第六話 櫻の告白
今回の小説は何だか早く終わりそう……
「…………」
「ど、どうかしましたか?」
弓弦が作ってくれた映写機を櫻に当ててみたところ。
完全に猫になった櫻がそこにいた。
厳密に言うと見た目がそう見えるだけで、後ろにうっすらと櫻本人が見える。
それにしても。
「……猫ミミが生えてくるかと思ってたんだけどな」
櫻の頭に猫ミミは無く、猫の姿そのままだからな……。
なんか残念だ。
「え、何ですか?」
「いや、何でもない」
とにかく。
これで準備OKだ。
俺は柳生を引き連れ、柳生のところに向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なあ、柳生」
「ん、どうしたのかしら?」
さて、どう切り出すかが問題だ。こういうのは最初の言葉が大事なんだ。
下手すれば信用を失い、『馬鹿じゃないの?』みたいな反応を示される。
「……あのさ、アンタが飼ってた猫の話なんだけどさ」
びくりと柳生の体が震える。
「前、言ってたよな。罪滅ぼしがしたいって」
「ええ」
こっちを見ず、外の風景を眺める柳生。
「あの子には本当に悪いことをしたと思ってる。……きっと、あの子は私を恨んでると思う」
「それなんだけどさ。……その飼い猫に今会えるとしたら、どうしたいんだ?」
しばらく、彼女は何も言わなかった。
「……謝りたいわ」
「……そうか」
俺は徐に立ち上がり、その場を後にする……前に柳生に話しかける。
「……その猫はアンタのこと、恨んでなんかいないと思うけどな」
「……そうだったらいいけど」
柳生は俯いていた。
「……ちょっと出かけてくる」
「そう。いってらっしゃい」
出かけてくる、なんて嘘だ。
柳生と櫻を二人きりにするために、俺は一旦出る。
部屋を出ると、すぐそこに猫になった櫻がいた。
「あとは、アンタ次第だ。櫻」
胸を押さえて、苦しそうにしている櫻。
俺はその櫻の頭を軽く撫でた。
「頑張って来いよ。櫻」
「……はいっ!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は部屋を覗くことはせず、会話だけを聞くことにした。
覗いてるのがバレたら、面倒だしな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……何で、ここにミーちゃんが?」
ミーちゃん、というのは柳生の飼い猫の名前だろう。
「どうして……?」
驚かないはずがない。
何故なら目の前に死んでしまったはずの猫がいるからだ。
「芳子さん……」
櫻はそう言い、すぐに柳生に近寄り、抱きついた。
「……美咲ちゃん?」
信じられない、という顔つきをする柳生。
「もしかして、……美咲ちゃん?」
「…………はい、わたしです」
「ちょっと待って。ミーちゃんが、美咲ちゃん……なのかしら?」
「……信じてもらえないかもしれませんけど、……そうなんです」
「そんな非科学的なこと、信じられないわよ……」
うっすらと涙を流す柳生に、柳生の体に顔を埋める櫻。
櫻も泣いているのだろう。
声が僅かに震えている。
「でも……わたしが『ミーちゃん』です」
櫻は柳生から離れ、彼女を見つめた
そして頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「……どうして、あやまるのかしら?」
「だって、わたし……。ずっと、一緒にいてあげられなかった……。それが、やるせなくて……」
「謝るのは私の方。……私だって守ってあげられなかった」
「そんなこと、ない……」
流れる涙は止まることを知らない。
まさに、その通りだ。
「……芳子さんと一緒にいられて、楽しかった。そして、幸せだった」
「美咲ちゃん……」
涙を拭い、櫻は笑顔を見せる。
「だから、もう思い詰めないで下さい……。わたし、あなたの飼い猫で幸せでした」
「…………もう、この子ったら」
強く、優しく、櫻を抱きしめる柳生。
慰めるようにに、そして、愛おしげに。
「私も、……幸せだったよ」
「ありがとう。芳子さん」
