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三章 女神の盾3


 ジレントに住む魔女ミーメ・クライン。彼女は魔女の後継としてだけでは無く、魔法学者としても大陸に名が通っている。故にミーメの下で学びたいと言う者は多いのだが、彼女はそれをことごとく断わってきた。

 そもそも彼女は未だ若く、後継を作ることに焦るような歳では無い。そのため弟子と言える存在は、巨大な権限を使って押し付けられたレインという少女だけであった。

 そのレインも独り立ちを始め、ようやく肩の荷が下りるというその時に、ミーメは新たな重荷を背負わされる事になる。


 カイと名乗る育ちの良さそうな少年。白髪の女性剣士を従者にしたその少年に、魔術を教えて欲しいと連れてきたのは、魔法ギルドの党首であった。

 魔法ギルドの党員が政治に多大な影響を与えているこの国において、その党首というのは実質的な最高権力者に等しい。そうでなくとも恩ある人からの頼みごとを断わる理由が見つからず、ミーメはその厄介事の塊を引き受けることになったのである。

 赤い髪に紫の瞳。そんなカラフルな生命体の正体など、ミーメには一つしか心当たりが無かった。そして数日と経たない内に、ピザン王国の王弟がさらわれたと言う噂が流れ、その心当たりは確信へと変わる。

 魔女は魔女らしく森の奥にでも隠居するべきだろうか。彼女がそう考え始めたのは無理も無いかもしれない。


「最初に知っておいて欲しいのは、魔術は便利そうに見えるけれど、その実様々な制約があり、万能の力では無いという事。単独で一軍を滅ぼすような魔術は、一握りの才能のある魔術師にしか使えないし、並みの術者は一日に何度も魔術を唱える事は出来ない」


 ジレントの港町ネスカ。広いとは言えない宿の一室で、ミーメはどっしりとしたテーブルを挟んで腰かけるカイと向かい合い、魔術の授業を行っていた。

 ミーメは説明を続けながらも目の前の少年の様子を観察するが、魔術を習いたいというのは本当らしく、その顔には真剣な表情が浮かんでいる。

 やる気があるならば自分も手を抜く事はできない。そう考えミーメは気付かれないよう気を引き締め直した。


「魔術を使えるようになっても、それが脅威といえるレベルになるには、多くの才能と努力が必要なの。ハッキリと言ってしまえば、魔術の世界では才能が無ければ何もできないわ。努力が不要だとは言わないけれど、才能が無ければどんな努力も無駄になる」


 残酷とも言える事実を口にしても、カイに不安の色は見えなかった。それもそうだろう。ミーメが軽く見積もっても、少年の持つ魔力は稀に見る巨大なものだ。

 それ故に、この歳まで誰も魔術を教えなかった事に疑問が残るのだが、詮索をすればいらぬ厄介事を呼び込みそうだと思い、知らぬふりをして説明を続ける。


「魔術というのは、基本は超常的な何者かの力を借りないと成立しないわ。精霊魔術なら精霊の、神聖魔術なら神の、暗黒魔術なら魔の力を借りる。そしてどんなに魔力が高くても、精霊や神との相性のせいで、使える魔術と使えない魔術ができてしまう」

「基本はって、自力で魔術を使える人も居るんですか?」


 説明の途中で言葉を切ったミーメに、カイが片手を上げて疑問を口にする。それにミーメは頷いて返すと、視線をカイへと向けながら説明を続ける。


「歴史上は居たという事になっているわ。代表的なのは、神の力を使ったとされる巫女ね。厳密には神の力を預けられたという事になっているけれど、通常の魔術のように呪文を唱える事無く、様々な奇跡を起こしたとされている」

「じゃあ普通の人間には無理ってことですか?」

「そうね。それこそ人間をやめないと無理でしょうね」


 そう言ってみたが、ミーメ自身は人間という存在を、神や精霊に等しい存在へと高める方法など思いつかない。下手に魂を弄っても、人でも神でも無い何かへと変貌するだけだと知っている。


「まあそれは置いておいて。最初に魔術の適正を調べるわ。地水火風の基本属性の内、二つくらいは適正があるはずだから」

「分かりました」


 素直に返事をするカイに好感を持ちながらも、ミーメは魔術式を描いて検査の準備を始める。その結果は予想だにしないものとなるのだが、その事が表沙汰となるのに数年ほどの時間がかかることとなる。



