【耳鳴り】
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静寂が嫌いだ。
嫌いと言うよりも苦手なのだろう
雑音があればいい。
ただ それだけでいい。
幼い頃 隣接する家がGas爆発を起こし
爆音と爆風で左耳の鼓膜を破損した。
奇跡的に人工鼓膜で耳の機能は回復したが 片腕と背中に 皮膚を移植した。
あれから何年経つのだろう
今は四角い黒い皮膚と 左耳の人工鼓膜が破れたままになっている。日常に耳鳴りの状態が続くので 些細な雑音がある方がいいのだ。友人に呼ばれても
気付かない事もある。
[耳が遠い]と愚痴られるが
聞こえない訳じゃない
耳鳴りで聞こえないのだ
耳鳴りと重なり
子供の泣き声が響いて
友人の声を掻き消してしまう
だから 静寂は嫌いだ。
子供の泣き叫ぶ声が鳴り響いてしまうから
僕は その子供の泣き声の正体を知っている
弟の泣き声だと窓硝子が飛び散る瞬間
熱で膨脹した歪んだ空気が押し寄せる。壁が練り飴の様に 内側にグニャリと曲がった。
無我夢中で部屋を出た。
隣の部屋で弟が泣き叫ぶ声が聞こえ
弟の名前を何度も何度も
呼んだのを 覚えている。
そこから先の記憶はない
多分 弟を置き去りに
僕は逃げたのだろう
だから 今でも
耳の奥に 弟の泣き声が
耳鳴りと共に鳴り響く
刻印の様に…
友人の働くスタンドで
仕事が終わるのを待っていた。いつもアガル時間を大幅に越えていた。
友人は 硝子越しに片手を顔の前に立て 仕切りに詫びる仕草を送る。
しばらくして客が引き
レジから友人が駆け寄り
一服をしながら
新人の不祥事を愚痴った。
天井からノズルが垂れ下がり注入の際 ボタン操作でノズルが降りてくるシステムのガソリンスタンド
新人バイトが ロックを掛け忘れて そのままノズルを天井に上げてしまった為
ホース内に残ったガソリンを
客の車にぶちまけたらしい
運悪く 店長不在の不祥事。
本社から社員が呼び付けられ 謝罪をしたと言う。
その為 店長と友人達は
激怒した本社の社員に こっぴどく罵声を浴びせられ
いつもの勤務時間内の常務が遅れてしまったらしい。
当事者のバイトは定時に上がったと 皮肉を込めて苦笑した。
人手不足のスタンド。バイトへの配慮を考えて定時で帰したとしても
多分 明日からバイトは来ないだろうと言う意味の苦笑なのかもしれない
仕事に戻る友人が
吸いかけの煙草をスタンド脇にある 小さな焼却炉の中に投げ込んだ。
『ボン!!』
鈍い音と同時に 焼却炉から火柱が 友人目掛けて燃え上がる。
友人が転がる様に地面に伏せた。
一瞬の出来事。
火柱は 友人を霞める事なく鎮火した。
ガソリンを拭きとった雑巾を
焼却炉の中に捨てた為 焼却の中に充満したガスが 煙草の火に引火したのだ。
友人に襲い掛かる火柱を見た時
子供の泣き叫ぶ悲鳴に飲み込まれ 意識が遠ざかる
床に伏せた友人が 異変に気付き走り寄りながら
何か言葉を発した。
何を言ったのか聞こえず
そのまま 意識を失っていた。
白い病院の壁を眺めていた。
搬送された病院で精密検査を受け 左耳の人工鼓膜の手術を行った。
あれから 耳障りだった耳鳴りはしない
子供の泣き声も
手術は成功した。
しかし 聞こえていたはずの右耳も 音を失っていた。
何も聞こえない
それでも良かった。
一時的でもいい
何も聞きたくなかったから
薄れ行く意識の中
消された記憶が蘇る。
流れ込む熱気の中
無我夢中で部屋を出た
弟の泣き声に何度も何度も名前を呼び
僕は弟を見つけた。
小さな弟を抱いて
必死で逃げ出すと
駆けつけた母が 弟を抱き寄せ 出口へ引き返した。
床に立ち込める煙が視界を遮り 僕は母の腕を掴んだ。
母が僕の手を
振り払った。
チリチリと火花の舞う音
鼻を刺す異臭
悲鳴に似た泣き声
あの子供の泣き叫ぶ声は
僕自身の声
病院のドアが開く
見舞いに来た友人が置いて行った花束を
花瓶に活けて来た弟が
ベットサイドの小さな棚の上に花瓶を置いた。
天井を眺めている僕の顔を覗き込んで 口を動かし
窓際の椅子に座って
また 雑誌を読み始める。
弟には 火傷の跡はない
僕は それを知っていた。
END
最後まで読んで頂き有難うございます。感想等をいただければ 作者の次回作品製作意欲にもなりますのでご協力お願いします。




