が行方知れずとなった以外は。

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異世界召喚が多すぎて女神様がぶちギレました
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