 気をつけなければ体をぶつけそうな狭い通路を、コンラートとクロエは駆けた。

 先ほどは侵入者を捨て置こうとしたクロエだったが、コンラートの前を先行し、それに追いつけないコンラートを待つ姿には焦りが見られた。

 この墓はクロエの先祖たちの手によって作られ、歴史的な価値もある遺跡だ。荒らされて面白いはずは無い。


「そこを抜ければ着きます! 警戒を!」

「承知!」


 クロエに叫び返しながら、コンラートは剣の柄へと手をかけつつ走る。そして唐突に狭い通路が途切れて視界が開けると、蓄光石の光よりも強い太陽の日差しがコンラートの目を眩ませた。


「……ここは」


 反射的に閉じた目を開けば、それまでの狭い通路とは比べ物にならない、広大な空間が広がっていた。

 地に敷き詰められた人一人と同程度の大きさの石畳は、数えれば千を越えるのでは無いだろうか。周囲は削り取られたように円形の絶壁に囲われており、見上げても先が見えないそれは天に届くのではないかと思わせる。

 そして真上を見れば、丸く切り取られた空の中央に収まるように、太陽が悠然と輝きを放っていた。


「いやいや、よく来てくれました。白の騎士に黒の民」


 芝居がかった男の声と、手を打ち合わせる乾いた音が広間に響いた。その発生源へと視線を向ければ、祭壇らしきせり上がった台座の上に、軍服らしき黒い衣装を纏った男が居た。周囲には黒い甲冑に身を包んだ五人の騎士が、男を守るように佇んでいる。

 その軍服に、何よりその男自身に、コンラートは見覚えがあった。


「貴様は……デニス! 何故ここに居る!?」

「おや、一介の魔術師に過ぎない私を、コンラート殿が覚えていてくださったとは恐悦至極。私のような引きこもり、余程の問題が起きないと表に引きずり出されませんからねえ」


 コンラートの問いには答えず、男――デニスは王侯貴族に対するそれのように、大げさな素振りで頭を下げる。


「お知り合いですか?」

「……ピザンの近衛に所属する魔術師だ。周囲に居る者は、やはりそうなのか?」

「アンデッド……ですね。祭壇に死体を供えるとは、神と私に対する挑発でしょうか」

「これは失礼をしました。イクサ殿に、クロエ司教を呼び寄せるならば、ここが一番だと教わりましたので」


 あっさりとした暴露に、クロエが眉をひそめる。それを横目に、コンラートも半ば怒鳴るようにデニスへ問う。


「貴様……リカムに下ったのか!?」

「いえいえ、私はリカムになど下っていませんよ。大陸の二大強国の間で、蝙蝠めいた真似などすれば、あっさりと消されかねませんからねえ」

「ならば何故!?」

「答える意味も必要性も感じません」


 左手を額に当て、呆れたように首を振るデニス。その様子に苛立ち、コンラートが動こうとしたのを見計らったように、デニスが嫌らしい笑みを浮かべ口を開いた。


「まずは小手調べといきましょうか。……行きなさい!」


 デニスの命令に応えて、四人の騎士が祭壇から飛び降り駆けた。

 甲冑を着込みフルフェイスの兜によって顔の隠された騎士たちは、同時に抜刀するとコンラートとクロエを包囲する。それに対し、コンラートも腰の剣を抜き、クロエも杖を構えながら背中合わせに構える。


「生きている人間と遜色の無い動き。アンデッドとしてはそこそこ高レベルです。恐らく生前の意識を保っており、技術も再現できるかと」

「それは面倒だ」


 アンデッドの多くは、明確な意思は持たず緩慢な動きしかできない。それは不死性と引き換えに与えられた欠点のようなものだが、目前の黒騎士たちにはそれが無いという事だ。

 しかしそれでも、アンデッドとの戦いに慣れたコンラートからすれば、面倒程度の事でしかない。


「逃げられるよりは、余程やりやすい。……フンッ!」


 同時に向かってきた黒騎士のうちの一人に、コンラートは自ら踏み込みその胴を薙ぐ。対して黒騎士は、防御という概念を忘れたように同時に剣を袈裟懸けに斬り下そうとする。しかし剣を握った腕を振り下ろす頃には、黒騎士は下半身を地面に忘れたまま、上半身だけで宙を舞っていた。

 そんな仲間の姿に怯むでもなく、黒騎士の一人がコンラートの背後に回りこみ剣を振るう。しかし即座に振り返ったコンラートの剣に打ち負かされ、体勢を崩したところで首を刎ねられた。

 それでもなお、黒騎士は首を無くした体だけで斬りかかろうとするが、やはり動きは鈍るらしく、コンラートに蹴り飛ばされて地面を転がる。


「――女神よ、私たちが罪を許すように、私たちの罪をお許しください」


 一方で呪文の詠唱を始めていたクロエにも、二人の黒騎士が同時に襲いかかる。それを確認したコンラートは援護に回る。そしてそれらの光景を眺めながらも、クロエは慌てる様子も無く静かに詠唱を続ける。