窓から漏れる光はどこまでも透き通っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……うまくいったみたいだな」
俺はゆっくりとその場を立ち去ることにした。
「……」
……幸せ、か。
俺はあの場所では幸せじゃなかった。
じゃあ、アイツは……。
「……ふぅ」
ため息が出た。
逃げてきた自分。
傷つけてしまった相手。
……今なら、できる気がする。
俺はポケットから携帯を取り出した。
今まで、なんだかんだで聞けなかったアイツの言葉。
怖くて逃げてきた、アイツの言葉を聞きたい。
今なら、アイツのどんな罵りも受け入れられる。
それが、一番なんだ。
「……もしもし、弓弦か?」
「うむ、いかにも」
彼のふざけた声が聞こえた。
今だって大変なはずなのに。
「なあ、弓弦」
「何?」
「…………ごめんな」
「……何に対して?」
変わらない声色。
「だってさ、その足……」
「だから気にしないでって言ってるじゃん」
「いや、でもさ……」
弓弦は今、足が動かない。
厳密に言うと下半身不随。
当然、あの事件が起きる前までは普通に動いていたが。
……俺があの時、早く気づいていれば、アイツはこんなことにならずに済んだだろうに。
どうやら、もう動くことはないようだ。
……恨まれても、仕方ない。
そう思っていた。
なのに……。
「もぉ〜、しつこいな〜。僕は大丈夫だって言ってんじゃん」
「……無理とかしてないよな? 俺なんか気遣わなくていいんだよ」
……どうせなら、切り捨てて欲しかった。
罵ってくれた方が楽だった。
なのに、弓弦は俺を捨てなかった。
あの時からずっと。
罪悪感が胸を締め付ける。
「も〜、君は美咲ちゃんと同じこと言ってるよ〜」
「それは……、まあ、確かに」
今気づいたが、確かに同じことを言ったような……。
「……僕はね、あの時、一生懸命看病してくれた君に凄く感謝してるんだ」
「……それは、ただ自分が罪悪感から離れたかっただけで」
「それでも、僕は嬉しかったよ。まあ、すぐに逃げちゃったけどさ」
「う……」
まったくもってその通り。
自分がどんなに頑張っても、弓弦は元には戻らなくて、自分は無力だと思ったし、また、弓弦が僕に罵詈雑言を吐くのが怖くて、……でも一番の理由は……。
「あんな状態にしてしまった自分が許せなかったから、でしょ?」
「う……」
また、心を読まれた。
「はははっ、君らしいよね」
陽気に笑う弓弦。
「笑うなよ……」
「ゴメンゴメン」
特に悪びれた様子は無く、さらに続けた。
「ねぇ、帰ってきてよ。旅人」
「俺は……、お前を傷つけたんだぞ?」
「それでも、だよ」
優しい言葉。
もしかしたら、一番聞きたかった言葉は、非難の言葉ではなく……。
「……君には似合わないよ。『旅人』なんて。……僕のそばにいてよ」
「…………ありがと。弓弦」
幸せ者だな、俺は。
アイツも……、いや、今は違うか。
「へへ。どうもどうも〜」
俺が戻ったら、アイツも幸せ者になれるんだろうな。
そう思うと、何だか楽になった。
「俺、戻るよ」
「うん、待ってる」
「じゃ、後でな」
「うん。じゃあね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
別れ、というのは寂しくて。
「寂しいわね。旅人くんがいなくなるのは」
「アンタはただパシリが欲しいだけだろ……」
いや、案外気が楽かも。
「あの、旅人さん。ありがとうございました。わたし、あなたのおかげで芳子さんに気持ちを伝えることができました」
「ああ。よかったな、櫻」
俺は彼女の頭を撫でた。
……猫みたいな反応をするのは前世が猫だからか、それとも弓弦の発明品の副作用なのか。
ま、いいや。
「私からも、……感謝しようかしら」
「どうも。……そろそろ行くよ」
「そう、また来て頂戴ね」
「わたしも、待ってます」
「ありがと。二人とも。幸せにな」
俺は前を向き、振り返らず歩みを進めた。
今は、弓弦のため一分一秒でも早く会わないとな。
何だかなぁ、何だかなぁおい!!