「――誘惑より導き出し」


 呪文を唱え続けながらも、クロエは振り下ろされた剣を杖で受け流した。そしてそのまま黒騎士の喉を杖で押さえつつ、右足を黒騎士の後方へと滑り込ませる。するとクロエの倍の重量はあろうかという黒騎士が、足でも滑らせたように勢いよく仰向けに地面へと叩きつけられた。

 その光景に驚嘆しつつも、コンラートはクロエ目がけて振り下ろされた残りの黒騎士の腕を切り落とし、返す刀で袈裟懸けに切り裂く。しかしアンデッドである彼らは、その体を切断されてももがき、立ち上がろうとする。


「――私たちを災厄からお救いください」


 しかし黒騎士たちが体勢を立て直す前に、祈りのような詠唱が終わると同時に、クロエの持つ杖の先から光が溢れ出した。その光はクロエの足元に居る黒騎士を包み込み、そして地面の上でもがき立ち上がろうとしていた他の黒騎士にまで届く。そして光が収まるのと合わせるように、黒騎士たちは崩れ落ち、地面に倒れていた者たちも身動きしなくなった。


「……呆れましたねえ。材料が凡庸でも、丁寧に作ったアンデッド兵は十人程度の働きはするはずなのですが」

「足りぬな。力こそ衰えてきてはいるが、このコンラート百人程度の働きはできると自負している」

「千人と言わないところに真実味があるのが恐ろしい。しかし、ならば、こちらも百の兵に匹敵する戦力を投入しましょうかねえ。出番ですよニコラス」


 デニスの声に応えるように、最後の黒騎士が祭壇から飛び降りる。しかしそれまでの黒騎士とは違い、ニコラスと呼ばれた黒騎士は距離をつめようとせず、コンラートたちを観察するようにゆっくりと顔を向けた。


「……デニス殿。貴方にも助力願いたい」

「何?」


 突然のニコラスの言葉に、その場に居たものは揃って表情を変えた。

 コンラートはアンデッドであるはずのニコラスが言葉を発した故に、デニスはニコラスが命令に黙って従わなかった故に、そしてクロエは自らの目論見が外れた故に。


「私は他のアンデッドとは作りからして違う故に、浄化程度で魂が肉を離れる事は無いが、かの司教ならば私を滅する術式を知っていても不思議では無い」

「なるほど、確かに」


 ニコラスの言い分に気分を害した様子も無く、デニスは納得し祭壇から一歩ずつ下りていく。そして階段を下り終えると、長い前髪を右手で払い、そのまま指揮者のように掲げる。


「それに私も、生来見学する側の人間ではありませんからねえ。英雄と化物の戦い、混ぜてもらうとしましょう。

 ――火の精霊よ、古の盟約の下、我が命ずる」

「――女神よ、瞳のように私たちを覆ってください」


 デニスが精霊に語りかけ、クロエが女神へ祈る。そして魔術師と神官の間に立つ剣士たちが同時に駆け、両者の剣が広間の中央でぶつかり合った。

 渾身の一撃を止められ、コンラートの顔に驚愕の色が浮かぶ。


「互角だと!?」

「力で己と拮抗する者が居ないとでも思うたか? 貴方はアンデッドの真の恐ろしさを知らぬ」


 鍔迫り合いの最中に放たれた言葉に、コンラートは納得し一旦距離をとる。

 アンデッドとなったものは、生前とは比べ物にならない力を発揮する。既に死んでいるために、己の体を庇う機能が停止するためだ。

 それに加え、眼前のニコラスは、アンデッドとなる以前からかなりの実力者だったのだろう。そうでなければ、アンデッドと化したとはいえ、コンラートに比肩する怪力を持つわけがない。


「――其は死地へと赴く盲目の羊、汝を誘うは聯翩れんべんの大火と知れ!」


 幾度も剣を打ち合い、再び鍔迫り合いとなったところで、デニスの詠唱が終わり十を越える火球が生み出される。それに反応するようにニコラスが後ろへと跳び、その体を避けるように弧を描いて火球がコンラートへと迫る。


「――親鳥が雛を翼の陰に匿うように、私たちをお守りください!」


 しかしデニスの詠唱が終わるのに僅かに遅れて、クロエの詠唱も完了する。以前に襲撃者のナイフを防いだのと同じように、光の粒子が集いコンラートを守る壁となる。

 火球を避けるべきか迷ったコンラートだったが、クロエの障壁を信じ覚悟を決めると、迫り来る炎の塊を無視してニコラスへと一気に踏み込んだ。炎がコンラートを追跡するように次々に地面へと着弾し、幾つかの火急が直撃したものの、それらは障壁に阻まれ散るように消えていく。


「ハアッ!」

「グッ!?」


 障壁が消えない内に、コンラートは剣を力任せに振り下ろした。防御を考えないその一撃に、ニコラスは受けきりつつもうめき声を上げる。

 痛みを感じる事は無くとも、軋む体が限界を訴える。アンデッドである自分が、力任せに戦えば負けるという事実を、ニコラスは驚嘆とともに受け入れた。


「恐れ入った。新たな体を得て十を越える年を経たが、油断の許されぬ戦いは幾年ぶりか」

「随分と長く死に損なっている。きっちり死んでいれば、土にかえって安らかに眠れていたであろうに」


 言葉を交わすうちにコンラートの身を包む障壁が消え、二人は距離をとり構え直す。お互いの実力を理解し、迂闊には攻められず睨みあう形となる。


「む?」


 その両者の隣を、黒い影が駆け抜けた。それがクロエだと分かったのは、コンラートは勿論ニコラスからも到底手が届かない彼方へと影が去ってから。その後姿を眺めつつ、コンラートは呆れたように吐息を漏らした。


「……良いのか? 子供というのは目を離すと無茶をする」

「俺では魔術師の相手は難しいのでな。それにおまえを放置できん」


 敵でありながらそんな事を聞くニコラスに、コンラートは苦笑で返す。アンデッドだというのに、そこらの騎士よりも騎士らしい様子に複雑な感情が浮かぶ。しかし敵である以上は、打ち倒すしかない。


「だが心配であるのは確かだ。手早く終わらせてもらおう」

「そうはいかぬ。力では負けたが、勝負はそれだけで決まるわけでは無い」



「ほう、守ってばかりでは勝てませんが、下手に攻めても自滅するだけだというのに。

 ――火の精霊よ、古の盟約の下、我が命ずる」

 駆けて来るクロエを見やり、内心で哂いながら、デニスは新たな魔術の詠唱に入る。

 このままでは不利だと判断し接近戦に持ち込むつもりなのだろうが、デニスとて軍人の端くれであり、剣の心得もある。少々気を散らされた程度で詠唱をしくじってやるつもりも無く、むしろこの状況は望むところだと言っていい。


「――灼爛たる大地を覆うものは、彼岸に集い蠢動しゅんどうする」

 先ほどクロエが黒騎士にやったように、カウンターで魔術を叩きつけてやろう。そう決めてデニスは笑い、風のように駆けてきたクロエを注視しながら詠唱を続ける。


「――蝗旱こうかんは流れを呑み尽くし」

「――西方を守護せし戦神ルクツェルヌよ」


 走りながらも詠唱を始めたクロエ。それにデニスは内心で首をかしげた。

 戦神ルクツェルヌの名において行使される魔術は、神聖魔術には珍しく攻撃系のものが多い。しかし攻撃系の神聖魔術を使えるのだとすれば、何故わざわざ接近する必要があるのか。ましてこのタイミングでは、明らかにデニスの魔術の方が先に完成する。

 疑問に思うデニスの眼前で、クロエが杖を振りかぶる。デニスは剣を抜きその一撃を受け止めると、強引に押し戻した後に跳び退って距離をとった。そして押し返されたたらを踏んでいるクロエ目がけて剣先を向けながら、自身の魔術を完成させる呪文を唱える。


「――大火は恵みを屠り蹂躙する!」


 デニスの声に応えて、前方の地面より巨大な炎の壁が現れる。それを見て、クロエは祈るように杖を両の手で掲げる。その祈りを嘲笑うように炎の壁は前進し、クロエへと襲い掛かり、その小柄な体を完全に飲み込んだ。


「あっけないですねえ。魔術の構成も潜在魔力も見事なものでしたが、やはり経験が足りませんでしたか」


 炎の壁は、いまや炎の絨毯となってデニスの眼前の空間を支配している。クロエがその中から逃れる気配が無い以上、その身は焼き尽くされ灰となる事だろう。


「――私の怒りをもって立ち」


 しかしその予想を裏切るように、炎の中からクロエの声が聞こえてくる。


「チィ! 腐っても修道司教ですか!」

「――彼方の憤りに立ち向かい」


 どうやって炎に耐えているのか。そんな事を考えている暇は無い。デニスはクロエが自身の魔術を耐える事によって、確実に魔術を当てに来た事を悟る。そしてようやく炎の絨毯が消失し、焼け焦げた石畳の上にクロエが現れ、杖をゆっくりとデニスへと差し向ける。


「――私の敵へと裁きを命じてください!」


 詠唱の終わりとともに、杖の先に光が集まり、一筋の線となって走る。


「――あらゆる力阻む盾よ!」


 それに対抗しデニスが呪文を唱えると、その身を不可視の壁が包み込む。それとほぼ同時に光の線がデニスの足元を薙ぎ払い、それをなぞるように地面から光の奔流が湧き上がった。


「むうッ!?」


 光の圧力によって不可視の盾が軋み、僅かに漏れた力がデニスの体を圧迫する。必死に魔力を不可視の盾へと送り込み維持するデニス。光の奔流は数秒で収まったが、それと同時に不可視の盾は耐えかねたように砕け、消失した。

 直接光を浴びても死にはしなかったであろうが、それでも大きなダメージをおっていただろう。冷や汗を拭いながら、デニスは相対するクロエへと剣を構える。


「一流と評するに申し分の無い威力ですねえ。神官なのは格好だけで、信仰心の欠片も持ち合わせていないと思っていたのですが。それに常時展開されている結界のみで私の魔術に耐えるとは、とんだ馬鹿魔力だ」


 高位の魔術の使い手は、常時自らの体を薄い結界で守っている。その上一般人に比べれば、魔術に対する抵抗力も高い。しかしそれでも何の魔術も用いずに、デニスの魔術に耐えたクロエの魔術への耐久力は、反則だと言って良い。

 このままチマチマと魔術を唱えていては分が悪い。デニスはそう判断し、格闘戦に持ち込むか、あるいはクロエの結界すら貫く大魔術を唱えるために、剣を構えたまま相手の出方を窺う。


「観念してください。命を弄ぶ者には、神に代わり私が罰を下します」


 杖を槍のように構え、クロエが言う。対するデニスは内心で舌打ちしたが、それを悟られぬよう口元に笑みを浮かべると、相変わらずの人を嘗めたような口調で言葉を紡ぐ。


「ハッ、貴方が神罰を下すと? 神罰によって滅んだ一族である貴方が?」

「……」


 クロエの返答は無い。しかしその中性的な顔が微かに歪み、集中が僅かに切れたのをデニスは見逃さなかった。間合を保つために少しずつ下がっていた足を止め、石畳を蹴ると一気に加速する。

 隙を見て攻めるつもりであったクロエは、逆に攻められたために咄嗟に反応できず、自身の喉下へと伸びた剣先を仰け反るようにして避ける。そして体勢を崩したところに振り下ろされたデニスの剣を、片膝をつきながらも辛うじて杖で受け止めた。


「フハハハハッ! 敵の言葉に感情を揺さぶられるとは、まだまだ子供ですねえ!」

「……煩い黙れ」

「おやおやあ? 地が出てますよお。規範を実践し模範となるべき司教殿が『煩い黙れ』などと暴言を吐いて、感心しませんねえ?」

「……」


 剣を押し付けながら、さも嬉しそうに言うデニスに、クロエは無言で歯を食いしばる。本音を言えば今すぐに思いつくだけの罵詈雑言を叩き付けたいところであるが、目の前の人物に効果があるかは疑問であるし、さらなる嫌味を呼び寄せかねない。

 クロエは苛立つ感情を無理矢理抑え、全身の力を使ってデニスの剣を押し返し、体ごと弾き飛ばす。


「やれやれ、言い返せないから実力行使ですか。まったくこれだから子供は」


 額に左手を当て、呆れたように頭を振るデニス。いくら挑発されても、クロエはそう簡単に己の感情を顔にだしてやるつもりは無い。しかし表面はともかく、内心まで冷静でいられる余裕は無くなっていた。


「……潰す」


 周囲に漏らさぬよう、口の中で呟き、クロエは杖を持ち直してデニスへと殴りかかる。対するデニスはそれを予想していたように受け止め、両者は引く事無く鍔迫り合いとなる。


「――火の精霊よ!」

「――女神よ!」


 剣と杖とをぶつけ合いながらも、両者は呪文の詠唱に入る。正にそれは己の全てをぶつける戦いとなっていた。

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異世界召喚が多すぎて女神様がぶちギレました
日本の神々の長である天照大神は思いました。最近日本人異世界に拉致られすぎじゃね?
そうだ! 異世界に日本人が召喚されたら、異世界人を日本に召喚し返せばいいのよ!
そんなへっぽこ女神様のせいで巻き起こるほのぼの異世界交流コメディー
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